CARLO EMILIO GADDA カルロ・エミリオ・ガッダ/千種堅訳 メルラーナ街の怖るべき混乱 9 現代イタリアの文学 1 早川書房 'し メルラーナ街の怖るべき混乱 目'目又/ ΩUERPASTICCIACCIOBRUTTO DEVIAMERULANA by CARLO EMILIO GADDA Copyright◎1957 by ALDOGARZANTIEDITORE Translated by κEノ〉c11/σu5■l Firstpublished19701n」a1)anby HAYAKA、VASHOBO&CO,,1、TD. Th…sbQ・kispublisl・edin」aPanbyarra置lgelllen withALDOGARZANrl'正El)ITOREthr。ugl】 KAIGAIHYORONS}IA,TOKYO. 日本版翻訳権所有 \chapter{} いまでは誰もが彼のことをドン・チッチョと呼ぶように なっていた。機動捜査班に配属されているフラソチェスコ ・イングラヴァッロがその当人で、若手のひとりであり、 また、どういうわけか、捜査課でも何かにつけうらやまし く思われている係官のひとりであった。事件が起ればどこ にでもやってくるし、やっかいな卒態というと必ずその場 にいあわせるのである。中背で、どちらかといえば丸みを おびた身体つき、というよりややずんぐりした感じであり、 頭髪は黒くふさふさと縮れて額のなかほどまで垂れさがり、 形而上的な両頬のふたつのこぶに明るいイタリアの太陽が あたらないよう、ふせいでやっていた。いまにも眠ってし まいそうな様子で、歩きぶりは重々しく、ぎごちなく、消 化不良を相手に悪戦苦闘している人のように、どこか気の ヤ 織けた感じがする。服装は国からもらうとぽしい給料で着 れる程度のものであり、襟のところにオリーヴ油の小さな しみがひとつかふたつついていたが、それも故郷のモリー ゼの丘の記憶と同じで、ほとんど注意をひかないものであ った。世間、それも「ラテソ的」と呼ばれるわれわれの世 間について、若いながらも(三十五歳)何がしか実さい的 な経験を、きちんと身につけているようで、男たちについ てある程度の知識をもっていたし、女たちについても同じ である。下宿の女主人は彼のことを崇拝とまではいかない にせよ、ともかく尊敬していた。ベルが,鴨るたび、前ぶれ もなく黄色い封筒の電報がまいこむたび、また夜おそく呼 び出されたり、落ちつきのない時悶をおくるなど、ぞっと するような彼の日常を構成しているそのふつうではない混 乱ぶりのためというか、いや、それにもかかわらず尊敬し ていたのである。「時問割なんかお持ちじゃないんですよ、 一日中、はたらいておいでです。きのうなど、お帰りが夜 あけですからね」彼女にしてみれば、長い間、夢にまで見 た「国のおえらがた」なのだ。メッサジェー口紙に案内広 3 』_・目 告を出したところ、「女性おことわり」と最後に厳重な決 まりがあるのにもかかわらず「美麗、日あたりよし」の好 餌にひかれて数えつくせない役人たちが姿を見せたが、そ のなかから吸いあげた人物である。もっとも、この決まり がメソサッジェ!ロの広告用語によると二様に解釈できる ことはよく知られている。そのうえ、この人はああいう.取 るに足らない專件については、警察に目をつぶらせること もできた……そう、貸問業の許可を販っていないため、罰 金を取られるところだったのである……その罰金を知事と 警察で山わけしたところで何になろう。「わたしだってれ っきとした婦人ですからね。勲三等者アソトニー二の未亡 人ですのよ。口ーマじゅうがあの人を知っていましたわ。 そして、知っているかぎりの人たちがみんな、あの人を手 ばなしで賞めていました。別にわたしの夫だからそういう わけではございません。御岨、皿よ安らかに。それなのに、わ たしのことを貸問商売だなんて。わたしが、ただの貸間商 売でしょうか。ああマリアさま、それぐらいなら、わたし 川にとびこみますわ」 その聡明さとモリーゼ的貧困のなかでイングラヴァッロ 警部はアスファルトのように黒い光沢があって、アストラ カンの子羊のようなもじゃもじぬ、頭の黒いジ†ソグルの下 で沈黙と眠りを生きているようにみえたが、いったん聡明 さがはたらくと、男たち、女たちのことについて何やら理 論的な考え(もちろん一般的な考え)を口にしては、その 眠りと沈黙を破ることがよくあった。はじめて見たとき、 つまり、はじめて聞いたときには陳腐に思える。だが、そ れは陳腐などではなかった。こうしてまくしたてられた言 葉はマッチで火をともしたときのように、突然、口先きで パチパチと音を立てるのだが、それが口にされた数時問後、 数ヵ月後になってやっと、人びとの鼓膜によみがえるので あった。あの神秘な購化期嗣が終ったあとに似ている。 「そうだったな。イングラヴァッロ警部はやっばりそうい ってたんだ」と、話をされた当の柑手はやっと気がついた ものである。とりわけ彼が主張していたのは、予想外の破 局というものはいわば唯一の動機とか、単一の原凶がもた らす影響、結果などではなく、収歓性の原因が重なりあっ てはたらきかけているこの世界の意識のなかの旋風のよう な竜の、熱帯性低気圧の一点のようなものだということで ある。彼はまた結び目、もつれ、紛糾、ニョムメーロとい った言葉を使っていたが、この最後の言葉はローマ方言で 糸玉という意味である。もっとも「動機、諸動機」といっ た法津用語は好んで口にしながらも、その実、自分の気持 ちにそぐわないものであるらしい。哲学者たち、つまりア リストテレスやイマヌエル・カントから受けついでいる 「原因の範ちゅうの意味をわれわれのなかで変える」■必要 があるとか、ひとつの原因か幾つかの原因に変える必要が あるとかという立忌見は彼の場合、中心的な、鋤かしようのr ない意見だったのであろ。むしろ固定観念といったところ で、それが厚ぽったい、どちらかといえば白っぽい感じの 唇からもれ、その同じ口の片隅から消えたたばこのすいさ しがぶら下がっていて、眠そうなまなざしと、なかば無慈 悲、なかば懐疑的な感じの嘲笑にいかにもふさわしくみえ た。額とまぶたの眠たげな感じや、アスファルトを思わす 黒々とした頭髪の下にある顔の下半分は、「昔からの」習 慣でそういう表情を帯びていたのである。このようにして、 まさにこのようにして「彼の」犯罪が起るのであった。 「おれが呼ばれるときにゃあ・…:そうなんだ。おれが呼ば れりゃあ、ぎっと……やっかいなことなんだ。リュオムメ ロってやつだ……脱帽もんさi…」ナポリ方言、モリーゼ、 方言、それに標準イタリア語をまぜあわせて、そういうの 目であった。 明白な動機、主たる動機はもちろんひとつあった。しか し、こういう愚行は(ちょうど、熱帯性低気圧の大旋風に ,巻きこまれた一連の風のうち十六の風のように)突如とし て背後から吹きつけてきた一連の動機の結果であり、犯罪 の渦のなかで、あ.の衰弱した「世間の理性」を粉砕して終 るのであった。鶏の首をひねるようなものである。そのあ とは決まって次のようにいうのであったが、ただし、少々 くたびれ気味の口調である。「まさかって思うとこに、か ならず女がいるもんだて」これは古臭い「女を探せ」の 時代遅れなイタリア式改訂版である。そういってしまった あとになって、婦人を中傷してわるかったと後悔し、今後 は頭を切りかえるつも)だと、しおらしそうにした。だが、 そんなことをした日には、かえってめんどうになってしま うだろう。そこで,おしゃべりが過ぎて困ったというよう に、考えこんで黙りこくるのであった、彼が口にしたかっ たのは、ある種の愛情の衡・動、なにがしかのというよりも、 奇ノ日的にいえば、一定の愛情のはたらき、・ある程度の「好 色の色あい」といったものが、「利害関係の事件」にも、 また見るからに愛欲の嵐とはほど遠い犯罪にも入りこんで いるということである。彼のやり口を少々やっかんでいる 何人かの同僚や、俗人以上に現代の多くの罪悪に通じてい る僧侶たち、部下のあるもの、守衝たちの一部、上司たち などは彼が変った本を読んでいるとあげつらっていた。そ. うした本から、あの何の意味もないというか、ほとんど意 味がないようでいて、そのくせほかのどの言葉にもまして 不注意な人びと、無知な人びとの口を封じるような言葉を そっくり引用しているというのである。いってみれば精神 病院にでもふさわしい問題で、その用語は狂人相乎の医者 のものであった。しかし.実さい行勤にあたっては、ちが ったふうにしなければ。煙のようなうたかた言葉や哲学を ならべたてるのは評論家にまかせておけばよい。警察と機 動捜査班の実さい行動は全く別のもので、そこに必要なの は並々ならぬ忍耐心であり、深い思いやりであウ、なんと いっても頑健な胃袋であろう。そしてイタリア人のバラヅ ク全体がゆれていないとぎには、責任感とゆるがない決意、 市民としての穏健さ、そう、そう、それに整い手首も必要 なのではないか。ところが、こうした適切な異議に対して、 彼、ドソ・チグチョはまったく耳をかさなかった。あいか わらず立ったまま眠り、からっぽの博袋で哲学を談じ、い っも消えている吸いさしのたばこをくわえては、本当に吸 っているようなふりをしっづけるのであった。 一戸二+日、日曜日、聖ラウテリオ祭の日、バルドゥ ッチ家では「ご都合がよろしければ、十三峙半に」と彼を 食宴に招待していた。夫人によれば「レモの誕生日」で・ レモは出生登録にはレモ・エレウテリオと記載され、. その後、この誕生日を記念してモソテイの聖マルティ『ノ 教会でその洗礼名をもって洗礼をうけたのであった。「こ の名前たけど、ふたつとも、ある連中の耳には敏迎されな いんじぬ、ないかな」と、ドソ・チッチョに考えた。「前の も、後のも」.(醜饗総離瀦鯵簾彰鞍凱羨、 S鮨蓼しかし、バnウッチa畠物ご走是わ らない性質の者にとっては、ワてういう思案は全く無用であ った。この招待は前のとぎと同様、二日まえに電話で、コ レッジョ・ロマーノ畑旧、地名でいえぱサント・ステーファ ノ・デル・カッコに「外線から」かかってぎたのである。 最初は夫人が歌うような声で「こちら、リリアナ・バルド. ウッチで.こざいます」といい、そのあと身代わりの牡山羊 よろしく、主人のバルドゥッチが助け舟を出すように交代 した。ドγ・チッチョは床屋でこの祭日を祝ったあと、オ リーヴ汕を一びんぶら下げて夫人のところへ行った。すば らしい午後の光を満喫して、日曜日の食事はたのしかった。 歩道にはまだ紙ふぶきやかわいい感じの仮面、おもちヵ、の ラッパ、空色のシソデレラ人形や黒ビロードの小悪魔人形 といったもの、か棄てうれたままになっていた。話題にのぼ ったのは狩りのこと、獲物の狩り出しと猟犬のこと、銃の こと、そ九からコメディアノのペトロリー二のこと、それ からヴェンティミーリヤからリリーベオ岬にいたるティレ 轟アの海べに楼むボラにつけられたさまざまな呼び名のこ と、矛.れから当時のスキャンダルのこと、つまウ伯爵夫人 バッパロードリがあるヴァイオリニストと駈け落ちをした ことなどである。相、乎の男はもちろんポーランド人。十七 歳にすぎない。話はいつはてるともなかった。 彼が入って行ったとき、ルルウという糸玉のような牝の 狛が吠えたてた。それも大へんな腹の立てようであった。 だが、いったん吠えるのをやめると、長々と靴の匂いをか いだものである。こういう小怪物の生命力たるや信じ難い ばかりだ。うんとかわいがったあと、打ちのめしてやウた くもなろう。食卓についていたのは四人、彼ドノ・チヅチ ョと夫妻と姪である。だが、その姪はこのまえ、つまり聖 フラノチェスコ祭日のときのとはちがって、もっとずっと 若く、やっと幼年期を脱したばかりというところであった。 このまえの、つまり聖フラノチェスコのときは、話しぶり かうやっと姪だとわかった.、いなかの内儀さんふウで、黒 い編んだ髪を冠のように頭に巻きつけ、丈夫で大柄で、ひ とりでもベッドを占領してしまうだろう。それに、その目 はどうだろう。正面の姿は、うしろ姿は.夜、夢に出てき そうである。ところが、ここにいるこの姪の方は、編んだ 髪をたらしていて、修道女の学校に通っていた。 ドン・チッチョは眠りてうな横子こそしていたが、鋭い、 いや、正確な記憶力の持ち主であった。実さい的た記憶力、 自分ではそう呼んでいた。女中はどことなく最初の姪に似 ていたが、これまた新.顔であった。ティーナと呼ばれてい た。給仕をしている間に、水を切ったホウレソソゥの小さ な固まりを、楕円形の皿から清潔なテーブル・クロスの真 白なところへ落してしまった。「アッスソタ」と夫人がき っばりといった。アッスンタは夫人の方を見た。その瞬間、 召使いと女主人の両方とも、チヅチョの目にはぞっとする ほど美しく思えた。とげとげした感じの召使いはきびしい、 自信のある蓑情で、.両方の目がちょうどふたつの宝石のよ うに、きらンざらと明るく動かずにいて、額から鼻筋が一本 とおっている。クレリア時代のローマの「処女」である。 夫人は非常にねんごろな態度で、声の調矛は非常に高く、 非常に上品ななかにも情熱的であり、それでいて、すっか りふさぎこんでいるのだ、魅惑的なその肌。お客の方を見 ている深いまなざしは古代の優雅さの光をたたえて、この 「お方」のまずしい容姿の背後にある人生のまずしい威厳 のすべてを見ぬいているかにみえた。だいたい、彼女はと いうと金持ちだった。大金持ちといわれていた。夫君も羽 ぶりがよく、一年に†三カ月も旅行しているというほどで、 いつもあのヴィチェソツァに住む人びとと親しくしていた. だが、彼女は人の力を借りずともちぬ、んと裕福だったので ある。だいたい、この一=九番地の大きな建物にはひとか どの人物たち、裕福な家族しか入っていなかったが、特に さいきん実業界に入った人たち、つまりほんの数年まえに は、まだ金持ちという名で呼ばれていた人たちがいたので ある。 そしてこの建物だが、町の人びとは黄金の館と呼んでい た。というのも、この大きな屋敷全体の天井にいたるまで ぎっしりと、金がつめこまれているように思えたからであ る。それから内部だが、A、Bふたつの階段があり、どち・ らの階段も六階まであ(、て、ひとつの階段を十二家族が使 う、っまり一階にそれそれ二家族入っている。だが、何と いっても壮観なのはA階段を上った四階で、ここには文句 なしの上流階級であるバルドゥッチ家が入っているし、バ ルドゥッチ家の向かいには婦人がひとり入っていた。伯爵 夫人だが、これまた大へんな金持ちで、未亡人のメネカッ チ夫人である。手をのぱして、触れたところならどこから でも金、真珠、ダイヤが出てくる。そこにあるのはすべて、 最高の価値をもつものばかりである。それから蝶のような 千リラ札がある。というのは銀行にあずけるつもりがない ためだが、それでいてまず大丈夫とは思うものの、火がつ きやすい難点もある。そこで、彼女はタンスを二重底にし ていた。 これはいわば神話になっていた。黒いもじゃもじゃ頭の 下で、券の生命力に息づいているイノグラヴァッ・警部の 耳は、ちょうど春の枝から枝へと羽音を立てるたびに聞こ える黒ツグミ、メルラーナの言弗莱でいえばメルーレの鳴き 士戸のように、その話を風の噂に聞いていた。みんなの口に のぽり、またそのうえ、人びとのどの頭にも巣くっていた が、これは集団の想像力の痴かげで、いつかみなが持たな ければいけない必須の観念になってしま)、そういう観念 のひとつなのであった。 食事の間、パルドゥッチはジーナに対して父親のように ぷるまっていた。「ジネッタ、ワイソを少し頼むよ、..…」 「ジしナ、気をつけて、お客さまにおつぎするんだよ」 「ジーナ、頼む、灰皿を……」まさに、よきパパというと ころで、彼女の方もぎちょうめんに「はい、おじさま」と 返事をしていた。リリアナ夫人はそういうとき、満足して、 いかにもいたわるように彼女を見ていた。それはまだ閉じ たままの一輪の花が、明け方の寒さに凍えぎみだったのに、 日光の奇蹟にさそわれ、彼女の目の前でばっと開き、輝い ているのを見ているような風情であった。その日光という のがバルドゥッチの男性的なバリトソの声、っまり「父 親」の声であった。とすれば、この.ハパの妻であり嫁御で ある彼女はママということになる。グラスにワインを注ぐ さい、まだ何やらためらいがちな被後見人のかわいい手を、 非常な心づかいと、ある種の不安をもってじっとながめて いた。