Voice 2011/1号 連載 回

チュニジア・エジプト動乱の不思議

(『Voice』2011 年 2月 pp.42-3)

山形浩生

要約: チュニジア、エジプトの動乱は特に何ら理由もないまま突然起こったのがとても不思議。多くの機関もそれまでチュニジアやエジプトにリスクはあると言っても、即座の崩壊の危機があるとはまったく分析していなかった。



 この一月、チュニジアで数十年にわたり続いてきたベン・アリ大統領の政権が一瞬にして崩壊し、世界を驚かせた。というのも……だれもチュニジアでそんな騒動が起きるとは思ってもいなかったからだ。

 チュニジアといえば北アフリカの、イタリア半島の真向かい、かつてのカルタゴだ。地中海に面して気候的にもすばらしく、カルタゴ時代の遺跡からサハラ砂漠まで多種多様な環境を擁する美しい国だ。暗い話題ばかりのアフリカ諸国の中で、ここは珍しく産業発展をとげ、ヨーロッパからの投資も順調に増え、あらゆる投資評価レポートでアフリカトップクラスの評価を得ていた国だった。政治的にも安定し、イスラム教団が幅をきかせるようなこともなく、投資の手続きもかなりスムーズ。まったく暴動なんか起きそうな気配はなかった。

 むろん、失業問題はあった。今回の暴動の発端は、大卒で就職先が見つからずに八百屋をやっていた若者が焼身自殺したことだったという。でも、失業が周辺諸国などとくらべて極端にひどいというわけじゃなかった。それどころか、政府は特にここ十年ほど、とても積極的な外資誘致を通じて特に高学歴者向けの職作りを強力に推進していた。事態は改善していたし、いまここで政府を転覆させたら状況はかえって悪化するとわかるくらいの智恵はみんなあるはずなのだ。

 こう述べると、「だが発展する経済の影では独裁政権の弾圧と腐敗に対する人々の不満が鬱積していた」と言われるのが通例だし、多くの報道もそんな論調ではある。確かに、数十年にわたる独裁の中で言論弾圧はかなり強力だったし、大統領一家の身内びいきはあった。あらゆる店やオフィスには大統領の肖像が飾られており、「別に義務ではないんだが、飾っていないと親衛隊がやってきて難癖をつけるのだ」と出会った人も結構愚痴は述べていた。ネットも当然検閲され、新聞も反政府的なことは書けなかった。反大統領派はかなりひどい目にあうというのも知られていた。

 こう書くとずいぶん暗い恐怖社会をイメージするかもしれない。でも……それがそんなにひどいわけではなかった。各種の人権団体やビジネス団体の報告を見ても、確かに問題は指摘されつつも、全体としてはかなり高い評価のものばかりだった。

 つまり、経済的にみても、政治的に見ても、こんな暴動が突然起き、そしてそれにより数十年にわたる安定政権があっさり崩壊するなどというシナリオにつながりそうな要因は、全然見られなかったのだ。

 多くの世界メディアは、これをどう説明したものか戸惑っている。ツイッターやフェイスブックで暴動情報が流れたためなどという、流行りに便乗しただけの軽薄な報道もたくさんあった。ウィキリークスで大統領一族の汚職が暴かれたから、なんていう議論もある。でも、ツイッターで「デモだ!」と言うだけで何も不満がない人が動くわけがない。それに大統領一家の汚職くらいみんな知っていたし、それが極度にひどかったわけではないのもすでに述べた通り。

 説明に困って、変な話を創作してしまうメディアや識者も多い。あるイギリスの新聞は、マクドナルドが合弁でないとダメと言われてチュニジア進出を断念したことを指して、大統領一家の汚職が投資に影響し、それが失業を生み出した、というシナリオで記事を書いていた。が、これはチュニジアの産業政策を知らないだけだ。チュニジアは輸出産業はものすごく優遇措置を与えた。でもチュニジア内需をあてこんだ企業の投資は、国内産業保護のため必ず合弁を要求した。それは明記された方針であって、汚職や腐敗の証拠などではない。むしろよく頑張ったと思う。他の国なら、天下のマクドナルドが工作すればすぐ裏口を用意しそうなもんだ。

 というわけで結局のところ、暴動が起こり政府が転覆してから二週間たったいまでも、原因ははっきりわからないとしかいいようがないのだ。そして報道を見ると、チュニジアをこれまでもきちんと見てきた信頼できるところほど明確に戸惑いを表明し、いい加減なところほどきいたふうな断言をしているという、これまたよじれた状況が見られる。  ここで何か、ずばり事態の核心をつく鋭い状況分析が提供できればと思う。でも、そんなものはぼくはおろか、だれも持っていない。この現代にあってなお、後付の説明すらつかない状況で確立した中進国が、一瞬で崩壊してしまうという事態を見ると、社会というのが実は堅牢に見えて、妙にはかない基盤に立っているのだということを痛感させられるばかりだ。

 チュニジアの政局はその後混乱をきわめている。むろん投資は冷え込み、人々をとりまく環境は厳しいものとなる。今年の末に、かれらはいまの革命をどんな思いで振り返るだろうか。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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