Voice 2008/1号 連載 13 回

くだらない賞味期限や産地偽装騒動

(『Voice』2008 年 1 月 pp.134-5)

山形浩生

要約: 賞味期限なんかどうでもいい話。期限切れの食品が全部ダメになるわけじゃなし、それを見て判断できるのも老舗の信用のうち。産地偽装だって、料理の本質の一部は材料を鮮やかに変えてみせる偽装の技能でもあるのだ。ばれて評判が下がればそれで十分に社会的制裁だし、公共がどうこうする必要もあるまいに。



 「イマイチ理解しかねるのだが」と、いま来ているインドネシアの役所の人が、ご飯を食べているときに尋ねてきた。「ネットで見ていたら日本では賞味期限切れだの産地偽装だのというのが大騒ぎのようなんだが、いったい何が問題になっているのだ? よくないことなのはわかるが、そんなにトップニュースになるほど重要なのか? だれか死んだりしたのか?」

 ぼくは何と答えていいかわからなかったし、たぶん読者の皆さんもどう説明したもんか迷うのではないかと思う。ぼくだって、そんなものが重要だとはいささかも思わないからだ。

 常識人は、賞味期限なんてものはあくまで目安であって、そんなものを杓子定規に気にする必要はまったくないのを知っている。食品が食えるか食えないか? 自分で判断すればいいのに。店でキャベツや春菊を買っても、賞味期限なんか書いていないけれど、そんなものは自ずとわかる。スーパーのパックになった豚コマには賞味期限が書いてあるけど、肉屋さんで買えばそんなものはついてない。でもみんな、それが食えるかどうか適切に判断できる。賞味期限を半年越えたって別に小麦粉やサラダ油は普通に使える(ことが多い)し、賞味期限に何と書かれていようと、牛乳が酸っぱくなったら捨てるでしょ。

 老舗の信用がどうこうとか言うけれど、そういう判断まで含めて信用ってのはあるんじゃないか。同じ賞味期限でも、こいつは再利用できる、こいつはできないと判断が下せ、結果として長年無事故でやってきたわけでしょう。食中毒が起きたらというけれど、それが起きたらおしまいだということくらい店もわかってるんだし、最低限の歯止めはきく。産地偽装だって、感心したことじゃないけれど、でも料理の本質というのはつまらない材料から想像もつかないくらいおいしいものを作る、まさに偽装の技術でもある。産地がこれまでごまかせたということは、客が味のわからんやつらばかりだということか、その店の調理の腕が高かったということか、その両方でしょう。偽装したってことで評判は落ちるかもしれないが、制裁としてはそれで十分だし、まして公的な処分がいるほどのものとは思えない。

 それに、こうした事件が多発してみんなが目の色変えて賞味期限を気にするようになって、本当に「食の安全」とやらは高まるんだろうか? ぼくはそうは思わない。多くの人がどうでもいいと思っている部分でつまらない規制をギチギチかけたら、みんなそれをバカにして、書類だけの帳尻あわせが横行するだけなのだ。

 たとえばしばらく前、議員事務所の経費に不正やまちがいが見つかったといって、どこかの党が、一円以上のものはすべて領収書をつけろというくだらない主張をしていた。これを聞いて、ああこいつら、自分で出張精算とか確定申告とかやったことねーな、と思った人は多いだろう。細かい支出にいちいち領収書なんか取っていられるもんか。ましてそれを経費申請なんてしてられるかいな。するとみんなどうするか? いままで通り、ある程度以上細かい費目は領収書なんかもらわないが、それは申請せずに自腹で負担するだろう。そのかわり会社の備品をガメたり私用電話を増やしたりして、帳尻をあわせるようになる。結局、実際に行われている購買活動そのものはまったく変わらない。でも、これまでは雑費としておおまかにまとめられていた費目が、かえって不透明な形で別のところにしわ寄せされるだけ。細かすぎるコンプライアンスを要求すると、紙と実態の乖離はかえって悪化する。

 ぼくはおそらく、賞味期限だの産地偽装だのがたくさん表面化しているのもそういうことだと思う。別に作る側のモラルがどうのという問題ではない。たぶん昔からその手の偽装はあったんでしょ。いや賞味期限なんて、偽装とすら言うべきか。再評価とでも言うべきものだろう。でも昔は多くの人がそんなものを深刻には気にしなかっただけだ。それがいつの間にか、それを鵜呑みにする非常識な人が増えたと同時に、規制が現実離れした形で厳しくなって、これまでの特に問題も起こしていなかった業界慣行と齟齬が出てしまった。それだけの話だろう。業界としてみれば、基準のほうが現実離れしていただけだ。さてその場合、対応はどうすべきか? ぼくは正しい対応は、問題のない業界の慣行にあわせて基準のほうを改めることだと思うんだが――現実にはそういう方向には向かわず、ひたすら無意味に規制を厳しくして、かえって実態との乖離を招くほうに動くんだろうなあ。


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