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モンゴルの究極理論の夢


山形浩生

 というわけで今を去ること一ヶ月ほどの5月末日、ワタクシはウランバートルレストランガイドの続きを書くべく、北京発ウランバートル行きの飛行機に乗り込んでおりましたのさ。旭鷲山の隣で(ホント)、ファンがひっきりなしに写真を撮りに来て落ち着かなかったけど、まあほんの一時間強の飛行時間だし、で、機内では当然、モンゴルの英字新聞 The Mongol Messenger を読んで情報収集に励んでおりましたことだよ。なになに、UPS がモンゴル進出だって? それはまずいな。郵便事業のライバルになっちゃうではないか。そしてページをめくると、ん? なんだこれは?

世紀の大発見!
アインシュタインが夢見た大統一理論
モンゴルのエルデニの手でついに完成

ええええええぇぇぇつっっ!

 記事を読むとだね、モンゴルの Erdeni Chuluunbat なる学者が、あの大統一理論を完成させて、Principia Mathematica & Solida Primordiaなる著作で発表したのだそうな。この人は天才科学者として誉れ高く、アインシュタインの再来とまで言われているとか。おおおおっ! 旭鷲山は変な顔をしていたが、知るか! こっちのほうが大ニュースだ。すっごいぞう。

 で、さらに、記者の書いた部分を読むと……なんだこりゃ。

「この究極理論の完成により、宇宙の誕生から生命の謎、万物の存在の意味まで、すべてのものに新しい光があたり、科学に革命的な影響が及ぶと言われている」

 生命の謎? 存在の意味? なんで SUT が完成したくらいでそんなことができるのだ? これはこの明らかに SUT なんて聞いたこともない記者が「究極理論」とか言われて勝手に想像して書いてるな、まったく。

 この記事にはあわせてこのエルデニ先生のインタビューが出ている。そのインタビューを読むと、このエルデニという人は結構まともそうで、一応、自然界にはいま4つの力と12のレプトンがあって、それを統一的に記述したいっつーことを科学者たちはずっと考えてて、アインシュタインもそれを考えていたけどダメで、でもぼくはついにそれを完成させたんだよ、と言ってる。まあ、一応 SUT のなんたるかくらいはわかっていて、そこらのトンデモではなさそうかな。

まあとにかくこの手のネタなら、というので、黒木掲示板の常連の人とか、森山和道氏とかに、なにか知ってるか、ときいてみた。が、だれもなにも知らない。「モンゴルに物理学者なんていたの?」というのがある人の反応だったけれど、そうだよなー。ふつうそう思うよなー。しかし。なんせ理論だし、巨大な加速装置がいるとかいう話でもなし、貧乏なモンゴルでだって絶対に不可能とはいえない話だ。ホントだったらすごいよ。しかも一応、モンゴルではまともな部類の新聞に記事も出てるし、そんなガセとは思えないし……

 しかしながらこのインタビュー、記者に問題ありすぎ。予備知識があまりになくて、話がちょっとおもしろくなりかけるとすぐにインタビュアーが話をさえぎって、なーんにもわからんのである。だいたいSUT で生命の謎がわかるとか思ってるやつが、こんなインタビューしちゃいけねーよな。Principia Mathematica & Solida Primordiaなんてタイトルをつけて、大それたことだとは思わないのか、とかくだらん質問ばっかしてやがる。

 さらに、そのPrincipia Mathematica & Solida Primordiaについても、英語で書かれているということ以外、出版社もなにも書いていない。つかえねー。で、載っていたエルデニのメールアドレスに、もっと詳しい話を教えろとメールした。そしたら、宛名人不明で戻ってきやがった。しょうがない、通訳にThe Mongol Messenger に問い合わてもらい、本の出版社と、とりあえず、その成果が発表されているという URL を教えろときいてもらったのだ。そしたら、本はまだ出ていない、とのこと。それ以外は担当者がいないからわからん、とのこと。しょうがない、一応同じ内容を、この新聞宛に質問メールしておいたのだ。

そしたらなんと、すぐに本人からメールがきた。印刷時点では、.uk がぬけていただけみたい。

 で、それによると、本は今月末あたりに出る予定(だが出版社は未定って……)、夏に工科大学でセミナーを開く、The Mongol Messenger に続きの記事が出るのでお楽しみに、だと。ふーん。

 しかしそこで、インタビューを読み返すと、ところどころ気になる部分があるのであった。たとえば、論理こそが神の言語であり、したがって SUT も純粋論理の世界として構築されねばならず、自分は絶対幾何学 (Absolute Geometry)を構築することでこれを実現したのであり、一方で超ひも理論は、応用に走りすぎたので失敗した、だって?

