ぼくたちが被告として考えていること(1998.10.7-10)


 さて、原告側のいろんなミスについてはもう書いたので、被告側のぼくたちの腹づもりについても書いておこう。裁判は基本的にディベートだから、ぼくたちは言われたことにはとりあえず反論はする。それをきいて、どっちが議論として正しいか、強いか、正当かを判断するのは裁判官の役目なんだ。反論するポイントの中には、実は「こんなとこどうでもいいんだけど、一応やっとくか」とか「ここは別に譲ったっていいんだが」というところはいっぱいある。直接交渉してるんなら、そういうところはどんどん譲るだろう。

 ところが、言うことにいちいちぼくたちが反論するので、巽・小谷側は「こいつら、反抗的ね、あくまでやりあう気ね!」というようなまちがった印象を持ってるようだ。そうじゃないんだよ。だからここで、被告としての本音を書いておこう。信じないのは勝手だけれど、でもここに書くのはこっちの正直ベースの本音だよ。これ読んで、ちょっと考えてね。

 この裁判の原因になっているのはぼくの文なので、先方の論点も山形の文に関するものが圧倒的に多い。だから、相手の答弁書に対する反論は、だいたいぼくが下書きを書くことになる。そしてぼくは元ディベート屋だから、反論するとなったらエビデンスもつけて手加減なしで叩く(だてに上祐とやりあってたわけじゃないんだぜ)。こっちの弁護士さんはそれを見て、適当にあんばいして手心を加え、多少弱めて答弁書に仕立てる。なぜあんばいするのか? それはこれが、競技ディベートじゃなくて裁判だからだ。つまりぼくたち被告の最終的な目的は、別に議論に勝つことじゃないからだ。こっちはこんな裁判、なんのメリットもないしうっとうしいだけなんだ。だから、さっさと終わらせたい。それが最大の目的だ。和解に持ち込めれば万々歳。

 だから、あなたたちが身動きとれないほど議論をつめるのは避けたい。そうなるとそっちも引っ込みがつかなくないでしょ。和解にも応じにくくなるでしょ。あなたたちの出方も考えて、逃げ道も用意してあげて、でもあまり変な条件で和解するのもいやなので、それなりに論点の強さもにおわせて……どうしてどうして、弁護士稼業もなかなか大変みたいだ。

裁判の全体像の基礎知識

 さて、この裁判についていろいろ話をしていると、みんな裁判なんかなじみがないもので、いろいろ誤解があるのがわかる。最大の誤解は、負けたらどうなるのかってことね。先方が 3,300 万円の賠償金とぶちぬき謝罪広告を要求してるもので、じゃあ裁判にまけたら、ホントにそれだけのことをしなきゃいけないんだ、と思ってる人がとっても多い。そしてだから、ぼくたち被告はもう必死こいて勝訴に持ち込まなきゃならないんだろう、というわけ。でも、そんなことはぜんぜんない。そもそもぼくたちは、勝とうが負けようがどうでもいいんだ。さらに、裁判になったら勝つか負けるかしかないって思ってる人も多い。でも、そんなことはない。これは民事だからね。負けたって、別に向こうの言い分がぜんぶとおるとか、そういう話ではないし、そもそも有罪無罪とかいう話しでもないのだ。

勝訴、について

 ぼくたちが勝つってのは、原告の訴えが全部しりぞけられて、被告はおとがめなしってことになること。もちろん、こうなるに越したことはない。こうなればうれしい。が、いちばんベーシックなところで、ぼくたちは勝つとは思ってないのよ。だって今回の一件って、15 秒あれば片づく話だもん。

「問題の文を書いたか?」
「書きました」
「ここに書かれてることは事実ですか?」
「いや、文字通りにとれば事実じゃないです」
「そんなもの書くって、あまり感心した行為じゃないですよね」
「ええ、でもジョーク入ってるんですけど」
「それにしても、ここまで相手さんを怒らせるとシャレじゃすみませんよね」
「うーん、まあそうですねえ。それは相手さんの気質にもよりますが、確かに」