トク、トク、その音からすると、このワイノはフラ きん スカーティの金だ。カットグラスのびんは重かった。きゃ しゃな細い腕ではそのびんを支えていられそうになかった.、 イソグラヴブッロ弊.向部はいつもと同じで、淡々と食べ、そ して飲んでいたが、食欲も旺盛なら、飲む方も結構すすん でいた。 何もいまのいま、新しい姪のことだとか、新しい召使い のことだとかいう、つまらないことをきいてみようという 気にならなかったし、適当とも思わなかった。アッスンタ 9 脊一見て、自分の心にわきあがってきた賛美の気持をおさえ ようと努めてゑた。このまえ会ったまばゆいほど美しい姪 のあの奇妙な魅力に通しるものがあるのだ。魅力があり、 完全にラテソ的、サベリ(晴喉帥趨即タ)的威光があり、その ため彼女にはあの古代の雄湊しいラテンの娘たちや、パン 神の祭りに暴力で奪われながら、それほどわるい気もしな かったあの女房どもの古代風の名前がびったりくるのであ った。その女房どもは丘やぶどう畑や荒けずりな造ウの館 を心に描ぎ、祭や四倫馬車にのった法王のこと、カノデロ ーラの祝いやろう》、くの祝いの日に、アゴーネの聖アニェ ーゼやポルタ・バラディージのサソタ・マリアで見られる 細いろうそくのことなどの話をきいて、そんな気になった のであった。その昔、天文暦と教会の暦が栄え、高位の王 侯たちが明るい紫のころもをまとって威勢をきわめていた ころ、ビラネージの廃虚でピネッリの娘たちが胸に吸いこ んだ、あのフラスカーティとテヴェレの晴れやかな遠い日 日の空気の感じ、それがアッスソタにはあった。王侯たち は、豪華なイセエビといったところである。聖ローマ・カ トリック教会の王侯たちである。そして、中央にはアッス ンタのあの目、あの高慢さ、まるで食事の給仕をしてもら って、ありがたく思えとでもいうようなところがあった。 あらゆる体系の……中心には……トレミの天動説、そう、 トレミの天動説がある。ところが、ははかりながら、その 中心には、ねんねの青二才がいたのである。 彼としてはこらえにこらえる必要があった。必要とはい え、つらいことだったが、リリアナ夫人の優雅な物さびし さがせめてもの救いであった。彼女のまなざしは、それぞ れの心のなかに、膏楽ともいえる調和のとれた訓戒をほど こす、つまり、官虎のあいまいな堕落の上に想像上の建築 物をはりめぐらすことによって、いっさいの不当な幻影を 奇蹟的にはらいのけるかにみえた。 そして彼、イングラヴァッロはかわいいジーナに対して は非縄巾にいんぎんで、どちらかといえば、ほかでもない、 あのやさしくお相手をしてくれるおじさまというところで あった。編んだ髪のかげに、まだ幾分長く見える彼女の首 からは、はいといいえだけを口にする小さな声が、木曾楽 器の小さな嘆きの調べのように出てくるのであった。マカ ロニが出たあとはアッス7タを無視した、というか、無^隠侃 {ρ しようとした。それが教養人でもある客という立場にとっ てふさわしいからである。リリアナ夫人は時に、ため息を ついているようだった。イングラヴァッロには二、三度、 彼女が小声で「けれど」.といったのに気づいた。「けれ ど」という人は内心、満足していないものである。彼女が 口をきかなかったり、同席している人に目を向けないとき、 奇妙なさびしさがその顔を充たすのであった。考えごと、 心配ごとにとらわれていたのだろうか?微笑ややさしい 親切心のカーテノにかくれて〜また、自分では別に望み もしなければ注意もはらってはいないが、それでもやはり 非常に気に入っており、お客さまをもてなす手だてにもし ているあのおし"、ベゥにかくれて?イソグラヴァッロに はこうしたため息や、お皿の出し方、時おり悲しそうにさ まよいながら、彼女ひとりしか予知のできない非現実的な 空間や時間に触れているようなその目つきを見ているうち に、しだいしだいに事態がのみこめてきた。そういうふう にいえたかもしれない。お・てらく彼女の生まれながらの気 質ではなく、そのときの気分、しだいに深まっていく落胆 ぶウについて、それなりの徴候をつかんだめであった。そ のあと、さりげない言葉の数々が聞こえてくる。これは主・ 人のバルドクッチその人で、この血色のよい夫は、仕事と・ ウサギに心をうばわれ、ぶどう酒のおかげでにぎやかに浮, かれたち、そうぞうしくおしゃベウをしていた。 この夫婦には子供がで}ざないだろう、彼は一魁威心でそうい うような気がしていたのだ。その後、あるとき、フーミ敬苫. 部と話をしていて、広く知られている現象学や、みんなが 共有している動かしようの・ない休験をほのめかすようにレ て「その他、その他」とつけ加えたことがある。彼はバル ドゥッチを猟師として、それも幸運な猟傭として知ってい た.一:§条甥甥帥遍鷹)の猟師である.だが、内 心では彼の荒っぼい乱暴さや自慢話、木当はやさしいのか もしれないが、少々、やかましすぎる笑い声、こんな奥さ んがありながら、七而鳥のような女たらしにでもふさわし い利己主義、自己中心癖などがあるのをとりあげて、彼を 非難していた。空想をほしいままにしたげれば、人はこう もいったであろう。彼、バルドゥッチは、彼女の美全体、 彼女のなかにある上品なもの、隠れたものを大事にしても いなければ、それを見ぬいてもいない、だから…!子供も できないのだと。あたかも、ふたワの精神の有性相反性に よるのだといっているようである。子供は両親の理想的な 浸透の結果、出てくる。とはいえ、彼女は彼を愛していた。 それは想像上の父親であり、能力の上での男性であり、父 親であった。事実はともかく能力の上で、行為はともかく 可能性の上でそうであった。望ましい子供たちの父親とな り得る存在であった。彼が信頼できるかどうか、おそらく 彼女の方も確信がなかったのではないか。それに関連して、 自分の母性としての機能が不十分だということが理由にな って、狩猟に対する夫の過度の打ちこみようとか、すべて の男性同様、何ごとにも欲ばりなこの男性兼朱来の父親の 好奇心とか、不節側とかのうち、あるものを正当化するの ではないか、彼女にはそう思えたのである。「ほかの人と やってごらんになったら」自分ではとても想像することさ えできないようなこと(婚姻とは秘蹟であり、われらの神 があたえたもうた七つの秘蹟のひとつである)、それを彼 にのぞむわけがない。そんなはずはない。ドン・コルピさ えもが、そういうのはクリスチャソである夫の立場からし て、よくないことだといっていたではないか。だが、結局 …万事、忍耐が必要なのだ、分別が、分別が必要なのだ。 ドン.ロレソツォ・コルピは心から信頼のできる人物であ った。それに「分別」は四つの基本道徳のひとつだったの である。 こうしたことをすべて、イソグラヴ7ッ・警都はo都は 直感で感じ取り、]部はバルドゥツチのほのめかしの言葉 や、彼女の悲しみの甘い「瞬問」を手がかりにつなぎあわ せたのである.ドノ・コル・ピ、ドソ・ロレノツォ・ドソ・ ロレンツォ・コルピ、四聖人のドン・コルピ・ロレンツォ、 これもまたしばしばリリアナ夫人の話のなかできらきらし ていた。ドン.ロレァツォもまたくそくらえである。彼女 は大人物なら誰でもうやまうど、そんなふうに人からいわ れていたかもしれない……名誉職の押父、有力な神父、そ して、ドノ・ロレンツォまでも。そうなのだ。黒い僧服に もかかわらず、また、たがいに相容れないあの……ふたつ の秘蔽にかんする秘蹟上の相反性にもかかわらず。 ドン.ロレンツォまでも。このらばは結構、たよりにな る男にちがいなかった。彼女がほのめかしているところか ら判断すると、ドアをくぐるたびに頭をかしげなければな らない。そういう男たちのひとりであるらしい。少なくと も、神父の象藁ミ嶋はもっているにちがいなかった。こう いうこととなると、ドソ・チッチョはなかなかの素養があ った。生き生きした直感、それも成人になったころからも っているのである。のちに「仕事には実り多く、武器をと れば大胆な」民族と通俗的な接触をするにおよんで、それ が花開いたのである。体系的に読書をかさねた結果という より、もって生まれた天才なのだ。各世代がぎっしりと寄 りあっまったところから。警察の留置場から、ラツィオと マルシカ、ピチェーノとサノニオをへて、さらには故郷の モリーゼの丘にいたるまで、無情な山々、無情な首、悪魔 も無情である。さらに、子宮の聖なる、そして記億にのこ ることのない効力.、子供たちにめぐまれた人びとのなかに あって、彼は生殖の事実と非生、夘のそれが別個にあること を知り得たのである。しかし、彼をおどろかすようになっ たのは、バルドゥッチの姪の貯蔵器が実りたくましい姪た ちや、実にやさしい姪たちであふれんばかりになっている ということだった。っまり、いまここにいるのはやさしい が、ほかのはただただ、巨大なのばかりである。この夫婦 のところに禺入りするようになってから、すでに三、四人 の姪を見知っている。それに、もうひとつ、こういう事情 もある。っまり、いっ.たん姿が見えなくなると、その姪は もう死んだ女も同然になってしまう。そ一して、どうやって みても、二度と表面へ浮きあがってこないのだ。ちょうど、 任期の切れた領塩か共和国大統領のようなものである。 ドソ・チッチョが最後の、いわゆる聖餐杯の底をながめ ようとした1入っているのは五年ものの白、非常な辛ロ、 アルバーノ・ラツィアーレのカヴァリエーレ・ガッビオー 二・エムペドクレ親子会社制似、娠冒察のなかでも酒、グラス、 父なる神、神の子、ラツィオと夢にまでみたものー-1その とき、人間の行動の愛情.面の(彼はエpチックとまで呼ん でいた)共避因にかんし自分なウの意見をもっている以上、 いやおうなしに、はっきりと次のように考えざるを得なか った。つまり、こういう状態の姪というのは通常の姪では ない。ルチアーナにせよ、アドリア!ナにせよ、きょう町 のおじ、おばのところへやってきて、それから出て行き、 それからもどってきて、それか門2電報を打って、それから 出発して、それから自分の家に着いて、それから、たくさ んのキスをおくりますと葉書に書いてよこt、それからま た、歯医者のところへもう『度、通わなければならないの でヴィテルボとかツァガワ!ロヘ着く、こうしたくりかえ しをつづけるのだと考えるほかなかった。「ここにこうし てい.Oのは、もっと厄介な種類の姪だな」あの白の辛口を、 あいかわらず軟口蓋をくすぐる天国の門に入れたまま、ひ とりで考えこんだ。そうだ。そうなのだ。あの「姪」とい う名前のうしろには、もつれ・:…糸のもっれと、ごく稀に 見るような・-…デリケートな感情のクその巣がそっくり隠 されているにちがいない。彼女。彼。彼を尊敬していない 彼女。彼女を無視している彼。そこで彼女は数年たって、 この姪をつりあげてきた。苦痛、涙、夜、そして日中はロ ーマ中の教会で聖アントニオにささげるろうそく。希望、 その場で、あるいは住居でできるサルソマッジョーレの治 療、そしてベルトラメッリ教授とマッキオーロ教授の診察。 新しいろうそく一本ごとにひとつの希望。新しい希望が現 われるたびに新しい教授がひとり。 彼女がこのジーナを、あわれなジネッタをとりあげてき たのだ。だが、ジネッタより以前には、この話は全く別の 方向に向かい、全く別の越きがあった。木当に奇妙なこと だ。イングラヴァッロはそう思った。 ヴィルジ!ニアがいたっけ(その姿は栄光のきらめきで あり、閾をつらぬく一瞬の輝きであった)。ヴィルジーニ アの前にはモソテレオーネから来た別の娘。何という名前 だったかな。それに女中たちもいるぞ。浮気心の衣ずれの 音がしたとたん、スズメのように羽ばたいて飛び立つのも もっともさ、ほんと、バルド身ッチ家は実に、ひと月にひ とり女中を変えるんしρ、ないかな。と、ある考えが浮かび、 不謹慎な言葉が口をついて出た。酒のせいである。 リリアナ夫人はおなか。を大きくすることができないまま ..::こうして毎年、■姪が変えられるのを、無意識のうちに、 おなかが大きくならないその埋めあわせの象微として考え ているにちがいなかった.子供を八人生んだ母親にいわせ れば、子供らしい子供は春が到来するたびに生まれる。五 月に生まれるのは八月の子供だ。「いい月だな」とドソ・ チッチョは思った。「ネコにとワても。夜になると、追っ かけっこをやってるじゃないか」 年々:…新しい姪、まるで、彼女の心のなかで、相次ぐ 子供たちの誕生を象徴するかのように。言匹窃蜜ぼoす H〈一区こ&霧蜜ぼ身一国一且:・…毎年、子供がひとり、毎 年、子供がひとウと、アソツィオでドイツ人がうたってく れた。アザラシに似た人だった。 ところで、彼、彼、狩猟家(イソグラヴァッロは彼の方 を見た)。彼は、姪が、入れかわりに姪が彼の家にやって くるとき、内心、どんな経験をし、どんな感じを味わうの であろう。姪たち……さまざまな姪たちについて、彼はど んなことを考えてきたのであろうか。 彼女にしてみれば、テヴェレを下ったそのあ九り、崩れ 行く古城の向う、黄金色のぶどう畑のうしろにあたる、丘 の上、山の上、そ、してイタリアのせ言.いい平原に、ちょうど 大きな多産系の子宮のように、差精しておびただしい細かい 粒が縞模襟にならんだ二本のふといエウスタキー管のよう に、人びとが粒状で汕性のすばらしいキャビアとなってい たのである。時々、大きな卵巣から熟れた濾胞が、ザクロ の実の薄膜のように口を開く。そして愛の確信に狂った赤 い粒が都会へと下りて来て、男のはげまし、精力的な刺戟、 そして.十八世紀のオヴァリストたちが作り話に描いたあ の精液の発気に出会うのであった。そしてメルラ!ナ街二 一九番地、A階段、四階では、この黄金の館のなかでも、 最高の結球ともいうべぎ場所で、姪が花ひらいていたので ある。 姪よ。アルバーノの姪、永遠なるサベリ人の花。略奪者 窪げまし』てうだ.あのサビヌの女たち(ヴ潟け一ζ診 嵐咽刎如噸奪○駄のの膨副{サ)はもう補える必要もなかった::-あ のように深みのある女たち。仲立ちの夜を待つ。明け方の 生あたたかい肉。アルバーノの女たちも近ごろは、みずか ら河に下りようと考えるようになった。そして河は海辺で 完全無欠な永遠の待機に到達しようと、さわぎなのりこえ て、流れ、そして流れて行った.、 だが、p似はどうか、バルドゥヅチ氏は。この狩猟漁みはア ルバーノの姪のこと、ティヴォリの女のことをどう考えて いるのであろう。 ベルが鳴一った。犬のルルウがさわぎたてた。アヅスソタ がドアを開けに行った。向うでぽそぽそと話し声が聞こえ たあと、灰色]色のスマートな服を着た青年が部屋に入っ てきた。席をすすめられた。「もう一杯、たのむよ、ティ り ーナ、ジュリアーノ君のをな」すぐに紹介され、自分でも 自己紹介をした。「ヴァルグレーナです」「イノグラヴア ッ・警部です」イングラヴァッロは椅子から立ち上がると すぐ、そして、差し出された手をいかにも不承不承に握る とすぐ、ぶっぶつといった。「ヴァルダレーナさん……」 リリアナがコーヒーやコーヒー茶碗と格闘をしながらいっ た。.「妻のいとこでしてな」と血色のいいバルドゥッチが 説明した。 いいにくいことだが、ドン・チッチョには、若い人びと、 とりわけ美青年、それが金持ちの息子となるとなおさらだ が、そういう連中に対して悪音心のある嫉妬ともいうべき、 何かしら冷たいところがあった.もっとも、この感情は内 面的現象という許された鋤約を越えるものではなく、した がって、万が】にも警察宕としての職務に影響をあたえる ようなことはなかった。とにかくちかう、彼は全然ちがう のである、《美男子》ではなかったのだ。そのうえ、ミラ ノでオ!ケ通りの矛防施療所にいる女の子から、「本当の 男はだ炉たい美男子よ」という言葉を聞かされたとあって は、自分をなぐさめようがなかった。 内心、すでに失望を感じ、ある声を聞いていた、ちょっ とまえは声だった…、.・それがいまや身体の内都でわき立っ ていた。内部といっても、頭のなかか、心のなかか、本人 の彼にもわからなかったが、おそらく、やや神経質な感じ のするあのワイン、ガッビオー二の辛口の白のせいであろ う。ちょうど、こめかみにおそいかかってくる、ある種の 頭痛の、あのおそろしいずきずきという音にも似て「こち らボーイフレソドです」と呪いのように彼にささやきかけ る声が聞こえるのであった。 