Voice 2013/09号 連載 回

売り手市場に遅れをとる日本企業

(『Voice』2013 年 9月 pp.38-9)

山形浩生

要約: ミャンマーは電力不足で、小規模な自家発電の需要が高く、中国などはそこにどんどん入り込もうとしているのに、日本はそうした部分に全然参加できず、及び腰になっている。そして進出をやっと始めた頃には手遅れの高値づかみ、というのがよくあるパターンだ。中韓企業が汚い手を使う、というような批判はお門違いで、かれらは初動がすばやく、リスクを取るのだ。



15年ぶりにミャンマーはヤンゴンに来ている。雨期の真っ最中で、しかも周辺国の雨期のように短期間だけ豪雨が降ってあとは晴れという雨期ではなく、一日中それなりに激しい雨が降り続く毎日で太陽も滅多に拝めず、いささか気が滅入るのは仕方ないながら、当然ながら街の著しい変貌ぶりには驚かされる。以前は考えられなかった交通渋滞、ぼろぼろの古い建物の横で乱立する新しいビル、物件価格やホテル価格の高騰、ありとあらゆるインフラの不足。もちろん、発展途上国が急激に変わるときにはどこでも見られる現象ではある。タイ、ベトナム、中国。でもここでは、東南アジアに残された最後のフロンティアとして、経済制裁解除から一斉に投資が流れ込み、各地で見られた変化がまとめて押し寄せている状態で、その分変化とそれに対する戸惑いも多い。

 なかでも電力はかなり厳しい状態にある。この五月に安倍首相がミャンマー訪問をしたときにも、電力分野での援助は真っ先に挙がった。ヤンゴン市は、それまで年率四−五パーセントという穏やかな需要の伸びだったのが、制裁解除後はいきなり年率数十パーセントで需要がのび、老朽化した各種設備ではとても追いつけない。それ以前に、そもそも発電が追いつかない。

 だが、まだ社会的にも不安定なので、住宅や商業への電力供給を制限するのは困難だ。するとそのしわよせは、すべて工業にいくようになっており、現状で工業団地は一日五時間しか電気がもらえない状況となっている。もちろんこれでは仕事にならないため、各工場は自前で発電設備を備えざるを得ず、これが操業コストを引き上げる一因だ。

 これをどうするかは、今後ミャンマー側および日本をはじめとする援助の課題ではある。が、一つ当然進められているのは、民間の独立発電業者だ。民間が発電所を作って、特に工業団地に電力を供給してくれれば万人にとってありがたい。割高にはなるが、工場ごとに自前で用意するよりは安いし、いまのようにほとんど電気がこないよりは遙かにましだ。

 さて、ここからはミャンマーを離れた一般論だ。通常こうした独立発電事業だと、電力の買い取り契約が結ばれないとプロジェクトが始まらない。それなりの大規模な投資になるので、これは通常なら賢明なことだ。が、ミャンマーや、その他急発展で電力不足に悩む場所では、電力需要はまちがいなくある。だからこれまでいろいろなところで見ていると、中国系の企業などはしばしば、特に小規模なものだとある程度話がまとまったところで見込みで作りはじめてしまう。小規模なものなら、話がこじれてもあまり大きな損害にならないし、余所に持って行くことも可能だ。一方、電力がどうしてもほしい相手ーー政府であれ、民間の工場であれーーはすぐそこに供給があるとなれば、多少ふっかけられても飲まざるを得ない。

 むろん、これだとリスクがあるので銀行からの融資は受けにくい。が、小規模のものなら、日本の大企業なら手持ち資金だけでまかなえそうなものなのだが、というような話を現地の人々ともあちこちでする。でも日本企業は、いつも慎重すぎてそうした冒険は決してしない。結局ピークを過ぎて、売り手市場が終わって供給がだぶついて買い手市場になったあたりでやってきて、結局得においしくもない条件で事業をやることになる。もう少しうまく立ち回れば、もう少し積極的にリスクをとれば——そう思える局面は実に多いし、またこうした市場で中国や韓国企業にしばしば日本企業が遅れをとるのも、別にかれらが汚い手を使うからではなく、日本企業が及び腰でリスクをなかなかとろうとせず、判断が遅いという理由が大きいように見える。

 ところでまったく関係ない話だが、ミャンマーはもちろん仏教徒が多く、お寺はいつも信徒でにぎわっている。そのお寺の仏像の後光部分にLEDを使って、電光式看板のように極彩色でぴかぴか飾りたてるのがいまははやりだ。日本人からすると違和感があるのだが、一方で現地の人は、古いから(古そうだから)ありたがいというような考え方をしておらず、信仰も技術進歩を取り入れてアップデートしている。ある意味でここに、日本での宗教が廃れつつある一因があるように思うのだが。が、この話はまた別のところで。


前号へ 次号へ  『Voice』インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。