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旅行人2003/1月号
旅行人 2003/01

隔月コラム:どこぞのカフェの店先で 連載第2回

援助屋の悩み:経済ってどうすりゃ発展すんの?

「旅行人」 2003年1月号(No. 131)

要約:経済がどうすれば発展するのかよくわからないのだ。それだから援助はなかなかうまく行かない。何をやってもダメなところはダメ。援助屋はいろんな理屈を次々に考えるけれど、結局ダメなところほど先送りになるばかり。困ったものです。


 モロッコでミントティーを飲んでぼんやりするのは、これはもう日課のようなものだ。旧市街の迷路のように入り組んだカスバの狭い通りのカフェに、お湯入りコップにミントの枝をつっこんだだけのお茶をすすりながらすわっていると、「チーノ?」とかいって話しかけてくるオヤジがいるわけだな。んでもって、次から次へとやってくる靴磨きを右に左に追い払うぼくを前に、まあしつこくあれこれ話をして、どっからきたの、結婚してるかだの、適当に相手をしているうちにだいたい絨毯を買えという話になるのは定石ではある。そういう人を見るにつけ、いやあ暇だなあと思ったりするのは人情だ。

 そして翌日、安宿から朝出かけると、目の前のカフェでミントティーを前にしたあのオヤジが手を振ってよこしたりして、そして夕方戻ってきてみると、同じオヤジが同じところにいてまた手を振ったりしている。おまえ……そこにすわって無為に時間を過ごしてていいのかよ。少し働こうとか思わないわけ? と思ってしまうのもこれまた人情だ。

 もちろんこれにはいくつか原因があって、モロッコは失業率がとりあえず高い、というのはある。だけれど、それ以上に、こいつら本質的に単にナマケモノなんじゃないー? と思うことはままある(そこのあなた、ないとは言わせませんよ)。気楽な旅行者なら「人生、あくせく働くだけが能じゃないんだなー」とか「仕事に埋もれている自分の日常を見直すきっかけに」とか、くだらんおためごかしをつぶやいて悦に入っていればいいや。でも援助となると、そうはいかんのよ。援助って何のためにするかといえば、まあとりあえず死なないようにする、という援助はある。飢餓地域の食料援助や災害援助とかだ。でも基本は、援助はみんなに経済成長してもらうためにやるのだ。経済成長ってなあに? みんなの所得があがることだ。そしてそのためには、みんなガシガシ働いてもらわにゃなりません。働かざる者喰うべからずだ。

 でも――そこがむずかしいところだ。いったいどうやって人をガシガシ働かせればいいんだろう。経済が発展しないと、仕事なんかできませんぞ。でも発展するにはガシガシと……と話は堂々巡りだ。

 実は、経済がどうして成長したりしなかったりするのか、実はよくわかってないからだ。だからこそ、みんなある地域が急速に発展するとおどろく。たとえば戦後の日本。なぜ日本がこんなに成長したのか、実はよくわからない。あるいは江戸時代から明治期に入ったときの日本はなぜ成長したんだろうか? あるいは最近では東南アジアや中国。なぜ発展できたの?

 たとえば爺さんあたりに、日本がなんで成長できたのかきいてごらん。するとたぶん、日本人は勤勉だったからとか、日本の官僚が優秀だったから、とかいろいろ返事が返ってくるだろう。「プロジェクトXを見ろ! あの情熱だ! 国民のやる気だ!」とか。もっともらしいけれど、実はこれが何の説明にもなってないことは、すぐわかる。じゃあ、どうして昔の日本人はやる気があって、家族を顧みずにいっしょうけんめい働いたの? 日本民族は優秀なのだとか答えるバカがいるけど、そんなわきゃない。戦国時代の日本にきた宣教師たちは、日本人ほど不真面目で怠け者の連中はいない、と書き残している。あるいは、どうして昔の官僚ってそんなに優秀だったの? それにそんなの他の国に移植できないでしょ。どうするね。うちの財務省と経産省から100人くらい輸出しますか?

 さらにダメ押し。自分の頭のハエを追え、という故事がありますわな。もし経済成長の仕方がわかってるんなら、日本はなんだって過去十年にわたり、1パーセント以下の低成長ばかりかマイナス成長なの? 他人の援助をする前に、自分のとこを何とかしろよ。実は最近は、援助の相手国でよく嫌味を言われるのだ。「おまえの国は今年3パーセント成長で調子悪いぞ」と言うと、「ほう。ところで日本は今年どのくらい成長しましたっけ」(ニヤリ)と口ごたえされる。でも、それは実は本質をついているのだ。

 そしてこれは、海外援助の一つの(でもたぶん最大の)問題の一つだ。いったいどうやれば経済が発展するか、実はぼくたちはよくわかっていない。ぼくたち、というのは日本の援助機関もそうだし、世界銀行だって、その他ありとあらゆる援助機関だって。みんな、知ってるような口はきく。でも、実はわかってない。

 理論的にもそうだ。いま主流の新古典派経済学では、要するにすべて市場任せにして放っておけば、何もかも最高の状態になるはず、なのだ。だから援助のいちばんの基本は、何もしないこと、だったりする。が、もちろん何もしないで状況がよくならないから困ってるわけですな。

 するといろんな理論では、市場がうまく機能しないからダメなんだ、という理屈を次々に考え出す。途上国は労働力は余ってるのに設備がないから発展しない、と主張された時代があった。ホントなら、そういう状況なら民間がどんどん投資するだろう、ということになる。そういう投資家がまだいないから、外国の政府がかわりにいろんな工場やダムや発電所を造ってあげよう、という理屈だった。農業にも緑の革命をやって、資本をつっこんだ。でも、ダメなところはダメなままだ。これはそれを使う人がダメなのだ、人材教育だ、という時代もあった。それもちょぼちょぼ。最近のはやりは構造改革ね。古い構造があるから市場がきちんと機能しないのだ、という理屈。でも、これも日本をごらん。構造改革なんて、そう簡単にできるもんじゃありませんぜ。てなわけで、最近は実は、援助の世界はかなり手詰まりになってるのだ。さてどうしたもんか。

 てなことを考えながら、ぼくはモロッコのカフェにすわっていたのであるよ。隣には、またあのオヤジがきている。なんだい、おれが結婚しているかどうかは昨日もきいただろうに。だからじゅうたんは買わないって言っただろう。もうちっとまともに仕事でも探したらどうだ――と思うんだけれど、でもその仕事がないからこそこんなことやってこいつらは小遣い稼ぎをしているんだよな。そしてぼくが本当に能書き通りの仕事をしてるんなら、かれらに仕事を作ってやれるはずなんだよな。そう思うと内心忸怩たる思いがたちこめて、せめてミクロレベルでちょっと雇用創出するかと思って、寄ってきた靴磨きに靴を磨いてもらうと、こいつがまた図にのってふっかけてくるんだ。何が「テン・ダラー」だふざけんじゃねえぞ。妙な仏心を起こしたのがバカだった。まったくなめやがって。



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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