Voice 2013/11号 連載 回

地球温暖化が止まると困る人たち

(『Voice』2013 年 11月 pp.38-9)

山形浩生

要約: 地球温暖化はここ10年くらい停滞しているし、またモデルで使われる気候感度の数字もあまりに高く出過ぎている。温暖化は起きているけれど、そんなに大きな問題ではないし冷静に考える時間はあるが、みんなこれまでの煽りで引っ込みがつかずに話を無視している。それが温暖化問題への不信感にもつながっていると思う。



もはや日本では、地球温暖化対策はあまり政策の表舞台に出なくなっている。震災以降、原発が止まって古い火力発電設備まで総動員して対応している状況では、炭素排出を減らそうというお題目自体が空疎に聞こえるのは確かだ。人は明らかに、炭素排出を減らすよりはきちんと電力が供給されることを重視している。その一方で、異様に高価な再生可能エネルギー買い取り制度ができてしまって怪しげなソーラーファーム計画などが乱立しているのも事実だが、これは温暖化への危機感というよりは原発事故直後のどさくさまぎれという観が強い。

 とはいえ、地球温暖化がまだ国際的な問題として、少なくとも話題にはのぼるのは事実だ。そしてそれに裏付けを与える大きな存在が、気候変動に関する政府間パネル、いわゆるIPCCの報告書だ。そして、現在その報告書の最新版が準備されているのだが、AP通信がその草稿とそれをめぐる各国政府のやりとりを入手して報道している。

 そして、そこに大きな問題が生じている。ここ、地球温暖化は止まっているという事実をどう扱うか、という問題だ。

 そう、この問題に関心のある人ならみんな知っていることだが、地表の平均温度を見ると、実測値を見ても人工衛星からの測定を見ても、ここ10-20年にわたり完全に横ばい状態となっているのだ。

 これは大変困ったことだ。IPCCが使っている温暖化の予測値は、数百個に及ぶ大規模気候モデルの平均値だ。が、そうしたモデルの中で、こんな形での温度変化を予測したものは一つもない。過去30年で見ると、各種モデルは平均で温度上昇を実測値に比べ70パーセント以上も過大に、人工衛星データとの比較では150パーセント以上も過大に予測してしまっている。

 もちろん、実測値が下がれば今後の予測値も下がることになる。が、各国政府はこれに対し、この記述を変えろ、削れと圧力をかけているそうだ。ドイツは削れと主張、ベルギーは基準年を変えてもっと目立たなく白と述べ、アメリカはこれを説明できそうな仮説を強調しろと要求しているとか。

 ちなみにその仮説というのは、温暖化は海底にはいりこんでいて表面に出ていないんじゃないか、つまり別の海洋循環があるんじゃないかという説だ。ただこれも、あまり検証されていない。海底の水温は上がっているらしいが、結論としてはわからない。そしてもちろん、既存のモデル(そしてそこから出てくる結論)にはそんなものは反映されていない。

 ちなみに報告書草案は、温暖化に人間の活動がそれに貢献しているのは確実だと改めて強調するとのこと。全部がそうだというのではない。IPCCは、温暖化の半分以上は人為的なものだという言い方をする。もちろん、人為的な影響は確実にあるだろう。ただ、実際に温度が上がっていないとなると、今後突然これまでにも増して温暖化が加速すると言えないかぎり、今世紀末の予測も引き下げざるを得ないはず。すると、その影響もその分下がるのが道理だろう。

 だが各国政府は、おそらくそれだとこれまで自分たちが旗を振ってきた温暖化対策の意義が下がってしまうと恐れているらしい。一応、IPCCは政策中立的な団体であり、科学的なコンセンサスをまとめるだけだということに建前ではなっている。が、もちろん政府間パネルである以上、そうした政治的な思惑は避けられない。それでも、こうした歪曲を各国が公然と要求するというのは、いささか鼻白む思いではある。ちなみにEUの気候変動コミッショナーであるヘデガードはこの点を指摘されて、たとえ温暖化をめぐる科学がまちがっていたとしても、いまの異様な再生エネルギー補助金を含む政策は正しいのだと強弁した。そういう強弁をすればするほど、温暖化や気候変動は政策的な関心と重要性を失うだけだ。そろそろきちんと数字を見直して、妥当な対応の水準(それはいまよりは低いものとなるだろう)を正直に示すようにしないと、かえって不信が高まるばかりだと思うんだが……


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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