 はい、これでおしまい。先方が常識的に論をたててこの線をしっかり押してくれば、こっちが勝訴しちゃうなんてことは、よほど周到な議論でも張らないとむずかしかろう。
 あと、ぼくたちは小谷・巽を多少はかわいそうだと思っているんだ。裁判するほど怒るとはねえ。だからちょっとくらい花を持たせてあげてもいいかな、なんてことは考えないでもない。だってこれでこっちが勝っちゃったら、かれらはあまりに惨めじゃないか。その意味でも、是が非でも勝とうなんてつもりはないんだよ。

敗訴、について

 というわけで、どっちかといえば負ける可能性が高い。でも負けるというのは、原告側の主張が全部認められるってことじゃない。どのくらいの賠償額が妥当かは、裁判官が決めることなんだ。3,300 万円の賠償金に、全国紙すべてにぶちぬき謝罪広告? こんなとんでもない要求が全部認められることは絶対にありえない。なぜそう断言できるかというと、世の中、急には変わらないから。やっぱり裁判ってのは、いろんな判例をつみあげて、さまざまな要素を勘案して、それで判決が決まってくる。賠償金額も、似たような事件の過去の例ってのがとっても効いてくるんだ。そして過去のいろんな名誉毀損裁判の判決を見ると、おのずと相場ってもんが見えてくるんだ。

 そして過去の判例から判断される「相場」というのは、どう考えても 3,300 万円なんて水準にはならないんだ。いくらぐらいかは、交渉のアレもあるのでここには明記しないけれど、おそらくそれはぼくたちにとってはぜんぜん払えない金額なんかじゃない。山形個人だって、無理すれば捻出できるレベルのものだ。

 ちなみに、かれらの要求がどんなに無茶かは、この本の経済的影響を考えてもわかる。『オルタカルチャー』は一万部くらい出てる。定価は 1,600 円。本なんて経済波及効果の大きいものじゃないから、販売総額がほぼ経済的影響だ。1,600 万円ね。

 さらに今回問題になってる記述は、本の中でもほんの一部。ページ数では全 400 ページのうち 2 ページ。仮に山形の文がとってもおもしろくて目玉になっていたとしても、まあ全体の 1〜2% くらいを占めるものでしかない。すると経済波及効果は16〜32 万円。今回の一件ってのは、そういうオーダーの事件でしかないんだ。ところが先方の要求を全部受け入れたとしたら、これは億近い話になる。桁がぜんぜんちがってるわけ。ちょっと無茶でしょ。

和解、について

 さて、勝つか負けるかといえば、まあ負けるほうの公算が高い。が、裁判にはそれ以外に、和解するという道がある。これはお互いが独自に話をつけてもいいし、ある段階で裁判官が和解勧告というのを出して「だいたいこんな条件で和解しなさいよ」と言うので、その線にそって当事者同士が折衝するという手もある。

 現時点(1998.10.10) 前回、裁判官がそれを出そうとしたら、原告側が「現状ではどんな和解にも応じられないから出すな」と要求して流れた。

 さてぼくたちは、和解したいと思ってる。だからこれまでだってたくさん譲歩をしてきた。現実に謝罪もしてる。文章もさしかえて(あれはたくさんお金がかかるんだよ)、さらには上の「相場」から見てかなり好条件の和解金も提示しているんだ。さらにあなたたちがなにを求めているのかはよくわからないけど、ぼくは条件しだいでは、指は詰めないけど土下座くらいはするかもよ。

被告の面々

さて、ここまでは「ぼくたち」といって、被告側をいっしょくたにしてきた。でも今回の被告は、三人(法人含む)いるのだ。そしてそれぞれ立場がちがう。

まず山形浩生。

 こいつはね、もう書きたいことは書いた。それがある程度は出回って、一部の人はとってもおもしろがってくれた。それでもう、当初の目的は果たせてる。だからあとはどうなったっていいんだ。しかもこいつは、実は結構金持ちなんだ。そこいらのピーピーいってる貧乏物書きとはわけがちがう。賠償金を払うことになったところで、それが相場くらいなら、そんなに困ることはない。さらに謝ることについてだって、別に抵抗はない。謝ってすむならいくらでも頭を下げるつもりはある。ついでに、こいつはたぶん、物書きとして結構重宝されているのだ(ホント)。もっとどうでもいいライターなら、あっさり切り捨てられたかもしれないけれど、ぼくはいろんな意味で便利なんだよ。ぼくくらいの翻訳できるやつがいる? 経済の話と小説と科学の話をからめてできるやつっている? しかもわかるように? 