なぜかは知らなかが、この胃年も何が何でも思いをとげ たがる、そういう連中のひとりではないかと思えた、とい うかそう想像された。そして、そうだったのである。彼は また、古銭について、いわゆる「どん歓」な、つまり、古 銭に誘惑されたひとりであったが、何といわれようと、何 がしか、人さまの役には立っているのである。部屋に入っ て来ると、家具や装飾贔、美しい茶碗、銀のティーポット、 ウムベルト時代の古い輩麗さの遺物で七頭の肥った雌牛を 記念するあの銀の砂糖入れなどをじっと見たが、そのふた には金のどんぐりがひとつと、銀の葉っばが二歓っいてい た。そう、それをもって、ふたを持ちあげるのだ。ふっく らと巾身のつまったたばこをバルドゥッチ(あごの下のと ころで、いきなりパチンと音を立てて、金のシガレット・ ケースを開いた)から受け販ワ、それをいま、よろこびを じっと押さえるように、しかも上品な自然さをもってふか していた。 そのとき、イングラヴァッ・は毒でものんだように、奇 妙な考えにとらわれたが、のんだのはガッビオー二の辛口 のワイソであった。つまり、「いとこ」はリリアナ夫人の 、こ機嫌をとっているのではないかという考えがうかんだの である……それはもちろん……お金にあやかるためだ。考 えただけで、いらだたしい思いがした。ひそかな、姿の見 えないいらだちであり、もちろんかんぐってみただけであ る。しかし、両のこめかみが痛くなるような:…・やっかい なかんぐりである。もっともイングラヴァッロ的な、もっ ともドソ・チッチョ的なかんぐりである。 たばこをゆらゆら動かしている、紳土ら七く指の長い白 い手の、右の薬指にこの貴公子は指輪をひとつはめていた。 時代ものの金製で、非常に黄色く、すばらしいできで、指 輪の台は血紅色の碧玉、組合わせ文字を彫りこんだ碧玉で ある。おそらく家の印章であろう。どうやら、言葉と気品 のヴェールにかくされてはいるけれど、彼とバルドゥッチ の問には冷ややかなものがあるのではないか、ドγ・チソ チョにはそう思えた……「いとこの夫人を見るとき、ジュ リアーノは全身これ耳と注意ってとこだな」とイングラヴ ァッ・は考えた。「紳士にはちがいないけれど」ジーナの 方にはというと、義務的な握.子をしたあとは、ちらりとも 目をくれなかった。小犬は乱暴にひとつ叩いてやっただけ である。小犬の方も怒って何度か吠えたてた。始末におえ ない奴め。だが、やがておさまって行く嵐のように、尻つ ぼみのうなり声に変り、ついにだまりこくってしまった。 リリアナ夫人はとびすぎて行く悲哀の雲の下で、(時と して)うまく押さえきれずに、ため息をつくことがあった が、それでもやはり好ましい女性であった。道行ぐときな ど、誰もがその姿に目をとめたのである.夕暮れどき、夢 があふれてこぼれるようなローマの夜がいまはじめて下ウ てきたとき、彼女が家路を急ぐと……建物や歩道の角々か ら、ひとウあるいは数人がかたまって、尊敬のまなざしを 」7 投げては彼女をかざり立てる、若い視線の稲妻と輝き。と きおり、夕暮れどきの情熱的なささやきにも似て、つぶや く声が彼女をかすめる。十月になると、ときどき、紅葉の なかから、壁のぬくもりのなかから、思いもかけない尾行 者、あの神秘の短い翼竃ったへ曳ス(轟纏界)がとび 出すのであった。あるいは、不思議便墓地の魔黒脳から、 人びとのなかへ、町のなかへと迷い出たのかもしれない。 誰よりも女たらしなのが。そして、知恵の足りないのが… :.・ーマはローマである..一方、彼女の方は、耳の帆を高 高とかかげ、ほこらしげに幸連めがけて風にのってきたこ のろば君をあわれんでいるかにみえた。軽蔑するようでい ながら惰けぶかく、感謝と儂慨がなかばしたような目ヶき で「で、なんですの」とたずねているようであった。激し い惰熱にヴェールをかけた感じ、甘く深いひびきのある女 性、かがやくばかりの皮膚、時おり夢にとりつかれた揉子 で、みごとな栗色の髪がひとふさ額からこぼれ薄ちている。 それにほれぼれとした着こなしである…-燃えるような、 慈悲深い、いわば物さびしい隣人愛の光がさす(あるいは 影のやどる)目であった……「ジュリアーノさまでござい ます」と、アッスンタがどこか響きのよい、羊餌いを思わ す声で報告したとき、彼女がぎくウとしたように、あるい は赤くなったようにイングラヴァッロには思えた。それは 「反下」の紅潮であった。ほとんどそれどは分らないもの であった。 ふたりの警官が「メルラーナ街で発砲事件があワました。 ナノ 一二九番地の階段の上です。例の金持ちたちか住んでいる 建物です……」といったとき好奇のといりよウ、おそらく は不安な思いの血が波となって彼の右の心室にどっと流れ こんだ。「二一九番地だな」と聞きかえさずにはいられな かったが、それも、うわのそらの口調であった。そしてす 、 ぐと例の、講有のお役所言の仮奪ある悠した憧 蕪歴醗齢曙黎硝餐誓肛続暮逗破 ッサジェーロ紙を手にもち、花びら、それも臼い花びらを 一枚だけボタン穴にさしていた。「きっとア:モソドの花 だ」イングラヴァッロは班長に口で問いかけるように考え た。「シーズソの先きがけか。班長も花を買うゆとりがあ 18 るわけだな」「行ってもらえるな、イングラヴァッ戸、メ ルラーナ街だよ。見てきてくれたまえ。大したことはない ってさ、。何しろ、けさはリエージ通りの侯爵夫人のとこで ほかの・那件があるし……それから、この近くのボッテ!ゲ・ ・オスクレ街で面倒なことが起ったし、それとは別に義理 の姉妹ふたりに甥が三人と、花束がひと固まりあるんだ。 おまけに、そうしたことをさしおいても、われわれはまず、 自分たちの仕皐を整理しなければならないときている..そ れから、それから……」と片手を額にあてた。「こうなる と、荷物になってもいいから、秘書役がほしいところさ。 もううんざりしたよ。そういうわけだ。助けると思って、 な、行ってきてくれ」 「いいです、まいりましょう」とイングラヴァッロはいっ たが、そのあと、ぶつぶつとつぶやいた。「行きますと も」そして、釘にかかっている帽子をとった。しっかりと 打ちこんでないくさびがぐらぐらになって、毎度のことな がら床に落ち、それから少しばかり転がった。ひろいあげ ると、ぐにゃぐにゃになった先っちょをもう一度、穴には めこみ、腕の先の部分をブラシのように使って、黒い帽子 のリボンを軽くこすった。警官がふたり、まるで警視総監 からそれとなく命令をうけたように、彼のあとからついて きた。暗黒街で金髪という名で通っているガウデノツィオ と、一名、づかまえ屋というポムペオである。 PV線のバスにのり、ヴィミナーレで下りたところでサ ソ・ジョヴァンニ行ぎの市電にのった。それで、およそ二 十分後には二一九番地についたのである。 サメ 黄金の館、あるいは金持ちの館といってもよいが、そこ にあった。六階だてで、それに中二階がついている。古く さい灰色の建物だ。すっかり黒ずんだその住屠や、ずらリ サメ 並んだ窓から判断すると、ここにいた金持ちは無数だった にちがいない。食べる方にはがっがつとした小ザメたちだ ったろう。それはたしかだが、美的な面となると、うるさ いこともいわず、たわいもなくよろこぶ方であった。もっ ばら水中で食欲と}般的にいって食べる興奮を生きがいと しているだけに、目中、水.面に見える灰色と、ある種のオ パール色だけが彼らにとっては光であった。そのわずかの 光こそ、彼らが必要としたものなのだ。黄金についていう なら、そう、おそらく黄金や銀はおそらくもっていたこと ■9 だろう。ひと目見ただけで、いや気をさそい、カナリヤ化 した(勝灘欝斜黎盤)痛恨を呼びさます今世紀初頭の、 大きな建物のひとつであり、たしかにローマの色、ローマ の空や光り輝く太腸とは正反対であった。イングラヴアッ ロは心の底からそれを卸っていた、といってもよい。そし て、事実、いま、それこそ絶対的ともいえる権力をもち、 ふたりの警官をともなって、このよく承夘している建物に 近づくにつれて、軽い動種にとらわれていた。 シラ・、、色の、兵舎にも使えるほど大きな建物の前には人 がたかっていて、臼転車が保護網のようにぐるりとそれを 取りまいていた。女たち、買物籠、セロリ。白いエプロソ をかけた向かいのお店のご主人か誰か。《重労働をする 人》、この方は縞模様のエプロンをかけ、見かけも色も、 りっばなトウガラシそっくりの赤卦をしている。女の管理 人たち、女中たち、「ペッピイによ」と鋭い声で叫んでい る管理人たちのところの娘たち、フープをもった男の子た ち、大きな網袋にオレツジをつめこんで、山とかかえこみ、 ウずキぼウ そのてっべんに薗香二本と包みをとさかのようにのせてい る従卒。高い地位にふさわしくいまの時間にやっと帆をひ ろげ、めいめいの役所に出かけようとしている二、三人の 高官たち。そして、どこへ出かけようにもあてのない、十 二人から十五人ほどの、失業者か浮浪者か、さまざまな人 たち。いってみれば妊娠何ヵ月、いまにも破裂しそラな恰 好の郵便醍達が誰よりも好奇心が強く、}さっしりっまった カバソをみんなの尻にぶつけていた。そして、カバンが次 次とみんなの後ろにあたるたびに、ちくしょうとぶつぶつ いう声が起ウ、弄、して、また、ちくしょうというぐあいに、 順おくりにつづいていった。いたずら小僧がひとり、テヴ ェレふうにまじめくさって、「この建物のなかにはね、銭 きん より黄金の方がたくさんあるんだぜ」といった。そのまわ りにずらりと並ぶ自転庫の車輪の列は、わざわざ貼りつけ た皮膚のように、なかの群衆という肉を見えなくしていた。 ふたワの敬冨官に助けられ、案内されるようにして、イン グラヴァッ四は人ごみをかきわけて行った。「警察だ」と 誰かがいった。「つかまえ屋さんを通してさしあげるんた。 坊主ども……やあ、.どうもボムペオさん。どうだね、もう つかまえたかね、泥棒は……今度は金髪山へ」んかい:■…」半 開きの玄関はサノ・ジョヴァソニ署の公安係が見張ってい た。女の管埋人が彼の「通過する」のを見て、助けてほし いと呼びとめたのである.事件の少し後、そして捜査班の ふたり、つまリガウンデソツィオとポムペオの到着する少 し前のことだった。居住者の借家契約と登録簿を提出する 関係で、以前からその警官を知っていたのである。?事件が 起ったのは一時闇まえながら十時ちょっとすぎになる。と ても信じられない時問ではないか.玄関のホールと管埋人 亦務所には、また別の人だかりがしていた、この建物の居 住者たちである。そして、女どもの井戸端会議。イノグラ ヴァッ・は女管理人とあのふたり、それにみんなが口々に 「警察だ、.というのをあとにして、A階段を被害者 の婦人が住む四階へ上っていった。階下ではにぎやかなお しゅ、べりがつづいていた。女たちの大声というか、 きのよい声が、何やらトロンボノのような男の声と張りあ っていたが、時々、その男の声にすっかり圧倒されること もあった。雄牛の大きな角のせいで、雌牛の首がたわむよ うなもので・あるっ群衆は頭のなかで、口堰初の証言や「ちか っていいよ、見たんだから」という言葉などいろいろとご ちゃまぜになっているのをあつめてきて、それをひとつの 叙事詩に織りあげるようになっていた。それは窃盗より正 確にいえば武雛を手にした押しこみ強盗だというのである。 だが、.実のところ、かなワ重要な問題であった。メネガ ッツィ夫人はびっくりしたあと、気を失ったぐらいである。 リリアナ夫人は風昌から出た直後、こんどは自分の番とば かりに「気分がわるく」なった。ドソ・チッチョは最初の 証需から、どっとあふれ出たものを、収集できるかぎりひ ろいあげて、その場で調書をとった。管理人から始めて、 メネガッツィには髪の手入れをし、ちょっと訪かざるだけ の余裕をあたえた。つまり、敬意を表したといえよう。紙 と万年筆をもっていたが、「イ・エスさま、イエスさま、あ なたさま。警部さん」という文句やそのほか、マヌエーラ ・ペッタッキオー二「丈人」がドラマチックな物語、っま り自分の報告に必ずはさむ、問投詞一祈りの類いははぶい たのであった。「フォノタネッリ中央乳紫不社」の使い走り をしている管理人の夫は十六時には帰ってこよう。 「ああ、神さま。はじめはリリアナの奥さまのベルを鳴ら したのでございますよ;…」「誰がですか」「誰がって、 殺人犯が:…」「というと、殺人ってわけですか、でも死 人なんかいやしませんよ」リリアナ夫人は(イングラヴア ッロはぎくりとした)ひとりで家にいて、ドアをあけなか った。「彼女は風呂にいたのだ……そうだ-…風呂に入っ ていたんだ」ドン・チッチョは思わず知らず、あまりに強 烈森きを避けようとい畠か、片手を逗あてた・女中 のアッスンタは数日まえ、家に帰っていた。女中たちはよ くそういうのだが、父親が病気だという.「近ごろで蜜 すますそうなのだ」ジーナは一日中、学校に行っていた。 修道畜行くサク・・〒レ学院である。そこ養事をし ていたし、時にはおやつまでいただくのであった。で、 「いいですな」といったが、誰も答えないまま、悪漢がメ ネガッツィのペル轟したのは「明らかです…たしかで すよ」そう、そこなんだ。同じ階で、バルドゥッチのちょ うどまんまえなのだ。向かいのドアだ。そうだ。ドン・チ ッチョはその階も、その反対側のドアもよく知っていたの である。 メネガッツィ夫人は髪をととのえたうえで、軽く咳ばら いをしながら、ふたたびこの場に登場した。前から見ると、 いかにもやせて、ひからびた感じの首に、大き歳薄紫色の スカーフを巻きつけていた。すっかり痛手をおった人らし い響しい謁である.日誘とも、マドリッドのともつ. かず、スペイソの小型マノトとキモノのあいのこのような、 ちょっと意表をついた部屋着を宥ていた。しおれた感じの 顔に生えている胃みがかった口ひげ、粉をまぶしたヤモリ のように青ざめた肌の色、ハートをふたつ結びつけて、そ の上にいちばんどぎつい感じのイチゴの赤を塗ったくちび 乃、そうしたものが、幾らか落ち目になった売春宿の主人 か、此目そこに通った人にふさわしい面影とその場かぎりの 形の上たけの威儒を彼女にあたえていた。それにしても、 あの生娘らしい、近より難い感じと、これまで人に触れら れていない処女特右の心づかい、献身ぶりが、あまりにも 木惑らしくみえて、そのため、前もって疑ってかかること も沸娠く、彼女をりっばな女性としてはかりか、年ごろの娘 たちのロマンチックなリストにまでのせてしまったのはど うであろう。彼女は未亡人だったのである。スペイン・マ ントふうの部屋着はスカーフに重なり、それも【枚ではな く、二枚のスカーフに霊なり、そのスカーフまでが・おし ろいをかぶって、色の調子がぽんやりと変ってしまい、部 22 菱 麗着はスカーフと一休になり、スカーフはこの少々カステ ィリヤふうの着物の薄い花弁、あるいは薄い蝶と一休にな っていた。彼女は管理人の報告を訂正し、正確にしながら、 その上に自分の報告をかさねていった。その声、まずしい 声をふるわせ、目には期持をうかべて話をしていた。い や、おそらくそれは、向分の黄金が取りもどせるという期 待ではなく、確信、つまり……現実にイソグラヴァッロと いう人問の形をとっている法津の保護にあずかれるという 確賃であろう。ベルが鳴るのを聞いたとぎ、メネガッツィ はいつものように「どなた」と口に出し、心配そうな、あ われっぼいその言鞍木をくりかえしたが、これはベルが最初 に鳴ったとき、いっもやることである。それから開けてみ た。人殺しは背の高い青年で、帽子をかぶウ、職工用の灰 色の作業ズボンをはいていた。少くとも彼女にはそうみえ たし、顔色は黒ずんで、緑色がかった茶のウールのショー ルをかけていた。好青年で、そう、感じのいいほうである。 だが、会うとすぐ、これはお署、ろしいという感じを起させ るタイブである。「どういう帽子でしたかな」とドソ・チ ッチョは書きつづけながらたずねた。「それがでございま す……ほんとうのところ、どういうのだったか、どうして も思い出せませんのです。申しあげることもできません わ」「では、あなたはどうです」と、管理人にむかってた ずねた。「奴が逃げるとき、あなたの前を走って行ったん でしょ。見なかったのですか、あなたは。どんな奴だった か話してもらえんですかな、その帽矛のことですが……」 「でも、警部さん……わたくし、何が何やら訳が分りませ んでしたの。それにああいうときには、帽子のことなんぞ 注意しやしません。