Voice 2010/05号 連載 回

消費者庁 VS アップル社

(『Voice』2010 年 05 月 pp.134-5)

山形浩生

要約: iTunesの不正請求をめぐって消費者庁の情報開示要求に対し、アップルがつっぱっている。お役所の前に企業がへこへこせずに突っ張れるというのはいいことだと思うが、どういう展開になるのやら。



 少し前に、観光庁の話をここでした。もう少しがんばってほしいとは思うが、その存在意義はだれでもわかる。日本はいいところだし、観光客がもうちょっと増えてもいい。それなりに重要な機能は果たせる役所だろう。現在でも中国人観光客の誘致には少し力を入れているらしい。ぼくの行くような途上国ではあまり目立たなくても、手近なところから攻めるという考え方はありかな、とは思う。

 だが、もう一つ新設で、やはり影の薄いお役所がある。消費者庁だ。

 これはよくわからないお役所だ。消費者が被害にあうトラブルが多いから消費者を守る、という理屈そのものはわからなくもない一方で、消費者庁ができる一つのきっかけは、あのこんにゃくゼリーをめぐるまったく意味のない騒動だ。その他パロマのガス湯沸かし問題とか、中国冷凍餃子問題とか、確かに問題ではあったが、新しい一大官僚組織を作ることでそれが改善されるのか、というのは疑問だ。トラブル対応でしくじったら、たいがいはその企業自体が自分の首を絞める。だから普通は自分で火消しをする。そこに行政が口をはさむ理由というのは、本来はあまりない。そして口をはさむなら、理由をきちんと説明しなくてはならない。人命に関わる、全財産むしられる、競争がなくて自浄作用が効かないなど、根拠が必要だ。

 さてその消費者庁、二月十七日にアップル社の音楽ネット販売サイト、iTunesストアに対して質問状を送りつけ、iTunes側が三月二日に(かなりそっけない)回答をしたら、その二日後に、さらに山のような追加質問を出しているのだ。そして、三月十二日までに答えろという要求までしている。

 質問は、何でも不正請求の苦情が増えているようだが、現状と原因と対応を説明しろ、というもの。それに対してiTunesは、別に増えていないし、データは公開できないし、クレジットカードの不正請求なんて他にいくらでもあるから知らん、対応は利用規約だし苦情があれば返金などもしている、と回答。要するに、やることやってるから余計な口をはさむな、というわけだ。

 お役所にここまで公然とたてつけるとは、さすがアップル社をバックにしたiTunesだ。アップル社は信者も多い一方でアンチも多い。ネットでは消費者庁もっとやれ、という声から、引っ込めという声まで様々だ。

 さてぼくは、今回の件については消費者庁引っ込めという立場なのだ。それは本稿の前半に書いたことから予想できると思う。お役所の言うことに対して民間企業が何から何までヘコヘコしなくてはならない道理はない。iTunesは自分でも対応しているし、市場競争も働く分野だ。それで解決されないほどの問題があると消費者庁は認識しているのか?

 たとえばだ質問状の最初の質問は「心当たりのない……利用料金が請求された事例をどの程度把握しているのか」というもの。でもそんな質問するなら、まず消費者庁側が何を根拠にこんな質問状を送っているのか、どのくらいトラブル増があると認識しているのか言うべきじゃないのかな。それなしで、いきなり説明しろ、開示しろ、と言われたって、はいそうですか、と応じられるものじゃないだろう。

 ここにはちょっとおもしろい動きがある。従来は、役所に何か言われたら、企業はひたすらヘコヘコした。従来はその役所が業界所轄団体で、あれこれ嫌がらせができたからだ。iTunesみたいな回答をしたら、何をされるかわからなかった。

 でも、今回はちがう。消費者庁も嫌がらせができなくはないけれど、でもその程度は限られる。上から目線で高圧的にあれこれ要求するだけというわけにはいかない。情報開示を要求する根拠を示し、介入の理由を明確にしなくてはならない。それができたら、公的な規制のあり方も少しは変わってくるんじゃないか。そして、それができたら消費者庁の認知度も変わるんじゃないか。

 その意味で、かれらは先鞭をつけられる立場にあるんじゃないか。ついでに、こんにゃくゼリーみたいな些事はもう幕引きにして、国の規制の限度を明示することも必要だろう。

 ちなみに、三月二十四日現在、iTunesからの回答があったという発表は消費者庁のサイトには出ていない。iTunesは本気で蹴ったのか、それとも回答はあったうえで裏で何らかのネゴが行われているのか? iTunes、ひいてはアップル社も、話題のiPad発売を控えて思うところもあるだろう。本誌の発売頃には何かケリがついているだろうか?


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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