Voice 2015/02号 連載 回

幼児教育への投資は国としてきわめて重要

(『Voice』2015 年 2月 pp.38-9)

山形浩生

要約: 研究で、幼児期の知能は後々への影響が大きいことは示されている。だから幼児教育を社会全体として強化するのは、実に利得が大きい。ピケティの悲観論をそのまま受け入れる必要はなく、どうやって少しでも改善できるかを考えることが重要となる。少子化対策も含め、こうした子供に対する施策はいまもこれからもますます重要となる。



あけましておめでとうございます。前号でも触れた拙訳のピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)が刊行されて、異様に売れているとのことで、版元も強気で刷っておりますが、大丈夫かなあ。初動に引きずられて無謀に生産を増やしたメーカーが不良在庫の山を抱えて倒産というのは、製造業と不動産の歴史であまりに多く見られた現象。みすず書房がそうならないことを真摯に祈っております。

 さてこの本、お金持ちに税金かけろ、資本に世界的な累進課税しろ、と述べる。でもそうやって集めたお金をどう使うんですか、というのには答えない。税収が目的ではなくて、資本所有の透明性を高めるためなんだ、と述べておしまいだ。

 しかもその世界観は、かなり悲観的だ。人的資本の育成や教育による技術普及は重要と述べつつ、でもそれが格差の主因じゃないと述べるので、なんかそちらにお金をまわしても仕方なさそうだし、何をやっても経済成長は上がらないかも、と述べる。するとかれの主張は金持ちをいじめて庶民の低い水準に引き下ろせという話に読めてしまう。みんな貧しい低成長水準にまでひきずりおろせ、という悪しき共産主義と解釈されかねない。ピケティの本は優れた本だけれど、こうしたペシミズムは誤解のもとになりかねないと思う。

 では実際にはどうすればいいんだろうか?

 実は最近、アメリカの『サイエンス』誌を読んでいたら、数十年にわたる追跡調査で子供の頃の知能と老人になってからの知能を比較する、というものがあった。結論は単純。子供の頃に知能が高いと、老人になってからも認知能力は高い。

 ということは、子供の頃の教育や発育状況を社会全体として改善することは、長期的な高齢者対策にもなるということだ。ボケも寝たきりも減る。

 そしてこれまでの多くの研究でも、子供、いや幼児期の教育が、知能も所得も大きく左右することがわかっている。金持ちの再生産は、金持ちは子供の教育にお金をかけられるせいが大きい。それを打破しないと、格差は固定化されてしまう。

 すると基本的には、何より幼児教育、ひいては子育てにもっともっとお金をかけろということになる。それは成人期の格差対策でもあるし、高齢化のボケ対策にすらなる、というわけ。ついでにそれは人的資本の拡充で、経済成長にもつながる。経済成長についてピケティの悲観論をだまって受け入れる必要はない。少なくとも政府は、できることは精一杯やらなくてはいけないのだ。ついでに、子育てにお金をもっとかけてくれれば、子供だって生みやすくなる。少子化対策にだってなるだろう。経済成長のかなりの部分は人口増加だから、少子化が緩和されたらこれまたgも上がり易くなるのだ。ついでに、女性の社会進出支援にだってなる。

 そして、この程度のことはいまだってもっとできる。12月半ば、7-9月期GDP成長の改訂値がマイナス1.9パーセントに下がった。その原因は、公共工事が進捗していなかったからだ。予算はいくらでも詰める。でもそれを執行するためには、それを受注して工事をやってくれる業者がいる。それが足りないからだ。

 だったら、できもしない公共工事に予算をつけるのはやめよう。その分、子育てとかにもっと予算を割こうじゃないか。

 こう書くと、リフレ派は公共工事を否定している、非常識だ変節だと言われることがある。でも財政出動というのは、別に公共工事だけじゃないのだ。減税もあれば、各種補助金もある。お金の使い方というのは様々なのだ。土建屋さんにばかり頼る必要はない。不況時には、無駄な公共投資でも構わないといえば構わない。でも、少なくともそれが実行される必要はある。予算だけ積んでもだれも入札しない工事や執行してくれない公共事業ばかりが増えてもしょうがないのだ。

 一応情報開示をしておこう。最近ぼくにも子供ができた。だから育児支援とか幼児教育拡充というのは、ある意味ではぼくが自分に得になるような我田引水の議論とも言える(保育園探しにえらい苦労しておりますし)。でも、長期的にはこれを含めた各種若年層支援こそが、日本経済の将来を決定づけてしまう、というのを今度の自民党政府にも是非理解していただきたいところだ。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。