連載第32 回
山形浩生=文
hiyori13@mailhost.net
瀧本広子=題字

今月の喝!

……し損ねた随想
「アジア経済・宴の後」
 なんとタイミングが悪い。実は今回、スハルトがそろそろまずいぞという話を書くつもりだったのに。いや、今年の頭の時点では、ここまで事態が悪くなると思ってなかったんだ。スハルトがもう少し早めに引っ込んで、あるいはもうチト手際よく場をとりつくろって、ソフトランディングするんじゃないか、というのが大方の見方だった。でも3月にクーデターの噂がまことしやかにとびかって(デマだったけど)、状況がかなり悪いのは見えてきて、それでもスハルトがかなり意固地になっていたでしょう。直前まで「オレはやめないぞ」発言を繰り返してたよね。これは下手すりゃ今年いっぱいくらいねばって、そしたらもっとキナ臭い事態になって……そう期待した矢先の暴動と辞任。が、インドネシア国民は、これで気が済んだのであろうか? スハルトがやめても後継が、あの「インドネシアに航空機産業を!」ハビビくんでは、大丈夫なんだろうか?

 実はその直前あたりまでタイにいた。バンコクは最初の数回の大渋滞で嫌気が差して、まともに行くのはもう7年ぶり。高速道路網がかなりできていて、記憶よりえらく道が空いていたのが意外だった。あと、なぜバブル期の高層ビルは、世界中どこでもポストモダン的悪趣味さをさらけ出すのであろうか。つくりかけで放棄されてるとおぼしきビルが散見されて結構壮観。昼間はそれなりに活気があるんだ。問題は夜ね。ホテルでレポート書きに飽きて一人で遊びに出たら、タクシーの運転手がぼくを見るなり曰く「パッポンもタニヤ【註1】も、おーる・くろーず、ばっど・えこのみー」「いや、そういうところはいいから、RCA【註2】ってのは?」「セーム、セーム」。ホントだった。人があんましいなくて、閑散としてんの。平日だったってのもあるんだろうけど。「ベストタイムはどこも8時だよ」。ほう、ここまで露骨に影響が出るとは。日本でも銀座なんか低迷だけど、それなりに人出はあるじゃないか。それでもタイは被害も少なかったし、ここ半年くらいの資金繰りさえうまくいけば早めに立ち直りそうだね。しかしインドネシアはかなりキツそう(今年は8%のマイナス成長とか言ってるもん)。マレーシアは、マハティールが相変わらず被害妄想モードでまぬけな欧米陰謀史観に凝り固まってるから、どうなのかね。あと、韓国はようわからん。台湾も、汚職事件続きだし。うーん、よくわからん。日本と同じで、どこもいい材料はあるんだけれど、それが表に出てくるシナリオってのが見えない。根拠レスだけれど、あと数年はもめそう。かれらの21世紀への遺言はどんなものになるんだろう。

【註1】ゴーゴーバーと連れ出し可の店が並ぶアダルト街。
【註2】スノッブな地元民の行く健全なバー・クラブ街。

山形浩生:1964年生まれ。本業は地域開発関連調査と評価。翻訳と雑文書きでも有名。

近況:しかしこのタイ出張のおかげで、インドに行き損ねてしまったのが心残り。


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