Voice 2007/6号 連載 5 回

いじめるだけでは官僚は逃げる

(『Voice』2007 年 6 月 pp.114-5)

山形浩生

要約: 相変わらず官僚バッシングは盛んで、天下りをやめさせろという議論が華々しい。でもそれなら一方で、天下りがなくても官僚が定着し、よい仕事をしてくれるような仕組みを作ることが必要だ。一方で各種規制面で、官僚にもっと仕事をしろという要求だって強いんだし。かれらを締め付けてやる気をなくさせたら、困るのは我々国民だ。



 ぼくは本業がサラリーマンで、各種官庁やお役所から仕事をもらうことも多い。また卒業した学校の都合で、同級生や知り合いにはあちこちの省庁の官僚がたくさんいる。このため、これからぼくの書くことをゴマスリと思う人もいるだろう。それによって最終的には自分の利益を確保したいだけだろう、と。

 そしてそれは必ずしもまちがってはいない。ぼくは常に自己利益を追求する議論をしている。それはぼくに限らない。あらゆる人のあらゆる議論はそうだ。年金制度をどうすべきだとか、日銀の金融政策が云々、グローバリズムがどうの、と理論的に論じる場合であっても、それは世界や日本がもっとよくなってほしいという発想から出るもので、ひいては世界や日本の一員である自分に利益が及ぶように、という配慮から書かれている。ぼくの今回の議論も同じだ。

 天下り禁止をはじめとして最近とみにきつくなった官僚いじめは、やめるべきだと思うのだ。

 マスメディアでもインターネットでも、だいたい官僚はバッシングしておけばまちがいない対象だ。やれ利権が、やれ天下りが、やれ接待がどうしたこうした。それを見ていると、日本の役人は利権ばかりに血道をあげてまともな仕事は何もできない無能な汚職屋の集団であるかのようだ。でも、実際にはどうだろうか。ぼくは、官僚に力がなく政府機構がボロボロな途上国をあちこちで見ている。かれらの利権漁りや不正や汚職ぶり、そして無能ぶりは、それはそれはひどいものだ。ここに日本の官僚たちがいたら、とため息をつくことも二度や三度ではない。役人がひどいからそうした国はいつまでたっても停滞したままだったりする。

 また官僚の優劣は、確実に国の行政サービスの優劣にはねかえってくる。多くの人は海外出張から日本に帰ってきて、その各種制度やサービスの優秀さに涙したおぼえがあるだろう。その相当部分は、日本の官僚たちや役人たちが優秀で、それなりの仕事をしてくれているおかげでもある。

 官僚バッシングをする人は、それがどんなにありがたいことか理解しているだろうか。日本のそれなりに暮らしやすい環境を維持するためには、今後も優秀な人材が霞ヶ関その他にきてくれないと困るのがわかっているんだろうか。

 そしてかれらはそれにふさわしい待遇を受けているか? 霞ヶ関の役所をのぞいたことがある人なら知っているだろう。ゴミゴミした古い執務室の狭い机に資料を山ほど積んで、安い給料なのに残業まみれでかれらは働いている。もちろん、個別には恨みのある人も多いのだけれど、全体としての官僚にぼくは頭を下げざるを得ない。

 でも、最近の天下り禁止その他は、こうした人々をさらに締め付けるものだ。もちろん、天下りそのものの弊害はある。だがあれもダメ、これもダメ、給料も低いまま、執務環境は劣悪、残業も死ぬほど多くて、天下りもなし、接待も受けちゃダメ、人数は減らせ、仕事はもっと増やせ、しかもいい仕事をしてもろくに感謝もされず、ちょっとでもミスをしたら大バッシング――いったいだれがそんな職場にきたいと思うだろうか?

 いや、そんなに人はこなくていい、役人は多すぎるからもっと減らして小さな政府を目指すんだ、という議論もある。これを主張する人は、まず日本の役人が世界的に見てもそんなに多くないことをちゃんと調べていない。さらにそういう人が「小さい政府」というとき、それは行政サービスを減らせということではなかったりする。サービス水準は今のままで、人だけ減らせ――そりゃムチャだ。

 それどころか、最近の報道の風潮を考えてみよう。薬害エイズが、狂牛病が、タミフルが、耐震偽装が云々。みんな、なぜそれをちゃんと規制できなかったのか、という話だ。もっと規制を厳しくし、その監視運用を厳重にしろ、という話だ。役人にもっと働けということだ。だったら、お金をかけるか、頭数を増やすか、優秀な人材を集めるか、そのどれかは必要になる。いや仕組みを工夫すれば、という人もいるけれど、それだって仕組みを考える人材がいるんだって。どうやってそれを担保する? いじめるだけでは人はどんどん逃げるばかりだろう。

 天下りを廃止したいならそれは結構。確かにそれは、変な利権や癒着で制度をゆがめる面はある。でもそれだけを見て天下りが持っていたよい機能まで殺すのは愚の骨頂だ。途上国でも警官や役人の汚職に対しては、取り締まりを厳しくするだけじゃだめだ。同時にかれらの給料をあげて、汚職に頼らず生活できるようにするのが重要だ。日本でも同じだろう。締め付けるばかりじゃなくて、待遇改善も考えないと。天下りがなくても後々よい生活が保証され、能力のある人がやる気を発揮してくれるような環境を作らないと(たとえば給料をうんと上げるとか)。つまらん官僚いじめで喜んでると、下手をすれば国が滅びますぞ。


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