次にメディアワークス。

 相手がほかならぬここだったのは、原告にとってはかなり不運だったかもしれない。ここのオルタブックスの親分さんは、別冊宝島からきてるんだ。だからもう、むちゃくちゃ裁判慣れしている。この先の展開も結果も、訴えられた瞬間に(いやその前から)だいたいほぼこの先の流れが見えている。だからもう、なにもあわてていない。訴えられたときにここがおたつかないで、変に下手に出ないで対応したのはぼくには有利だった。そして原告側の見込みが狂ったのもこのあたりが一つの理由かもしれない。

そして主婦の友社。

 かれらが今回の事件ではいちばん迷惑している。だってこの人たちは、流通経路とISBNを貸してマージンとってるだけなんだもん。本の中身なんかいちいち知らないよ。それを、どっかのバカな物書きが書いた、ほんの一行ほどの記述の責任をとれ、だって? 無茶な話だ。かれらだって、本全体があまりにひどいものだったら扱いたがらないかもしれないけれど、その中のたった一行ほどの記述をなんかわかりっこない。かれらは中身にはまったくタッチしていないんだ。取り次ぎや本屋や印刷屋さんと同じだよ。

 たぶん今回の事件の話が広まったときにも、いちばんみんなが首を傾げたのは「なんで主婦の友まで訴えられてんの?」ということだろう。本の流通の仕組みを知ってる人なら、まずそういう発想は出てこないから。これをやったせいで、まず原告は「こいつらわかってないな」という印象を社会的に広めてしまった。さらには裁判の議論が拡散する原因をもつくってしまった。

  じゃあ、主婦の友社は今回の裁判でなにを考えてるのか? もちろん、かれらは当然無罪だと思っている。チェックは不可能だし、訴えられること自体が理不尽だ。ただし、かれらもビジネスだ。何年もかけて無罪をかちとるよりは、ちょっとした賠償金ですむなら、さっさと有罪でもなんでもなって話を終わらせたい、という気持ちもあるだろう。

原告が考えていた被告たちの対応(推定)

 たぶん原告が想定していたのは、こんなことだろう:裁判になったら、山形はおたつき、メディアワークスはと主婦の友社は天下の一大不祥事だってんで大騒ぎ。ふらちな物書き山形は、泣いて許しを請うた甲斐もなく即刻出入り禁止を申し渡され、たちまち本は回収、全国各紙にことの次第を説明した謝罪文が載って、メディアワークスと主婦の友の社長が飛んできて平身低頭の平謝り。原告は悠然と両者に詫び状を書かせたうえで、「いやいやお二方はむしろわたしと同じ被害者、あんな悪質なライターを出入りさせていては、この先どのような不祥事を引き起こしたか知れたもんじゃない。あいつは昔からああいうたちの悪いゴロツキだったんですからねえ、いや今回は相手がこのわたくしだったからこの程度ですんで、むしろ幸運というべきですわね、おほほほほほほほほほほほほ」とお説教をたれ、それに答えて両者は汗をふきふき「いやはやお説まったくごもっとも、以後気をつけるといたしましょう、ええもうすでに各社には回状をまわして、あやつめはもはやこの業界では一文字たりとも書けないようにしてやりましたよ、ええい八つ裂きにしても飽きたらぬわい、いやあやはり先生のようなご立派な評論家は、やはりそのご風貌の品格からしてちがいますなあ、あんな下劣なライターではなく、先生のような社会的にも重要な方のご高著を出すことこそ、やはりわれら出版社としての社会的使命でございますなあ」と阿諛追従おべんちゃらのてんこ盛り、「そうだ、善は急げともうしますから、早速一冊お好きなテーマで書いていただくというのは、いやいや是非に」という申し出に、「おほほほほ、まあそれはゆっくり考えさしていただくとして」とやんわり敷居の高いところを見せつけたうえで、「これはわれわれからのせめてもの気持ち」と風呂敷包みの慰謝料を、中身も見ずに手下のNを顎で使って引き取らせ(いや、太っ腹なところをみせて、慰謝料は辞退したほうがいいかな?)、「まあ災い転じて福となすということで、これを機会に末永くおつきあいのほどを」と言うと社長二人はおそれいって「もったいのうござりますぅっ」と畳に伏せ、小谷・巽はかんらかんらと大笑い、あいやこれにて一件落着ぅ!

