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山形道場 by 山形浩生(#1-5)


連載第1回

今月の喝! 「電子コミュニティ」

 ご存じとは思うが、世の「組織」や「共同体」は、お気楽な仲良しクラブではない。共通の利益があって、それを守るためにメンバーが何らかの犠牲をはらう――そういう構造の中で、組織が個人にどんなメリットを与えてくれるのか、それが自分の払う対価に見合ったものか、シビアな駆け引きや取引がとびかう。組織や団体ってそういうものだ。

 組織の与えてくれる「メリット」というやつは様々だ。給料や福利厚生などの現世的な利益、来世での救済、あるいは帰属感や精神的安定でもいいし、「社会正義に貢献している」という自己満足でもいい。組織側は、労働なり金なり時間なりを個人に求める。で、お互いに持ち逃げされないように、いざというときに自分の利益を守れるように、契約とか法律とか民主主義とかをこしらえるわけだ。

 ホント、あたりまえのことである。バーチャル・リアリティの父ジャロン・ラニアー(お懐かしや)は「これまで栄えてきたのは、人間不信とペシミズムに基づくシステムだ」と指摘している。法律・契約の体系もそうだし、ウォール街や兜町のファイナンスだって、不確実ななかでどうお互いのケツを守るかという話であれだけの世界がなりたっている。が、世の「電子コミュニティ」は、そのあたりまえのことがわかってんだろうか。

 わかってないと思う。でてくるお題目って「だれでも参加して自由な試みが」とか「直接民主制」とか「仮想国家内で通用する仮想通貨」とかばっか。みんな、似たような中産階級人だけが参加して、現実世界の稚拙なコピーのママゴトするという根拠ない確信が前提だもの。現実の利害にきちんと則ったところって皆無だもの。

 見てるがいい。こういう「電子コミュニティ」は、微温的に続くだけで何も生み出さないか、または群衆心理の暴虐がむきだしになって、現実コミュニティの攻撃であっさりつぶれるから。ほとんどは前者だろうが、それもつまらんからいずれどっかを標的にして、世界初の仮想テロでもやって、後者を実現させてみようか。簡単だし、そのプロセスは実に興味深かろう。

 一方でサイバーシティとかネットシティとか、ただの広告陳列ページが仰々しく仮想都市を名乗る例も多いけれど、こっちはそのうちアメリカあたりで訴訟ざたが続出するんじゃないかな。効果がないとか、取引上のトラブルとかで。その結果として挫折するか、それとも成長するのかは未知数だけれど。


連載第2回

今月の喝!「ニューブリード、およびその他ネットの新しい感性」

 日本の某ネット周辺文化雑誌は「ニューブリードのための雑誌」を標榜している。ニューブリード! 新しい血統! まったく新しい価値観と感性を持った若者たちが、これまでの産業や国家の枠を超えたネットワークの力によって連携し、旧態然とした社会をくつがえして新しい……新しい……えーと……

 その先がさっぱり見えないのが、この種の議論のつらいところだ。ほんと、何がどう新しくなるのだろう。インターネットに限った話ではないのだろうけれど、新しいメディアというのは一方でユニバーサル・アクセスの夢を語り、大衆化と、自由と平等を唱えつつ、その一方でこういうエリート主義的な差別化を嬉々として行い、そこに何の矛盾も感じないでいられる。いずれエリートたちが数を増して、愚昧な大衆を浸食していく、という話だろうか。だがそれを実現するためのビジョンや方向性があるわけではない。「それが時代の流れだからそうなる」というわけ。そしてもちろん、時代の流れなんかあてにならないのだ。時代って一方向だけに流れているわけではないもの。少なくとも短期的には。

 きみたちがお手本にまつりあげている、あのティモシー・リアリーを見ていれば、そんなのわかるはずなんだ。ハーバードをやめて以来、口先ばっかの大風呂敷で、何一つ実現させられず、自由と軽佻浮薄を混同して、思考においてすら一度たりとも深みや真剣さに到達できず、いまや全身を癌に冒されて、死を前にしてぶざまにうろたえるばかりのジジイ。トレンド論と世代論を真に受けて、何もしないでいるとああなっちゃうんだよ。せっかくあんな分厚い自伝を訳して挙げたのに、そのくらい読みとってくれないと報われないじゃないか。

