shamans, software, spleens

Guy Holmes, P.E.A.C.E.

2001/4/2
山形浩生

まとめ

 高度監視社会と化したアメリカの、監視警察部隊を舞台としたサスペンス小説。ただし高度監視社会という設定は活かされることがなく、ストーリーも陳腐かつつじつまがあわず、文章も大仰で平板。小説としても娯楽としても水準は低い。


1. あらすじ

 犯罪の激増するアメリカで、警察に変わって新しい警備組織 PEACE が組織される。このシステムが試験的に導入されたニューヨークのマンハッタンでは、至る所に設置された監視カメラとパターン認識による犯罪行為の自動抽出システムにより、ほとんどあらゆる路上犯罪が事前に予測される。そして、それに対応すべく出動するのが PEACE の係員である。高い訓練と、そして麻酔薬と電撃との組み合わせで犯罪者を瞬時に副作用なく気絶させる銃に採用により、犯人の取り押さえ率もきわめて高まり、街の治安は飛躍的に向上していた。

 この PEACE の中でも、マックは数々の英雄的な仕事ぶりと抜群の検挙率でぬきんでた存在だった。しかし、ある時地下鉄である事件の犯人を捕まえるとき、誤って同僚のサムを麻酔銃で撃ってしまう。そして何の副作用もなくすぐ回復するはずのサムは、病院で薬漬けにされたまま、何者かに殺され、しかもそれが「事故」として処理されてしまった。

 一方、非のうちどころのない PEACE について嗅ぎ回る記者サーモンは、内部の情報提供者より奇妙な噂を耳にする。そしてその件についての情報を持つ人物たちは、次々に自殺、あるいは行方不明となっている。マックはサーモンと接触し、同僚サムの死との共通点に気がついて独自の捜査を開始し、PEACE の麻酔銃に使われている麻酔薬に謎があることをつきとめる。だがそのとたんに、マックの妻イブも殺されかかり、さらにサーモンも何者かに殺される。

 マックは単身で PEACE の担当者のところに乗り込み、実は麻酔薬に副作用があることが事前に判明していたことを吐かせる。そしてその秘密を守るために、民間人で麻酔銃で誤射された人々は次々に消されていたこともわかる。PEACE 高官はこの秘密を守るべく、マック夫妻を重要参考人として指名手配し、追う。マックは麻酔銃に撃たれ、その副作用に苦しみながら逃亡を続けることになる。そしてPEACEの高官は、マックを消すために独立の殺し屋まで雇う。

 マックは追われながらも、殺された記者サーモンが最後につかんだ重大な証拠を手に入れる。実は PEACE は大統領が当選を確実にするために組織された政治色の強い組織であり、使われるクスリの副作用については事前にわかっていたにもかかわらず、大統領は PEACE の導入を強行したのだった。大統領選を一ヶ月後に控えていたため、この情報が漏れることは大統領選を左右しかねない。

 この証拠を持って、マックはニューヨークタイムズに乗り込む(ニューヨークタイムズには、人権派で知られる有名な記者がいて、かれについての話がいろいろ出てくるが、何の機能も果たしていない)。PEACE の(悪い)同僚たちと、そして殺し屋との対決。だがマックはもちろん勝つ。そして副作用を抑える薬を手に、妻と新しい生活へと旅立つ。


2. 評価

 小説としては凡庸であまり水準は高くない。人物の描き方は平板だし、文章的にも浅い。犯罪防止を口実とした監視社会という設定はそれなりに魅力的で、それを描いた冒頭部分は期待をもたせるが、それがまったく活かされることがない。後半は単なる悪玉善玉のふつうの追いかけっこに終わっており、主人公が勝つのもなんら必然性がない。

 最終的な種明かしも説得力に欠ける。麻酔薬はすでにいくらでもあるし、なぜわざわざその副作用のあるものを使う必要があったのかはまったく不明。PEACE のシステムそのものの問題点はまったくなく、麻酔薬さえ換えればどうにでも解決できる程度の話でしかない。なんでこんな大事になっているのか、さっぱり解せない。さらに最後で副作用を抑える薬があるなら……結局何が問題だったのか? またマックがこの陰謀を信じるようになったきっかけも話にならないくらいお粗末。

 人物に関するさまざまな設定も、まったく何の役にも立っていない。マックが優秀なのは、子供の頃から感情が薄く、パニックを起こすことがないから、という設定の説明がかなり詳しく出てくるのに、それが逃亡に影響することもまったくなし。むしろマックの人間離れぶりを強調して感情移入を妨げるだけ。

 その他小説のつくりも、説明不足と読者への媚びが目立ち、未熟。全体として習作レベル。正直いって、なぜこんな立派なハードカバーで出ているのかまったく解せない。よくても読み捨て用のペーパーバック程度のでき。


3. 作者について

 作者ガイ・ホームズは、本書が処女作らしい。コロンビア大学でライティングの修士号をとったということ以外は不詳。


4. 翻訳刊行の意義について

 ほとんど意義はないと思われる。映画化か何かの予定でもあればさておき、小説単体としては見所はない。細部へのこだわりもなく、深い知識や特異な世界観をうかがわせるようなところもないので、作家としての将来性も疑問。先物買いとしての意義も薄い。日本の読者に特にうけるような設定もない。

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