Voice 2008/6号 連載 18 回

サブプライムの影にあるもの

(『Voice』2008 年 6 月 pp.134-5)

山形浩生

要約: サブプライム問題は、ただの金融問題としてのみあれこれされていて、バブルをあおったグリーンスパンが悪い等の議論ばかりが見られる。でもこれは欲に目がくらんだ貸し手がめちゃくちゃをやったような話しではない。末端にいるのは普通の住宅の買い手だし、持ち家は社会安定のためにもいいことだ。実際の変化はごくわずかな差でしかない。アメリカではそれの対策として、金融機関バッシングだけでなく金融教育がきちんと考えられているそうでえらいもんだ。



 サブプライム問題も、あとは残務処理的な段階に入っているようではある。大手の金融会社の倒産やレイオフや損切りもだいたい一巡して、あとはなんとなくほとぼりがさめるのを待つだけ、という雰囲気だ。もちろんそれは決して楽な話ではないし、時間もかかるだろう。ついでに、それが引き起こしたアメリカの景気減速が世界のその他の部分に波及してどうなるかはまだ予断を許さない。が、根本で予想外の地雷がどこかに埋まっているようなことは、もうなさそうだ――とはいえ、それがわかるなら「予想外」ではそもそもないわけだけれど。

 不動産バブルがはじける例は世界中どこにでもあったし、それはアメリカとて同じこと。住宅でも、かつて一九八〇年代や九〇年代のテキサスやボストンの不動産不況はかなりひどくて、ローンが払えない人が家を追い出される(あるいは自主的に出て行く)ような光景が結構ニュースになっていた。が、通常それは地域の産業基盤が不況になって大量レイオフが発生し、といった話が根底にあった。住宅開発そのものが原因、という例もなかったわけじゃないが、ここまでひどくはなかった。

 そしてこれは結構頭の痛い話だ。というのも、ぼくはその根本にある発想はそんなに悪いと思わないからだ。終わってしまえば、甘い融資をした金融機関の責任が云々とはいえる。でも、ぼくはそれをいちがいに責められないと思うのだ。

 これがたとえば商業開発への無謀な融資という話なら、欲に目がくらんで右肩あがりの成長を鵜呑みにしてしまったバカなデベロッパーと銀行が悪い、と言うのは簡単だ。かれらは、自分で経済環境や需要見通しを評価するだけの人材など各種リソースを持っていたはずだ。だから破綻しても「バカだねー、ざまみろ」と笑っていればいい。

 でも今回は話がちがう。サブプライムの一番先にいるのは、家が欲しいとおもって一生懸命ローンを組んだ人々だ。銀行その他のローンが下りるかどうか、不安の中で審査結果を待った覚えのある人なら、かれらの気持ちはわかるはずだ。「どう考えても返せるあてのない人にまで貸しこんだ」なんてことを言う人もいるけれど、そんなことはたぶんない。確かに、探せばひどいのも出てくるだろう。でも実際には、全体として融資の基準をいままでよりちょっとだけ甘くしたとか、そのくらいの話。たぶんそれで念願の家が買えて、しかもちゃんとローンを返済できている人も無数にいるはずなのだ。

 それに社会としても、みんなが家を持つのは、基本的にはいいことだ。持ち家は地域への長期的なコミットにもつながるし、一般に人は借家より持ち家を大事にするから、街づくりやコミュニティ形成の点からも家を持つ人が増えればうれしい。借り手だって、ローン返済が滞って家が差し押さえられるなんてのはいやだ。だから安易に仕事をやめたりもしなくなるだろう。クビになっても次の仕事だってがんばって探そうと思うだろう。だから社会全体として、ちょっと背伸び気味でもお金を貸して家を買ってもらおうというのは、そんなに悪い発想じゃなかった。ついでに、それで経済が潤うんなら、何の不満がありましょうか。それがかなりの数で返済不能に陥ったというのは、社会全体にとって不幸なことだし、その波及を考えると世界全体にとって不幸なことではある。

 で、今回の件はもうすんだ話で仕方ないとして、これからどうすればいいのか、という話がある。確かに甘い基準でじゃぶじゃぶ貸した貸し手も悪い。だけれど、借り手がそもそも、自分のローンがどういうものかわかっていたのか? たとえば変動金利のローンを借りたら、金利が上昇したときには月々の返済額は増えるんだよ、というようなことも知らなかった人がかなりいたそうだ。実際、変動金利ローンはサブプライム融資総額の七パーセントしかないのに、返済が滞った人たちの割合を見ると四〇パーセントを占めている。こうした事態に危機感をおぼえて、アメリカの議会はこの四月を金融リテラシー月間に定め、大統領も金融リテラシー向上の諮問委員会を設立。ちゃんと貯金をしろ、収支の管理をしろというところから老若男女に教えるそうだ。イギリスやロシアも金融リテラシー向上に力を入れるとのこと。

 うらやましい。日本で金融リテラシー教育というと、すぐに小学生に株の取引をさせるようなおまぬけなバクチの勧めになるけれど、こういう堅実なところを教えることの重要性は、たぶん今後さらに高まる。しばらく前に日本でサラ金の上限金利問題が出たときも、本当に検討されるべきはこういう教育問題だったんじゃないかと思うんだが。


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