□■□■□■  Entropic Forest ■□■□■□

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連載 第 04 回

自然に。


山形浩生

 みなさん、暑い日々が続いていますね! でも暑いからって閉じこもってばかりではダメ。さあ、真夏のマリーゴールドイエローの太陽を浴びて、あなたも自然とふれあいながらからだを動かしてみませんか! 1年をかけた河川敷運動公園の整備もようやく完了して、みなさんのご利用を待ってます。ダイオキシン除去も順調で、いまではもう前世紀末のまったく人体に問題ない水準になりました。さあ、初夏の明け方のさわやかな空気を胸一杯に吸い込んで、水辺へGO!

――国営放送の地域コマーシャルより

 ……という放送を見たこともあるし、さらに「じゃまよ」と寝たきりの親に占拠されたような家を追い出されたこともあるし、やってきた昼間の川辺は、写真をとってみたけれど、相変わらずほとんど人気がなくて閑散としていた。これでも朝方には、多少は高齢者でにぎわうこともあるようだが。数年前の大気ホルモン騒ぎで、人が屋外に外出する頻度はガタ落ちになった(といっても結局、そもそも大気ホルモンというのがなんなのかさえ、未だにはっきりしていないのだけれど)。あそこがやばい、こっちが濃いらしい、というあやしげな噂ばかりがとびかい、そのたびに住民とマスコミが大騒ぎを繰り広げていた。

 なかでも東北のある河川敷で数十年にわたる大量の廃棄物不法投棄が発覚して、すさまじい土壌汚染が検出されて以来、川は妙に危険視されるようになっている。各地での除去作業も、あまり信用されていない。自治体も、わざとらしい広告はうつけれど、それ以上はさじを投げている。もはやまったく屋外に出ようとしない人も多い。空調の入った屋内を、車で移動するだけだ。その乗り換えスペースの換気だの、宇宙ステーションまがいのエアロックシステムだのが、最近の流行になってきている。別にそんな話は信じていないけれど、それでも昼過ぎの空気は、すでにどんよりとしてきていて、なんとなく気持ちはわかるような気がする。

 自然とのふれあい――だがミクロなレベルで見ても、自然も最近はご威光が薄れている。農作物の自然農薬――植物が害虫除去のために自分で自然につくりだす農薬物質――がだんだん問題視されるようになってきて、有機栽培はおろか天然野菜ですら危険だ、という報道が流布するにいたっって、自然食品一派はノイローゼ状態となっている。家電メーカーが家庭用に、野菜の自然農薬除去装置(これも実はなにをしているのかよくわからないのだ)を売り出し、バカ売れし、遺伝子改変で自然農薬を出さなくなった「安全野菜」が、(人工農薬をたっぷり使って)栽培・市販されている。これはいったい自然で安全なのか? なにが自然で、なにがそうでないのかも、もはやわけがわからない。

 そもそも、もう自然も人工の都市基盤の一つでしかなくなっている。自然は堤防や水門に囲い込まれ、あるいは巨大な鉄塔のあしもとで、小さくかしこまっているばかりだ。 もちろん自然も負けてばかりではない。一昨年は、台風でこの川が大氾濫を起こし、周辺地域一帯が泥の海と化した。さらに半世紀以上前から、くるくると言われ続けている首都圏大震災も、いまだに起こっていない。でもみんな、起こることはまちがいないと思っている。直前予知は可能で、予知されたら国の要人がいっせいに海外脱出するという噂があって、4年前に日本シベリア親善式典とG9サミットに、ブラジル大統領葬儀とがたまたま重なったときに「大地震の前兆だ!」と首都圏脱出の一大パニックが生じ、50 人ばかり死んでいる。これで本当に地震がきたらどうなることか。この河川敷も、一応は広域避難場所に指定はされているはずなのだが。

* * * * *

 あれから5年。ひさしぶりの河原は相変わらず閑散としていた。植えこみもまったく成長した様子がない。すでに都市内気候が変わってしまっているから、植栽も変えなくてはならないとも言われている。この風景も遠からず変わるだろう。遠くでは街全体が空調のうなりを響かせている。




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YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)