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2005年 SIGHT ブックレビュー

編集部選の三冊へのコメント

「さおだけ屋」

あれ.

「会社は誰のものか」

法人は人の一種であり、現代では人はだれにも保有されない、したがって会社が株主のものだというのはまちがいだ、というくだらない理屈を得意げに述べた駄本。でも一方で、会社は社会のものだ、と主張する。人は社会の所有物ではないんですけど。さらには会社は社会貢献を、というんだけれど、それが長期的な利益のためではなく、利益を度外視して行うべきなのだとか。倒産しちゃうでしょうに。それをやって赤字を垂れ流した社会主義国営企業の末路をご存じないのか。会社が社会にできる最大の貢献は、よい製品を作り、それによって営業を続けることだ。製品は社会に便益をもたらし、雇っている人には福祉も提供する。それ以上の社会貢献なんて、本来はオマケでしかないのに。その他、これまでの会社は資本(設備)さえあれば儲かった、などという世の企業の研究開発部門が泣いちゃうようなことを書き、象牙の塔学者のダメさ加減を遺憾なく発揮したひどい本。

「下流社会」

本書が恣意的なデータ処理による印象論でしかないのは、アマゾンの書評などでもどんどん指摘されている。そもそも「下流」という概念からして、アンケートの「中の下」という回答を勝手に「下」に編入したたちの悪いデータ操作の結果だし(90ページ)、冒頭の「国民生活世論調査」の解釈も、78年ー95年の明確なトレンドを無視して、中の中が減ったことはないので現在は異常という悪質な強弁にすぎない。デフレの意味もご存じないし(同じものの値段が下がるのがデフレで、みんなが安いものに移行するのがデフレではない)、勝手なくくりをでっちあげてキャッチーなレッテルを貼る以上のものではない。だいたい働く意欲のない人が、貧乏暮らしで自足するのは悪いことか? 人々が地元にとどまって東京に出てこないのも、東京一極集中が止まっていいことだとも言える。かれが問題視している階層化なんてのも、日銀がリフレ策をとって景気が回復すれば一瞬で消える。オヤジ宴会の話のタネくらいにしか使えない本だな。


山形浩生の選択

「脳の中の幽霊、ふたたび」

傑作「脳のなかの幽霊」のラマチャンドランによる五回にわたる連続講演記録。手足が切断された後も、それがそこにあるかのように感じるという幻肢の話からはじめて、ミラー・ニューロンの機能、芸術の役割、共感覚(味が形として感じられたり、数字が色として感じられたり等の感覚のずれ)、そして最後が自己とは進化的にどう位置づけられるのか、というでかい話にまであれよあれよという間に到達する。講演なので、厳密さよりその場の思いつきと話の流れや勢いが重視され(だから実にすらすら読めてしまう)、毎回大風呂敷を広げつつ、類書が一冊かけて説明した内容をほんの数ページで精緻に説明してしまう手際のよさには脱帽。脳について興味ある人のはじめの一冊としても、ちょっと知識ある人が発想を広げるための手がかりとしても最適。さらに注では本文をうわまわるキテレツな議論や研究紹介がてんこ盛りなのでお見逃しなく。この腐った解説さえなければねえ。

古田 靖/寄藤 文平「アホウドリの糞でできた国」

ホワイトバンドなんかで途上国の貧困問題に関心がすこしは出てきたようだけれど、多くの人はなにやら先進国や企業が途上国をいじめているからかれらが貧乏なんだと思っていて、もっと施しをあげよう(でも施しとは呼ばないようにしよう)なんてことばかり主張する。そんな人たちに読んでほしい、太平洋の小国の実話。なまじ天然資源があったばかりに、人々が働き方を忘れ、内輪もめで持ち金もなくし、どうしようもない立場に追い込まれてしまった悲喜劇を淡々と描いたよい本。国の発展は、だれか外の悪者をみつけてそれを糾弾すればいいという話じゃなくて、むしろ手持ちの資源をどう活かすかという、その国の人々の選択こそが重要なんだというあたりまえの話を思い出させてくれる。これに対して日本はなぜ発展できたのか、なんてことを考えると吉。短いし、絵本仕立てでわかりやすいし、変なイデオロギー的偏向もない。

山野 車輪「マンガ嫌韓流」

アホウドリ本と同じ問題意識だけれど、いわばその逆。とても言いにくいことなんだけれど、世界の途上国で第二次大戦以降それなりの経済発展をしてきた国は、植民地時代に宗主国が法律や経済の仕組みをはじめ各種の制度をつくり、それが踏襲されているところが多い。韓国の場合にも、そういう部分は確実にあるのだ。日本の残した各種制度やインフラがいまの韓国発展の基盤になっているのはまちがいないことなのだ。そして韓国はすでにそれを元にして、世界にいばれるくらい十分な発展をとげた。そろそろ当の韓国自身が、自分の発展の源がどこにあるのか、というのは冷静に考えたっていいんじゃないか。直接当時の遺恨が残っている人は仕方ないけれど、そろそろ世代もかわってきたし。日本でそうした本が出てきて、しかもそれが売れて基礎知識がいきわたるのはとてもよいことだ。いずれ韓国でも、これに対応する動きが出てくるはず。ぼくはそれがとても楽しみ。

山本一郎「”俺様国家”中国の大経済」(文春親書)

これは今回の対象期間末期に出てきた本だけれど、今年――いやここ数年――の経済を語るにあたって中国のプレゼンスはほとんどあらゆるビジネスで無視できないものとなってきた。でも中国関連本は、でかいぞ、発展するぞ、チャンスがあるぞ、と無批判に煽るバカなものばかりだった。その中で、中国がそんなに手放しでいいわけではなく、そもそもの統計からして信用ならないもので、といった各種の問題をきちんと指摘した数少ない一冊がこれ。下手すると北京オリンピックを待たずして怖いことになる可能性だってある。たぶん今年の反日デモなどを期に、中国っていいところばかりじゃないぞ、という雰囲気は一部には出てきていたけれど、本書はいろいろな切り口からそれをえぐり出した上で、日本としてどうすべきか、という話をまじめに(しかし文体はふまじめに)議論してくれる。今更ながらに中国かぶれになっている上司がうざいあなた、本書を読んでおこう。

ブキャナン「複雑な世界、単純な法則 」

インターネットなどの複雑なシステムには、だれが意図したわけではないのに、階層構造のような秩序がある。脳細胞、エイズの感染、流行に生態系、そして貧富の差。こうしたまったくかけ離れた各種の分野において、人為的でない自然発生的なネットワークがあるだけであてはまる、一貫した規則がある。この本は、その理論的な部分とそれを生み出した先駆的な研究のいくつかを紹介するとともに、その研究が現実にとって持つ意味をおもしろく描き出す。科学とビジネスの接点みたいな話も十分に出てきておもしろい。本書で説明される理屈では、別に才覚があるやつが金持ちになるのではなく、ネットワークのフィードバックの中で単に統計的にそういう存在が出てくるのだとか。まだ発達中の分野で未解明のところも多いけれど、その未解明の部分も含めて大きな可能性を目の前にぱっと開いてくれる、実に有意義で楽しい本だ。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>