Voice 2015/04号 連載 回

民主党の「格差解消」はお題目

(『Voice』2015 年 4月 pp.38-9)

山形浩生

要約: ピケティのおかげで格差解消が政治の俎上に挙がってきたけれど、民主党をはじめ左派の人たちはそれをきちんと政策化しようとせずに、単なるスローガンで終わらせようとしていて、お題目の域を出ない。野党や左翼がもっと人気を得るためには、これを核にもっと普遍性のある政策をきちんと考えることのはずなんだが。



 ピケティブームも、当人の来日を経て多少は落ち着いてきた。来日時にはピケティを錦の御旗に使いたい人々が、やたらにアベノミクス批判の言質を取ろうと同じ質問をあらゆる場所で乱発し、当のピケティ自身ですら「おれはアベノミクスにケチをつけに日本にきたんじゃねえ!」と苦言を呈していたほど。

 でも、それはピケティを政治利用すべきでない、ということではない。いやむしろ、きちんと政治利用すべきだと思う。今回の注目ぶりで、格差にみんなが多少なりとも関心を持っていることがわかったんだから、それについての真面目な取り組みは是非やるべき。ただ……問題はそのやり方だ。

 これについてちょっと考えたのは、三浦瑠麗『日本に絶望している人のための政治入門』を読んだからでもある。これはたいへんにおもしろい本で、いまの日本の政治状況について実に明解かつストレートな分析と提言になっている。現在の日本の「右傾化」なるものは、世界的な保守や右派の立場を見れば穏健きわまりないこと、そもそもその「右傾化」はむしろ左派/リベラル派の政党やマスコミや知識人が弱者カードを振りかざしすぎた反動であること、かれらがちょっとしたことを慎重膨大に騒ぎ立て、靖国でもなんでも踏み絵を強制するような真似をするからこそ、国民の多くはかえってそれに辟易し、その反対に流れているのだということ。実に勉強になります。

 そしてそこで、格差の問題も出てくる。左派が復活するためには、何でも反対の万年左翼根性に安住せず、ユニバーサルな希望と理念をちゃんと出してそれを元に再結束を図るしかない。その際には、やはり若年失業者や非正規労働者を含む社会的な格差の改善というのが十分考えられるという。まさにその通りだし、いまはその好機でもあるはずだ。

 で、いまの民主党は格差だとか中間層の復活だとか述べ、ピケティの来日でそれを盛り上げようとしていた。が、それがうまくいっているとは思えない。なぜかといえば、もちろん民主党の「政策」なるもの自体が政権運営の失敗で壊滅的に信用されていないという点はある。でもそれと同時にぼくを含む多くの人は、それが民主党の本心だなんて思ってないからだ。安倍政権にとにかくなんでもいいからケチをつけるために、そのときの流行で掲げているだけのお題目だろうと思っているからだ。そしてそれが証拠に……安倍政権をケチをつけるためにしかこの話を持ち出してないではありませんか。

 本気で格差について問題にしたいないら、それは大歓迎。ただしぼくは、それは現在の安倍政権による各種の政策をすべて否定することではないはずだと思っている。ピケティの議論がむしろアベノミクス肯定の面も持つことは、以前も本誌で述べた通りなんだし。だからもし本気なら、民主党はやり方を変える必要がある。格差解消が重要だと思っているから、安倍政権のこの政策には諸手を挙げて賛成する、その上でこれとこれは改善すべき、という形で政策パッケージを出さないと。それも賛成する部分について、いやいや賛成しているような顔をして政策取引に使うような姑息な真似をせずに、格差解消でも何でも自分の大義に沿う部分はかけひきなしで賛成してみせないと。

 何でも反対の万年野党として、つまらん言葉尻つつきでもいいから失点狙いにばかり精を出し、それなりに失業を減らして多少なりとも景気を戻した金融政策に反対し、格差を悪化させる消費税率引き上げについても自己批判がない――ぼくはそんなやり方で格差解消とか中間層復活とかに真剣だと思ってもらえるはずもない。金融緩和はお見事でした、消費増税すいません(財務省に騙されたって言えばいいよ)、景気戻してそれによる税収増であれしてこれして、と言えばまだみんな注目してくれるでしょう。

 それはある意味、民主党が保守政党化する方向性でもある。でも、本気で二大政党とか目ざすんなら、それは避けられないことだと先の三浦本も指摘する。まあ、いまの民主党にはそうした方向性はまったく期待できないので、これはすべて絵に描いた餅ではありますが。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。