 日本で本気でこのニューブリードの旗を振っているとおぼしき伊藤穣一は、たぶん知らないのだろう。その昔、日本に新人類ブームというのがあったことを。が、投機経済が背景の新人類と、ネット投機が背景のニューブリード議論(あるいはその他ネット上での新しい価値体系議論)って、論調からなにからまったく同じだ。結局どうなるかわかんないところから、時代の流れ以外に得に根拠のないところまで。「歴史は繰り返す。ただし二度目は悪い冗談として」ということばがあるけれど、今回は一回目も悪い冗談だったので、二度目が案外大化けする……わけないよな。(つづく)

近況:帰国して4ヶ月、やっと逆カルチャーショックから立ち直る。もう夜中に銀行に金をおろしにはいかないのだ! (しかし ATM くらい 24 時間動かせよー)


連載3回

今月の喝! 電子通貨

 デジタルキャッシュが経済を変えると思っている人は不思議だと思う。デジタルキャッシュというだけで、今までの通貨とはまったくちがう何かが成立すると思っている人はバカだと思う。そういう人たちが具体的に何を期待しているのか、ぼくにはさっぱりわからない。現実に世の中にある(あるいは提案されている)デジタルキャッシュの仕組みを見ると、基本的にはクレジットカードの暗号化システムか、プリペイドカードである。で、それ以上のものになると予想すべき理由はあるのだろうか。「予想すべき理由」とまでは行かなくても、なんか「そう予想できなくもない可能性の片鱗」でもいいから、ないんだろうか。

 ぼくには何も思いつかない。いろいろ読んだ限りでは、ぼく以外の人間も何か思いついた様子はない。いつかデジタルキャッシュが現実の通貨にとってかわるとか、世界共通通貨となるとか、何を言ってんだか。

 要するにお金って、それが価値を持つための根拠がいるわけじゃないのさ。その根拠って、その通貨の信用度であり、つまりはその通貨圏の生産力でしょう。それを持っていないデジタルキャッシュにどんな可能性があるというの? 今、日本の銀行も結構やばいけど、円を預けておけば年利1%くらいつくでしょう。デジタルキャッシュなら? その価値を保証するのは、今の感じだとどっかの私企業(あるいは企業群)が関の山みたいね。親方日の丸の保証のある円よりずっとヤバイに決まってる。だったら、円をデジタルキャッシュに換えて保有するには、利率をぐっとあげてもらわないと。で、その利息はどっから捻出されるわけ? デジタルキャッシュ資産の運用? そんな資産、ないじゃん。

 結局、今のデジタルキャッシュの成立根拠は、現金よりクレジットカードのほうが支払いに便利、という程度。保有メリットもないし投資にも使えない。これが通貨? 「いずれデジタルキャッシュ経済圏がネット上に成立すれば」とかいう話もあるけど、そんなものにコミットするメリットがない以上、それが好き者のお遊び以上のものとなる可能性も皆無だ。

 クレジットカード会社が興味を示しているのは、セキュリティがあがって不正利用が減ればかれらの利ざやが増すからであって、それ以上の話じゃない。それに今だって、お金はいっぱいネットワーク上を流通してるんだよ。インターネットだけが電子ネットワークじゃないんだからね。するとデジタルキャッシュの決定的な優位性って何なのか教えておくれ。「新しい経済」なんて言うなら、クレジットカードと、銀行のATMネットワークと、自動引き落としにはできない何が可能になるのか、お願いだから教えておくれ。

 ぼくは何も思いつかない・・・いや、一つだけあるかも。 (以下次号)


山形道場連載4回:道場主によるありがたき模範試合編

真の意味での電子通貨圏、および電子国家/コミュニティ成立の可能性についての試案

(承前)前号で述べたように、ネットワーク上に国・コミュニティ・電子通貨経済圏が成立する可能性が一つだけあります。が、それはいまの脳天気なままごと民主主義みたいな「電子コミュニティ」や、ただのカタログショッピングとクレジットカード暗号化/プリペイドカードでしかないデジタルキャッシュなんぞとは、まったく次元のちがう話にならざるを得ません。

 どうやるか。今のバハマみたいな、税金のがれの国をネットワーク上につくって、そこに多国籍企業が本社を置く(登記する)ようにすればいい。で、そこの通貨は、造幣局なんかつくるのもったいないから、電子通貨! 為替市場で取引はされるけれど、紙幣や貨幣はつくらない。ただ登記の条件として、社内決済はすべてその国の通貨でやるよう義務づける。やがて、そこに本社をおいた企業同士が、その通貨で取引するようになり、それが「経済圏」となる!

