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IT の生産性

(『SIGHT』2001 年 秋号)

山形浩生

要約: 2001 年夏にアメリカの生産性統計が出た。数字は大きいが、実は前期の数字を下方修正したもので見かけほどではないことに注意。とはいえ、少しはITの効果が出ているようではある。




 この 8 月に、アメリカの生産性統計が発表されて、これが結構おもしろい結果になっているのだ。

 なんでアメリカの生産性統計なんぞを気にするのか? うん、それはいま、世界的にブームになっている(かなり下火にはなってきたけれど)IT革命の真価を、みんな見極めたいと思っているからだ。一部の人、いや多くの人は、ITこそ現代の救世主だと思っている。IT により、いろんなものの効率は飛躍的に上昇する。いままで、市場の情報を集めるのがむずかしかったから、不良在庫なんかがよく発生してとっても非効率だった。でも、IT があればリアルタイムで市場情報を集めて、生産をそれにあわせて自由自在に変えられる。ユニクロをごらん、一昔前のベネトンをごらん! デルコンピュータをごらん! 中間流通をすっとばしたアマゾン・コムみたいなこともできる。経済全体があれくらい効率よく動くようになったらすごいじゃないか。しかもかれらは、昔のパイの食い合いじゃない。新しい市場や需要をそれによって作り出している。さらには、電子メールで世の中いかに便利になったことか。ウェブのおかげで、いかに情報収集が簡単になったことか。人々の労働スタイルだって完全に変わった。昔みたいに、効率の悪い図書館にこもっての調査なんかまったく不要。だからホワイトカラーの生産性だってあがっただろう。携帯電話に i-モードで、人々のコミュニケーションだって完全に変わってる。社会は IT のおかげで昔より確実に便利になっているし、だから生産性だってばかばか上がっているはずだ! ちなみにここで言ってるのは、国民一人あたりの生産性ね。

 一方でそれに対して、IT なんかまったく何の効果もないよ、という人はいる。ぼくの立場も、これにかなり近い。そもそもパソコンや IT 機器は高い。数十万の機械が 2 年でスクラップ。さらにソフトをインストールしたり使い方を勉強したりするにもえらく時間がかかる。マシンのクラッシュはしょっちゅうだし、それに一人一台パソコンをあげたって、一日中ウェブで変なページを見てるだけだ。携帯電話は、みんなひたすらおしゃべりするだけで、その間ほかのことは何もできない。電車の中でピコピコメールチェックしてる間に、新聞や本でも読んで情報収集できてたはずが、それができなくなっている。生産性なんかまったくあがっていないよ。上がった分と下がった分で、とんとんくらいがいいとこじゃないの?

 で、数字で見る限り、圧倒的に後者のほうが優勢だったのだ。一人あたりの生産性を見ても、ほとんど上昇していない。いろんな統計を見ても、IT を入れたところが収益があがる、なんてこともない。ないんだけれど、でも、IT 革命の人たちは負けなかった。だって現実になんか生産性があがっているような気がする。便利な場面がたくさん出てきている(コストはどうあれ)。マシンのクラッシュで生産性が下がるなら、それをなおせば上がるだろう。エロページを見ないようにする方法はあるだろう。それに、新しい機械を入れても、それが広まってみんなが使い慣れるまでは統計に見えるほどの影響は出ない。特に、これまでの機械はネットワーク化されていなくて、ネットワーク化が進んだのはつい最近だからまだ目に見えないだけだよ!

