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インフラ化するコンピュータ

――ウィンテル支配の崩れる日
金沢工業大学学内誌『backup』用原稿 (1999.06)



山形浩生

要約: Linux が出てきてウィンテル一色の体制が変わるんじゃないかという発想がある。確かにLinuxが登場する余地があったというのは、ウィンテル体制が盤石ではないことを示してはいるけれど、でももはやコンピュータがインフラ化してどこにでもあるようになり、その中身なんかにあまり気を遣わない次代になるのではないか。


1 「ウィンテル」体制の確立

 最近ではマイクロソフト社のビル・ゲイツはビジネス界のビッグスターで、いろいろ将来ビジョンっぽい話をのせた『未来への道』なんていう本を出してみたり、『東洋経済』がうれしそうに独占インタビューを載せたり、『思考スピードの経営』などという本も出た。一般には、マイクロソフトとインテルがつねに明快な戦略に基づいてガシガシとたちまわり、現在の技術的なロックイン状況をつくりだしたと思われている。

 しかしながら、特にマイクロソフトは別に明確なロードマップがあったり、きちんときまったビジョンや方向性を持っていたりするわけではない。OS/2 の開発をめぐる IBM とのケンカわかれと、ウィンドウズのとってつけたような開発。インターネットがらみの朝令暮改のような方向転換。ビル・ゲイツがいまどんな「ビジョン」を口走ろうと、半年先までそれが続いている保証はまったくない。むしろ日和見でコロコロ変わるのがマイクロソフトの身上ではある。

 そもそものウィンテル体制のきっかけは、PC/AT マシンのすさまじい低価格化と普及というツキによって生じたものだった。そこにMS-DOSを採用させた政治力とかはある。でも、最終的にいまのようないたるところに PC/AT 互換機がある状況をつくりだし、いまのウィンテル体制を築きあげたのは、IBM による自社の PC/AT アーキテクチャの公開だった。ウィンテル勢にとっては、現在の状況は半分以上がツキの産物の棚ぼた、ともいえる。

 もちろんかれらがまったくなにもしなかったわけではない。たとえばインテルがペンティアムを出す直前頃に、互換チップメーカにおされて将来性が危ぶまれた時期があった。これに対してインテルは、互換機メーカに対する訴訟を猛然と開始すると同時に、Intel Inside キャンペーンによるブランド商法を展開。これは、なかなか立派だった。マイクロソフトも、さまざまな手練手管を使って現在の地位を確立してきた。特にプリインストールマシンをおさえてパソコン市場をウィンドウズ一色にしたセールスの技量はすごい。一時は明らかに互換機メーカのほうが力があって、インテルやマイクロソフトがなにをしようと、コンパックがいやがることは PC/AT 業界ではできないという時期もあった。それをいつの間にか逆転させたのも、政治的な手腕としては見事だ。でも、そこで行われていたのは、基本的には最初のツキをなるべく引き延ばす、現在の延長でしかなかった。


2 ウィンテルの危機

 ウィンテル路線がそのようなものであったがために、現在のパーソナルコンピュータが、異様に CPU ヘビーでバランスの悪い代物になっている点はよく指摘される。いずれこの歪みが破綻するだろう、と機会あることに指摘されていたのだけれど、これまでウィンテル勢はなんとかボトルネックをすりぬけつづけてきた。が、そろそろ本気で先がない。ウィンテル自身もそれは認識しており、新しいアーキテクチャに脱皮しようとして、いずれも非常な苦戦を強いられている。

 まずインテルの社運をかけた新世代チップ Merced 用新アーキテクチャ IA-64 の開発は、かなり難航しているらしい。社内でもかなりおおっぴらに「もうあきらめて既存の RISC メーカと提携すべきだ」という声が出ているほど。

 ウィンドウズ 2000 についても、あまりよい噂はきこえてこない。出荷も遅れてきており、コードが日々拡大を続け、収拾のつかない状態になっていると言われる。

 さらにベンダーたちも、だんだんマイクロソフトだけに儲けさせるのにうんざりしてきているし、生命線を一社に握られていることに不安をおぼえはじめている。通販メーカーでさえ、そろそろウィンドウズ一本では不安を感じるようになってきた。このままウィンドウズ 2000 がコケたら……

 さらにウィンテルの中でも、インテルは Linux の RedHat に出資したり、Linux 系のベンダーである VA Research にも出資して、マイクロソフトにだけ依存した体制を変えようとしているのが明らかにわかる。

 Linux が登場してきたのは、まさにそういう状況の直前だった。


3 Linux の台頭

 Linux が、当時フィンランドの大学生だったリーヌス・トーヴァルズの手すさびお勉強用 OS プロジェクトだ、というのはいまさら紹介するまでもあるまい。そこへ世界中のハッカーたちがよってたかって開発をすすめ、いい加減であるが故に、ゆとりある堅牢なシステムができ、さらにソースコードが公開されていて、みんながソースを見るので、バグもすぐに見つかってなおる、というフリーソフト/オープンソースソフトの優位性については、すでにあちこちで述べられているとおりである。

