<-- 17 章 目次 19 章 -->
ケインズ『雇用と利子とお金の一般理論』要約、18 章
山形浩生 (全訳はこちら)
18 章 雇用の一般理論再訪
Abstract
- 一般理論をざっとまとめる。すべては消費性向と投資の限界効率スケジュール、金利で決まる。
- また経験的にみた経済の状況――上下動するが最高にも最低にもならない――も、各種の心理的な条件でわかる。
- ただしそれは、絶対不変ではないことに注意。
本文
Section I
- 1. ここまでの話で、論点がかなり出てきた。まとめるにあたり経済システムの中でどんなものが所与とされ、何が独立変数で何が従属変数かを見ておこう。
- 2. 既存の技能と利用可能な労働の量、利用できる設備の質と量、技術水準、競争の程度、消費者の嗜好、労働集約度や各種の労働監督や組織、社会構造などは所与だ、別にこういうのが一定だということじゃない。ただ特定の場所や時点において、それを変えるとどうなるかは考えない、ということ。
- 3. 独立変数は、まずは消費性向、金利と資本の限界効率関数。
- 4. 従属変数は、雇用量と国民所得(一人当たり賃金単位)。
- 5. 所与の条件は独立変数に影響するが、それを決定するわけじゃない。資本設備の限界効率スケジュールは、部分的には既存の設備量に左右され、部分的には長期期待の状態に左右される。これは他から推計できない。
でも中には、完全に導出できてしまう変数もある。国民所得と消費性向がわかっているから、ある雇用水準に対応する国民所得の水準はわかる。総供給関数もわかる。労働供給関数もわかるので、全体としての労働が弾性的でなくなる(= 完全雇用) 水準もわかる。
- 6. でも資本の限界効率スケジュールは、一部は所与の条件で決まるが、一部は各種の資本設備の見込み収益による。金利は一部は流動性選好(流動性関数)によるが、一部は一人当たり賃金 単位で見たお金の量で決まる。だから独立変数をもっとまとめて、究極の独立変数を考えることもできる。(1) 三つの根本的な心理要因、つまり消費性向、流動性に対する心理、資本財の将来収益に対する心理的見通し、 (2) 労使交渉で決まる一人当たり賃金。(3) 中央銀行が決めるお金の量。これらの変数が、国民所得と雇用量を決める。
- 7. 経済システムの決定要因のうち、何を前提として何をそこから導出されるものとするかは、かなり恣意的な分類ではある。ここでは、国民所得と雇用量を決めるのは何か、という考え方で選んだ。
Section II
- 8. これまでの章の議論をまとめよう。
- 9. それぞれの資本設備は、見込み収益がある。それに対する供給価格は、限界効率が金利とほぼ等しくなるまでどんどん下がる。つまり、資本財産業における供給の物理条件と、見込み収益に関する安心感、流動性への心持ちとお金の量が、新規投資の量を決める、ということだ。
- 10. でも投資の比率を増やすと、その分消費の比率は減る。一般の人は、所得と消費のギャップを広げる(つまり貯蓄を殖やす)のは、所得が増えるときだけだからだ。つまり消費率の変化は、所得の変化と同じ方向に動くからだ。つまり貯蓄が増えるときには、所得も消費も増えている。この関係は、消費性向で与えられる。この比率は投資乗数で与えられる。
- 11. 最後に、もし(おおざっぱだが)雇用乗数が投資乗数に等しいとすれば、最初にあげた要因で生じる投資率の増分にその乗数をかけることで、雇用の増加を推定できる。
- 12. でも雇用の増加は流動性選好関数を上げる。雇用が増えると、一人当たり賃金や物価 (一人当たり賃金単位)が変わらなくても、産出の価値は上がるので、これがお金に対する需要を増やす。また雇用が改善すると、通常は 一人当たり賃金も上がり、そして産出が増えると短期的に費用も上がるから物価 (一人当たり賃金単位)も上がる。
- 13. 均衡点は、こうした揺り戻しで影響を受ける。そして谷も影響はある。またこうした条件は、予告なく大幅に変わることもある。でも変数として見るには便利そうだ。
Section III
- 14. いまのが一般理論のまとめ。でも経済の実際の現象も、消費性向や資本の限界効率スケジュールや金利に影響を受ける。そういう影響の中には、論理的に必然とは言えなくても、経験的にみて十分に一般化できるものがある。
