Voice 2013/08号 連載 回

乱高下しない市場はつまらない

(『Voice』2012 年 10月 pp.38-9)

山形浩生

要約: カンボジアとラオスの証券取引所がオープンしたが、ほとんど売買がなく、株がまったく動きを見せないためにさらに売買がない、という悪循環になっている。本来株式市場は、放っておくと乱高下するので安定化を目指す、というのが基本だったが、そうでない事態にどうすべきか?これは自然発生するインフレを抑えるという中央銀行の役割がデフレでまったく変わるのと似ている。



本稿執筆時点は六月の下旬。安倍政権誕生とそれに伴うインフレ目標政策への期待で、昨年末から右肩上がりを続けてきた株式市場が、この六月頭から半ばにかけて大幅な上下動を見せた。それを見て、それ見たことか、アベノミクス失敗だ、バブル崩壊だと騒ぎ立てるのがいかに浅はかなことかは、たぶん本誌でもだれか他の人が書いてくれるだろう。変動の理由についても、そちらで読んでほしい。ただ、基本的には株価というのは変動リスクが常にあるものだし、だからこそ債券よりは高い期待収益率が得られる金融商品なのだ、というのは常識のはずだ。

 ということで、話は変わってラオスとカンボジアの証券市場の話だ。どちらも比較的最近オープンしたばかりだが、とにかく上場企業が少ない(ラオスは二社、カンボジアは一社)。カンボジアのほうの一社は公開直後からずるずる株価が下がってそのまま横ばい状態。ラオスも、株というのは何やらもうかるらしいと聞いた人たちが最初はどっと買って、上場から一ヶ月ほどはぐんぐん株価は上がった……が、その後はそれがじりじりと下がって元の木阿弥、その後はほとんど値動きがなかった。どちらも株式市場はエキサイティングとは言いがたい状態だ。両国とも、証券取引所のオープンに伴って、いくつか証券会社ができた。が、市場の値動きがなければ、あまり売買もなく、あまり売買がなければあまり値動きもなく、という無限ループに入っていた。一つには、あまり怪しい企業がたくさん上場していかがわしいことになってはいけないと、上場についてそれなりに厳しいルールを課したことがある。ルールは必要だけれど、厳しすぎれば何も起こらない。

 日本では株価が乱高下だと騒ぎ立てているけれど、何もないのもこれまたつまらないし、株屋の出番もない。何もないのに比べると、上がりでも下がりでも、何かあったほうがずっといいんじゃないか。それがあるからこそ参入してくる投資家もいるわけだし。

 実はこれは、スポーツなんかでもみんな考えることだ。たとえばサッカーでは、みんながゴール前に固まって動きがないゲームが続くようになっていた。そこで、オフサイドルールが導入された。面倒だし、しばしばトラブルのもとになるので、コストはある。でもその一方で、みんながゴール前にかたまって防御だけに専念するようなことはなくなった。ゲームは再びおもしろくなった。多様性のない、意外性のないものはつまらない。いつも決まったものが勝つようではゲームの意味がない。All for the game. すべてはゲームをおもしろくするためだ。これは他のスポーツでもよく見られるし、ゴルフで最近、変な振り子みたいなパターの打ち方を禁止しようという動きが出ているのもその一環だ。

 というわけで、ラオスやカンボジアの証券市場も、ゲームとしておもしろくできないものかな、なんてことを考えたりするわけだ。どうすればいいだろう。上場基準を緩めたら? もうちょっと攪乱要因を増やすとか? これは、実際にやろうとすればむずかしい。スポーツならいざ知らず、証券市場のルールを決めるところとしては、「株価が変動しなくてつまらないから、もっとおもしろいエキサイティングでヤバイ市場にするルールを作ろうぜ」なんてことは言えない。少なくともたてまえ上は。規制監督官庁としては、株式市場が投機に走らず、健全にクリーンに動くようにするのが仕事ではあるからだ。が……ぼくは将来、それではダメ、ということになる可能性もあると思うのだ。規制当局が、市場のリスクを敢えて高め、変動を奨励するような規制緩和をやるべきだ、という主張も出てくるんじゃないか。

 これは難しいことではある。日本が——いや欧米その他も——デフレに陥った原因の一つは、中央銀行がかつてはインフレファイターとして位置づけられており、したがってむしろインフレを高めろなどという政策になかなか適応できなかったことだ。経済はだまっていれば独りでにインフレ傾向になるから、それを抑えることだけ考えていればよかった。が、もはやそういう時代ではないのは明らかだ。株式市場も、いままでは黙っていたらみんな好きほうだいやって不安定になるから、規制当局は手綱を引きしめることにだけ専念すればよかった。そして確かに、リーマンショックでもわかるように、先進国ではだまっていても金融業界が緩和圧力をかけるから大丈夫、要らぬ心配かもしれない。ついでに言えば、ラオスの市場はなぜか昨年末から日本の株価と歩調をあわせてぐんぐん上がっている。変動の要因は当然、規制だけではないのだ。でも……ぼくはそういう発想が必要になる場面もあるんじゃないかと思うのだが。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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