Voice 2014/06号 連載 回

報じられなかったIPCC報告の重要部分

(『Voice』2014 年 6月 pp.38-9)

山形浩生

要約: IPCCの五次報告書だと、温暖化の被害はGDPの2%程度だけれど、それを防ぐにはGDP11%くらい必要とのこと。費用対効果から考えて、温暖化対策のあり方は見直すべきでは?



これを書いているのはアースデイ。地球環境を大事にしましょう、特に温暖化をどうにかしましょう、という主張をみんながしたがる日だ。

 さてこのコラムをずっと読んでくださっている人々はご存じだろうけれど、ぼくも地球温暖化は起きているようだし、人為的な要因も作用していることは十分認める。ただし、まだまだ不明点も多い。それどころかここ十年くらい実は平均温度は横ばい気味で、温暖化の実際の進展はかなり遅くなっているのも事実だ。

 一方、それの対策としてバカの一つおぼえみたいに言われているのは、炭酸ガスの削減だけれど、これは人々の生活水準を大きく制約する。だれもそんなことはしたくないので、削減方針を定めた京都議定書の目標値は、批准国ですらほとんど達成できていない。だから当然、それをさらに厳しくしようとするCOPS会議はなおさら現実味がなく、まったく合意に達せず、何一つ実現できていない状況。

 だんだんこうした状況は多くの人が知るところとなっている。ついでに、リーマンショック以来の金融危機で世界が大不景気に陥り、失業その他で生活が締め付けられてきている。炭酸ガス排出を減らせというのは、基本的には生活水準を下げろということになる。すでに不景気で苦しんでいる人々に、生活水準生活をもっと締め付けろといってもだれも興味を示さなくなりつつある。

 温暖化対策を重視する人々は、それに焦ってとにかくなんでも温暖化と結びつけ、大災厄が起こると言い続ける。それは今後ますますひどくなり、世界は破滅に向かうというんだが、その主張があまりに脅しめいてきて、さらに説得力が下がりつつあるよではないか、とぼくは思っている。

 と、ここまでが長い前置きだ。さてこの四月に、この件については一応の権威であるIPCC (気候変動に関する政府間パネル)が、気候変動の緩和策に関する報告書を出した。これは同パネルの第五次報告書の最終部分となっている。そして、この報告書は全体にかなりトーンダウンしていると言えそうなのだ。

 この第五次報告では、気候変動/温暖化が人為的要因によるものだというのをほぼ確実視するようになっている。でもこの報告書ではその一方で、これまでの地球温暖化モデルの結果が過大だったということも認めざている。また、それが世界に与える被害も、2080年あたりで世界GDPの2パーセントくらい、という落ち着いた数字になっている。世界壊滅というようなひどいものでないという点はおおむね合意があるようだ。

 一方で今回の最新報告書で示されているのは、温暖化対策の費用はかなり非現実的な想定を置いた場合でも、今世紀末には世界GDPの11パーセントにのぼりそうだということだ。おそらくもっと現実的な想定をおけば、これよりはるかに大きくなるのはまちがいない。

 GDP2パーセントの被害を防ぐために、11パーセント以上の費用をかけるのが正当化されるだろうか?

 このIPCC報告については、日本ではあまり報道がなかったように思う。もちろん、関連業界ではそれなりに触れられたが、一般メディアにはちっとも出なかった。また関連業界でもむしろ失望の声がきかれた。もっと温暖化のこわさについてドーンと出るものと思っていたのに、似たような話の蒸し返しになっている、といって。それどころか多くの政府は、被害の低さや対策費の高さについての数字を出すな、隠せと要求していたという。でもそうした圧力に屈せずにそれを報告書に含めたIPCCは立派だ。もちろん政策提言の部分は、もっと世界的に対策を強化しろ、というものになっているけれど……

 もちろんメディアも業界関係者も、これまで温暖化の脅しで稼いできた部分があるので、そうした部分をなかなか認められないのは無理もない。そしてもちろん、「いまの予想はそうでも、もっとひどい被害が生じる可能性もあるから念のため対策はすべきだ」という発想はある。そしてエネルギー効率を上げる各種の方策はそれ自体として重要ではある。でもその一方で、基本的な知見はおさえておくべきだ。そして温暖化をネタにしてきた人の多くは、そろそろ引き時なのでは?


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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