Valid XHTML 1.0!

メディアの世界の肌ざわり

「メディアの考古学」(橋本典明著)評

(「SPA!」1993年 掲載)

山形浩生

 「ばーちゃるナントカ」とか「さいばーカントカ」とか「まっくウンタラ」について何も知らず、でもちょっとかじっときたい、と思ってる人にはおすすめの一冊。本誌連載でもおなじみ橋本典明が、この業界に巣食う重要組織や人物や概念を、ざっくりわかりやすく説明してくれた本だ。

 平易な記述。強い視点や主張で歪曲されない、穏当な評価。無用な「位置づけ」もなし。これでひととおり、この(狭く浅い)世界はカバーできてしまう。

 玄人さんは「食い足りない!」と怒るだろう。たしかに、わずか二百ページほどのこの本、あまりに記述がコンパクトすぎる気はしないでもない。白いページもめだつ。同じ写真があちこちで使い回されてるのも、気になるかな。

 でも、そう何でも思いどおりにいくと思っちゃいけない。世の中、入門書的な概説書だって必要なのだ。それに、そんな揚足取りで喜んでる連中なんて、どうせおたくなんだから、相手にするこたぁない。バカにしてやればよい。そんな暇があるなら、玄人は玄人なりに読み取るべきものがあるんだから。

 もちろんおたく的には、冒頭部分の「メディア」発展概観の部分にはいろいろ不満がある。「アナログ」「デジタル」という基本概念の混乱。どうして言語が「アナログ」なんですか? 言語って、基本はデジタルですよ。あるいは情報の「意味」に対する認識の甘さ。「正確さ」と「鮮明さ」の混同。ミサイルの正確な命中が、なぜメッセージの正確な伝達と一緒になるんです?(電話が相手にかかるのと、その相手に言いたいことが伝わるのとは別でしょ?)そして、結局は「メッセージを伝達する道具」というレベルにとどまるマクルーハン以前のメディア認識。そもそも「メディア」と言いつつ、書物も雑誌も電話もラジオもテレビも(著者の十八番の衛星放送も)言及されず、コンピュータの話しか出てこないという手抜かり。脳生理学や分子生物学への言及も、(少なくともこの時点ではまだ)根拠レスな思いつきでしかない。でも、そんなのは重要じゃないのだ。

 感じるべきなのは、この本に登場する人々の共有する、一種の感触なのだ。その感触が、軍や、教育や、産業や、小説や、その他ありとあらゆる稼業の人間を(電脳整体師橋本をも)この「メディア」の世界に惹きつけている。

 それが何なのか、どこへ向かうのか、まだみんなわかっていない。おそらくは橋本も。本書も、それをはっきりと説明した書物ではない。同じ感触に惹かれた同志たちについて、橋本が手当たり次第に語るような、そんな本だ。インチキも混じっている。山師もペテン師もいる。まだ、始まったばかりの世界なんだから。タイトルは「メディアの考古学」だが、ここには考古のかけらもない。あるのは、まだ手さぐりの、渾然とした現在の「メディア」の世界の肌ざわり。本書を読めば、それが生の形で浮かび上がる。はず。


 苦しい部分も若干ありますが、1行18字にすると、そこらへんの印象は多少薄れるかと存じます。行数的にも、ぼくの計算が正しければ67行ちょうどになるはずです。
 「誉め足りない!」「字数がちがう!」「わかりにくい!」などのご要望や問題点がございましたら、会社の方まででもご連絡いただければ幸いです。週刊誌の編集の進行スケジュールについてはあまり存じ上げませんが、こちらはまだある程度は修正するだけの時間的余裕がございますので。

その他雑文インデックス  YAMAGATA Hiroo 日本語トップ


Valid XHTML 1.0! YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>