Voice 2013/12号 連載 回

ゴールデンライスを邪魔する環境NGO

(『Voice』2013 年 12月 pp.38-9)

山形浩生

要約: フィリピンでのゴールデンライス実証実験を、遺伝子組み換え作物反対のグリーンピース系NGOの暴徒たちが破壊した。遺伝子組み換え作物はまったく問題がなく、農民に取ってもそれを食べる人びとにとってもメリットは大きいのに、感情的な反発だけでそれを暴力的に破壊する活動は許し難いものだが、それが現在の環境団体なのだ。



日本ではほとんど報道されなかったが、今年の八月、フィリピンで行われていたゴールデンライスの実証用田が、暴漢たちによって破壊された。

 ゴールデンライスとは何か? これは遺伝子組み換えで作られた、ビタミンAを豊富に含む米の新種だ。米を主食とするアジアの多くは、ビタミンA欠乏が大きな問題となっている。食生活が改善すればビタミンAも十分取れるようになるが、貧乏なところは(かつての日本のように)大量の白米とおかず少々という食事になってしまい、ビタミンA欠乏が蔓延している。米の本体からビタミンAが摂取できれば、これが大幅に改善する。その恩恵を被る人々はアジア全域で何百万人にものぼるだろう。

 ところが、グリーンピースを筆頭に、世界の「環境保護」を自称する団体は、このゴールデンライスに大反対している。なぜか? 遺伝子組み換え作物だから。

 このゴールデンライス、今世紀頭にはすでにできあがっていた。各種の試験も死ぬほど行われ、あらゆる点で何ら問題がないのはほぼわかっている。が、未だに普及していないのは、こうした「環境保護」団体たちがあれやこれやと難癖をつけて、その正式な導入をじゃましてきたからだ。  今回のゴールデンライス実証田も、正式導入のための手続きだった。ちなみに、それを実施していたフィルライス/国際米研究所は、緑の革命を米でもやろうとして、日本が大量のODAを注ぎ込み、立派な成果をあげ続けてきたところだ。

 当初、このゴールデンライスへの妨害は、遺伝子組み換え作物に反対する地元の農民によるものだと報じられた。だがその後の調査で、実は犯人たちはほぼすべて、だれかに雇われて各地から送り込まれた連中だということが明らかになっている。だれに雇われたかは想像に難くない。

 そもそも遺伝子組み換え作物に対する各種の中傷はすべて、ほぼ根拠がないものだ。これまで遺伝子組み換え作物で被害が生じた例はないし、ふつうの交配種や品種改良だって、遺伝子組み換えの一種にすぎないのだ。一部の人は遺伝子組み換え作物が、毎年新しく種子を買わねばならないので穀物メジャーが農民を自分たちの支配下に置くために陰謀だというインチキな宣伝を行う。だが普通に交配を通じて品種改良した米の多くでも同じことなのだ。フィルライス開発の新種の米の多くは、毎年新しく籾を買わねばならない。だがそれでも収量の増大や農薬の低減などで十分にお釣りがくる。地元の多くの農民は喜んで採用している。

 さらに、ゴールデンライスはそもそもメジャーに独占などされない。これを実現するために、あちこちが持っていた遺伝子特許(これ自体、ずいぶん問題の多いものだが、ここでは触れない)を放棄・提供してくれるよう関係者が奔走した結果として生まれたものだ。通常言われるような問題は何一つなく、導入されれば何百万人もが栄養失調から救われるかもしれない。

 「環境」団体は、ゴールデンライスですべてが解決するわけではない、という。それがどうした? 新種の米だけで「すべて」が解決するなどと期待するほうがまちがっている。でもこれがあれば、一部の問題は確実に解決できる。

 「環境」団体はさらに、ゴールデンライスなんかなくても、貧乏人の食生活を改善すればいい、という。もっと野菜を食べるようにしなさい、と。でも貧乏人はそもそも、それができないというのが問題なのだ。お金がなくて野菜をそんなに買えないんだから。結局、あれやこれやの反対論は、とにかく遺伝子組み換えだからダメ、というのを偽装しただけの議論なのだ。

 通常は各種の問題について、「環境」団体寄りの立場を取りがちなアメリカ科学振興協会も、今回の一件については会誌「サイエンス」に非難声明を出している。こうした蛮行は、遺伝子組み換えに対するデマと感情論だけではそろそろ劣勢になってきたという焦りのあらわれでもあるようだが、一方ではかえって多くの人に、遺伝子組み換え反対論の不当さを認知させる結果にもなっているようだ。いずれこうした妨害を乗り越えて、ゴールデンライス——そして他の遺伝子組み換え作物——も正当な市民権を得てくれればと願うばかりだ。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。