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Courier Japon, 34
Courier 2007/9,
表紙はでかいハンバーガー

そろそろ現実の話をしようか:世界最高のビジネス誌「The Economistを読む」 連載第4回

インターネットとテロの関係

(『クーリエジャポン』2007/9号 #35)

山形浩生



 これを書いているインドで目下の大きな話題は、グラスゴーとロンドンでの爆弾犯、通称バンガロール・ボマーズと、その仲間とされるオーストラリア在住インド人だ。これまでテロは貧困が生み出すという見解が主流だったが、出自も裕福で先進国で高等教育を受けた人々がこうした行動に出たとことで一部には大きな衝撃となっている。今回はそうした人々を生み出すにあたりネットの果たす役割に関する記事だ。


『テロリストを生み出すインターネット』 (2007/7/12号)

(A world wide web of terror," pp.76-77抄訳)

アメリカに対する偉大なジハードにおいて、かれは銃弾を一発たりとも撃ったことがないし、塹壕の中にすわったこともまったくない。だがこの「イルハビ007」を名乗る人物――アラビア語のテロリストとジェームズ・ボンドとの組み合わせだ――はイラクの歩兵や自爆テロリストのだれよりも重要な人物だった。かれはインターネット上でのジハードを先導していたのだから。

 アフガニスタンでタリバン政権が崩壊し、アルカイダが追放されて以来、イルハビ007はアルカイダ再構築の中心的存在となった。アルカイダとその支持者たちは究極の無法空間であるサイバー空間に移行し、ジハード主義者たちはオルグや軍事教練、プロパガンダ用の仮想学校を作っている。

 イルハビ007はそれを可能にする技術を真っ先に導入した。過激派ウェブサイトをいくつも管理し、特に故アル・ザルカウィの発言を掲載するウェブサイトの管理は有名だった。各種の技術を使ってかれは大量のビデオを配信し、オンラインでの匿名性確保のやり方を仲間のジハード主義者に教えたりしている。

ベルギー  だがイルハビ007はそれでは不満だったようだ。仲間とのチャットで、かれは自らイラクに赴いて戦いに加わりたいと述べている。そしてそこから足がついた。二〇〇五年にボスニアのテロリストが逮捕され、爆薬十九キロ、自爆テロ用チョッキ作成ビデオなどとともに、イルハビ007の連絡先が見つかったのだった。

 二日後、イギリス警察がイルハビ007を逮捕した。本名ユーニス・ツオウリ、モロッコの観光局高官の息子だ。かれはアメリカでのテロ計画との結びつきもあったとされる。相手は自称「医師四十五名の集団」とのこと。フロリダ州ジャクソンビルの海軍基地を攻撃し「豚どもの予想死亡数は二百から三百」だとか。ただしFBIは捜査の結果、この計画が「現実性はない」と述べている。

 もちろんテロリストが新しい技術を即座に活用するのは、いまにはじまったことではない。だが情報革命の有用性はずっと大きい。暗号化されたメールやIP電話で、補足はとてもむずかしくなる。さらにインターネットでは匿名性を保ったまま、検閲なしに大量の聴衆にアクセスできるし、世界に散らばるジハード集団を結びつけて、世界的なイスラム社会(ウンマ)を共通の敵から守っているのだという意識も醸成しやすい。

 またネットによる文や写真、動画の配信しやすさは市民ジャーナリストを生むと同時にテロリストジャーナリストも生んだ。いまやアルカイダは定期的な「ニュース報道」を配信し、マスク姿の男が世界各地のジハード前線における戦果を報道する。死んだ米兵の数を常時流し続けるサイトもある(その数はペンタゴン発表の数字の十倍くらいだ)。また米軍車両爆破のビデオも一瞬でネット配信され、ハイライト映像が再編集されて流れる。

 つまり小型ビデオカメラは、AK-47やRPGロケットランチャーなみに重要な蜂起ツールとなったわけだ。イルハビ007のコンピュータで見つかったジハード主義雑誌が述べる通り「すべてを撮影しよう。兄弟たちよ、写真を恐れてはならない。諸君の撮影する一こま一こまは、敵やその傀儡たちに向けてのロケット弾並の効果を持つのだ」。逮捕の直前にイルハビ007が設置したウェブサイトは、YouTubeに匹敵する動画サイトとしてジハードビデオを共有するものになるはずだった。その名もYoubombit.comだ。