ねえ、警部山.ごん、どんなもんでしょ・・ …おっし点、ってくださいましな、ああしてどんどん鉄砲を 射っているさいちゅうに、帽子のことなど気にする女がい るもんでしょうか:…己 「奴はひとウでしたか」「ひとウでした.ひとウでした わ」とふたりの女が声をそろえていった。「ああ、ごー- ん」とメネガッツィが頼みこんだ。「わたくしたちを助け てくださいませ。助けられるのはあなただけでございます。 助けてください.ませ、ごしょうです。ああ、聖処女マリア さま。わたくしは夫をなくした女でございます。家ではひ とりぎり、ああ、聖処女マリアさま。なんとひどい世界で 23 ございましょう、この世界は。このようなのは人間とは申 せません、悪魔でございます。地獄がらもどってきました 非道な悪魔の霊でございます……」 メネガッツィは家にひとりきりでいる女たちすべての例 にもれず、不安な気分というか、少なくとも、疑心暗鬼の 悩ましい期待のうちに時をすごしていた。少しまえから、 ベルを聞いたときに決まっておぼえるあの恐怖感が、理知 的なものとなり、イメージと妄想のZブレダスに変っ ていた。一・スクをかぶった男たちがクロース・アヅプされ、 それがフェルト底の靴をはいている。押しだまったまま、 ・しかし瞬岡的な早業でホールに入りこんでくる。頭にハン マーで一繋をくらうか、あろいは手や適当な紐をつかって 首をしめられるだろう。その前にひょっとして「儀式」が あるかもしれない。この考えというか言葉、とくにさいご のものが、彼女な・・、責葉ではあらわせないオルガスムスで充 たしたのである。善悶と幻想のまじウあい。どうやらそれ に、強めに木材を乾燥させてある幾つかの家具が、闇のな かで、突然、みしりといったためであろうか、突然、動悸 がはげしくなるというおそえものがついたのである。いず れにせよ、その苦悶と幻想がわがもの顔に事件に先行して いた。事件の方としても、これだけさわがれたあととあつ ては、結局、起らざるをえなかったのであろう、長い間、 住居不法侵人をしてもらいたいと望んでいたのが、いまや、 それを強制する要因となったとイングラヴァッ・は考えた、 孝、れは彼女とか,すでに身を投げ出してかかった犠牲老と しての彼女の吻為、思考に対する強制ではなく、運命に対 する、運命の「力の揚」に紺する強制であった。この災難 の予感は,肺史的な傾向にまで発展するほかなかった。そし て、そのとおウに作用した。強奪され、のどをしめられ、 さいなまれた女姓の霊魂の上だけではなく、環境の場、外 的な心霊の緊張の場にも作川した。というのも、イノグラ ヴァッロには現代のある種の哲学者たちと同じで、魂、と いうより下劣な魂というしろものは、集は人問各白を坂り かこみ、ふつう運命と呼ばれている可能性と力に属するも. のだと考えているからである。ひとことでいえば、大きな 恐怖がかえって彼女、つまリメネガッツィに不幸をもたら したのだ。ベルが鳴るたびに彼女を支配した考えはあの 「どなたでしょうか」という言葉に凝結されるのであった 24 目一目 が、これは家庭の守護神もとうてい守りに来てくれそうも ない、そういう悲しそうな、閉じこもった女性たちがめい めい習慣のように口にする羊の鳴き声であり、あるいはろ ばの鳴ぎ声だったのである。彼女の場合はそれがベルの音 に対する、それももっとも日常的なベルの呼び出しに対す アンテでドフオナ る哀調をおびた応答頒歌なのであった. その結果はというと、テレジーナ夫人がチェーンをはず そうと決意して、ドアを開けたとたん、くだんの若い男が、 自分はこのビルの管理事務所から頼まれ、暖房装置を見て まわっている、ひとつひとつ調べなけれ.はいけないという のである。たしかに、数日まえに、暖傍装雌のことが問題 になったのは事実である。つまり媛房を必要とする公式の 久、'李は終るころでは-あったが、入居者の方では費用をいく らでも出すというのに、いっこうになまぬるいまま(むし ろ寒いぐらい)であったのだ。 ・ーマでは、およそ.媛房器具を入れた場合、その火は三 でロテペデドドモ 月の十五日に消されることになっていたが、時には七日に むレアドドヤ なったり、あるいはちょうど一日のこともあった。二十七 年の場合のように、エピロ…グが引きのばされて、冬がふ たっ重なったような揚合には、まるまるひと月、燃やしっ づけ、けだるさを引きのばしながら、自然に消丸て行くの にまかせるが、そのさいかならず一家.畜ある入鳩者たちの 問では、事態の程度に応じて議面や酷評,酔声高にひびいた のである。賛成側と反対側、文無しと金持ち・、けちでこま かい人たちと、気らくで栄光と快楽にラつつをぬかす人た ち、こうした人びとの問で識緬がかわされた。二一九舌地 の上の階吟部屋についていえば、どれもうたがいなく、ロ ーマのなかでも、もっともpiマらしい、陽のあたる場所 であった。それだけに、早容の二の時期、雪ましりの爾か ふっているとあって、人びとは寒さにふるえていたのであ る。 その一接摂工は鞄隔包み・ももっイ、いたかった、.仕事に佼ラ 道呉もいまのところはいらなかった。単に調べるだけだっ たかうである。さらにテレジーナ夫人はあることをつけく わえた.が、ドノ・チッチョは調濫にはとらなかった。それ は、たしかにあの青年は……そう、結局は人殺しの機械⊥ なのだが……たしかに、そう、法廷で証言してもいいのだ が、まちがいなく彼女に催眠術をかげた(ドノ・チッチョ 25 はいかにも眠》、うな様子で、口を開いたままでいた)、と いうのは控えの岡にいたとき、皿瞬、彼女の方をじっと見 たからだ。そラいうふうに話した。「じっとですよ」その 視線がまっすぐ、自分に注がれていたのに心をうばわれて か、まるで叫ぶようにくりかえした。「執念ぶかい日つき で、しっかりと動かず」蝦子の下からのぞいたところは 「ヘビのようでした」で、そのとき彼女は全身のカが頃け て行くのを感じたのであった。あの瞬闘だったら、青年か らどんなことを頼・エれ、どんなことを強制されても、その 通りにしただろう、きっと、「・ボヅトのように」(彼女 はこの通りの詩葉をつかった)いいなりになっただろうと いったのである。 「聖処女マリアさま。わたくしは催眠術をかけられたので ございます……」ドソ・チッチョは心のなかで、こう調書 に書きこんだのである。「この女どもってやつは」 このようにして、機械工はアパート中をひとまわりする ことがでぎたというわけである。寝室でタンスの上の、大 理石の板にのっている金製品を口にすると、片乎をさっと 動かし、】方の手を..ハケツのようにひろげて下でうけとめ、 作業ズボンの脇の、自由に使えるボケットにと放りこんだ。 「あなた、何をしているの」催眠状態でも完全に自山をう ばわれていたわけではないので、メネガッツィは青年を非 難していった。男はふりかえると、ピストルを彼女の顔め がけてつきつけた。「静かにしてもらおうか\おいぼれ婆 さん、でない乏、黒焦げにしちまうぜ」彼女のおどろきぶ りを見てとったうえで、ひき出しを、それも鍵の入れてあ る上のひき出しをあけた……まったく、よく見ぬいたもの である。黄金や宝石はぜんぶ、皮製の宝石箱に入れてあっ た。現金もあった。「いくらですか」イソグラヴァッ・が たずねた。「正確には分りませんの。四千六百リラでござ いましょうか」その現金は男ものの、かさかさの古い財布 に入れてあった。今は亡き夫の財布である(彼女の日か濡 れた)。男は一瞬のためらいもみせず、その宝石箱をよご れたハンカチのようなもの、あるいはぼろ切れかもしれな い、そ、)、そうだ、それにちがいない、そのなかに包みこ んでしまったが、指がふるえていた。財布の方はあっとい うまに、牢ハにあざやかにポケットにすべりこませた。聖処 女、マリアさま。「ここのところのポケットにです…己 26 といって、夫人は片手で自分の腿を叩いたのであった、 「悪魔のしわざですわ、どうしてこんなことを、私にはわ かりません、悪魔のしわざです。悪魔ですわ」 「だまるんだ、な」青年はもう一度、彼女をにらみつけ、 いまにもくっつきそうになるまで顔を近づけてくると、相 手をおどすような口調でそういった。その目が虎のように 思えてぎた。悪魔の.魂が獲物をとらえていた。もうどんな ことがあっても、手ばなさないだろう。そして、影のよう にやすやすと、逃げて行った。「黙っているんだぞ」それ はおそろしい捨てぜりふであった。だが、彼が出て行くの を見たとたん、さっそ.く窓のところへとんで行った。そう、 そこにある窓だ、ちょうど中庭に而した窓である。それを 開けると、叫んだ、叫んだ、い釦\同じ建物の人の話だと、 むしろ絶望してきいきいと声をあげていたそうである。 「泥棒よ、泥捧よ、助けて、泥棒」それから……彼女は、 すぐにでも追いかけていきたかったのだが、気分がわるく なった、さっきより、ずっと気分がわるくなったのである。 で、自分のベッドに倒れた、というか、身を投げた、そこ にあるベッドに。そういって彼女はベッドを指さした。 一二九番地、道路から見ると五階あり、それに屋根裏部 屋がついていて、階段はAとBのふたつ、Bの巾二階には 事務所も幾つかあるため、まるで雑踏の中といった感じで ある。階段はふたつともゆったりと幅をとり、ひとつの方 がもう片方よりも薄晴い。A階段の方が相棒の階段よりも 静かで、ちゃんとした人びとはみんなこちら側にいた。 臨仁。σ[o階oげ@Nヨp身50(奥さまの家の方に)である。 イングラヴァッロがまず堰初、調書もとらずに外で問い ただし、そのあと、はじめは公安係が、あとになって警官 が見張ワをした大きなドアと小さなドアの内側にあたる玄 関で彼が聞き得た管理人や、そのほか件り話はお手のもの という女の入層者たちの話を総合し、重ねあわせてみた結 果、最後には事件の全ぼうを組み立てろことがでシcた、さ らに、かなり興味のあるもうひとつの事擁をたしか めることもできた。つまり、大たんにも犯人の追跡が行な われていたのである。「ああ」とイングラヴァッロかいっ た。「なるほど」どうも大たんすぎるようである、という のも、階段を下りて、玄関の邦屋へと追いかけていった、 というか追いかけたつもりでいるのだが、そのさい、これ 27 ■d.,. また拳銃を手に追跡にくわわった五階のボッタファーヴィ 氏よりまえに、つまり、いちばん先頭に若い男がいたのだ。 「そうだ、若い男だ」「いや、若い男なんてものじ油、ない、 坊やだ……」「何が坊やだ、あんなに背が高かったのに」 どうやら食料品店の店員のようで、すっかりよれよれのエ ブロンを腰のまわりにまきつけ、トレーニソグ・パノツを はき、そのうえに大きな緑色のストッキングまではいてい た。「何だってまた、緑色なんかを」階段の上で銃戸がふ たつ、ピストルの銃声がふたっ聞こえた直後、玄関を通っ てとび出して行ったという。その後は誰も彼を見ていない。 「わたくし見ました。歩道でです。サンタ・マリア・マッ ジョーレから来たのです。すると、あの男が逃げて行きま した……」証言をしなければという心痛がみんなの心に火 をつけ、それが燃えあがって叙事詩となった。女たちが【 度にしゃべっていた。言葉と4件の光景が混乱する。下女、 ブロツコリ  女主人、うすのろ女がしゃべる。ブロッコリーの大きな葉 っばが、ふくらんで、腫れあがった買物かごからはみ出し ていた。鋭い声や、子供じみた声が否定や肯定の言粟をつ けくわえていた。白いプードルが一匹、ぐるぐるまわりな がら、興奮したように尾をふり、時々、みんなといっしょ になって、できるだけ権威をこめて吠えたてるのであった。 イングラヴァッロは口々に報北口・丁る女たちや・報告の内 容そのものに押しつぶされて、自分が窒息するのではない かと感じていた。 メネガッツィ夫人の叫び声のあと、階上のボッタファー ヴィ夫妻がふたりして、バリトンとソ.7ラノできれいな夫 婦のデュエットをひびかせながら「泥棒、泥棒」と、同じ ように叫んで、スリッパをっっかけ、階段に出てきていた。 そのふたりがいま、自分たちの勇気、白分たちの落ちつき ぶりを正当に認めてもらわなければと要求している。それ ばかりか、ボッタファーヴィは大きな慰発ピズLルをもっ ていて、刑事に見せ、そのあと、いあわせたみんなにみせ びらかした。女たちは心もちあとずさりした。「まあ、今 度は.わたくしたちの番だなんていって、射たないでくだ さいましよ」子供たちはすっかり気をのまれ、首をのばし ボソタ て見つめていた。このときからというもの、ガマガエル フアドベド に豆と呼びなれていたこの人物を高く評価するようになっ た。彼は拳銃を手に話しつづけていたが、弾はちゃんとは 雄 ずしてあった。銃身を宙にふりかざしていた。事件を実に 細かいところまで思い起していた。あのとき、いくらやっ てみても、発砲できなかったという。というのも安全装置 がかかっていたからで、銃身の七番目の穴にピンが入って いたのである。そして、彼はこのとび道共を長年の問、ぜ んぜん使わないでいたため、自分のもそうだが、大体、本 物の拳銃には、この安全装置という厄介物がついているこ と、それが下に下りているかぎり、射聲ができないことな どを忘れていた。そのため、いざという肝心のときになっ て、泥棒は全速力で逃げてしまったのである。「しかし、 あなたは拳銃で二発、射ったのでしょう」とイγグラヴァ ッロがたずねた。「これはまた、どういうおつもりなんで すか、刑事さん。まさか、わたしを子供だとお考えじの、な いでしょうね……そんな、でまかせに発砲するような」「し かし、射とうとなさったでしょう」「やろうとはしました。 けれど、やろうとしたのとやったりとではちがいます。わ たしの拳銃は犯人がもっているようなものとはちがいます ……木当に射つようなのとはですね。これはですよ、警部 さん、紳上の拳銃です。わたしは…….着いころガードマノ をやっていました。武器のあつかいについては、誰にも魚 けないつもりです。それに……冷静そのものでしたし… …」泥棒は逃げてしまっていた。ぎわどいところで。「で も、こんど来たら、こんなぐあいにはいかせませんよ」 「では、店員についてはどうですか」「店鼓といいます と」「食料品店の店員のことですよ」と女たちが目を出し た。「その話でもちきりだったのですよ、このご婦人がた は。お耳に入りませんでしたか。もう一時間も、そのこと で話をしているんですがね……」とイノグラヴァッ・がい った。「さよう、食料品店には用がありませんのでな。そ ういうことでしたら……妻の領分です」と威厳なこめて答 えた.いかにも、.豚肉屋の店其など、自分の拳銃の相手と するに足りないといいたげである。してみると、この男は 店員など全然、見ていないことになる、食料品であろうが、 ほかの店であろうが、あるいは肉屋だろうが、バン屋だろ うが、店貝には会っていないのだ。 ところが、マヌ干ーラ夫人はその店口貝が泥俸のあとを追 いかけて、玄関から走って出て行くのを見ていた、はっき り見ていたという。「そんたことあワませんわ」ボッタ7 29 γーヴィ夫人が夫の肩をもっていった。「まあ、そんなこ とありませんですって。とんでもございませんわ、テレー ザさん。このわたくしの目が節穴だとでもおっしゃるんで すか……もしそうなら、大ごとでございますよ……この建 物にはこれだけ出入りする人があるのですから……」こん どは教授をしている..ヘルトーラ夫人がボッタファーヴイ夫 妻の否定を打ち消し、同時に管理人夫人の主張を訂正した。 あのときベルトーラ夫人は帰宅するところであった。水曜 日は八時から九時まで、一時間しか授業がないのだ。玄関 に入ろうとしたちょうどそのとき、ざんばら髪もいいとこ ろ、ぽさぼさ頭の、おびえた熾天使が出てくるのを見たが、 あやうくぶつかるところだった。取り乱した顔で、紫色の 醤……その.唇はふるえていた、それにまちがいない。だが、 その男を見うしなってしまった。というのは、すぐあとか ら「例の若いの」っまり、灰色のズボソ、それも異様にふ くれあがったズボソをはき、包みをもった機械工が出てく るのを見たからだ。「これが、つまり、人殺しの当人でし ょうね……」「で、帽子はいかがでしたか」とイソグラヴ ァッロがたずねたQ「帽子ですか……実は……帽子は… …」.「どうでしたか。その話をおねがいします」「実はわ かりませんの、それは申しあげられませんの、警部さん」 そのちょっとまえに、矛.う、そラなのだ、.