 もったいないから国土も持ちたくないし、生身の国民もうっとうしいだけだからつくりたくない。国民は法人だけで、国の運営に必要な労働はすべて外国人労働者でまかなう! いや国家の運営を仕事にする企業(「国営」企業!)をつくって、そこの株を国民企業が持ちあえばいい。社員は全員外国人ですな。担保資産がないから、債券は発行しにくい。全部資本! 株の半分以上は国民企業が出資して持つ! 残りの株は公開取引。企業の収益は、法人企業からの税収。事業はサーバの運用と保守、および通貨管理。国としての決断や何かは、すべてその企業が行って、それに対する評価は株価だけ。それが低迷すれば、株主総会で経営陣の首のすげかえ。

 するとそこの通貨の強さは、国民企業の業績とほぼ連動するはず。国土の防衛も不要。サーバのセキュリティ確保が唯一の課題。国連に加盟するには、土地はいるのかな。でも、国連に認知されなくったって国にはなれるし、どうしてもというなら、どっか島を買うか、クルド族の独立でも支援してやればいい!

 問題は、たちあげだけです。最初の 10 社くらいをどうのせるか。あと、多国籍企業が、国家の枠を超えたと言われつつなぜ既存の国家を離れようとしないのか、といった問題も考えないと、つまづくかもしれません。また国家運営企業の活動がかなり制限されていないと、のってくる企業としては不安でしょう。この国営企業、LBO のターゲットには向いてそうだし、その対策も必要ですね。その他細部の詰めはまだ不足です。しかし、システム的には十分に可能でしょう。もっとも、既存のへなちょこ電子コミュニティごときにできる話ではないですが。おっほっほ。


連載第5回

今月の喝!「ベンチャー支援」

 神戸の震災復興もベンチャーだし、某博覧会予定跡地もベンチャー育成だし、通産も郵政もみんなベンチャーで、おかげでぼくの(本業の)職場も最近とみにベチャベチャしている。

 で、たぶん数年後に揺り戻しがくる。投資先がことごとくコケて大やけどをする投資家。ブームにつけこんだ詐欺や持ち逃げ騒ぎ。MIT 卒とかカルテック卒とかいう肩書きがあれば、みんなすぐだまされてくれそうだもの。あ、おれでもできるわけか。善人のぼくが思いつくくらいだから、実際にやるやつも多かろう。ベンチャー投資なんてけたが小さいから、住専みたいな実害はあるまい。でも、その後の投資意欲にはかなりの傷を残すだろう。

 この光景、ネットの世界でも近々見られるはず。あるインターネット・ベンチャーは、「配当を出す気もないし、現状の資本規模でまったく問題はない(つまり投資のあてがない)けど、株式会社の体裁を整えるために 1000 万円いる」と出資者をつのっていた。それでまた、出資したヤツがいるんだと。

 うーん。わかってるのかしら。そうやって集めた 1000 万って、寝かしといていい金じゃないんだよ。事業に投資して、成長させなきゃならないんだよ。そうしないと株価があがらないし、配当もらえなくて値上がりも期待できないとなれば株主は怒っちゃうよ。手持ち資金数十万を数年で 10 倍にするのと、企業として 1000 万の企業価値を毎年 15% なり 20% なりで(安定的に)成長させるのとでは、かなり話がちがう。インターネットは成長分野だからというけれど、急成長分野で一世を風靡しつつ、あっさり没落した企業なんていくらもあるし。

 ベンチャー企業のほとんどはモノにならずにポシャるという認識って、今の日本のベンチャーブームにはあるのかしら。ベンチャー企業の話は、成功談はホントに華々しいし、失敗談だって、強者どもの夢のあとの悲しい美しさがただよう。みんな、ベンチャーって夢の話だと思っているんじゃないか。でも実際のアメリカのベンチャー投資は、投資先が潰れたときにどうやって持ち逃げされないか、とか、趣味に走って儲からないことをさせないためにはどうするか、とか、そんな夢のかけらもない話ばっかなんだよ。これは夢じゃなくて現実なんだもん。

 コンピュータをいじりだしたのは、17年も前に安田寿明『マイ・コンピュータ入門』(名著!)を読んでのことだった。その最後に書かれていたビジコン社の盛衰記が、ぼくはいまも妙に記憶に残っている。

註:正しくはビジコンではなかった。失礼。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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