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: 追追記―― : 六月三日 : 六月三日   目次

追記――

われ屈服せり。図書館(国会図書館? 広い!)へ行って三十冊余り借り出して、それが今、私の部屋の棚を飾っている。部屋なの だ、独房なんてものじゃない。ドアは昼も夜も開けっぱなしだ。この窓のない迷宮世界に昼とか夜とかいえるようなものがあるとすればの話だが。窓のあるべきところには代りに扉がある。無限に退いていく白。アルファヴィル風の通路、そこに穿たれた番号つきのドア、その大半は閉ざされている。青髭公の居城。 開くドアの奥にあるのは私のとそっくりの部屋、ただ明らかに居住者はいない。私は尖兵? 着実なエアコンの捻りが通路にづきまとっていて、いわば夜になると、眠れと歌いかけてくる。ここは地底のペルシダー? そんながらんどうの通路を探険しながら、私は消音された恐怖と消音された浮きたつ気分との間を揺れ動く。ちょっと説得力不足だが不出来ではないホラーショーを観ているような、そんな感じだ。

私の部屋は(事実をお求めだ、事実を得るがいい)――

大好きだ。見よ、なんと暗いことか。闇とよべそうなくらい。

白ペンキの白はもう無効。

なぞらえるならむしろ月光

白ペンキではないだろう。

気が遠くなってしまいそう

になる、これを見ていると。

私は思う、これは黄色だ

だがそれをいうことはできない。

HHは喜ぶまい、これはいえる。「正直なところ、HH、これはたまたまそうだったんだ」 即興の詩として「オジマンディアス」の域にはとても及ばないが、まあ、慎ましく小成に廿んじておこう。

わが部屋は(もう一丁やってみよう)――

薄い黄灰色(要するに事実と詩には差がございます)。この黄ばんだ壁にはオリジナルのアブストラクトの油絵があり、非の打ちどころのない企業好みのニューヨーク・ヒルトン風、中味はとらえどころなく、空虚な壁と同じくロールシャッハ・カード風。高価なデンマーク近代派風の桜材の厚板、そのそこかしこに桜挑色のストライプの立方体のクッションがあしらわれている。腿せた黄土色のアクリルのカーペット。このうえもなく贅沢に浪費された空間、何もない隅。見積りでは床面積は五〇〇平方フィートというところ。ベッドは小文字のL字型で、部屋の本体から味気ない花模様のカーテンで仕切られるようになっている。まるで、四方の腿せた自壁はみんな片面ガラスで垂れさがった電球のミルク色の球型の傘にはどれもマイクが仕込まれているような感じがする。

どうかな?

すべてのモルモットの舌の先にある疑問。

ここの図書の購入係はインテリア・デザイナーより趣味がいい。なんとなれば、一冊ではなく二冊でもなく三冊も「スイスの高原」が書架にあったからだ。おまけに、神もご照覧あれ、「ジェラード・ウインスタンレー、ピューリタン・ユートピスト」まで。「高原」を通読したところ、嬉しいことに一つも誤植がなかったが、フェティッシュな詩の配列に誤りがあった。



T. M. ディッシュ『キャンプ収容』 野口幸夫訳     平成18年7月16日