Voice 2014/02号 連載 回

消費税率引き上げ後に起こること

(『Voice』2014 年 2月 pp.38-9)

山形浩生

要約: 黒田日銀によるインフレ目標策は成功しつつある。だが8%への消費税率引き上げが迫っており、これがかなりの問題になりかねない。そしてそれに関する報道はろくでもないものばかり。経済ジャーナリズムは憶測気球を上げるだけでなく、税率引き上げの影響について判断材料を提供することこそが重要では?



2013年は、日本経済にとって重要な展開が二つあった。一つはアベノミクスが本格始動し、黒田日銀によるインフレ目標政策が明示的に示されたこと。そして第二には、日本の消費税の税率引き上げが決まったことだ。

 そしてこのいずれについても、日本の経済ジャーナリズムの欠点が露骨に示されていたとぼくは考えている。今回はそれをふりかえりつつ、2014年の経済報道をめぐる展望を示そう。

 まず黒田日銀のインフレ目標だ。二年で二パーセントの物価上昇目標をうちだして期待を変え、景気回復を図るという政策はご存じだろう。すでに効果は出ている。2013年10月の実績では、食品を除いたコアインフレは0.9%。さらにエネルギーの影響を抜いたコアコアインフレでも0.3%上昇だ。

 だが2012年末から2013年頭にかけての論調がどんなものだったかも、読者諸賢の多くはご記憶だろう。報道のほとんどは「異次元緩和」を連呼して、この黒田日銀の新政策が異常だというイメージ操作をはかっていた。それが意図的だったことは『ジャーナリズム』2013年5月号の「アベノミクスと経済報道」特集に出た、日本の主要「経済」誌編集長の座談会で明言されていた。そして、効果が出たあとも、ちょっとした株価下落のたびに、アベノミクスはおしまいだ、という記事があちこちに登場した。

 さらにもう一つ大きなトピックは、消費税の税率引き上げだ。だがこのときの経済報道は異様だった。実際の発表のはるか前から、首相は増税を決めた、という報道があちこちのメディアで見られた。そして官房長官がそれを否定したあともそれは平然と続いた。日本報道検証機構も、その異様さを指摘している。その報道すべての断言ぶりや執拗さは、単発的な勇み足ではあり得ない。消費増税を既定のものとしてしまいたい人々が、継続的にそうしたリークを行っていたのだろう。リーク情報への過度の依存は情報源と報道とのなれ合いをもたらし、利用される危険は増す。まさに今回はそれが起こったのではないか。

 これらを考えたとき、2014年の経済報道はどうなるだろうか。最大のイベントは、4月の日本の消費税率引き上げだ。駆け込み需要が一区切りつき、景気は一時的に下がるのはほぼ確実だ。そのあと持ち直せるか? それ次第でその先の税率10%への引き上げについても沙汰が決まってしまう。だからこれまでの経済の実績と今後の可能性をめぐる様々な見方を選り分けて人々に評価の材料を与えることこそが経済ジャーナリズムの役割となるはずだ。

 が……もちろんそんなことは期待できそうにない。いままでの状態が継続するなら、消費税引き上げに伴う景気の減速はすべて、アベノミクスやインフレ目標政策の失敗だと言われるだろう。そして消費税率アップによる景気低下の影響についてはあまり触れられないはずだ。むしろ、消費税を引き上げたからこそ景気低下がこの程度ですんだ、無責任なインフレ目標策で失われた日本経済への信認が多少なりとも補われた、といった論調の記事が乱舞することだろう。

 さらに2013年に少し景気が回復したことによる税収増が、まるで消費税引き上げのおかげであるかのような報道が行われるはずだ。そしてそれらをあわせて、やっぱ10%引き上げはやむを得ない、必須だ、といった論調が出回ることになる。もちろん、今回と同じく実際の決定よりはるか前から、決まった決まったという憶測報道が飛び交うはず。

 そしてもし消費税率引き上げが本当に景気の停滞につながった場合には、黒田日銀への圧力が増すだろう。それが悪い方向に向かったら、日本経済は取り返しのつかないことになりかねない。

 もちろん、こんな事態にならないよう願ってはいる。そして、マスコミも役所も風見鶏だからすでに方向を変えており、アベノミクス/黒田日銀批判はもうそんなに出てこない、という説もきいた。でもぼくはまだそこまでジャーナリズムを信用する気にはなれないし、またそう簡単に豹変するようなら、それはそれでまた定見のなさを示す困った話ではないか? そんなわけで、どっちに転ぶにしても、日本の経済ジャーナリズムの課題は根深いし、おそらくそれを本当に変えるにはたぶん2014年だけではすまないはずだ。変えるつもりがあれば、の話ではあるが。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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