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汎用の美学:エミュレーション

山形浩生(写真:三井宏文)


 現実のエミュレーションの存在意義は、とことん実用的なものでしかない。「世の中にはウィンドウズというものがあって、いろんなソフトが動く。あれをこのマックで実現させるにはどうしたもんか」「新機種導入で既存顧客をなくすのは怖い、さてどうしたもんか」。前者は SoftPC であり、後者はPowerMac の 680x0 エミュレータだ。だが一方で、エミュレーションには実用性を離れた美学がある。汎用性の美学である。

 一つのものですべてをカバーしようとする汎用の美学。統一場理論を物理屋さんたちが夢見るのはこの美学の発現だし、「いつでもどこでもだれでも」というインターネット翼賛論者やテレコム会社の能書が必ずしも空虚でないのは、そういうユニバーサリズムの理想に訴えるものがあるからだ。パソコンの世界は、発端から細分化されていたけれど、みんな何らかの形での統合を夢見ていた。それは、断じてウィンドウズみたいな形で起こるはずではなかった。お互いの長所を取り入れつつ完成される究極の環境があるような気が(特に根拠もなく)みんなしていた。別のマシンをこっちのマシン上で実現するエミュレーションは、不完全ながらその究極の環境を夢見させてくれるのだ。

 かの AppleII にも 16 ビット CPU エミュレータが(無意味に)搭載されていた。この一事を見ても、エミュレーションには実用性を越えて技術者心をくすぐるものがあるのだ。この一年で「使える」代物も一斉に登場してきた。マック用ソフトを Unix で動かす MAE(Macintosh Application Environment)。MIPS や Alpha 用ウィンドウズ NT の MS-DOS エミュレータ。Linuxのウィンドウズ・エミュレーション WINE や、PC/AT 上でマックを走らせる Executor も、人前に出せるほどにはなりつつある。

 特に最近、命令を一つずつ通訳する方式に替わり、ソフトをまるごと一挙に翻訳するトランスクリプション方式が登場。アミーガ用ペンティアムエミュレータ、Emplant 586 モジュールがこれを採用し、出荷間近という。40MHz の 68040 で 486DX2 66MHz 級のスピードが出る!と開発者は豪語する。同社のマックエミュレーションは、本物より安定して速い (!!) だけに、今回も半信半疑ながら期待は大きい。本誌発売の頃には審判が下だるはずだが、さてどうなることか。

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