連載第?回

番外編:スリランカの津波と援助のお話。

(『SIGHT』2005 年 春)

山形浩生



 今回はまるっきりサイバーでない、泥臭い話題だ。実はいま、ぼくはこれをスリランカの首都……ではないが中心都市のコロンボで書いている。スリランカに行くと言ったら、みんな「津波で大変でしょう」と同情してくれたのだけれど……でも全然大したことはないのだ。

 まず、多くの人はスリランカがどれだけでかいか理解していない。なんか佐渡島くらいの大きさで、津波で島全体が流されたような印象を持っている人が多い。でも、そんなことはない。ここはものすごくでかい島なのだ。首都で津波の話をきくのは、東京で新潟の地震の話をきいてるようなもんだ。オッケー、確かにたくさん人は死んだ。いろいろ混乱している部分はある。でも、ほとんどのところに直接的な被害は何もない。

 さらに被災地だって、実はそんなにでかくない。しょせん津波だ。沿岸からせいぜい1キロ以内。新聞やテレビが伝えるのは現場のいちばん悲惨なところだけで、壊れた家の前でへたりこむ人や泣き叫ぶ子供をいつまでも写しては喜んでいる。でも、実はそれは本当に沿岸部の端の端の薄皮一枚だけでしかない。そして被害を受けるのは、垂直に立ってるものだけ。道路なんかはほとんど無傷だ(とかいうと、いやここがとかあそこが、とか言うやつがいるけれど、でも幹線となるある程度以上の道は大部分が残っている)。橋は結構やられた。でも、ちょうどこちらで高速道路の工事をODAで請け負っていた熊谷組が、災害復興の一環ですぐに人と資源をまわして現地の道を直したりして、ほとんどが復帰している。電力もすぐ戻った。通信もほぼ復旧。ライフラインはほぼ整っている。恐れられていた伝染病なんかも、みんなが対策したおかげもあって、まったく起きなかった。もともと貧しくてそーんなにすごいものがあった地域じゃないのだ。他のいろんなものも、もうほとんどめどはついている。まだ助けたほうがいいかな、というのは住宅と漁業だ(というか被災地域の多くでは、これは同じものだ)。特に、今回の一件で、津波よけに海岸線には(ハワイみたいに)バッファを作って、家を建てるなという規制ができたので、引っ越し先の確保とかいった問題は出てきている(が、すでに対応は進んでいる)。スリランカだけじゃない。インドネシアの震源近くは、ちょっとつらいだろうけれど(だから自衛隊が行ったのはよいことです)、タイのプーケットとかもスリランカと似た状況だ。プーケットで、津波の三日後から風俗店が営業していた、というのがニュースで流れていたけれど、それはライフラインがある程度は機能していますということだ。ビールなしに風俗店できないっしょ?

 そして今、ここの問題は(みんなあまり大きな声では言わないけれど)援助が集まりすぎていることだ。

 こちらに出発する直前に、赤十字が「もう津波関連では必要なお金が十分に集まったのでこれ以上がんばって募金を求めたりはしません」と発表したというニュースがあった。ネットを見ていると、このニュースの意味がよくわからずに、せっかくの援助に水をさすような報道はけしからんとか言ってるバカが何人かいた。でも赤十字としては、将来分もあわせてもうやるべきことを十分やるだけの資金ができたのだ。こう言うと「いやまだ家がなくて困っている人がいるんだから」てなことを言う人がいる。でも、すでに述べた通り、家を作り直すための対策や資金の手当てはもうできてるのだ。ただ、魔法じゃないんだから、お金があっても一瞬で家が復活したりはしないのだ。そこへもっとお金を送ったところで、その家の再建はまったく進まないよ。

 困ったことに、多くの人はお金を使うということがどんなに大変かよくわかっていない。あればいくらでも使えると思っている。現地にいって、飢えた人がいれば食べ物をやり、けがをした人がいれば手当をし、家が壊れて困っている人がいれば家をたてなおしてあげて、とにかく目の前で必要とされていることをすればいいじゃないか、困ってる人はたくさんいるんだから、てなことを平気で言う。

 が、すでに見たとおり、もうできることはかなりやられてしまっている。緊急性の高い話は何も残ってない。次はなんだ? みんな考えることはいっしょだ。破壊された病院を再建しましょうとか(必要な分を三回くらい再建できるだけの金がすでにあるとか)、子どもたちのために学校つくりましょうとか(前に同じ)。あ、学校といえば、日本の援助で作る学校は日本的な規格で作るので、頑丈だけれど高い。するとバカなNGOとかがそういうのを見て、日本のODAは無駄金使ってゼネコンを儲けさせてる、おれたちならその1/3で作れるとか騒ぐ。でも今回の津波で、日本の援助で作った学校はほとんど壊れず、高いだけのことはあった、と評価されたりしている。それと、学校に関してもう一つ言うと、実はこっちって、先生が足りなくてボランティア教師みたいなのに頼ってて、その人たちがちょうどいま、地位の向上を目指してすわりこみをやっていて、要求が入れられなければ殺虫剤を飲んで自殺すると騒いでるよ。でもそういうのには津波復旧支援のお金はまわらない。

 で、結局使い道の決まらないお金がだぶついて、その利権をめぐっていろいろきな臭い動きが出てきている。現地政府も、ゲリラも(ゲリラは、自分たちの配下にある被災地支援資金は自分たちに仕切らせろと言っている)、それを自分の思い通りに使おうとして虎視眈々。さらに国連系の、お涙ちょうだいの得意な某機関は、金だけやたらに集まったけど支援策は何も決まらないまま何十人も現地にやってきて、やることないもんだから他の援助機関に押しかけては協調しましょうと言って、頼みもしないのにあーしろこーしろと仕切りたがって煙たがられている。いまはそうやってお金がたくさんくるけど、半年もしないうちに人々は関心を失って、援助は急激に減るだろう。たぶんその頃でも、まだやることは残ってるだろう。でもお金は続くだろうか? え? いま余ってる金をプールしとけって? それができればねえ。でも、津波復興用の緊急支援と称して手当てしたお金が、半年たっても使われずに残ってたら、そのお金を出した人は「どこが緊急だ!」と怒るだろう。もうすぐ日本は年度末だけれど、年度をまたいでお金を余らせるわけにもいかない。特にお役所系は。だからみんな、今使おうと必死なんだ。そして、それがいろいろ無駄な使われ方をするのも、まあ当然予想されるよね……

 とはいえ、お金が余るほど援助が集まるというのは、なんだかんだ言いつつ足りないよりはずっといいことだ。ぼくが今回言いたいのは、悲惨さばかり煽る報道であまり心配しなくていいよ、ということだ。もうできることはだいたいできている。そしてもう一つ、援助ってのは結構むずかしいんだよ、ということだ。じゃあ、もし今後支援したいなら、どういう方法があるだろうか? うん、ここ数年スリランカはタミルの虎との交戦がほぼ沈静化したこともあり、観光がぐんぐんのびて、ホテルやその他施設もすごく強気で、新規投資もどんどん入ってきて、かなりいい状態になっていた。それが津波のおかげでいまどーんと落ち込んで、みんな必死で客を呼び戻すべく、大バーゲンを展開している。くるなら今のうちですぞ。たぶんプーケットも、もうしばらくしたらものすごいお値打ちになるはずだから、どんどん出かけよう。たぶんそろそろ、そうやって現地の普通の経済活動を再活性化してあげることが、いちばん大きな支援になるはずだから。そんな話をぬきにしても、スリランカは(プーケットも)ホントにいいところだしね。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>