これはもうたし かなのだが、彼女もまた二発の銃戸、玄闘から外へ岡こえ てきたズドソといラ音を二凹、開いていたのである、 管理人は今度は自分の番だと、ふたたび話しはじめた。 銃声が二発、そう何よりも銃声が二発したのだ……それに はみんな同音ゆしている。それから玄関で皿筋の灰色のもの、 ネズ、、・が逃げて行くようなのを見た……「わたしには、逃 げて行くときのネズミのように見えたけどね、ほうきで追 っかけられたときみたいにね……」で、そのあとから、例 の店貞が来た。それは誓ってもいいという。ズボソをのぞ くと、全身、白ずくめの店鼓が通ったときには、そう、もち ろん、人殺しはすでに行ってしまったあとだった、拳銃の 銃声のことは。そう、たしかに聞こえた……その少しまえ になんの坂り得もないのが二発射ったのだ。階段の上では そのときもまだ、爆弾のようにひびきわたっていた。「ド カーソ、ドカーンですよ、木当なんですったら、警部さん、 わたしなんかそれこそ心臓がどきどきしちゃって……」 30 ベルトーラ夫人がいいかえそうとした。ふたりの女の問 で、H争いに火がついた。その間、リリアナ夫人の姿は目. につかなかった。ドァ・チッチョはそのことでやれやれと 恐った。あの女までこのさわぎに巻きこまれようものなら、 大へんなことになる。 彼としては、飛び迫県というか、飛び道某の痕跡をもと めるあまり時悶を無駄にするなど、筋道の通ったこととは 思えなかった。それがベレッタの六・五であろうと、グリ センティ銃の七・六五であろうと、大した問題ではない。 ピストルのことはいまからでもいい、しばらくは、考えな いことにすべきだ、彼はそれを経験から知っていた。同僚 に、友人にまかせておけば充分だ。 男女の入居者たち、下女たち、それに買物籠も解散させ た。そのとき、うっかワしてブードルの足をふんだため、 犬はヴァチカソの教皇にも聞こえよとばかりに、物すごい 声できゃんきゃんとなきはじめた。大きな方のドアは完全 にしめさせ、小さな方のドアの護衛には、公安係と交代し た例の警官を配置しておいた。そして、メネガッツィ夫人 の部絶をもう一度、簡単に調べようと、のぼっていった。 ずっといっしょだったポムペオがあとについて行った。ガ ウデγツィオは最初から階下へ下りようともしなかった。 犯人の痕跡、さらにいえば指紋をさがすよう指示し、自分 もさがした。ドアの販っ手、タソスの大理石板、びかびか の床といったぐあいに。 リリアナ夫人がやっと、自分の番だというように現われ たが、非常に襲しかった。わたくし推理は駄目ですからと、 まず断わった。メネガッツィ夫人をおだてあげ、おもてな ししたいとさそいをかけた。そして、質問に答えて、ピス トルの銃声が二発聞こえる少しまえに、犯人はびくびくし ながらではあるが、彼女の部屋のベルもならしたことを確 認した。彼女は風呂に入っていたゆで、聞げることができ なかった、いや、おそらくどんなことがあっイ.も開けなか ったで・あろ・hノ。7ての時分、新開はヴァ一フuアィエール街の 「晴い」犯罪のことをしき・ワに報じていたし、また、それ とは別に、モソテベッロ街の、よりいっそう「陰惨な」事 件についても報じていた。彼女はn分の.読んだ一記事を頭か ら識ぐいさることがで.`.ごずにいた。それに……婦人がひと りきウでは・…・・こわがってドアを開けないのがふっうであ 31 る。彼女はこれで失礼させていただきますといった。イン グラヴァッロはそのときはじめて、自分の黄緑色のネクタ イ(黒い三つ葉のクローバが五の蹟形についていた)と、 三十六時間から三十八時間そらないでいるモグーゼふうの ひげに気がついた。しかし、彼女の姿を見たとあって、全 身、祝福された感じである。 ふたたび、メネガップィ未亡人、つまリザバラ夫人にむ かって、よくよく考えてごらんになれば、誰かについて、 ひょっとして何らかの考え、何らかの疑惑がおありになる のではないかとたずねてみた。手がかりをあたえていただ けないだろうか。親しくしている人びとはどうだろうか。 犯人の落ちつきぶりから判断して、彼女の日常や家につい て詳しいことはまず確かなようだ。そして、もう]度、痕 跡とか.…・.指紋とか何か…・・人殺しのそうしたものが残っ てはいないだろうかとたずねてみた(作ワ話好きの群衆が 使っているこの人殺しという用語が、いまでは彼の鼓膜に も定着してしまい、舌までが過ちをよぎなくされたのであ る).それがだめなのだ、痕跡は何ひとつない。 ポムペオとガウデンツィオにタγスを移動させた。ほこ り。ほうきの黄色いわらが一本。小さくまるめた空色の電 市γの切符。かがこみんで、切符をひろいあげ、非常に注意 ぶかくひろげると、大きな顔をちっぽけな研符にかぶせる ようにした。見たところ、ほとんどすり切れている。カス テッリ線の切符である。前日の日付けのところにハサミが 入れてあった。ハサミを入れたのはおそらく(そこが破れ ていた)、駅名が……だえと・:…「トル…・;トル……ちくし ょう。ひとつ前の駅だ……ドゥエ・サンティの」「トッラ ッチョだな」ドン・チッチョの背後から首をのばしていた ガウデンツィオがそのときいった。「あなたのですか」と ドソ・チッチョが、びっくり顔のメネガソツィにたずねた。 「いいえ、わたくしのではございません」いや、七れはち がうぞ、そのまえの日、彼女のところにはお害などなかっ た。家政婦のチ.一ンチアは少し猫背の老婆で、二時にバー トタイムで来るだけであった。それが彼女には残念であっ た(彼女というのは、つまり、メネガッツィのことであ る)。それで、自分の寝室は自分でかたづけるのであった .:神経がまいっているというのに、ああ、警部さん。で、 あのときも、もう片づけがすんだとき、とつぜん静けさを ヌ2 -{目 \ 破るようにして「あのおそろしいベル」が思いがけなく、 開こえたのである。それに寝室へなんか、とんでもない、 どうしてそんなことが考えられよう。この思い出の聖なる 場所へ、いやいやとんでもない、誰もむかえ入れるわけが. ない、ぜったいに誰もだ。 ドソ・チッチョにはそれがよくわかっていた。ところが、 彼女には.反対にうたがわれてもしかたがないというような ところ、「とんでもないことをやりかねないところがあっ た。とにかく、ちがうのだ、あの家政婦はマリーノの人問 でもなければ、カステッリ・ロマッニの人間でもない… 実はずっと昔から、クエルチェーティ通りを半分ほど行き、 サソティ・クットロの背後を下ったところにある不潔なあ ばら家に、自分よワ少し小柄な、それはそれは小さなふた .この妹といっしょに住んでいた。そのほかについては信じ てもよかった。信心ぶかい女たちなのだ。家政婦は砂糖が 好きである、それは事実だった。それからコーヒーも、そ れもうんと甘いのが好きだった。しかし、手を出すなんて ……いや、とんでもない……許しをえないで手を出すこと なんかないはずだ。両手両足が霜やけにかかっていた、た しかにそうである。時には皿ウ.洗うこともできなかった、 それほどに手がひウひりした。非常に痛んだ、それも事笑 である。だが、なるほど、現につらい思いはしているかも しれないが、その冬のことではなかった、それはちがう、 前の冬のことであった。非常に非常に信心ぶかく、一ほ中、 ロヅソオ 数珠を手にして、特にサソ・ジュゼッベに傾倒していた。 ドン・コルピも情報を知らせてくれることができるかもし れない、ドソ・ロレソツォ、彼のことは姉らなかったのだ ろうか……そう、坊さんだ、例のサンティ・クワト・・コ ロナーティの・。そうだ、彼女は一・.〃、の坊さんのところへ告白 に行っていたものだし、時には}.こで掃除もやったことが ある。そこの担当をしている家政婦のロtザの手助け歩一し たのだ。 イソグラヴブッロは口"、冠あけたまま闇ぎいっていた。 「すると、どうなのです。この切符。この切符は。落して 行くとすれば、誰ですかな。おしえていただきましょラ。 あの人殺しですか:・・己〆ネガッツィはふりかえってみる いとわしさをさけたが、そ.の楼勢ば訊問の入念さ、頑固さ をはねつけているように思われた、全身をおののかせ、苦 刃 難が自分をかすめることはあっても、まともにひっかぶり たくはないと、夢にみ、神の恵みをねがったのが、結疑は 空頼みであったかと涙にくれていた。色とりどりの軽率さ が彼女の蒜紫色のスカーフから、青い口ひげから、鳥のさ えずりそのものといったキモノから(その換様は花びらで はなく、小鳥と蝶の間の奇妙な鳥類であった)、もじゃも じゃ頭のテイツィアーノ的なおもむきのある黄色っぽい髪 の毛から、その髪の毛をちょうど栄光の茂みのようにたば ねているリポンから発散されていた。そして、胃の上都と、 おとろえた容色がどことなくだらけた感じになっているそ のうえの方に、また、身体を暴行されることはまぬがれた が、黄金はぬすまれてしまったという溜息のうえに、その 軽率さがただよっているのであった。彼女はふりかえって みたくなかったし、思い出したくもながった。それでいて、 思い出すのだったらむしろ、起らないようにと避けていた ことを思い出したかったのである。おどろきと、「災難」 が彼女の脳、もしくは脳という名前をとり得る彼女の身体 の部分を混乱させてしまっていた。五十歳にみえたが、実 は四十九歳であった。災難は二重の形でやってきた。黄金 についていえば、完全無欠なものだ…:・というまれに見る 評判があったのに、彼女自身についていえば、老魔女とい う呼び名にくわえて、筒:…・ピストルの筒が現われたので あった。「むかしはこんなよた者ではなかったでしょう に」と、自分の守護、大使のことを、そんなふりに考えたい 気持ちに駆られるのであった。だが、ちがうのである。彼 女は知らなかったし、塁んでもいなかった。気が転側して いたのだ。正常な状態にはなかったのである。にもかかわ らず、その彼女に話をさせていたのはイノグラヴァッ・で ヤ あり、ちょうど、じゅウじゅラ、貿な立て、ぼんとはじけ、 煙を出し、涙を出させる燃えかすを、ちゃんとした火ばし・ でつかむのに似ていた。そして消耗したあげくに、彼に次 のとおり確認して話を終えたのである。つまりあの杵僧が、 そう、もちろんあのならず者のことだが、ピストルをポケ ットかどこか、それを入れてあった揚所から取り出した、 そう、ちょうどあのタンスのまえである。それから、あの 汚れたハンケチといシか、機械士の使うボ・切れを取ウ出 したが、それはおそらく、引き出しから取ウ出すと同時に、 皮の箱..;.・蜜石を入れる皮の箱を包むためだったのであろ 3・1 う。ピストルといっしょに何かほかのものも出てきたけれ ど、ハソケチか何かまるめたもので、ひょっとすると紙か もしれない。いや、いや、おぼえてはいなかった、あまり のおそろしさに、聖処女マリアさま、おぼえてなどいられ なかった……紙だろうか。あの若僧はそうだ、これはあり 得ることだが、その紙をひろおうとしてかがみこんだ。そ の光景を彼女は混乱のうちに思いうかべていた。何をひろ おうとしたのか。ハノケチだろうか……それがハンケチだ ったとしよう。だが、どうしておぽえていられよう……そ んなこまかいところまで:…・恐怖にとらわれている最中に。 イソグラヴプッロはその切符を財布のなかへ、ゆっくり しまいこむと、ふたたび下へ下りて行ったが、まだやづと、 十五分ほどたったばかりである。階段は暗い。下の方、玄 関は明るい。大きなドアはさっきのまましまっているのだ 「が、中庭に面した窓から光りが入っていた。ガウデノツィ オとポムベオが彼についてきた。もう一度、管理人をさが すと、そ,こにいた。誕やらと口論をしているところだった。 男女の入居者のうち九十パーセノトは彼の勧告で引きあ げていたものの、ほんの数歩しかはなれておらず、また、 聞き耳を立てているところだったので、すでにすました訊 問に、例の正体不明の店員にかんする補充の訊問をつけく わえるのはさして難かしくもなかった。すでに解散してし まった人間や璽野菜(青物)の群やかたまりを玄関にそっと 再召集し、そのなかから事笑にかんするニュースと、閨係 渚にかんする報告をしぽり出す必要があった。その結果、 A階段にせよB階段にせよ、この建物の入居者の誰ひとり として、その朝、およそローマのどの食料品店からも、何 ひとつ受け取っていなかったし、受け取ることになってい なかった。その峙閥、誰ひとりとして、白いエプロンをし た店員にドアを開けてはいなかった。「何もかも筋誹きど おワでしてよ」とボゾタフプーヴィ夫人の友人である女の 人が興奮してほのめかしたが、この人は別にメネガッツィ の友人というほどでもなく、六階の住人であった。「泥棒 をしようというときには、外で誰かが見張りに立つもので ござんしょ……あのふたりはですね、警都さん、わたくし のいうことをよくお聞きになってくださいませ、あのふた りは....:しめしあわせておりましたのよ……」 「出入り商入のところの店員をですな、この建物ではp度 ガ も.こらんになったことがないのですか」いかにも自分に権 威のあることを意識した、それでいて面倒くさそうなロ調 ・でイングラヴァッロがいった。日、ころのたいくつさ、重々 しさを忘れて、まぶたを開いた。そのとき、目は光りをお び、すべてを見ぬく確信がやどった。「そんなことはあり ませんよ」とペッタッキオー二夫人がいった。「いろんな 人が大勢出入りするんですからね……ここには超一流の人 ばかり、実業家が入っているんですのよ。そうでしょう、 ヤヤヤヤ ,警部さん」みんながにっこりした。「きくじさなんかあん まり食べない人たちですわ」「では、誰のところへ来てい ヤソソアレソラ たのですかな。おぼえておられませんか……生チー.スを各 ,戸にもってきたのは誰ですか」「そうですね、警部さん、 大体みんなのところに来るけど……」そして、うつ向くど、 左の人さし指を口の端のところへもって行った。「ちょっ モノツマレワラ と考えさせてもらいますよ」いまや、みんなが生チーズを もってくる店鼓のことをぼんやり考えこんでいた、とつぜ ん、熱をおびてきた仮説、討論、記憶、コリヤナギの籠と ・白いエプロン。「そうそう:…・ここにおいでのフィリッポ さんだわ」と目でさ.がし、紹介するようにこういった。 ユメノぱノト レ 「勲三等のアソジェpー二さん。国民経済省におつとめ の」そういって、群衆のなかのその人物を指卍.cした。そこ で、ほかの人たちがよけると、当の指さされた人物が軽く コメンずノトロレ 会釈して、「勲三等のアンジェロー二です」と、はっき みヴバマみコレ リ臼己韻介した。「イングラヴァソロです」まだ勲五等に もなっていないイングラヴァッロは二木の指を帽予の脇に あてながらいった。目経済省に敬意を表したのである。 ワィリッポ氏は背が高く、黒っぼいオdハーを着て、お なかは何やら梨を思わせ、背中は曲って、やや傾斜し、び っくりしたような、それでいて憂うつな顔つきで、その中 央には、ひと吹きふけば、最後の審判の大きなラッバとな ることまちがいない坊さんなみ、魚なみの舵状の大きな鼻 がついており、勲三等で一あり、役所づとめであるにもかか わらず・、蛸相手の敬酋部を、難n部のイングラヴァッロ氏をちら りと見るとき、そう、いや、何にもまして、何というべき か……悲しみというか、不安というか、それと同時にいわ ば遠慮といったものが、目のなかにあり、内閣がこの次に つぶれるまでは:・…向分のしがみついている地位を失うの がこわい、そういう感じであった。もっとも一九四三年七 36 月二十五日までは、内閣は倒れないのである。あのオーバ ーのえりと哀れをさそうスカーフにすっぼり埋まって、悪 漢然とした奇妙な大ベニハガラスであり、また、好んでサ ノ・ルイージ・デ・フランチェーズィと、ミネルヴァの間 に巣くうあの黒ずくめの連中の台帳にのっている聖職者と いうところである。この人たちはうっかりした通行人や道 をいそぐ人からは気づかれないまま、暇な時間に一歩一歩 足をはこびながら、聖アゴスティーノのアーチから、また、 スクローファからコッベッレ街やコルナッキエ泉を.通?て、 サγタ・マリア・イγ・アックイ:・にまでのぽって行く 彼ら好みの道を散歩するのが常である。ごくまれなことで あるが、ゆっくりとコロソナ街に冒険をこころみたり、広 場恐怖症よろしく玉石を敷いたビエトラ広場にと入って行 くが、もちろん半パイソトのワイソやナポリふうのきざな ピッツプを軽蔑していないわけではない。