 ふぅ。うん、確かにそうなる可能性はなかったわけじゃない。が、いろんな意味で相手が悪かったし、主婦の友社を巻き添えにした戦術ミスは大きかった。

 そしてここでも原告が忘れてること。被告側はいずれも、ビジネスでやってるの。まあ山形浩生は、道楽が入ってる。でも、かれもやくざながらビジネスマンの道は心得てるんだよ。

 あんたらは学者さんのヒョーロンカさんで、はっきりいって世間しらずだ。自分のメンツだの意地だのをふりかざす以外に知らないのかもしれない。でも、この世にはべつの世界がある。ビジネスってのは、面子やプライドなんかどうだっていい。内心では理不尽だと思っていても、得意先に怒られれば頭も下げようではないの。裁判所が賠償しなさいといえば、賠償しますわよ、そこそこの金額であれば。

 でも、なんといっても原告が忘れてるいちばん大きなポイント。それはね、この件は天下の一大事でもなんでもない、社会的にはどうでもいい事件なんだってこと。あなたがたは、これは女性差別だ、だの、女性のなんたらはどうのこうの、だのとのたまう。でも、一歩下がって考えてごらん。もの書きの女って、決して少なくないよ。「女性にまともなものは書けない」なんてだれも思ってないんだよ。世の中には女性差別ってのは厳然としてある。それは就職機会もそうだし、いろんなところでそれは顔を出している。でもほんとうに問題で実害があるのは、肉体的・経済的に具体的な被害がある、もっともっと具体的な問題だろう。
 それに比べて、あなたたちの申し立てのなんとせこくて、実害がなくてどうでもいいことか。女性の主体を否定された? それで? 別に仕事がこなくなったわけではない。あれから本を出したりもしてるよね。あなたに生じた具体的な被害ってなに? ちょっとむかついた、という以外になんもないでしょう。むかつかせたことについてはごめんなさい。でもそれが 3,000 万? あなた、なにさま? あなたは、女性差別とかいう旗をふって、ほんとうの女性たちの問題を口実に使いつつ、なんの実害もない話で手軽にお金をかせごうとしている。ぼくにいわせれば、あなたこそ女性差別にたかる女性の敵なんだけどね。

おまけ。(1999末)

 何度目かの原告の書面には、こっちの謝罪文が追加の名誉毀損だとかなんとかいろいろ書いて、はやく措置をとれ、というようなことが書いてあったんだ。そしてそのさいごにはこうあったの。

「このままでは原告の被害者意識はますます拡大するばかりである」

 いやぁ、すごいなあ。これって、原告側の出してきた書面に書いてあるんだよ。これって原告側弁護士さんの、魂の叫びだと思うよ。だってさ、原告の弁護士が、原告自身について「被害者意識にこりかたまってる」って言ってるわけなんだもん。ふつう、そういうこと書くかぁ?

 ぼくはこれ見て、泣き笑いしてしまいましたよ(比喩的に)。かれはいい弁護士として、この手の話の相場もわかってる。だからはやく和解に持っていこうと思ってるはずなんだ。それなのにたぶん、原告(とその旦那)はもうぜったいに和解なんかしない! とがんばってるわけね。そしていまや、この裁判をネタに本を書いて、女性の文章がいかに差別されているかを訴える、といきまいているんだって。かわいそうに。弁護士さんとしてはやってらんないだろう。だからなんとかしてくれーっ! あまり刺激せんといてーっ! かれはそう言ってるんだよ。

 ねえ巽・小谷さん、ぼくのいうことなんか信用できないにしても、あなたの弁護士さんはあなたの身内なんだから、いうことききなさいよ。あごで使うんじゃなくて、その人の言い分をすなおにきいてあげなさいよ。そんなにおこってばかりいないで、すこし下がってまわりの状況をみてごらんよ。もうそろそろ、1999 年もおわろうとしていて、いったいあなたたちはなにを得たの? 伊藤(バカ)裁判だって、とっくのむかしに和解した。あれだけバカバカ書かれて、あれとあなたとどっちがひどいと思うの? わかんない?

……まあわかるまいねえ。きくだけむだか。ではまた裁判所で会いましょうか。あと五回くらいでかたづくだろう。じゃあね。


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