Voice 2007/3号 連載 4 回

オリンピックに経済効果なんかありません。

(『Voice』2007 年 5 月 pp.108-9)

山形浩生

要約: オリンピックには経済効果なんかないし、今更東京の知名度アップもいらないし、北京のあとということを考えるとアジアは不利っぽいうえに大技は全部北京がやりそうな感じだし、さらに都民も是非ともオリンピックをやりたい雰囲気がぜんぜんなさそうだし、変に誘致に金かけるのがあほくさいんですけど。



 二回目の東京オリンピックをやる/やらないが、都知事選の大きな争点……という以前に、そもそも現職対立候補勢のへたれぶりを見ていると、そもそもの選挙戦自体が大したことになりそうもない感じはある。が、それは言わないでおこう。実は最近、オリンピックについてちょっと調べているので、現職知事が再選された場合に本気でこれをやるのだろうか、といささか不安なのだ。

 通常あらゆるオリンピックでは、なぜそれをオラが町でやるのがよろしいのか、という調査報告書が作成される。そしてたいがいは、オリンピックを誘致することで都市の知名度が高まり、観光客が増え、インフラ整備がなされ、莫大な経済効果があります、という結論が誇らしげに提示され、それを根拠に大会誘致が多額の費用をかけて実施されることになる。

 でも過去のオリンピックについてそうした報告書を集めて検討し直し、さらに事後調査で実際に能書き通りの効果が挙がったかどうか調べた論文がある。それによると、オリンピックの経済効果をまとめた各種の事前報告書はほとんどすべて、理論的にも計算上もまちがいだらけ。便益のダブルカウントやコストの見過ごしはあたりまえの、それはそれはひどいものばかり。「地元の雇用が増える」「整備された施設の活用」といったありがちな話は、事後調査を見るとほとんど実現したためしがない。地元商店が栄える分、実は他地域の客足が落ちて広域で見ると収支はトントンくらい。そしてその地元商店も、少し離れた地域はオリンピックに客をとられてかえって客は減るし、オリンピック目当ての新規参入との競合が激しくなって商売はむしろきつくなる例が多い。ホテルなども、オリンピックの混雑で常連の大規模会議などが開催できなくなり、お得意さんを逃がす例が多いとか。近年の大会でまともな経済効果が確認できたものは一つもなく、みんなむしろ御利益はマイナスになっている。

 もちろんオリンピックの意義は経済的なものだけじゃない。ぼくが生まれた年に開催された東京オリンピックは、たぶん高度成長期まっただなかの日本人にとっては世界の檜舞台に立つための一大イベントだったはずだ。それを開催できたことで日本人は自信をつけただろうし、その意味では経済的意義をはるかに上回る意味合いがあっただろう。北京ではあきらかにそういう効果はあるはずだ。でも東京で二回目をやるとしても、そうした効果は期待できない。これが福岡だったら、知名度アップの効果もあっただろうが、今更東京を世界に知らせる必要もない。

 そしてオリンピック自体の御利益も薄れている。もはやみんなあまり興味もない。二〇〇四年の大会がどこで開かれたか、読者のみなさんはおもいだせるだろうか。同僚一三人に尋ねてみたが、すぐに言えたのはたった五人。ちなみに正解はアテネだ。サンプル数は少ないけれど、世間の関心の度合いなんてそんなものだ。それをあえて東京にもってきてだれか喜ぶ?

 という具合に、やってうれしい理由が一つたりとも思いつかないのだよ。だいたいオリンピックをやろうなんて話はどっから出てきたんだっけ?

 が、それ以前の問題として、ぼくは東京がどうがんばっても選ばれるわけがないと思うのだ。アテネ、北京、ロンドンときたら、次は順番からしてアメリカ大陸だと思うのが人情。特に、2016 年の会場を決める会議は、2009 年。北京オリンピックの興奮さめやらぬ時期に行われる。どうせ中国は国の威信をかけてくるだろうし、その一方で環境浄化のかけ声もむなしく北京の大気汚染は文字通りナイフで切れるほどのとんでもない状態になりつつあるので、北京大会はよくも悪しくも歴史に残るすごいことになるだろう。さてその直後の委員会で、またアジアでやろうという雰囲気が起きるだろうか? たぶんないだろう。よっぽど斬新な提案ができない限り。

 そうした順番配慮だけではない。審査基準には市民の熱意や支持も含まれる。でも、福岡との勝負では、福岡側はやりたいという熱意をはっきり出していたのに対して、東京には今ひとつそうした熱意が感じられなかった。勝ったのも、とりあえず自治体の予算規模が大きいという以上の理由はないようで、後味もあまりよくない。オリンピックを本気でやりたがっている人は、知事以外にだれかいるんだろうか?

 という具合にいろいろ考えてみても、オリンピックを積極的にやりたいという要因が一切思いつかないのだ。経済的にも無意味、本気でやりたい人も見かけない、都民の関心も薄くて、おまけに北京のあとで当選の見通しも低いとなると――本気でこれを誘致する金をかけるべきなんだろうか、と一都民としては深く憂慮するものである。


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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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