 ただし、ほかにもあるフリーソフト系 OS の中で Linux がなぜのびたのかは、実はだれにもよくわかっていない。Linux の唯一最大の強みは、開発者の数が多いことだが、なぜ多いのかはよくわからないのだ。平均的な技術力は、BSD 系の開発者のほうが高いとされる。逆に、みんなの技術レベルが低いからこそ開発者の参入のしきいが低かったのだ、とも言われるが、決めてには欠ける。

 ただし、ウィンテル一色かと思われていたコンピュータの世界に、このような素性も怪しい、育ちも卑しい(という言い方はアレだけど)ものがホイホイ食い込める余地があったということは、厳然たる事実である。それはおそらく、Linux がとてつもなく優れていたせいではない。その理由はむしろ、コンピュータというものの位置付けが変わってきたことに求める必要があるだろう。それはつまり、インフラとしてのコンピュータである。


4 インフラとしてのコンピュータ

 ある意味で、こうしたウィンテル支配体制が揺らぎ、Linux ごときにつけこまれる原因をつくったのは、まさにそのウィンテル体制に支えられたコンピュータの普及そのものであるともいえる。コンピュータそのものが拡大し、生活のありとあらゆるところに入り込むにつれて、しだいにそれはインフラストラクチュアに近い存在になっていった。インフラ化するにつれて、「そこそこ使える」水準から、いままでとは比べものにならない信頼性が要求されるようになってくる。そしてまさに Linux(そしてオープンソース)の一つの強みは信頼性にあったわけだ。それを理論化したのが、いまや有名になったエリック・レイモンドの古典的論文「伽藍とバザール」である。

 さらに、インフラ化すればするほど、それをだれが供給するかということについて末端ユーザはあまり気にしなくなってくる。仕様さえきちんとしていれば、だれがそれをどのような形で供給しようとかまわないわけだ。

 実際の物理的インフラでも、こうした動きは90年代に顕著になってきた。権益でがんじがらめの日本の公共事業でさえ、公共独占体制が崩れはじめている。世界的には、IPP(独立発電事業者)が発電に参入するのはあたりまえだ。道路の建設・運営や、上下水道についても同じことがいえる。日本でもすでに「日本版 PFI」として制度が整えられつつある。公共団体が整備した道路だろうと、民間企業が整備運営している道路だろうと、ユーザはまったく気にしないのだ。

 同じように、コンピュータでもあるサービスさえ提供されれば、それがウィンテルだろうと、インテル上の Linux だろうとかまわないし、Linux が PowerPC や Alpha マシンで動いていてもかまわない。一定水準さえ満たせばなんでもよくなっている状況で、Linux も充分に活躍の場が出てきている。そしてSunをはじめとする Java 軍勢の狙いもそれだった。Write once, run anywhere:一回ソフトを書いたら、それがどこでも使える。そのときその下のプラットホームがウィンドウズだろうと Linux だろうと MacOS だろうと、だれも気にしない。当初ほどの勢いはなくしているが、その発想は未だ有効である。


5 コンピュータの近未来(来年とか)

 ウィンテルの牙城が崩れるか――いままでのような蜜月関係は、Merced の出荷の遅れか、あるいは windows2000 の失敗などを期に、決定的に崩れる可能性はある。あるいはまったくの妄想だけれど、Linux で動く Windows エミュレータのWINEが本家をしのぐ出来になって、みんなワッと乗り換える、かな?

 ただそのときも、世の中Linux一色にはならないはずだ。いろんなプレーヤーの一つとして、Linux もあり、FreeBSD も HURD もウィンテルもあり、それ以外の OS もあり、という状況になるだろう。すべてもう、成熟したインフラとなるわけだ。リーヌス・トーヴァルズも、そろそろ Linux ではやることがなくなってきた、と自ら語る。「どんな技術もいつかは成熟して頭打ちになる。Linux(のカーネル)もそうなりつつあるし、アクティブでおもしろい分野もそれに伴って別のところに動くだろう」と。

 その「別のところ」は、おそらく GUI の部分だろうというのがおおかたの見方だ。そしてここを突破されると、マイクロソフトは本丸のオフィス系アプリケーションにも食い込まれることになるので、必死の抵抗を試みるはず(一方、インテルは無事二股かけ終えているので、高見の見物としゃれこむだろう)。一方で、Merced や Windows2000 の成り行き次第では……ほんの数年前には難攻不落と思われていたウィンテル体制が、こうも急激に変貌をとげるとは! Linux らオープンソースソフトが完全にソフト市場をおさえてしまうか(たぶん無理)、ウィンテルがまたも巻き返すか、はたまた予想外の伏兵が忽然と現れるか? この先数年、状況はまったく予断を許さない。


Digital Tokyo Hさま

遅くなってもうしわけありません。こんなもんでいかがでしょう。4000 字だとあまりきちんとした検証まではいかなかったんですが。問題あればご連絡ください。メールでも同じ物をお送りしてあります。

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