橋本典明「リアル・ハッカーズ」(アスキー)
山形浩生
たとえば本書 pp. 158-9。元NSA人へのインタビューで、著者は自分の立場について詰問されて返答に窮し、現状追認のあげくに「情報そのものは自由だが社会のなかでは自由でない」と意味不明の発言をする。社会の外での自由って何なのさ。「個人的には情報がすべて公開されても問題はないと思うけれど、そうなると国家が存在し得なくなる」とゆーことは、橋本氏は国家がなくても個人的には問題ないと思うわけ? それともなきゃ困るわけ? ぼくはなきゃ困ると思うけどさ、著者はそこらへん考えてないね。自由とか、社会との関わりとか、ハッカーを語るための一番の基本なのに。著者にはそんな基本的なスタンスすらない。
本書はそういう著者によるインタビュー集だ。だから煮えきらずもどかしい。ハッカーと話をするときは妙に物わかりよく、一方で警察と話すときは、急によい子になる(p. 179)。楽しくお話をするだけならそれでいい。でも、深くつっこんだ話は一切できていない。
立脚点がないからまとめも悲惨。国家の管理とかビジネスの拡大とか、キャッチーなお題目が一向に収斂しない。エピローグの苦し紛れの「企業の反乱」だの「企業対国家という構図」だのは、屁理屈にすらなってない。インターネットで企業から税金とれなくなるから、政府は企業抜きの新しいネットをつくる? なんでさ? そしたらもっと税金とれないじゃん。
曖昧な立場。論理性の欠如。さらに基礎的な認識不足。「アップルはかつて打倒IBMのCMを作った。今はパワーPC でIBMとつるんでいる。よってアップルは体制側に寝返ったか、存在意義を失ったのだ」(p. 19要約)はあ? この10年で変わったのは、むしろIBMでしょ。今のIBMは昔みたいな大文字の「体制」じゃないのよ。こうした基本的な産業界への理解すら、著者は持ち合わせていない。おまけに文章も下手。主語と述語の対応がない文だらけ。ついでに言うなら、あなたHOPEにきたようなことを書いてるけれど、いましたっけ?
著者とは知り合いなので、できれば誉めてあげたい。でも、これでは無理。こんだけの相手をつかまえて、公式見解しか聞き出せないとは何事ですか。それをまとめて新しい世界を示せないってのは、どういうことですか。三上晴子の表紙が泣きますぜ。
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