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マーストリヒト条約

(「繁栄を売り歩く人々」より拝借)

Paul Krugman

山形浩生 訳(hiyori13@alum.mit.edu)



 ヨーロッパの通貨を一つに統合するための細かい条約は、1990 年にオランダの マーストリヒトという街で書き上げられた。オランダ人以外はだれもこの条約を ちゃんと発音すらできない(ただしくは、「マースTREEKHT 」なんだって)と いう事態は、きたるべき問題の悪しき予兆だったのかもしれない。でも、条約そ のものは、すばらしい文書だ。やっぱり読めないけど。

 中身のほとんどは、デンマークの別荘の法的位置づけがどうだとか、バチカン がらみの貿易紛争におけるローマ法王の外交的地位についてとか、あれやこれや の細々した話ばっか。労働法なんかを扱った、いわゆる社会条項ってのはイギリ スにとってすごくきつい代物。

 でも、この条約の核心は、一組のテストを定義したことだった。このテストは、 コンバージェンス基準ってやつで、ある国が自分の通貨を廃止して新しいヨーロ ッパ通貨 ECU を採用するためにはこんな基準を満足しなきゃいけませんよ、とい うもの。

 で、この基準の何がいいって、額面通りにとると、ひたすらトンチンカンでわ けわかんないんだよね、これ。

 最初の基準は、参加に先立つ二年にわたって、その国は為替レートを安定させ とかなきゃならないというもの。これはつまり、その国が自分の国の通貨を管理 する技量と意志をテストしてるわけだよね。つまり、独立した通貨で非常にうま くやってける国だけが、その自前の通貨を廃止していいってこと。

 第2 の基準は、長期金利がEC のトップクラスに近いものであること。でも、 長期金利をおもに決めるのは、まさにヨーロッパ通貨統合(EMU)について債券市場がどう思ってるかってことでしょ。リラとマルクがどっちもやがて廃止されて、ECU に統合されると市場が思えば、ドイツとイタリアの長期金利は同じくらいになるだろうよ。というわけで、これは循環論法だよね。要するに、市場がそ う思ってくれれば、その国は EMU への参加を認められるというわけ。

 第三の基準は、インフレを EC のトップクラス並にすること(訳注:インフレは低い ほうがいいから、インフレを主要国並の水準に抑えろってことね)。これは一見 なるほどって感じだけど、よく考えると、固定為替レート――これは最初の基準 で要求されてくる――のもとでは、国は独立した通貨政策を持ってないわけだ。 だから急にインフレが起きても、それは自発的な市場の選択の自然な結果(たと えば投資ブームみたいな)なんだから、第一の基準を守るなら、国としては何と も手のうちようがないのね。

 最後に、財政赤字と政府負債の量を制限する基準がある。これは結構なことな んだけど、でも通貨統合となんの関係があんの? 連邦準備銀行は、ニューヨー ク州やカリフォルニア州の予算を監督してやる必要はないよね。州は赤字をカバ ーするのに自前の金は刷れないもの。EMU のあとでは、ヨーロッパ各国の政府も 同じ立場におかれるわけでしょ。

 要するに、とってももったいぶった、まじめな人たちが集まり、ビロードカバーのテーブルにすわってミネラルウォーターのびんを横にして何をつくったかというと、聞こえはいいけど、よく見てみるとまったくのナンセンスでしかない代物だったわけ。どういうこと?

 マーストリヒトについては二種類の説がある。一つは「試練」説。この基準の目的は、ほんとは EMU 参加の準備なんかじゃなくて、つらくてむずかしいことをやらせることでその決意を確かめることだ、というもの。

  もう一つは「イタリア」説。基準一覧は、EMU に必要なものとしてはトンチン カンだけど、イタリアの焦った中央銀行の連中が、自国の汚職まみれの政治家にはめたい足かせとしてなら意味がある。噂では、マーストリヒトの草案を書いたのはほとんどがイタリアの外交官だったそうなんだけれど、連中が国内の政治目的でマーストリヒトを利用したんじゃないか、というんだ。

  どっちにしても、1993 年頭には、政治経済上の問題がボロボロ出てきて、マーストリヒトの謹厳さはまったくのお笑いでしかなくなってた。ま、ここでの教訓があるとすれば、かっこいい国際会議に出てる真剣でえらそうな男女諸君も、自分たちが何をしゃべってんのかまるでわかっちゃいない(こともある)ってことかもね。



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