 そして――過去2年ほど、かれらにきわめて有利な数字が出てきた。年率 2%ほどで推移してきた一人あたり生産性の成長率が、1999 年には 2.7%、2000 年にはなんと 4.3% と、すさまじく急速な上昇を見せた。そしてこの間、IT 投資もかなり上昇している。ほら見ろ、ついに IT 革命が数字でも証明されたではないか。新しい IT を活用した企業が出てくるまで時間がかかったけれど、それが広まったら、こんなにすごい結果が出たじゃないか! そして反対派も、これには確かに主張を弱めざるを得ない部分があった。もっとも、成長性があがっているのは情報機器メーカーだけ、ではあったんだけれどね。ぼくが去年、NHK の座談会に出たときも、ぼく以外の人たちは「最新の統計では生産性はあがり始めている」という説で、その後新しい数字が出てきて、ぼくはやばいなー、と思い始めていたのだった。そろそろ保身のためにはじわじわと、ポジションをずらすような工作を考えたほうがいいのかもしれないぞ……

 で、この 8 月の発表だ。

 相変わらず、一人あたり生産性の成長は続いていた。2001 年第二四半期は、対前年同期比で年率換算 2.5%。なかなかいい数字だ。ごらん、IT 革命は着実に進んでいる! 第一四半期の数字がたった 0.1%だったこともあって、この第二四半期の数字にはみんな大喜びした。

 でもそれには裏があった。IT 革命論者がよりどころにしていた、1999 年、2000 年の数字が、一方で大幅に下方修正されていたのだ。1999 年の 2.7は、実は 2.3%。そして 2000 年の 4.3%は、3.0%にダウンだ。

 IT 翼賛論者たちは、この下方修正を見ないふりをしようとしていて、一方でここ半年くらい分が悪かった「IT ダメ」論者はこれを見て大喜びしている、というのが執筆時点の現状かな。わっはっは。テメーらしらばっくれるんじゃねーよ。ざまみろ、やっぱダメじゃーん。

 ……てなことは、まあ必ずしもない。これでも、そんなに悪い数字じゃないというのは事実。このうちどこまでが IT のおかげか、というのも議論がわかれてはいるけれど、いずれにしても、一部の狂信的な IT 翼賛論者が主張するほど IT はすごいものじゃないにせよ、まあそこそこなんか役にはたっているようだ、というのが大方の見方になりつつある。自動車や電力ほどは影響力はないみたいだが、実力を考えればまあしょうがないだろう。「IT ダメ」論者も、昔ほど強硬な意見は出さなくなってきている(たぶん本誌が出る頃には、ハードコアな人がまた元気になってはいるだろうけれど)。まあ完全に影響がない、ということはないんだろう。ちょっとくらいは生産性を押し上げてはくれるかもしれない。もちろん、IT だけじゃだめで、ほかの部分(たとえば、労働の流動性とかね)がそれなりにできてるとしてのことだけれど。

 ただ、いまの生産性上昇のほとんどは IT 関連企業の生産性向上によるものだ。みんなが IT 投資をいっぱいしたからこれから IT 不況が統計に出てくると、たぶんこの数字は下がるだろう。長期的に、どのくらいの数字に落ち着くかは、実はまだよくわからない。支持者がよく言うのは、70 年代や 80 年代に比べればまし、ということだけれど、そりゃまあ最低の時期と比べりゃなんだってましには見えるわな。その意味で、たぶん「IT ダメ」論者がたぶん今年から来年にかけては盛り返しそうな気配ではある。

 というわけで……日本はなんかみんなブロードバンド大騒ぎで、それがホントに役にたつかという話は一切ないけれど、どうよ。大丈夫かね(それにそのブロードバンドの YahooBB もいきなりつまづいてる感じだし。これについては次回書けるかな)。そしてそれよりさらにきついのが、アメリカの動向ね。アメリカのブッシュジュニアの減税というのはすべて、アメリカの生産性が上昇したという前提に基づいて計算されている。アメリカが 4%くらいの経済成長を続けるという想定で、いろんな数字がくまれているのだ(その組み方がすでにインチキだとポール・クルーグマンは言っているけれど)。これが崩れると、減税はすでに決まっちゃったし、アメリカが結構ガタガタになるかもしれず、そうしたらそもそも IT 革命もなにもふっとぶ可能性が……

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YAMAGATA Hiroo<hiyori13@alum.mit.edu>
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