そのあと、ピエ トラ街のあのせまい道を通って、おそらくコルソに出るこ ととなろうが、しかし、エノチクロベディア・トレッカー 二の向かいに出て、カテッラー二宝石店の最も魅惑的な時 サ パトドバプドノツソ 計にひかれて行くのは謝肉祭の最後の土曜日にかぎる。四 句節には、悲しそうに無気力に、ふたつのホテルのふたつ のまんまるな街灯の下を通り、象の像のところまで、あの やさしいオベリスクのところまで、そして数珠と聖母像を・ ならべたウィソドウのところまでと→サγタ・キアーラに そって歩くのに甘んじていた。ゆっくりゆっくりと進んで. 行った。というか、ふたたび下りるときも、ゆっくりゅっ くりであった。あやうく自転車にぶつかりそうになりなが・ ら、パロムメッラにさしかかり、パソテオノの背後をかす めて行ったが、それはすでに帰りみちであり、もうたそが れが来たのかと、当てがはずれた様子である、 動…三等のアソ.シェロ!二氏はバルラメソト"カムポ・マ ルツィオ街の廃虚にいたあと、数年まえにメルラーナ術に 移ってきた、、あちらにはずっと昔から住んでいたのである。. 包みやフラソス松露だけからみても美食家にちがいなかっ た……包みは例によって自分でもって帰ってきたのだが、 いかにも慎重に、敬意をこめたふうで、水平に胸に押しつ けているところは、まるで乳をのませているようである、、 それは高級豚肉店の包みで、ガラノティン(靹S碓吸礪瀧桝婚 胤ゼ礁祉躍鋼.)やパイがつまっていて、空色の紐がかかって 37 いた。また時おりは二}九番地のてっべんにある自宅まで 店員が配達してくることもあった。フィレンツェふうにい えば差し出しにくるのであった(朝鮮アザミの油漬け、マ グロの煮汁をかけた子牛の肉)。 「さあさあフィリッポさん」とマヌエfラ夫人がくりかえ した。「お宅は何度も配達にこさせてらっしゃいますわね、 もちろん、包みをかかえて白エブロソをした男の子ですよ。 まともに顔を見たことはありませんわ、ですから、どうい う顔つきだったか、そんなことは思い出せませんよ。でも ね、大体のところ問ちがいないばずだわ、けさのはきっと お宅に来た子ですよ。いつかの晩も、わたくしがあとを追 っかけたら、階段の上から、お宅の都屋へ上って行くとこ ろなんだ、ハムをとどけなければいけないんだ、そうどな ってましたよ」 みんなの視線が勲三等のアノジェロー二氏に向けられた。 名前をいわれた当人はとまどった。 .「わたしのことですか。店員ですって……どういうハムの ことでしょうか」 「まあまあ、あなたさまとしたことが」マヌエーラ夫人は おがむようにいった、「まさか警部さんのまえで、そんな の蛎だなんておっしゃって、わたくしに恥をかかせるんじ ゃないでしょうね……あなたはおひとりの身でらっしゃる し……」 「ひとりですって」とフィリッボ氏は、まるでひとり暮ら しが罪ででもあるようにいいかえした。 「おや、じゃあ、誰かごいっしょに住んでるんでしょうか.・ ネコもいないというのに…『己 「わたしがひとりだから、どうだとおっしゃるんです」 「ですから、誰かが食べ物をとどけることがあるんじゃζ ざいませんか、雨のふっているときとか、晩とか。そうじ ゃないでしょうかー…ちがいますかーーどうなんです」ま るで目くばせでもするように、相手をなだめたいという口 調であった、《どこまでわたしを引きずりこむんですよ、 この問ぬけ》とばかりに。 見たところ、これはやっかいなことになったものだ。フ ィリッポ氏のあわてぶりは明白であった、そのどもりよう勇 その顔色の変りよう。そして、何が何やらわからないとい う気持がその団にあふれ、苦痛の色もかくれるほどである9 超, 何やら面白そうだという雰囲気がみんなのなかにあった。 入居者全員が口をぼかんと開けて見っめていた。彼を、女 の管理人を、警部を。 確かな事実は、管理人が今度もまた、店員の顔を見なか ったことだ、イソグラヴァッ・は自分にいいきかせた。そ れが店員だったとしてのことだが。彼女が見たのは、踵と、 そ.れからあれも……背中と呼んでおこうか、これはそのと おりである。一方、教授をしているベルトーラ夫人の方は、 たしかに顔を見ていた。青白かった。唇も紫色だった。だ が、それ以前には会ったことがない。つまり、彼女もまた、 決定的なことは何もいえないのである。 人殺しについてもまた同しである-:-マヌエーラ失人は その男も、今度会って分るわけがないと、ついに認めざる をえなかった.だめなのだ。それより前に一度だって会っ たことがないのだから。一度だって、落雷のようなものだ ったのだq それから、あの階段の晴がりで聞こえた拳銃二発、あれ だって、どこでずどんと射ったものやら誰にもわかるわけ がない。 イソグラヴァッロ警部は先をいそいだ。管理人のマヌエ ーラ・ペヅタッキオー二夫人とメネガッツィ未亡人のテレ ジーナ・ザバラ夫人か、警寮へ呼び出されたが、これは万 皿、新しい証言があれば調書にとるためであり、とりわけ 後者は專件を告訴するために、呼ばれた。損害はかなり大き く、事件はかなり璽大であった.、悪質な強盗事件であり、 金額は別としても、なみなみならぬ値打ちのものであった。 黄金や貴金属(そのなかでも真珠な.一木につなぎ合わせた もの、大きなトパーズがめぼしいものである)で、三万リ ラ前後、・〆・れに古い財布に入った現金が約四干七百リラあ った。「かわいそうなエジディオの財布」メネガッツィ夫 人ば呼び出しをうげたとき一課にむせんf、いたσ 勲三等のアノジ 一ロー二氏は充分礼儀をつくされたうえ で、今後、事態を解明して行くためにも敬.げ察のいうとおり にしていただきたいと要請されたじこれまた実に碗曲ない いまわしである。「いうとおワにする」とば笑さいには、 ドノ・チッチコ一に同行して、サど、-・ステーファノ.デル ・カッコまで、電車やバスで何度も乗ウ降ワをするという 意味であった。そればかりか、食事もぬくはめとなった。 39 「どうもその気にな札ませんので」サンドイッチでも食べ て心の動揺をはらいのけたらとすすめてくれたポムペオに、 彼は悲しそうにいった。「食欲がありませんし、こんなと きには食べられないものです」「それはともかくですよ、 あなた。ひとつ、食欲が出たらですな、このジェズー街の マカビ一店が打ってつけです。ぼくらのことはみんな知っ ててくれます、上得意ですからな。そのペッピーという店 は生焼きのロースト・ビーフが、看板料理でしてね」マヌ エーラ夫人はドソ・チッチ翼の机で、マヌエーラ・.ペヅタ ッキオー二とうやうやしいサイソをしたためる、そのおそ ろしい、はてしない而倒ごとに片をっけたあと、冴えない 待合室を通りぬけ、ぬくぬくとあたたかそうにしている勲 三等の紳士に声をかけて別れて行こうとした。そして、・こ れまでになく庶民的な、ひびきのよい調子で、たのしそう に声をかけた。「おさきにどうも、だんなさん、だんなさ んi…」みんなが勲三等氏を見つめた。コ男気をお出しに なってね、何でもありませんわ-…・あっという問に、すみ ますよ」そして、PV[番線のバスにのろうと大いそぎで 出ていったが、お尻をウズラのようにふり、トラムポリァ にも似たみごとな靴でどうにか平衡を保ちながら靴音を立 てているところは、まさに人さまの木靴をはいた牝.豚とい うと二奪あゑ蕊器麓蝿諺輩.「教う尭いに、 あんなさわぎがあったんでは、いくらあの人でもチョウセ ソアザミを食べる気にはとてもなれないわね・:…食べたっ て、おなかもふくれっこないし、がわいそうなフィリッポ さん……サソト・ステーファノ・デル・カッコなんてもう 結構だわ。ほんとに嫌なところ」 勲三等氏は落ちっかなかった、部屋.にあるいまいましい 時訂のチクタクいう音、ひとっチクといって、次にタクと いうたびに、目の穴がくりぬかれるようで、墓から掘り出 した死体のそれに似ていた。昼すぎに説問にあたったのは イングラヴァッロ自身で、いろいろなお世辞やいんぎんさ と、どこかきびしい感じのする顔つきをつかいわけていた が、ときどき例の「役所のまどろみ」のとりことなり、い やおうなしにまぶたが重くなるのであった。活発さと皮肉 の瞬問、ふってわいた短気の燥発、州紙のなかに埋もれた 退くつさ、容数のない挿入句。あとになってデヴィ!ティ.、 つまワガウデソツィオが話したところでは、彼は訊簡の間 4G r じゅうずっと、隅の机でその日の講.類に大きな頭をのせて、 無関心に話を聞いていたのだが、何でもこの二重唱の最初 の数小節のところで、苦しみぬきおどかされたアンジェロ ー二が早くも怒り心頭に発したというこどである。これは 紳士とか、きちんとした人びと、また自分からそういう人 物だと自認してやまない人びとが、およそ自分たちにふさ わしくない事態に麹面したときに起りがちなことである。 勲三等氏は信じがたいほどの苦悶にのみこまれてしまった ようである。そのあげくに涙をかくそうと鼻をかみ、目を 赤くはらして、未亡人のようにラッパを吹ぎまくった。問 題の店員については何も知らない、何も信じられない、想 像することもできない、そういいはった。そして、およ多、 慣用というものに反して、苦しヴてうに店員という壬一・旦蘂をロ にのせるのであった。イソグラヴァッロがテヴェレやビフ ピァソずゐノコロ ェルノの民俗学的な護にふけり、また、食料昂藤や店員の ドヒノソでらドレ 話をして相手を刺戟すればするほど、相手はそれだけお 役所用語の横柄さという殻のなかにカタツムリのように引 きこもるのであった。だが、そういう殻も、ゼリーで固め たウナギや油漬けの朝鮮アザミにもたとえられる警察の一 般帥.不信という雰囲気のなかにあっては、まったく逸用し なかった。あの走り使いの連中必\門番たちをひっくるめ てヴェγティ・セッテムブレ街というものが、この仮借な い瞬間に、これまでになくおぼつかない楽園と映ったにち がいない。軍神クイリヌスというか、大官にょって見おろ されている遠い昔のオリンポス、だが、とても自分を助け に来てくれそうもない。どうなるのだろう。お役所的な甘 い空虚の魔法の紙ともおさらばか。中央政治のぬるま湯と も。…iイワシの漁獲高を表わすグラフの「かな り」の上昇とも。塩漬けに対する免税とも。大蔵省の嵐の ような、好んで口にする不平、会計検査院の神聖な反響音 とも。みんなおさらばであろうか。警察の椅子にひとりき りで腰かげ、楼動捜査班の並べたイ、る屍班属(と彼には思 えた)を背にしている闘に口がくらんでしまった。人から 見られたくないと願うあわれっぼい人間に特有の、そのか わいそうな.顔、見ているだげで話し相乎がどうしても意見 を口にせずにはいられないような鼻が、でんとまんなかに 構えている彼の顔、それがイγグラヴァッロには、あらゆ る組織的訊岡の非人闘性、残酢さをのろう沈黙の絶望的な 4」 一 抗議とみえたのである。 たしかに、時として、ハムを家にとどけてもらうことも あった。それは誰なのか。誰だろう。ひと需でいったら、 無理ですなあ、誰だかはっきりさせることはできない。お そらく、思い出せないだろう、これだけ時聞が立っていた のでは。彼は:…ひとりであった、特定の商人が相手では ぼかった。あちらこちらて買っていた。きょう一軒の店で 買えば、あしたはちがう店という具合にである。ローマじ ゅうのあらゆる店で買9-、いたともいえるぐらいだった。 それも、一回の量はわすかなものであったろう。そういう 調子である。そのとき、足の向いた店で買うのだ、また手 ごろなものがあったり、上等なものがあるのな見かけたと ぎなど。おそらく、ほんの少景であったろうが、回数が多 かった。めいった気分を引き立たせる、それだけのためと いうこともあった:…・アナゴ少々、あるいは》ガランティ γ少々といったふうに。だが、何よりもといって鐸をかみ、 罐詰を買いこむのですといった。家に何がしかのストック を置いておくためである。家に予備がいくらかあると便利 なのだ。そして、そういう品をとどけに来るのはもちろん、 お店一のお使いたちであった・… 肩をすくめ、屑をひらいたが、それは「これ以上、明瞭 なことがありますか」とでもいうようであった。 「あなたは以前、管理人におっしゃったことがあります ね」(ドソ・チッチョはあくびをした)「何でも赤身のハ ムをバ[【スペルナ街で買っておられたとか」 「ああ、そうでした、おかげで思い出しました、わたしも おぼえていますよ、一度1・てうです、小さなハムをまる ごと買いました,山のハムで、ほんの数キロあっただけで す」まるで、ハムの日ガが少ないという、それだけの戸〕と で購状酌量をしてもらいたがっている、そのようにみえた。 「たしかに家へとどけてもらいました。パ.戸スペルナ街の 豚肉屋です、そう、つきあたって、♪、方ペノティ街と交差 するあたりです……ボ・iニヤの出身6、す」 訊問されているこのかわいそうな男は暇をもぐもぐさせ ていた。ガウデンツィオがパニスペルナ街へとひとっばし りさせられた。 五時四十五分、二回目の訊問、マヌエーラ夫人がメネガ 42 ッツィ夫人といっしょに、緊急の呼び出しをうけてふたた び姿を見せたが、そのほかに教授のベルトーラ夫人もいて、 青白い顔色で、全身が何となくふるえていた。ガウデγツ ィオがセルベソティ街で見つけてきた若者が紹介される番 だった。むしろ率直な感じだが、顔つきはすっかり晴れや かとはいえず、髪は黒く、油をぬりたくって、べとべとで、 目で刑事にうかがいを丸てるようにすると、こんどはいそ いで、その場にいる人たちを見やった。 「これですか、あなたの男っていうのは」とドン・チッチ ョがベルトーラにたずねた。 「何ですって」婦人教授は「あなたの男」などといわれて 憤既し、とびあがらんぼかりにしていった。ドソ・チッチ 調一は管理人の方を向いた。「おわかりですか,今朝の男で すかな」 「いいえ、この人ではありません。今朝のは:…わたくし 顔を見なかったものですから、でも、何度、同じことを申 しあげなければなりませんの、敬.蔦櫛さん。今朝のは子供で したわ、この人にくらべると」 そこでドソ・チッチョはアソジェロー二氏の方を向いた。 「おたくにハムをとどけたのはこの男でしょうか」 「はい、そうです」 「では、君だけど」と若者にいった。「何かいうことがあ. るかね」 「おれがですかい」若者は肩をすくめて、ひとわたり、そ の場の人たちの顔を見わたした。「わかんねえな、おれ、 どうしろってんですか」ドノ・チッチョはきつく、眉をひ そめた。 「もっとていねいに口をききたまえ、お若いの、君は法津 によって、出頭するよう呼ばれているんだからな」まるで 歌うような口調でいった。「刑事訴訟法f二二九条だ。こ ちらにみえている方を存じあげていると認めるかね」とい って、あごでアン、シェロー二氏の方をし"、くった。 「去年、店にみえたですよ、何圃か。それ以来、お見かけ しませんね。そうそう、山のハムをお宅にとどけたことが あるなあ、メルラーナ街のてっべんでした。す、こい爾でね、 ずぶ濡れになったですよ」 「君が行ったのは一回だげかね、それとも何度か行ったの かね。家はわかっているんだな」 43 「おれがですか…iあの家ですか、二、三回行きましたよ、 何かおとどけするときにね」打てぱ響く答えだが、同時に 当惑した感じもあった。ある種の不安が心の奥底にまで達 していたのだ。 「で、あなたはいかがですか」 「認めましょう、事実、二、三回来てくれました」アンジ ェロー二は努力をしていった。それは明らかだった。もっ と平静にうけとられたかったのだ。「チッブもわたしまし た…:・」 「ほう、チヅプもおわたしになりましたか」ドソ・チヅチ ョは晴れやかな顔になった。チップをやったという事実を 祝っているかのようにみえた。それでいて、説明しがたい 皮肉をこめているのだ。じっと考えこんだ。調晋の上に頭 をおろして行った。少しそれをかきまぜてみた。それから, 店員の方を指さして、もう一度、ペッタッキオー二に質問 した。「前にあなたに向かってどなったと、おっしゃって ましたが、この青年ですか……階段の上からどなったとい うのは?」 「いいえ、いいえ、ちがいます。まちがいっこありません。 あの男と今朝の男だったら同じ人物かもしれませんけどね …:・だってふたりとも、ここにいるこの人よりは子供っぽ い感しでした。