Voice 2012/8号 連載 回

違法ダウンロードに刑事罰!?

(『Voice』2012 年 8月 pp.38-9)

山形浩生

要約: 違法ダウンロードに刑事罰が科されることになったけれど、日本音楽産業のジリ貧ぶりは音楽自体の軽視と不景気のせい。音楽業界が自分たちの努力不足を違法ダウンロードのせいにしようとしているだけじゃないの?



 インターネットのおかげで改善されたとはいえ、日本のニュースをインドで細かく追うのはホネだ。だから日本ではもっと報道されているのかもしれなのだけれど、それでもぼくはこの五、六月に突然出てきて、いきなり可決してしまった違法ダウンロードの刑事罰化には驚いてしまった。刑事罰??!!

 インターネット上には海賊版の音楽や動画がたくさん出回っている。で、特に音楽業界の人々は、こうした海賊版があるからCDとかネット音楽販売(これはiTunesのような楽曲販売と、着メロや着うたなどの販売のどっちもある)とかが売れないのだ、と言う。インターネットが普及するにつれて、CDとかの売り上げはどんどん落ちてきた。だからこの二つの因果関係は明らかだろう、というわけ。

 したがって、海賊版のダウンロードをやりにくくすれば、いま海賊版を使っている人がみんな正規のCDやネット音楽販売を使ってくれるはずで、したがって音楽業界はウハウハ大もうけのはずだ、と音楽業界は主張する。したがって、彼らはあの手この手で著作権による締め付けを強化しようとしてきた。そして、それにかなり成功してきた。でも、音楽の売り上げジリ貧傾向にはまったく歯止めがかからない。

 そして今回、その一環として違法ダウンロードを行うと、刑事罰をくらうことになってしまった。しかも、それが法改正として成立するまでの特急ぶりは、ちょっと異様なほどだ。

 そもそも、音楽業界のジリ貧が違法ダウンロードのせいだという主張自体が根本的に変だ。だれでも知っていることだけれど、日本はいま不景気で、あらゆるものがあまり売れない。他の業界は、ユニクロその他でもわかる通り、コスト削減努力を通じて大きく価格を下げないとなかなかヒットが出ない。ところが国内盤CDは再販制で、値段はずっと昔のまま。消費全体が低調なんだから、嗜好品でしかない音楽なんかに割くお金が減るのは当然じゃないの? 車も本も減ってますよ?

 さらにぼくだけでなく音楽そのものが劣悪になっていることがあるとぼくは思っている。本誌の読者層は、たぶんまだLPレコードの時代を記憶している人も多いと思う。当時は一応、アルバム自体が作品としての完成度を持っていた。でもいまのCDのほとんどは、シングルカットされるいくつかのまともな曲があって、あとはもう「捨て曲」と言われるカス曲で、聞いた瞬間に作る側もホントに手抜きでやっているなとしか思えないものばかりだ。

 いや、もはやそのまともな曲すらあるかどうか。たとえばAKB48にまともな音楽性を要求する人はいない。そしてCDなどはもはや握手権やら投票券やらのおまけでしかない。日本の音楽なんて、いまや作る側も聞く側も、その程度のものとしか思っていない。

 それでどうしてCDが昔通り売れると思うのか、ぼくはそのほうが不思議だ。

 ダウンロードの音楽販売も、日本では変なコピー保護や規制をかけて、他のマシンでは聞けないとか、ひたすら使いにくくしている。いくら好きな曲でも、同じものをマシンごとに買い直すような間抜けなことはだれもしたがらない。だからこそ、ダウンロード販売もジリ貧だ。ちなみに、正規のダウンロード音楽販売の雄であるiTunesは、変な著作権管理やコピー制限をつけない。でもそれによりiTunesミュージックショップでの売り上げは特に落ちてはいないはずだ。

 そしてそのそもそもの発想のダメさ加減もさることながら、今回の刑事罰化はほとんど何の審議も行われていない。すでに二年ほど前に、ダウンロード関連の規制強化は行われていたのに、その成果もきちんと評価されていない。ちゃんと関係者すべての意見をきいた様子もなく、突然議員立法で提出され、審議はないも同然、一週間で可決されてしまった。海賊版だと知らなければ罰は受けないそうだけれど、これがいかにあいまいかは容易に想像がつく。前提もプロセスも中身も、疑問だらけだ。

 日本の著作権をめぐる変な動きに関しては、その道の専門家である山田奨治『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』を是非ごらんいただきたい。今回の動きもその延長線上にある。こうした動きで確かに「違法」ダウンロードは減るかもしれない。著作権者は自分の「権利」が守られたと思ってうれしいかもしれない。でも、権利というのはそれ自体が目的ではない。何かを達成するための手段だ。

 そして本来著作権は、著作物の活用と生産を促進するのが狙いだった。でもいまや、それは利用をますます制限し、触れる機会をますます減らし、享受する場もますます制限し、遠くから棒でつついても犯罪になりかねないようにするものとなりはてている。手段ばかりが先走り、本来の目的を忘れていないだろうか?


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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