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インバル・ピント・カンパニー

(彩の国さいたま芸術劇場広報誌用の原稿、2007/05)

山形浩生



  インバル・ピント・カンパニーのダンスを特徴づけるのは……と書きかけて、人は頭をかかえることになる。かれらの作品は、一作ごとにまったくちがう。一貫したトレードマーク的な様式があるわけでもない。

 そしてむしろそれこそが、イスラエルで活躍する彼女たちの作品の特徴だ。一作ごとに、仕掛けは大きく変わる。ダンサーの身体にだけこだわり続けるようなストイックな審美性の追求は希薄で、むしろ多種多様な要素を思いつくままにぶちこんだ、グロテスクさとユーモラスさを前面に打ち出すことが多い。「オイスター」では義肢や人体の補助具的な延長を多用し、生身の身体と機械を接合させたような、ちょっと不気味でありながら/それ故に観客の目を捕らえて離さない動きの連続を演出してくれる。あるいは「ブービーズ」のように、半魚人をはじめとして人間でないものがひたすら跳梁跋扈する、異世界探検系SFアニメ(懐かしき「ファンタスティック・プラネット」を思わせる)を再現したような舞台。いずれも洗練されすぎないカーニバル的な猥雑性とパワーが魅力だ。

 実は彼女たち以外にも、イスラエルは現在急激に文化的存在感を高めつつある。ダンスの分野では他にイツィク・ガリリが世界的に評価を高めているし(かれも猥雑さが売りだ)、音楽分野でもイスラエル・トランスはすでにダンスミュージックでは確固たるジャンルだ。科学や経済学、文学などの分野でも、イスラエル出身者の活躍は目覚ましい。

 その多くに共通するのは、外部の各種の要素を貪欲に取り込もうとする意欲だ。イスラエルは、ユダヤ人国家という出自や戦争報道から、排外的なナショナリスト的印象を一部では持たれている。しかし一方で、同国は世界各地にいたユダヤ人のごった煮だ。そして現在でさえ、兵役やキブツでの勤労などの義務を果たした若者は、ご褒美に国費で世界旅行させてもらえる(といっても出るのは最初の拠点までの往復の航空券だけだとか)。日本でも、道ばたでガラクタ小物アイテムを売っている白人をときどき見かけるけれど、あれはそうした世界漫遊中のイスラエル人の滞在費稼ぎであることが多い。かれらが持ち帰る世界文化が、イスラエル文化には大いに影響していると言われる。

 それはインバル・ピント・ダンスカンパニーにも顕著に感じられる。固定されたアイデンティティにとらわれない無節操なまでの変幻自在ぶりや、生真面目さに堕することのない泥臭さやユーモアのセンスは、自由なコスモポリタン的感性の反映だ。そしてそれが日本文化をどのように消化してくれるか、この秋の大きな楽しみだろう。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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