Valid XHTML 1.1! cc-by-sa-licese
プレジデント
 2007/4/16号

ゴア『不都合な真実』評と対抗本

『プレジデント』2007 年 4.16 号

山形浩生

要約: ゴアの本は売れているけれど、結構いい加減な話だらけだし、まともな情報源には成り得ない。環境の話であればロンボルグ本、議論の仕方であれば飯田『ダメな議論』、そして人がなぜまちがった情報に流されるかについてはエインズリー本を参照。



 アル・ゴア『不都合な真実』は、たいへんに困った本/映画だ。温暖化の話を初めてきく人には新鮮な話も多いのかもしれないけれど、多少なりともこの問題に中立的な関心を持って見てきた人には、お馴染みどころかすでに論駁されたような話が平気で登場するのですもの。

 たとえばpp.42-5のキリマンジャロの雪が減っている話。減っていること自体は事実だ。でも実際には減少は1880年代、人工二酸化炭素が急増するかなり以前から起きている。実は森林減少で周辺が乾燥化した結果で、地球温暖化とは関係ないようだ。あるいはpp.82-3の日本の台風話。2004年の台風上陸が史上最高だったと騒ぐが、その前後の年は平年並みだし発生台風はむしろ少なめ。そしてpp.66-7の温度上昇のグラフ。これは「ホッケースティック」グラフと言われる、だれも再現できない代物で、妥当性が大いに疑問視されている。ここに書かれたことって本当に「真実」なの?

 環境問題に限らず、多くの社会問題はたくさんの意見や見解が交錯していて、容易には白黒がつかない。だが不明な点、はっきりしない部分が多々あっても、人は判断をしなくて行動できない。何を頼ればいいだろうか。

 それにはもちろん、なるべく広くフェアに見るしかない。手前味噌ながら、環境問題についてはこの点で拙訳のロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』(文藝春秋)に勝る本はない。メディアのセンセーショナリズムとそれに迎合する各種機関の共依存関係の問題も含め、環境問題をめぐるあらゆる視点を網羅した名著だ。短期の変動に大騒ぎせず、長期的なデータをもとに最善の判断を下す――その手法を示し、それこそまさに政治の役目なのだと指摘する希有な本。

 分厚すぎる? では『不都合な真実』のレトリックだけでも見抜こう。役立つのが飯田泰之『ダメな議論』(ちくま新書)だ。理屈になってない理屈、ありがちな誤論法を説明してくれる、コンパクトでよい本だ。

 が、それ以前の問題がある。人は白紙の状態から判断を下すのではない。往々にしてまず漠然とした印象を抱き、それを裏付ける情報を選択的に集めている。そしていったん何かを思いこんだら、それを否定するものからは無意識に顔をそむけ、都合のいい情報だけを集める。まさにゴアが『不都合な真実』でやっていることだ。

 それを説明してくれるのがこれまた拙訳のエインズリー『誘惑される意志』(NTT出版)だ。人はなぜ目先の誘惑に負けるのか、という疑問を出発点に、まちがった議論にでもしがみつく心のメカニズムまで説明しつくす、自然科学と道徳や経済を結ぶ異様な一冊。あまり簡単に気が変わるようでは、人は自分の判断や意志を信用できず、身動きがとれない。それを避けるための必要悪として頑固さはあるのだ。それがわかっても正しい判断ができるようにはならない。でも怪しげな議論に固執する他人(そして自分)の動機を一歩下がって見られるようになる。さてそれをふまえて『不都合な真実』にあなたが見いだすものは何だろうか?


その他雑文インデックス YAMAGATA Hirooトップに戻る


YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
Valid XHTML 1.1!クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。