- 15. まず、産出や雇用の面であれこれ変動はあるが、いまの経済システムは結構安定している。悪い状態になっても、よくもならないが完全な崩壊には至らないという状態が長く続いたりする。また、完全雇用は滅多に起こらない。最悪でもなく最善でもない状態で、なんとかかんとか切り抜ける、という場合が多い。
- 16. これは、論理的にそうなるべき理由はない。なら、現代世界の環境や心理的な傾向のせいでそうなっていると考えるべき。
- 17. 原因として考えられるのは以下の通り:
- 18. (i) 限界消費性向は、雇用が資本設備に投入されて産出が増えるばあいには、この二つを律する乗数は一より少し大きいだけとなる。
- 19. (ii) 資本の見込み収益や金利が変わったら、資本の限界効率関数は前者の変動率とあまりかけ離れたものにならない。つまり見込み収益や金利の変動がほどほどなら、投資率も大して変わらない。
- 20. (iii) 雇用が変わると、賃金はその雇用変動と同じ方向に動くがその程度は雇用変化よりも少ない。これは雇用の安定のせいではなく、物価安定の条件。
- 21. (iv) 追加で四つ目、投資率が上がると、それはごく数年だけ続くのであれば、資本の限界効率関数にマイナスの影響を与える。
- 22. さて (i) の条件は、人間の心理的な特徴として納得がいく。実質所得が増えれば、現在のニーズへの圧力は下がるし、既存の生活水準を超える生活水準のマージンは大きくなる。だから、雇用が増えたら現在の消費は拡大するが、実質所得の増分が100パーセント消費にまわるのではない。これは個人だけでなく政府も同じ(特にいまは、失業者が増えると国が借金をして救済するから)。
- 23. この心理法則が文句なしに正しいと思えないにしても、経験的に見てそうなっているのは事実。完全雇用は実現されず、雇用ゼロにもならず、その中間にいる。さらに乗数は一以上だが、すごく大きいわけではない。そうでないと、投資がちょっと増えると消費がすさまじく増えることになる。
- 24. 条件 (ii) は、資本設備の見込み収益や金利がちょっと変わっても、投資率が野放図に変わることはないことを示す。これは既存の設備をつかって産出を大幅に増やすのがむずかしいせいだろう。資本設備の生産のために余剰のリソースがたくさんあれば、一定範囲ではかなり不安定なこともある。でも余剰分が減れば、そういうことはなくなる。またビジネス心理や技術革新で資本財の見込み収益が急変したときも、それにより生じる不安定さを抑える。
- 25. 条件(iii) は、経験的に人間心理と合致する。賃金闘争は、相対的な賃金を高いままにしておきたいというものだ。雇用が増えると、労働者の交渉力が増えるし、リスクも取りやすくなるから闘争も激しくなる。でも、それにも限度はある。失業するくらいなら、賃上げに強気に出るのは控えるし、賃金削減にも応じるだろう。
- 26. ここでも、理論的にどうあれ実際の状況を見ると、これが成立していると考えざるを得ない。失業者が低賃金でいつも雇われるなら物価は大きく変わる。でもそうはなっていない。
- 27. さらに (iv) の条件は、資本設備がいつまでも保つものではなく、短期で消耗するというだけの話。だから投資が最低水準以下になったら、資本の限界効率はいずれ上がってきて、この最低限以上に投資水準を引き上げる。
- 28. だからいずれ投資の向きは逆転する。
- 29. 以上の四つの条件を考えると、経験的に見られる特徴も説明できる。経済が上下変動を見せ、最高にも最低にもならないのはそのせいだ。
- 30. でもこうした立場が「自然な」性向により決まると思ってはいけない。はっきり各種条件を補正するという手法があれば、それは変えられる。いま上げた話は、いまの世界の状況を解説しただけで、絶対不変のものではない。
<-- 17 章 目次 19 章 -->
YAMAGATA Hiroo日本語トップ
2011.10.10 YAMAGATA Hiroo (hiyori13@alum.mit.edu)
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。