Voice 2015/09号 連載 回

ヨーロッパはもうダメかもしれない

(『Voice』2015 年 9月 pp.38-9)

山形浩生

要約: ユーロのギリシャ危機の後でも、ヨーロッパはまったくその緊縮強硬路線を改めようとはせず、ギリシャに対して無理難題のシバキばかりを行っているどころか、他の国にもそれを押しつけようとしている。



前回のこのコラムを執筆していた時点で、ぼくはユーロの崩壊が見られるものと思っていた。ギリシャは国民投票までしてEUやIMFの無茶な要求を蹴飛ばすと気合いを入れていた。対するEU勢——特にドイツ——も一歩もひかず、どう考えても折り合う余地がまったくない。イギリスの博打サイトで行っていたユーロ離脱トトカルチョも、「離脱しない」派が集まらずに賭けがなりたたない状態だった。さあ、どう展開するか——と思っていたら、なんといきなりギリシャが白旗を揚げてしまった。あーあ。

 というのも、ぼくはギリシャはさっさと離脱したほうがいいと思っているからだ。がんばってユーロ存続をはかるほうがいい、という人も多い。離脱は面倒だし訴訟の嵐になるし、それにあれほど苦労してユーロを作ったヨーロッパのみんなが落ち込んでしまうよ、というのがその論拠だ。が、それをこれまで5年もやってきて、何が起きたかといえばユーロの盟主たるドイツやフランスは何も譲歩を見せず、ギリシャなどにひたすら厳しい仕打ちをするだけ。これを見て、ユーロ残留支持派の学者もだんだん転向しつつある。

 そしてギリシャはがんばってその要求に応えてきた。財政を健全化すれば経済は復活する、というご託宣どおりにして大幅な財政黒字を続けてきた。でも当たり前だけれど、不景気で公共支出を減らしたら経済は悪化するばかり。ところがそれで景気が戻らず、借金が返せなかったのに、なんと、ギリシャには増税とさらなる資産売却が要求されている。資産なしにお金を儲けて返せというの? どうやって?

 ちょうどその頃、EUはユーロの将来に向けたロードマップを発表している。ぼくはそれを読んでめまいを覚えた。ぼくはEUとしても、体面上は借金返せと言い続ける一方で、それなりに現状の課題を分析して将来の方向性に活かすものと思っていた。が、それがまったくない。いまの危機の評価とかそれへの対応については言及皆無。ひたすらユーロ拡大、EUの権限拡大をひたすらうたいあげる。

 そしてその基本路線も、とにかく緊縮と財政健全化だ。欧州中央銀行が最後の最後に導入した金融緩和策は、さっさと「正常化」する。そしてさらなる統合のため、各国の財政規律を監視し、EUが介入できるようにする。一方、産業の競争力が高まるようにEUが監視する。でも経済危機になったら各国が自分の裁量(財政政策)でそれを解決するよう求める……

 ご承知の通り、いまのユーロ圏諸国には金融政策はない。規制政策もEU共通なので独自のものはほぼない。上の方向性だと、これから財政政策も産業政策も奪われるということだ。つまり、各国とも経済政策ほぼすべて奪われるというふうにしか読めない。EUが全部決めて、各国がそれにしたがって形式的に自国の予算を決めるだけ。

 ベストセラーになったピケティ『21世紀の資本』の第四部では、ユーロ圏の財政統合の必要性が謳われていた。でもそれは、各国の財政赤字もみんなで負担し合おうというものだった。でもここでの財政統合は、そうした痛み分けなど皆無だ。とにかく財政規律監視のシバキ状態強化ということだ。

 目先の問題解決から一切目を背けるばかりか、その問題に対する真面目な取り組みはおろか考察しかなく、むしろ現状を悪化させるようなロードマップを平気で出す——ぼくはこれを呼んで、ヨーロッパはもう本気でダメかもしれないと思うようになった。ギリシャ経済は当分復活せず、もちろん借金を返済できるはずもない。ぼくたちは数年後に、いまとまったく同じところに戻ってくるはずだ。そして次回は、たぶんギリシャだけではすまないだろう。いまなら、ギリシャを放出してユーロを立て直す満ちもあっただろうけれど、次回はおそらく、ユーロ圏のほうもそんな余裕がなくなっていることだろう。

 ほぼ同時に、中国の株式市場の暴落が続いている。短期的には、日本にとってこちらのほうが影響が大きいかもしれない。でもおそらく長期的に世界でみると、このユーロ爆弾のほうがずっと大きな破壊力を秘めているんじゃないか。ぼくはそう思っている。  


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。