Voice 2016/08号 連載 回

イギリスのEU離脱はすばらしい

(『Voice』2016 年 8月 pp.38-9)

山形浩生

要約: Brexitは、世界大恐慌の発端とかおっかないことを言う人がいたけれど、そんな大したことはないと思うし、EU側のほうが緊縮でダメになっているので距離を置くのは正解だし、むしろ正式に離脱のやり方が固まれば、後に続く国もあるんじゃないかな。



これを仕上げている現在は、イギリスのEU離脱投票の開票真っ最中で、半分くらい開票がすんだところで大接戦ながら離脱派が僅差で優位に立っているので、ぼくとしてはうれしい限り。前回の当コラムでの述べた通り、ぼくはいまの緊縮ドイツに牛耳られたEUに未来はないと思っているので、離脱したほうがいいんじゃないかと思う。むろん、これをみなさんがお読みのときには結果は出ている。でもいま時点の見解として、事態を振り返る参考になれば幸いだ。ちなみに、結果がどう出ても、ぼくはこの内容をゲラで直したりはしませんので。

 なんだか日本では、離脱すると世界経済が大打撃とかイギリス経済は滅びるとか、すごい話をする人が多い。でも、ぼくは大したことないはずだと思う。1990年代のEU統合で貿易自由化に伴う便益は、GDPの2パーセントに満たない微々たるものだった。でも事前には、それがGDPの7%におよぶものすごい便益をもたらすと喧伝された。今回の、離脱すればひどい話になるという主張も、ぼくは残留派・EU支持派のプロパガンダだと思う。その一方で、離脱して大きなメリットがあるわけではないのも事実ではあるけれど。

 たぶん離脱されて痛手を受けるのは大陸側のほうだ。それも経済的というよりは、政治的な打撃だろう。EUにとっては、今回イギリスが離脱してしまえば、他の国にとってもEU(そしてユーロ)離脱の先例となってしまう。ギリシャをはじめいわゆるPIGS諸国は、たぶん離脱したほうが経済的には幸せだけれど、いまのところ先例がないとか、手順が面倒とかでなんとなく残留している。イギリスが離脱に動けば、その歯止めがなくなる。これはかなりきついはずだ。そしてだからこそ、イギリスの最終結果が残留になっても、これだけ離脱派の勢力があることが示されたことで、EU(ひいてはドイツ)への圧力にもなるんじゃないかと期待したいところだけれど……

 一部の識者は、こういう重要な政治的判断を、国民投票みたいな人気投票にゆだねるべきではない、という話をする。でも、ぼくはこういうものこそゆだねるべきだと思う。イギリスとして、EUと将来的にどんなつきあいをするかというのは単純な政治的判断ではないし、また経済的な損得勘定だけの話でもない。それこそ、社会のコミュニティとしての判断であり、それを構成する一人一人の判断だ。EU――そしてユーロ――に関する多くの分析は、それが純粋に経済的・政治的な功利判断の結果と言うよりは、戦後の統合ヨーロッパという理念に基づくものだと述べているし、ユーロの(いまにして思えば)拙速な導入と拡大も、その理念があればこそだ。だったら、その理念についてみんながどう思うかは、きちんとストレートに問うべきだと思う。

 余談ながら、桝添都知事が辞職に追い込まれた一連のプロセスは、まさにきちんと有権者の意見をきかない、ひどいプロセスだった。違法なことはほぼしていない。していたとしても、ほんの小銭程度。それを、出張費が高かったとか、ヤフオクで絵を買っていたとか、揚げ足取りのつるし上げで無理矢理辞職させる――なんですの、あれは。桝添の疑惑のせいで都政が麻痺とか言われていたけれど、それは桝添のせいではなく、そんなどうでもいいことにせっかくの都議会を使っていた都議たちと、それを煽ったマスコミのせいだと思う。どっかの旅館で会ったという出版社の社長とはだれか――それを知ってどうするの? マスコミは、それがさもだいじなことであるかのように報道していたけれど、多くの人は「そんなのどうでもいいじゃん」と言えるだけの良識を持っているんじゃないか。ぼくはあれも、桝添はちゃんと都議会を解散させて都民の意見をきいてほしかったと思う。

 が、それはさておき。これまでの各種報道を見ると、EU残留投票で、良識派は残留なのに、馬鹿な貧乏人どもが勢いで離脱を訴えているかのような報道があったけれど、ぼくは――というところで、離脱ほぼ確定の報道! すばらしい(推敲せずに書いているのがモロバレですが)。ということで、イギリスは今後、他の国がEUを抜けやすくなる手順の道筋をつけてほしい。長期的には、ぼくはEUにとってもそのほうがいいんじゃないかと思うのだ。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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