Voice 2014/08号 連載 回

泥沼のようなイラクの状況

(『Voice』2014 年 8月 pp.38-9)

山形浩生

要約: イラクの状況はわけのわからないことになっていてISISがアメリカ撤退に乗じてすさまじく勢力を拡大している。この泥沼状態についていろいろ原因を言うことはできるし、また日本の憲法解釈で云々することはできるけれど、現在の状況はあまりに泥沼で、そんなお題目は何の影響も持ち得ない。ついでにベネチア建築ビエンナーレはおもしろいよ。



 五月末から六月にかけて、ヴェネチアで建築ビエンナーレ2014年日本館オープニングの手伝いをしてきた。ワールドカップほどではなくても、一応は日本代表の看板を背負っていたわけだが、いやはや連日早朝から深夜までの重労働をこの歳でやるとは思っておりませんでしたよ。

 で、その間はほとんどニュースも見ずに暮らしていたわけだが、その間に……イラクがとんでもないことになっていた。米軍が撤退して、反乱軍ISISがどんどん侵攻して要所を次々に制圧、イラン第二の都市モスールまで陥落してしまい、そしてそれに対峙するイラク正規軍は、装備その他はそれなりに優れていたし、兵員数も反乱軍を圧倒的に(15倍も)上回っていたというのに、ちょっと攻撃されただけで一斉に逃げ出すか降伏し、まともな戦闘にもならなかったとも言われる。ジョン・ケリー国務長官がバグダッドで、支援は惜しまないとは言っているが、その支援を引き揚げたばかりのところでそう言われてもどこまで説得力があるのやら。反乱軍はさらにバグダッドに向けて進軍を続けており、みなさんが本稿をお読みになる頃にはどうなっているかまったく先が見えない状況。

 オバマが生半可に米軍を引き揚げ、イラクは大丈夫だとか大見得を切ったのが愚かだった、ということはできる。が、それを言うならそれ以前に、いい加減な諜報(インテル)を元に思いつきでイラクを爆撃してめちゃめちゃにした、ブッシュ息子のほうが圧倒的に愚かだったのはいまや言うまでもない。その尻ぬぐいをさせられ、それについて責められているオバマは本当にかわいそうだと思う。

 が、それ以上に、これを見ると現代の戦争というものの性質について、多少の知見が得られると思うのだ。

 まず、戦争というのは面倒だということ。そう簡単に外国に出ていってあれこれできるものではない。それをやったとしても、その後始末は容易ではない。かつては、戦争が植民地主義と一体になっていた。勝てば自国の余った国民を送り込んで生産活動や統治活動を行えばいい。だが先進国が軒並み人口減少に直面しつつある中、そんなことはとてもできない。中国が好戦的な原因の一つはまさに人口が未だに増えているからだ(これは中期的にはかなり変わりそうだが)。でも他の国は——特に日本は——とてもそんな余裕はない。

 さらにもう一つ、装備がどうあれ、基本は兵隊たちにちゃんと戦ってくれる気がなければできないということ。数と装備はあっても、今回のを見てもやはり付け焼き刃では話にならない。マクロの軍の強さは、相当部分が個別兵士のミクロのやる気に依存する。それがないと軍隊というのはほとんど意味がない。

 そんなことを考えているのは、日本の憲法解釈だのの議論のほとんどが、ナンセンスだと思っているからだ。戦争なんてそう簡単にできるものじゃない。現在の、特に日本で、それを意味ある形でやるのは不可能に近いと思う。そしてもしそんな幾重もの不合理を乗り越えてまで無理に戦争をやりたい状態になったときには……ぼくはいま時点での法律解釈だの原則だのが、それを一秒たりとも止められるとは思わないのだ。戦争は面倒だし、尾を引くし、そのうえ(以前この欄でも指摘したように)儲からない。それをきちんとわからせることが、ぼくは何よりも抑止として重要だと思うのだ。

 イラクは今後どうなるかはわからないが、アメリカもどっかで(アフガンと同様に)投げ出すしかなくなるだろう。するとまた国内がアフガン同様に群雄割拠状態になって——たぶん収拾つかないだろう。だがそこからぼくたちが学べることも少しはあるのだ。

 ついでに冒頭に挙げたヴェネチア建築ビエンナーレは、今年は11月末までやっているので、イタリア方面におでかけの方で建築に興味がある方は、是非ともお立ち寄りいただきたい。金獅子賞、銀獅子賞は逃したけれど、それでも各国パビリオンの中で日本館は有数のおもしろさだと思うし、あまり高踏的なコンセプトに走らず、変なものがごちゃっと詰まった楽しさがあって、一般の人も楽しめると思いますぞ。


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