 たざき氏曰く「うぺぺぺぺ。超ひも理論にいったいどんな応用があるっちゅーんじゃ?」

さらに、「なんでこいつはいきなり本だの新聞だのに出すね? レビューつきの雑誌に投稿して叩いてもらうのが手順つーもんではないかい?」という意見も。うん、確かにそうだ。というわけで、それについて質問メールを。するとお返事:

Dear Mr.Hiroo, 

You are true saying that the new theory should be 
first published in  one of the professional and, if
possible, respective journals, distributed
internationally. 

However, it is not an easy thing to convince editors
as it happened with us last year  when we visited the
American Physical Society and introduced an article of
18 pages to the Physical Review. 

If possible, please, introduce a series of my articles
in Mongol Messenger to the science groups involved in
artificial intelligence and computer simulations as
the theory will directly lead to the designing of the
next generation of truly intellectual computers.

Regards. Erdeni

……人工知能、だとぉ? 次世代コンピュータ? 量子コンピュータの話がしたいのかしら。なんで大統一理論ができると、人工知能にどうにかなるのであらふか。それともこの人はもしかして、ペンローズみたいなことを考えているのかしら。それとも……てな疑問をちょっとメールして、The Mongol Messenger の記事は、あの記者があの調子でインタビューするんじゃあぜんぜん期待してないけど、本が出たら買うから教えてよ、と連絡。するとやってきたお返事:

Dear Mr. Hiroo, 

The purpose of the article is for, so to say,
"breaking the wall of misunderstanding and distrust".
It is mainly designed for the general public. If you
will continue reading the  following  issues of the
newspaper, it may become possible to notice the Logic
of Discovery. 

I'll inform you when the book will be published for it
being sent to you and  your friends.

Thanks for the discussion.

Regards, Erdeni

 うーむ。有益な情報がまったくない! しかしまあ、どうも変なところはあるけれど、これではわからん。あとはブツを見るまでは、なんとも言えないじゃろ。そう思っていたところへ、JICA 調査チームの第二陣が帰国して、The Mongol Messenger の次週号を持ってきてくれたのだった。そしてそこに出たインタビューの続きは――いや、すさまじかった。エルデニ先生、ふきまくってます:

……で! で! で、ですね、エルデニ先生によりますと、その絶対幾何学とゆーのは、ポスト・ユークリッド・ガウスアルゴリズムの発見によって、ユークリッド幾何学に時間概念を持ち込んで完成させたものなのだそうです。で、幾何学は人々の思考の枠組みすら規定しており、幾何学の新しい概念を提案することはすなわち、迫害に会うということであり、このためにジョルダーノ・ブルーノは火あぶりにあったし、ガウスは己の幾何学的な発見の公表を控え、さらに資本主義の陰謀によって、ガウスは純粋数学の研究から身を落として、くだらない無意味な応用学問の研究をするはめになったのであーる!!(無意味な応用学問って……電磁気学とかのことかよ? すげー) そしてエルデニ先生自身も、2年前にこのテーマで国立大で講演をしたら、ものすごい非難を受けたのだ! しかしながら、わたしの絶対幾何学、あらゆる実在をたった一つの数字へと還元するわが絶対幾何学こそが 21 世紀の科学を形作るのであーる!

ええぃ、待て待て待て待てーぃ!

 ……なんか、あの「生命の謎を解明」とかいうのも、どうも記者の勝手な発明なんかじゃないよーだなぁ。どう見ても、エルデニが自分で言ってるな。それにしても、あらゆる存在を、たった一つの数字へと還元だぁ? (まさか「42」というオチだったりして) ここまでくると、さすがのワタクシも、内心にムクムクと疑念がわきあがってくるのをおさえきれなかったのであった。

こいつ、ただのトンデモじゃねーの?

 いや、エルデニ先生、お怒りになるかもしれませんが、あなたのおっしゃっておることは、かなりにすさまじいことでございますよ。もうちょっと具体性なりまとまりがない限り、やっぱこの程度のことは言われてしまいマスです。しかしもちろん、ブツを見るまでは決めつけはいけません。というわけで、ぼくは今月末だか来月だかに出るという本を心待ちにしているのであった。読者のみなさんも、衝撃のPrincipia Mathematica & Solida Primordia刊行を刮目して待て! 究極理論の夢、いまこそ実現なるか!!?? (ならないほうに10,000トゥグルク!)

(PS. 興味ある人、記事のコピーは見せますので。いつかスキャンしてアップしておくね)


追記:そしてなんつーこったい、ホントにこの本が出るようだ。これがその目次だぁっ!(2000/09/14)

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