Voice 2011/8号 連載 回

ビン・ラディンの死とテロの未来

(『Voice』2011 年 8月 pp.40-1)

山形浩生

要約: 米軍がついにビン・ラディンを射殺した。テロに何の影響もないという人もいるが、ぼくはある程度求心力を失ってテロは低迷すると思う。



 震災とその後の原発騒動にばかりかまけて、いささかタイミングを逸した感はあるものの、やはり時評コラムのだれかが触れておくべきだろう。アルカイダの首領ビン・ラディンが五月二日についに見つかって射殺された。その後、死体がすぐに処分されたことで、実は偽者云々という噂は流れたものの、間もなくアルカイダ自身がビン・ラディンの死を認めて報復宣言などを行うに至り、いまや疑問の余地はほぼなくなっている。

 アメリカがビン・ラディンを射殺することの是非についての議論は多少ある。それはアメリカの独善だとか、そんなことをしてもテロは止まないとか。アメリカの独善かどうかは、今更論じてもあまり意味はなさそうに思えるし、また九・一一同時多発テロなどのインパクトを考えるとそれなりの必然性はあると思う。そしてぼくは、これが多少は世界的なテロの状況によい影響があるだろうと思っている。

 ぼくがアルカイダ、そしてビン・ラディンについて持っている知識は、もちろん英米メディアを中心とした情報源から得た物がほとんどだ。だからある程度の偏りを持っている可能性はあるが、基本的なところはまちがいないと思う。ビン・ラディンはサウジの大ゼネコン財閥に生まれ、石油で潤っているだけでまともな産業も職もないサウジアラビアの環境の中、自分の存在意義について悶々と不満をつのらせる。そして熱心なイスラム教徒からだんだんと、イスラムの聖地からアメリカを追い出すべきだ、諸悪の根源はアメリカだという思想に走り、純粋なイスラムを求めてアフガニスタンの反ソ連ゲリラに参加はしてみる。だが甘やかされて育った戦闘経験もない頭でっかちなビン・ラディン一派は何の役にもたたず、単にサウジのお金をアフガンに流すだけの存在となる。だがやがてだんだん、同じように自分の存在意義に不満を持つ頭でっかちの連中が増えるにしたがって、アルカイダは徐々に組織力を増し……

 そこに参加する人々は、ある意味で世界中どこにでもいる連中だ。アルカイダが出しているとされる、『インスパイア』なるジハードリクルート電子雑誌があって、執筆時点で五号まででている。正真性を疑問視する声もあるが、なかなかできはいい。レイアウトやグラフィックはずいぶんかっこいいが、中身はあまりレベルの高くないプロパガンダ雑誌だ。「さあ、今日からキミも聖戦士」「台所用品でできる簡単な爆弾の作り方」「アメリカの犯罪とイスラムの大義」……

 その雰囲気は日本の2ちゃんねるでよく見かける人々に似ている。なにやら日本はすばらしいとわめきたてて、アメリカや中国や韓国のいいなりになるなとひたすら書き続ける。無力感とエリート意識と被害妄想のかたまりを垂れ流す人々がいる。アルカイダに参加したがる人もある意味でそれに近い。

 それがビンラディンの死でどう変わるか? アルカイダは中心を持たない分散的な組織だから、ビン・ラディンを殺しても無駄だという意見もあった。だがビンラディンが、九・一一同時多発テロなどでテロ志願者たちにわかりやすい核を与えていたのは事実で、それがなくなってアルカイダの求心力が下がるという見方は強いし、それ自体はぼくも正しいと思う。局地的なテロ集団の寄せ集めとなり、かつてのような世界的な動員力は薄れていきそうだ。

 ただぼくは、それ以上にアルカイダ的なテロ組織の魅力を減らす動きがあったと思う。それは(これまた最近忘れられがちな)北アフリカの各種騒乱のせいだ。かつては、政治的主張を通す方法はテロしかない、というアルカイダの主張はもっともらしかった。でもいまやチュニジア、エジプトなどで、それ以外の選択肢が現実性を持つことが示された。そうなったとき、アルカイダに魅力を感じていた人々も、行動を変えるんじゃないか。

 むろん北アフリカ諸国も、新しい方向性を出すのに苦労しているようだし、その中でイスラム原理主義的な勢力が強まるという懸念もある。一方でいまでもソマリアのアルカイダ地域には、聖戦士志願者たちがたくさん訪れているという。そうした状況の進展次第では、またテロのみが選択肢だ、という人々も増えるかもしれないのだけれど。でも、もし北アフリカの状況が少しはよい方向に動くなら、たぶんアルカイダのご威光はもっと弱まるんじゃないか。

 そうなると、状況はかなり変わるだろう。しばらく前まで、いつまでたってもビン・ラディンがつかまりそうになかった頃に思っていたのは、かれがそのまま生き残りつつもいずれだれにも相手にされなくなり、勇ましいビデオ声明を出し続けても嘲笑の対象にしかならなくなるという光景だった。かつての日本赤軍の生き残りたちのような、時代の遺物としていつまでも生き延びるんじゃないか、と。いま死んだビン・ラディンは、説いていたようなイスラム戦士の極楽にいけたのだろうか。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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