それに、警都占、Cん、もっとやさしい声でし たわ、やっばりショート・バンツをはいていました、同じ ものじゃないでしょうけどね……」 「こいつもショート・パンツをはいてますぞ」 「でも、…・:これはスポーツ用のでしょ。あのと きのはもっと子供っぽくて、そうですとも.、第一、この人 だったら.軍隊へ入ってもおかしくないでしょ。それに、そ. れにこの人はいつ米たっていうんですか、このメルラーナ 街へは。一年まえじゃないですか。わたくしのはね、せい ぜい、二、三カ月まえの話ですもん。万霊節の少しあとで. したわ」 イノグラヴァッ・は結論な出そうというのか、息を吸い・ こんだ。 「きょうのところは帰ってよろしい」と若者をじっと見っ めた。「だが、おぽえておいてもらおラか…:』ここではだ. な:…・妙な典似をしてもらっては困る:…」ゆっく)と、 執ような警部の視線におくられて、若者は出て行った。書〜 ヂ4 類をまとめ、同時に一連の結果をまとめながら、イソグラ ヴァヅロは妊…しはじめた。 「ここにおみえのペッタッキオr一一夫人はですな、わたし の解釈が正しいとすると、もうひとり別の店員がハムをも ってあなたのところに来た、それを見たことがあると証言 なさっておられます……それもp度にとどまらない、外見 はもっと若いようで、どうやら今朝の店員に似ているらし い…:・そし.て、今朝の店員の方は先生が」と婦人教授を指 さした。「顔を.こらんになった、ということは、今度会え ばおわかりになるわけですね。そういうことですな、ベル トーラ先生」相手はうなずいた。 アγジェロー二氏がひと息ついた、一瞬、風俗記述者の ようなポーズをとった。 「とにかく、マヌエーラ夫人が管理人なのです。で、彼女 が;…・」 「わたくしがどうだとおっしゃるんですか」管理人の職に ある当の相手が、おどかすように口をはさんだ。アンジニ ロー二はカタツムリのようにぷたたび殻のなかにと引きこ もり、鼻だけを外へ出していた.心の貝殻の外へと。彼の いいたかったのはおそらく、彼女が管理人である以上、そ の使命はほかでもない、そこを通る人たちに注意すること ではないかというのであろう。 「わたしがいいたいのは……」彼はとまどってしまい、紙 のラッパのような、鼻にかかった口調で話していた。「要 するにです、すでにお話ししたとおりなのです、警部さん。 わたしは行きあたりばったウに買うほうです。きっと管理 人のいうとおりでしょう。おとといも、家に何かとどけて もらいました。経済省に勤めている同僚の女中がとどけて きました」 「女巾ですって。うるわしの召使い、ついに登場ですか」 とイソグラヴァッロがつぶやいた。調書を整頓しなおすと、 もう]度、ちょっとっぶやいた。三人の婦人に行ってもよ いと許したのである。 「とおっしゃると、帰らしていただけますのかしら」青白 い顔のベルトーラがそのとぎ、たずねた、 「ええ、そうですとも。、こ遠慮なく」 マヌエーラ夫人はブラウスのはちきれそうな胸をふるわ せ、こぽれるようなメルラ【ナふうの傲笑をうかべた。 イ5 目ξ 「それでは失礼します、警都さん。私どものフィリッポさ んをこちらにおあずけしますわ。わたくしにかわって、よ く面倒を見てさしあげてくださいな」 ドソひチッチョは獣川って、立ちつくし、調書を机に置い たまま、椙手に面と向かっていた。それは翼を半分ひらき ながら、まだ獲物を爪でつかんでいない黒いハヤブサのよ うであった。 それでも、黒のプ〜ドルの毛皮を頭からかぶって、たじ ろぐ様子はなく、主任にふさわしいきびしさがあ窪. 勲三等氏は「この世の体験」という.ハリケードのなかに 閉しこもった。 「あの女たち振」と泣き一一・星いった.「言弩かいに気 転けるよ詮いっ竃奮で芝呼吸困難劣か、とき ど言憲切らして給。ふたつの洞窟のような眼詮疲れ はてていた。 「何のお話ですかな。言o茉つかいのことを気に病んでおら れるようだが〕上品な需架づかいというのは、どんなもの ですか。聞かしていただきましょう。何をそうして苦にし ておいでですか。話してください。さあ、打ちわったとい〕 さ ろを……」4 「わたしのような立場で何ができましょう、警椰ざ.ん。ハ ムなかか丸てローマしゅうをひとまわりできますか。わた しにはこう思えるのです、ピストルを射ったのが店鼓だと か、店員でないとか、あるいは、もうひとりのために見張 りなやっ仁とか、いやそうではないとか、そういう.一しっ け論をやろうとするは、これはまごうかたない不蕉である、 そう田心えるのです、わたしが何を知っていましょう。どり お考えですか。わたしと同し旧砿場になってみてくだ瀞、、い。 勲三等のアソジェロー二氏がチーズをかかえてバ一…スペル ナ街をよたよた歩いているのを見たなどと、人がいウのを 聞いて、なんともありませんか。■酒びんを一木ずつ両腕に かかえていたとか。それが子守りのかかえた双ずのようだ ったとか、そんなふうにいわれて、平気ですか,…」 イノグラヴァッ昌塑に口を釘づけにしたまま、.頭を 上下にゆすっていた。かんしゃくを起しているようにみえ た。声を高めると、単語を、そして音節を区切っていった。 「管理人の話では、もうひとり別の店員がカ・はり何度か、 お宅へ来ているそうですな、い丁っと子供らしいのが、これ は確かでしょうか。二、三カ月まえのことですから、なん とおっしゃろうと、永遠の昔とはいえませんぞ。それに、 わたしはこの小僧に興味がありますし、誓ってもいいそう ですが、その小僧はもうひとりのに、つまり今朝の男に似. ているといいますからね。そのとおりなんでしょうな。と すれば、よろしかったら・,…、」 「わかっています、わかっていますとも」と、勲三等氏は 泣き言をいった。 「ほう、それではもっと誠意なみせていただきたいですな あ』…・わたしとしては、ぜひともその坊主を知りたいと思 っておりますから」 メルラーナ街二一九番地、蚕金の館、あるいは金持ちた ちの館といってもよいが、・・てれについては書かれてきた。 つまり、そこにもまた、この地上のほかの多くの建物と同 様に、美しい花が咲きほこるにちがいないと書かれてきた。 「ちょっとごらんなさい、何ということでしょう」という 褒紘のカーネーショノの花が。マヌエーラ夫人については いわずもがな、入居者たちや経済省の同僚たちの声高なざ わめきのなかで、勲三等のアソジェロー二氏は夜の九時ま でとめられたのである。 ふたりの群慧呂、特に金髪の.冴えない無分別のせい.{d、っ まりふた言、み言もらレたために、マヌエーラ皿メネガッ ツィ月ボッタファーヴィ"アルグ・ベルネッティ兄弟(A 階段)、あるいはマヌニーラ鐸オレスティーノ.ボ.ツィ 旧エローディア夫人睦エネア・クッコ(H階段)というル ートで、勲三等のアンジェμー二氏がもちろん不本意なか ら引きうけてしまった糊接的な(そのうえ、なかκか証明 のしにくい)貴任、っまり彼が塩漉け肉の配達人か、住居に 往来させた第pの原動力だという点に紳仔察が疑惑をはさん でいるらしいと.噂がひろまウ、事尖そのように感じられた のであった。「あの人は話したがらないのに、向)の方は 熱中しているそうだ」警察としては、どこの家のベルもな らさず、「ピストルの音が聞こえたとたん、ただも・.,大い そぎで階段を下りて行った」豚肉醗の店員を勲三等氏が必 ずや知っているはずである、・・てれなのに、彼独自の、難.解 をこえた理由があって、いかにも雲から落ちたように、気 が転倒したふりをしているのだ、そういうふうに思いこん 47 でいた。アンジニロー二の態度全休.何の結論にもいた,9 ず、しきにぽんやりした、まわりくどいものになってしま う泥乱し套暴を使うだけで、あとはもっばら陰気な強情 っ試りよろしく黙りこくっている彼の無口ぶり、多少とも 人をからかうような、計算された彼のはにかみ、鼻みずを たらした鼻が突如として赤くなるその様子、最初は嘆願す るような、落ちくぼんだ目、そして、そのあとは恐怖のふ たつの洞窟に落ちこんだふたつのあわれなのぞき穴、時に は本ものの、時には墨常なまでに不明瞭な混乱、こうした ものがさいごにはふたりの役人、イソグラヴァッロと捜査 班長のフーミ警部を不快にしたのであった。彼らはこの国 民経済省の六級職というちゃんとした地位の職員を相乎憶 して、事態の重要さというか、まったくあやふやな根拠に もとづく自分たちの……警戒心が決して妥当だとはいいき れないことを、われながら実感していたのである。徳性の 点で疑いようがなく、潔臼で名の通っている六級職。「ま .まよ」とドソ・チッチョは自分をなぐさめるように考えた。 「あたりまえに生まれついたものなら誰だって、初恋をす るまでは純潔なものさ……警察との初恋をするまではな」 それに、この問.題で別にうたがいをかけているわけで一は ない、断じてちがうのだ。相手はただ自分の気持ちをはっ きりしてくれればよい、自分の考えているところを述べ、 歌い、小声で歌うべきなのだ。もし何か考えているのなら、 なぜそれを歌わないのか。はっきウしているのは、強盗が まちがってバルドゆッチのベルを鳴らしたことで、・てれは おそらく興奮していたせいか、また、おそらくは誰か第三 者の教えてくれた揚所、それも言栞たらずに教えてくれた 場翫を誤解したか、記憶ちがいをしたのである。ドアなま ちがえたのではないかというこの考えな、イソグラヴアヅ ロはどうしてもふっ切ることができなかった。ふたつのド アは似かよっていたし、両ガとも二一九番地特右の茶色で あり、高いところについている番号は見にくかったが、こ れは(階段が)暗かったせいもある。自分の過ちに気づい たし、返答がないこともあって、向かいのドア、つまり正 しい方のドアのベルを鳴らしたのだ。ところが、フー、、、螺." 部の考えにょると、男は中に誰もいないのをたしかめよう として、バルドゥッチの家のベルを鳴らしたという。つま り、リリアナ夫人はいつもその時闘、十時ごろには外出し イ6 .ン ていたし、アッうティーナ(隷務)も留守で、故郷に帰. っていた、つまり死にかかっている「年おいた父親」のと ころにいたのである。もっとも、あのお乳の大ぎさ、尻の 張りぐあいからすればアッスソト!ナ(状神壕好)と呼んだ方 がずっとふさわしい。ジーナは修道女たちのところ、つま り学校に行っている、バルドゥッチ氏は審務所にというよ り、いつもそうなのだが、ヴィチェソツァかミラノヘ出張 旅行中である。リリアナ夫人も訊問ずみであるーそれも 訊問にあたったのはドン・チッチョで、夕方、彼女の自宅 で、きちんと敬意をはらったうえでのことだったーそし て、何も出てこなかった。彼女はジネッタとふたりっきり になってしまうと考えただけで身ぶるいしていた.そして 夫のところで走ウ使いをしているクリストーフ.万・にたの んで、夕飯に来てもらい、そのまま、ひと晩泊ってもらう ことにしていた。ちょうど留守の女巾の部屋に泊めるよう になっていた。そして、.再三、毛布か掛けぶとんをすすめ るのだった。「……風邪でもひかれては困ウますもの… …」ほんのひと息つくだけで、泥棒などには一目おかせる ような大男であった。犬、ウサギ、猟銃には非常に精通し ていた。 メネガッツィ伯爵夫人は一階上に行っていた。ボッタフ ァーヴィ家でお客になっていたのだ、この家はバッキンガ ム宮殿の衷門にもふさわしいような、八回鍵なまわす《英 国製の》かんぬきをドアにつけていた。そればかりか、主 人のボッタファーヴィ氏はミネストラ・スー、アを何ばいか がぶのみしたときなど、夜中にその夢な見るのであった。 つまり、胃袋にかんぬきのかかっている夢を見るのであっ た。眠っている最中に彼が「助けて、助けてくれ」と叫ぶ のが聞こえれば、それはこういうときであった、そして、 自分の叫ひ声で夢からさめるのである。拳銃はみがきなお しておいた。ワセリノをぬウ、銃身の亥全装置ははずした。 これで、いまや糸車のように回転するのである。いつでも、 ほんのちょっとしたきっかけがありさえすれば、箭から火 を吹くようになっていた。 イソグラヴァッロは、ルルウの吠えるのが開こえないの でびっくりし、どうかしたのかとたずねた。リリアナ・バ ルドゥッチの顔は心もち非ゆしそうになった。いなくなった という。もう二週闘以上になる。土躍日のことだった、ど 49 んなふうにしてか。どんなふうにしてやら。たぶん、誰か がポケットにでも入れていったのではなかろうか。アッス ソティーナが散歩につれ出して行ったサソ・ジョヴァソニ の庭でのことだろう、あのぽんやり女が。そして、犬に注 意を向けるどころではなかった。逆に彼女、つまりアッス ンタに注意を向ける暇な男たちがわんさといたのだ。「そ れはもう、人の目につく娘でございますからねえ……それ に、あれが今日ふうなのでございましょう」動物の死体置 場をさがしたり、メッサジェー・紙に二回、広告をのせた り、アッスソティーナにたずねたり、小言をいったり、ほ とんど会う人.ことに訴えたりしたものの、もどってこさせ る役には立たなかった。ああ、なんて、なんてかわいそう なルルウだろうQ ドソ・チッチョはその翌日、気分が冴えなかった。、南が ふり、風が吹いていた。坊さんたちの法衣や、びしょ濡れ の犬をはじめ、ありとあらゆるものをきりきり舞いさせる はげしい、気むずかしい北東の風であった。傘など役に立 たなかった。ビルの屋根についている雨どいも同じことで ある。ボムペオが報缶してくれたところでは、メネガッツ イ伯爵夫人の宝石が近所一帯の評判になっていたのはまち がいないようであるσ女たち、少年たちの嫉妬から、空想 から、その話は叙事詩化され、欲望をそそり、折りさえあ れば話の種とされた.これについては、もう何年もまえか ら作り話ができていた。花嫁たちは「わたし、これがほし いわ」「あれがほしいわ」といっては、指で首飾りをもて あそぶように、真珠の粒をいつくしむように、白分たちの 首や胸や耳たぶにふれ、「メ [カッチ夫人のように」「メ ネカッチ伯爵夫人のように」とっけくわえるのであった。 というのも、彼女は本ものの伯爵夫人だったからである。 そのヴェネチア名前が彼女たちのうっとりするような.質 にのせられると、がぜん語原へとさかのほり出し、流れに ぶつかって行く、つまり、長い年月が作用した風化にさか らぞ行った.アナフォネ美イ(監絆管嘘厩蹴灘襲 蝦)修ナずお他あ轟窪河性の魚砦窺象高し で、穴を開ける力をふるい起して底流をつらぬいて行った が、その魚たちは上流へ向かって何キロも上へ上へとのぼ って行き、ついには故郷の清流(蝋鋼褻磁)をふたたびの み、ユコU、・、アッダ、アンデスのリオ・ネグロなどの水源 50 .^1.引ヨ である山地にまでさかのぼることができるのである。最近 の宇訳法で教区の戸籍簿を書きなおすと、そもそもの最初 の弱い喉頭音にもどって行き、メネガッツヨからメーネゴ、 メーニコ、ドメーニコ、ドミニクス、さらには「すべてが 持っているもの」にまでいたるのだった。教会の名簿の判 読になれていない娘たちは、サベリふうの、あるいはティ ヴォリふうのM冷ごちなさでたじろいでしまい、二、三酬は やってみるのだが、メネガッチまで来ると、それで終りに したおだし(綴効駕駿影寝鱈竺、岩子た詮 あ一そんでいるとき、それを大申戸で叫ん.でふざけまわってい たし、機動捜査班のふたりの警官もフー、・・警部のいるまえ で、これまた賎会をとーbえてはばっきウと口に出していた が、まったく見あげた図々しさである。 二一九番地、四階(A階段であることをはっぎりさせて おいていただきたい、B階段となると話が全く別になる) の「伯爵夫人」のその名前のこと、また「莫偽のほどは別 としても、その宝石のこと、山なすその黄金のことがメル ラ!ナ街やラッビカーナ街一帯はもちろん、聖アントニオ ・デ`ハドーヴァや聖クレメンテ、さらにはサンティ・ク アットロにいたるまで、いまではすっかり叙事詩にまでの しあがり、ちょうど油紙のめらめら燃える炎のようにひら めきや輝きを発敬しているのであった。こうなってから、 かなりの時闘がたっている。数ヵ月来、いや、数年来かも しれない。あるときトパーズ、あるいはトバーツォ(人 トパフチョ にょってはいっも敬音心をこめて、どぶネズ、・・と発音してい た)の指輸が紛失した、つまり、メネガッツィというか、 もっと清潔ないい方をすればメネカッチが、ひとえにうぬ ぽれ屋のガチョウのようにぼんやりし、頭がからっぼだっ たために指輪を便所に忘れてきた、もっとくわしくいうと、 よく知られているあのパラッツォ・ルスポーリにほど近い、 ルチナのナノ・ロレンツォにめるコビアソキのふろ屋に置 いてきたのである。