 ジハード主義サイトの数いまや数千にのぼる。このうち、人目をひくのは各種の軍事マニュアルだろう。本や動画、パワーポイントのスライドなどで、武器製造方法や暗殺技術などを説明している。しかしながら実地訓練を受けないとこれらはあまり効果がないとのこと。現にロンドンとグラスゴーでのテロ未遂では、容疑者の多くの高等教育にもかかわらず、どちらも車両爆弾の製造に失敗している。

 ジハードウェブサイトを調べる人々が最もおそれるのは、むしろ思想的な影響のほうだ。オランダの国内諜報サービスAIVDによれば、インターネットはジハード主義者の過激化の「ターボチャージャー」だという。ジハードウェブサイトの内容の六割以上は、現在の出来事や戦争ビデオではなく、イデオロギーや文化的な問題を扱っている。これらのウェブサイトは、ムスリムの若者を教化するのが主眼なのだ。聖戦士(ムジャヒディーン)たちは、野次馬たちを社会や知的環境から切り離し、かれらのいう『真のイスラム』へと導いて歴史を書き換え、イスラム的アイデンティティの中心にジハードを据えてしまう。

 米軍士官学校のテロ研究でもこれは確認されている。ジハード主義サイトでの引用回数をもとにイデオロギー上の重要人物を調べると、トップはイブン・タイミーヤ、中世の神学者だった。かれは預言者ムハンマド時代の信仰回復を唱え、侵入者を追い払うためのジハードを主張した。一方、ビン=ラディンはトップテンにも入らない。現代の理論家で上位に上がるのは、ヨルダンで投獄中のアブ・ムハンマド・アル・マクディシだ。アルカイダの真の頭脳と言われるザワヒリも、ジハード主義者の知的宇宙では大した地位を占めていない。

 西側の情報機関はテロ計画の証拠を求めてインターネットをさまようが、こうしたもっと広いイデオロギー問題に取り組もうとはしない。だが、必要なのは対抗プロパガンダを体系的に推進することであり、その中で友好的なムスリム政府や穏健派ムスリムたちを支援することだ。個別サイトを閉鎖させるだけではいたちごっこだからだ。現にイルハビ007はネットの世界を去ったが、現在ジハード主義ウェブで最も目立つのは、イルハビ11なる人物なのだ。


 ネットと犯罪の関わりはよく懸念されるところではある。そして確かにネットは他の通信技術とはちがう。電話を使った犯罪はあるが、電話を原因とする犯罪はない。でもネットを原因とする犯罪は、有名な「ネオ麦茶」によるバスジャック事件を始め後を絶たない。もちろん実際の数千のジハードサイトの多くは、(多くの2チャンネルの発言のように)口先だけ勇ましいことを言ってみたい人々が虚勢を張っているだけなのだけれど、その2ちゃんねるなどの嫌韓・嫌中発言の広がりを見ると、ここに書かれたイデオロギーの過激化にネットが与える影響というのはうなずける。単純に「ネットにはポルノ/テロ情報/自殺サイトがあるぞ!」というだけにとどまらず、それが与える影響に一歩踏み込んだところがこの記事の手柄だろう。

 ただし……対抗プロパガンダで効果があるかというのはむずかしいところだろう。過激なイデオロギーの魅力というのは、世間の常識とはちがう見方をオレはしてるんだぜ、おまえらより深いことを知っているんだぜ、という、いわゆる中二病的なポーズを可能にしてくれるところにもあるからだ。穏健プロパガンダは、かえって過激プロパガンダを浮かび上がらせ、魅力的に見せてしまうかもしれない。そしてそうした洗脳に社会性も高等教育もある人々がはまってしまうとなると、いったい解決策はあるのか? その答えはやはりネット以外のところに求めなくてはならないのでは? だがそれが具体的に何なのかは、まだだれにもわかっていないようだ。


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