山形道場

連載第25 回
words 山形浩生(hiyori13@mailhost.net

今月の喝! ではなく讃!!

「ネットワーク共産主義」(その2)



 一定のインフラさえ前提にすれば、情報やソフトは無限にノーコストで複製流通可能となる。これはマルクス主義の夢を実現してしまった財なのだ――これが前号のぼくの主張だった。そして、それを実現しつつある連中がいる、とも書いた。それがフリーソフトウェアの世界だ。中でももちろん、UNIX ユーザーでは知らぬ者のいない GNU【*】を世に送り出し続けている「フリーソフトウェア財団」(以下、FSF)。GNU Emacs(スクリーン・エディタ)、gcc( C 言語のコンパイラ)と各種ライブラリをドカドカ世間に送り出し、コピー再配布自由、ソースコードも必ずつける。これを過去 15 年にわたって続けてきている。活動資金は、寄付。つまりはユーザーからのおひねり。もちろん払わないやつがいても、それは仕方ない。

 たとえばテッド・ネルソンのザナドゥは、取りっぱぐれをなくすところに存在意義がある(あった)。でも、取りっぱぐれたってとりあえず喰っていける(そしてソフトを書き続けられる)金は集まる。しかもソフト開発面でその方が優れている場合もあると実証してしまっている彼らは、社会モデルとして実に重要な存在なのである。hotWIRED Japan でここの親玉リチャード・ストールマンにインタビューしたんだが、久々に衝撃だったね。「ソフトは共有した方がいいじゃん、その方がいい社会になるじゃん」という彼の主張は知っていたけれど、あくまでソフトがメインで、いい社会云々というのは比喩だと思っていたんだが……違うのよ。この人、社会改良がメインなんだよ。フリーソフトはそのための手段なんだよ。「商業化しないと成立しないソフト?そんなソフトは社会を堕落させるだけだからなくて結構!」「海賊ソフト?非公認コピーと言え!法律が禁止したって、いいことはいいんだ!人とものを分かち合ってなにがいけない!」「非公認コピーは、作者に金がいかないのがすばらしい。独占ソフトを書く連中に金を受け取る資格はない!」

 主張はさておき、これだけ正統派マルクス主義を体現しておきながら、ストールマンは、自分が共産主義者だとはつゆほど思っていない。すごいね。言ったじゃないか。共産主義は不変だ、と。何度でも出てくる、と。そしてそれは普遍でもある。FSF の思想は少しずつ、音楽や文章など他の情報領域にも広がりつつあるのだ。彼らは少しずつ世界を変えるだろうし、変えなくても現実的な力をもった資本主義へのアンチテーゼとしてパワーを発揮し続ける。資本主義の最先端と思われているこのネットワークの上で。



【*編集部注】
グヌー、もしくはグニューと読むのが一般的。UNIX 互換のソフトウェアの名称。本文中にもあるように、FSF では、ほかに Gnu awk(gawk)などの優れたソフトをリリースしている。プログラム配布についての規定は原文がftp://prep.ai.mit.edu/pub/gnu/GPLで入手できる。



山形浩生:1964 年生まれ。本業は地域開発関連調査と評価。翻訳と雑文書きでも有名。小説、経済、建築、ネットと、何でもござれの広く深い視野で知られる。

近況:だから今回の原稿料も hotWIRED の原稿料も、8割は FSF と Xfree86 に寄付されるわけですわ。人民に Linux を!われにフリーソフトを!




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