そのときのこと、まったく奇蹟的な話 だが、洗.画台の鏡の下にあるガラスの棚の上で見つかった。 ところが、それよりまえ、サン・シルヴェストρにまでわ ざわざお灯明をあげに出かけて行}ざ、聖、アントニオにろう そくをおそなえし、その火をともしたあと、やっと失せ物 をさがしにもどったのであった。この話を聞いた一二七祷 地と二二一番地の女たちが何人もこれを機会にと、その同 y じ日、宝くじの数字をえらんでナポリの分に賭けてみた。 これは奇蹟などの縁起をかつぐ人がよく当るということで 知られている。その結果、ふたつの数の組みあわせが出た が、これがまた、そのものずばりと、いい組みあわせなの である。ただし、数字は合っても。ハーリの分なので虹霜効で あった.(彫鶴繋疑籔ぞ齪彼女の墓の評禦ど れほど大きいかをおしえてくれる。「名声はとぶ」とフー ミ警部は赤い書類の山に両手をのせて、ため息なついた。 「名声はとぶ」きっと、例の泥棒の耳にまで、帆に颪うけ .てとんで行ったのであろう。 もちろん、警察の第一の関心、とりわけ、サツまわりの ■記煮たちが大っびらに「慎重店土」という称号をたてまつ っているイングラヴァッロ警部のそれは、人殺し、つ玄り 「灰色の服装で帽子をかぶり、緑茶色のスカーフをしてい る責年」の正休を見破り、つかまえることであった。窃盗 蔀門で最も信用のできる聞きこみの連中がすっか)やる気 を薙して、めいめい例のとおりに、ひとっ走りしては、あ ちらこちらでグラスを干し、その結県、得た意見を吐いて くれたか、もち・ろん、各人、意見はひとつずつである。そ して、正確な回答をしてくれたが、それは女予需者がよく 口にするのと同じふうであった。浮浪者をあつかう部門:' …いや、部門などというものではない、まさに大洋である が、「開きこみの連中を放せ」といっていた。街娼と・ての 紐の連中の方は……役に立たなかった。聞差、〜二みなどとい うことは考えてもいなかった。どうも犯人は、メネガッツ ィ夫人の描写にょると、市外の悪覚、つまり、いなか者に ちがいないようだ。やっと水曜日の九時になって、フ!、、、 警部はいかにもしぶしぶと、気のぬけたあくびなし蒙がう リスト(前の日の売春婦たちので・める)をy.Cっと見ている うちに、チェリオで保護された女の身もとに日をとめた。 それは住所不定のお針女-・…とされ、出身地は-…トッラ ッチョである。これは「風紀」のバト・tルが賄く叛って から、いっせいに網に引っかけた女たちのリストで、参考 のために厨付されてきたのである。トッラッチョというそ の地名が右目の端をちらウとかすめた瞬問、彼は考えると ころがあるという様子をみせた、カードをもってこさせた. カードにも同じようなことが記されていた。チョニー二、 イネス、二+歳、トッラッチ.出身、未、婚。「住所不定」 52 の欄には×印がついていた、そうだという意味で、全く住 所がないのだ、「職業」お針女pant.出張家政婦、 「証明書類」ペンで横に『本引いてある、つまりないのだ。 警官たちをどん百姓と呼んで、侮辱している。「パトロ『 ルチェリオ"サント・ステrファノ、サソ・ジョヴァソ ニ敬否露爪署」 「このPantっていうのは何だろう」「ズボンでありま す、警部。この女はズボンを専門に縫っているのでありま す」警宮たちは彼女を規行犯でとらえたのである。その犯 罪というのは]種のたかりで、四リラ(といっても、当時 の金額である)を通行人にせがんで、せしめた。その通行 人とは一分半、閣とサント・ステーファノ・ロトソドをい いことに、立ったままおしゃべりをしていたが、ポリさん たちが近づいたと見るや、さっと離れてしまった。一方、 なさけぶかい紳士の方はおりよく(彼女の視野から)消え ていた。 フエミ警部は首をふって、さいごにひとっあくびをする と、カードは警官に返し、リストの方は机の上の、もとあ った書類の山にもどしておいた。実のところ、大した収穫 ではない。「いつもの場所で」行きあたりばったりに二、. 三、逮捕しただけであり、その場所とはこの場合、薄暗い ミルク・ホールであり、フランジパーネ街の五流どころの クラブであり、サンタ・ク・ーチェの公園のベンチである。、 帽子をかぶった三人の男を次々と、処埋して行った。三番 目の男は帽子のほかに、禿頭病までのっけていた。 警 ?一 その朝、木躍日になっていたがイノグラヴγッロは思い きってマリーノまでぶらりと出かけるだけのゆとりがあっ た。ガウデンツィ才を激ともにつれて行ったが、途中で思 いなおし、ほかのちょっとした仕卒をいいつけて帰してし kつ.一〇 r『'ム すばらしいH和、うっとりするようなローマ晦れとあっ て、八級職、といっても、これから奮発して七級職にのし. あがろうかというお役人までが、実にそういう人までが、 何かわからないなりにも心をふくらませ、幸福に似た思い をかみしめていた。神さまの食物を鈴からすいこんで、肺 のなかにのみこんでいる、本当に・てんな気がしたのである。 教会の正面という正蒲の石灰葦(蠕厳頑脚靴鰍舳糀r郁御)の上に、 あるいは胡椒石の上に、また、早くもハエたちがとびまわ っている円柱という円柱のてっべんの上に、黄金色の太陽 が輝いている。それに、彼は彼なワに計画をすっかり馴に たたきこんであった。マリーノに行ったら、神さまの糞物 などといったなまやさしいものではす密ないぞ。ビッボさ んの酒蔵に行けば性悪のぶどシ酒、四年ものの弱虫野郎が 入ったびんだってあるんだ。これが五年ホえで、かりにフ 一ノクタの一党か自分たちの政権のあぶないのに気づくだけ の能力があったとしてのことだが、この弱虫野郎の酒さ。え 入九ばフプクタ,円開もびりり肴電気かかかったようにふる い立ったかもしれない。この酒が飲、口部のモリーゼ的神経に は、コーヒーの作用をしたのである。・.^・.ればかりか、一流 の酒としての一一ユアソスをあまさずたた之ながら、この酒 ならではの絶妙な味わいなもたらしてくれるのであった。 いわばプィオ醜一ソス的導人を舌睡口蓋難馴頚閂食道の各段 階に応して確認し、『翫明するものである。もっとも、その グラスがo個あ.るいは二佃と、気管に入っているかどうか、 それは誰にもわからないo この日までの二日悶、いろいろとやることかあったほか にーなにせ、この世はメルラーナ街だけではないのであ・ 54 一.、,聖,}翠η るーカステッリ鉄道の本社に二度まで出向いていた。彼 としては部下たちの鍵出してくれる面倒な、ややこしい報 告などにわずらわされ、気分や耳を混乱させるぐらいなら ば、十一時ごろ、ひとりでさっさと回ってくる方がよかっ. たのである。ガウデンツィオとポムベオはよそに仕事かあ った。「行きたい奴は行昼りばいい、行きたくない奴は行か せてやれ」切符のつづき番号と系統、十三日という口付け のところに開いている死、そして下車駅トッラッチョの字 を破いた跡などから、うまいぐあいに切符を発行した目付 け、時問、革輔などをつぎとめることかできたし、そのう え、二度目の訪問のおり、切符を売った東掌を運転士とも ども、本社に呼ぴ出して事情驚塁奪、ぎた)ド2τサノ ティ、トッラッチ認、フラットッキエなどの駅ではH曜日 の昼さがりというので、大勢り人たちが乗寧した。それこ そ雑踏てあった。ぜんぶの人を思い出すのは無理だったが、 何人かは思い出せたし、そのなかでも、はっきり7てれと分 る数人の客の名前なあげた。もっとも運転士と車掌の間で 意見の食いちがいがなかったわけでにないし、荊の日や後 の日と混同することもあった。車掌のメルラー二ニノルブ レッドはジュゼッベといったが、空色にせよ、.灰色にせよ、 とにかく作業服を着た青年など見たおぼ丸はない》.否定し た.「帽子をまぶかにかぶってたんだがね」ぜんぜん見ま せん。「首にスカーフをまいていたんだかね……スカーフ を」ええ……それなら見ました・…ーひ「スカーフというか、 緑のウールのマフラーのようなものだ浪……」・ええ、サてう です。「黒っぽい草のような隷てした」車掌は〃、の通ウ、 その通りと話にのワ気になってきた。切符をわたしたとき、 そのスカーフが相乎のお客の顛半分距k、」っかり包んでいる 事突に気づいて、Mざくりとしたというのである、まるで三 月十三日のトッラッチョが、とんでもかく寒いとでもいり ・.ウっ∴一「あ..一をうずめていた」という、、ち,かう占{はといラ と、帳子はかぶっていなかウた、むき出しの頭だった、そ うなのだ。もっとも、こちらの敵はまともに見ないで、う なだれていた。もじ山,もしゃの頭髪、峯、れだけで、あとは 何もなかったoそれが何者なのか知っているわけがなかっ た。こんど会っても、おそらく、見わげることすらできな いだろうゆ話はそれだけであった。 そして、いまは十一時である。イとクラヴァッロ警都は 55 ダツェーリョ街の町角で電車にのるところであった。警察 の自山になる数少ない白動車は七つの丘でさまよったり、 広場、台地、ビンチ藝、ジャγニコ・などf.お客をはこん だりしてうろついていた。こうして、おそらくは、回数紀 元の紳士方や、トルコ帽をかぶった権力者たちを楽しませ ているのだろう。あみいは広場に巣くうたくさんの貸.馬寧 とおなじようにコレッジ諏一・Fマーノあたウで居眠りをむ さぼっているのかもしれないが、それでも、いっで屯とび 出せる用意かでぎていることはもちろんである。ちょうど このころは.イラクの全権委典団とか、ヴ鼻ネズエラリ、疹 謀本部の幹部たちとかいうふうに、きら昂をならべた人た ちの往来がはげしく、し幽、がれ声一乞あげ甲つ嚇汽船のタラッブ から、べ望レッ鳶騎蝦魏響塾の誘へと蓼な して吐き出されていた。 そのさわぎは一午半にわたる見習僧の期問が終ったあと、 僧服や朝着姿の『死人の頭』(畷助卜爾ど珊蝶ω職蘇瀞劫御)が、 館ではじめて経験する轟音であり、戦悌であった.はやく もうんざワする眺めが展開し、まぬけな言葉の噛吐が見ら れた。山高轄とキジバト色のゲートルの時代は今や終ろう としている、そうもいえようか。ヒキガエルのような短い 短い腕、バナナのふさや、.手袋をはめた黒人よろしく両脇 に垂れさがっている十木の大きな指とともに。この国の明 るい運命も、のちにはさんぜんと光り輝くのだが、いまは まだその姿を見せるまでにいたっていない。棄てられたデ らンマ ィrネ(卿罫イ、)に喜堕した妖勢ラ『アともいう べきマルゲ?亥掬g鴛剥折禁彊諺叢〉警たこれ から、70くR2一5(阻掛)を、づ竃訟・号ゴ迭障げゆ一勲)な、つ まり当時のミラノっ子たちの態夢を手がげたばかウであっ たo巌覧へ瓢に、{皿伝櫓天術に、油絵に、水彩に、スケッチに と、やさしいマルゲリータは出席できるかぎりのところに 姿を見せていた.相丞募方は山形興辮蠕鰍)家奪 てみた。山形帽を五っ。それがまたびったりと合シのであ る。臼分でも梅毒なせおいこんできたが、もともと遺伝性 の梅毒患者であるその悪霊にとりつかれたような口、先端 肥大症のくる補にかかっている文古の人失にもふさわしい ロドユらトヲ マ その下あごなどが、もうイタリア画報を埋めつくしてい たし、イタリア中のマリア・バルビーザたちは聖油式で油 な識ったとたんに、もう、彼に恋心をおぼえはじめていた 56 し、また、イタリア中のマグダ、ミレ!ナ、フィロメーナ といった女たちも祭壇から下ウてきたとたん、すでに彼な 陰門にはさみはじめていて、{単kかさや、教育の.根棒な堂 堂とふりまわすところを夢に描きなから、白いヴ∫ールを かぶり、オレソジの自い花で.頭なかざって、拝廊から出る ところをカメラマノにとられていた。マイア…ノやチェル ノッビオの女たちは、このイタリアの権力講'冠相手に性交 時のような鳴咽にむせんでいた。イテカクワソの新闘記者 援とイン各、1をする藷†ジ宮殿(伍許袈傷 蒜勘盟呂滋)指かけ、禦めっを・に差慧見 を、ほんのひと書も聞きもらすまいと負欲に、大いル、ぎで メモ帳に講きとめていった。この下あこの張った彼の意見 ド ポヤヂドずイロぞ は海をわたり、朝の八時にはイタリア発の外電として伝え ブレソゥ られ、開拓者たち、ベルモット業者たちの新聞にのってい た、「艦隊がコルフ島(副財伽脚)を占領したみ、うな。あの 方はイクリアの救い王.たぞ」ところが、翌朝になると、そ ロアコスヂヲロラドヨプマアイクマア れが否定された。同しイタリア発なのに。旗をまいて 引きあげたとか。そして、マグダレーナたちがせっせと張 ワマソ リきり、祖園のためにスァシスト少年鋤員な用意していた。 警察の車はコレ,ジョ・■マー/に「駐庫していた」。 三月十七日の十一時、イγグラヴプッロ警郁はグツエリ ョ街で片足をステッブにかけ、そのま渚電車にのりこもう と、右手で真鐡の取っ手をつかんだところであった。そこ ヘボルケグティー二が想を切らせて追いかげてきた。「イ ソグラヴプッ・警部、イングラヴプッ・讐蔀」 「どうした。何ごとだねレ 「イングラヴァヅ・警郁、実はですね。班長の警部どのの 命令でまいりました」そして、声をい?.等フ落した。「メ ルラーナ街で……たいへんなことになウましたね……今朝、 早くですか。電話がかかってきたのは十時半でした。警部 が出られるとすぐにです。フーミ警部かさがしておりれま した。一方、{口分はすぐに.解冨智なふたウつれて、現場を 見に行けっていわれました。あちらに行けば、お会いでき るものと、そう思いこんでましたよ:ー…そのあと、望,ー さがしにお宅へ.行ってこいっていわれたのです」 「わかった。で、どうしたのかね」 7ゆれっ、ご一仔しじ山、なかったのですか一 「知ってるわけがないだろう.これから気ばらしに出かけ 57 よう乏.いうんだからな……一 「のどを切ウつけたのですが、いや、失礼しました……お 身内だということは存しておワますし 扉内ぞ、誰のだね・…」と、手グラヴ7ッ・は粗乎 が誰にせよ、自分と煎のつながりがあるなどまっぴらだと いうように、眉をひそめていった。 「お友だちというつもウだったので…・」 「友だちぞいうと、何の友たちかね、誰の友たちだと 右手の五本の粥をくっつけてチューリッブの形にすると、 アブリア地方の人ぴとかよくやるように、指を使ってたず イデドアノロゴル ゆノ ねる活写の方法で、その花をブラソコのようにゆすっ た。 「夫人だったのであります・・…パルドゥッチ失人で・…・」. 「ハルドクッチ失人だって」イγグラヴァッロは背ざめ、 ポムベオの腕をにぎった。「おい、気は確かだろうな」と いうと、いっそう強くにぎウしめ、おかげでこの「つかま え屋」は万力か何かの機械ですウつふされるような思いを したほどである。 「実は、夫人を発見したのは、夫人のいとこに・めたるヴァ ッラレーナ氏.…:というかヴァルダッセーナ氏です。すぐ に習に置話をかけてきたんです。当人もいま、メルラーナ 街にいます。臼分が指示しときました。何で亀, じ、一のげているとかいってるんで」といって、肩をすくめ、 「夫人に会いに来たとかいっていますが。ジ『一ノヴァに行 かなければ准らないので、そのあいさつだとか。こんな時 問にあいさつかね、とβ分が聞いてやったんです。すると・ 夫人が血の梅に倒れているのを免つけたというんですDい や、ひどいもので、自分たちも見てきましたが、致堂の寄 せ木細工の床の上です、スカートをでナな、そのう、何と いうかバノティが見えるぐらいにまくワあげ、不自然な姿 勢でたおれてるんですな。頭はがっくりと翫仙に向けて:・・ のどは偲で引いたよラで、片伺はすっかり切れていました。 とにかく、ソ'、の切れぐあいを見てもらわないことには」お がむように両手をあわせ、右手を額のところへもって行っ た。「そして、あの顔、自分なんか、よくまあ気を失わな かったもんです。警部もすぐにごらんになるわけですが。 いや、その切り臼とぎたら、肉屋でもちょっと頁似できな いなあ。まったく、おそろしいとしかいいようがありませ 58 ん。・ぐれに、山のの目、食器だなをじっとにらんでましたっ け。顔は、びんと引きつって洗濯したての布のように、ま っ肉でした-…あれですか、失人は結核だったんですかー :『死ぬときは大へん昔しんだようです…・」 イングラヴ7ッロは肯ざめ、寄妙なうめき声をあげ、た め息をつき、あるいは径我をした人特有の悲痛な需葉をP にした。まるで、自分が痛みをおぼえているようである。 弾九が体内に入ってい6いのししであるゆ 「.ハルドゥッチ夫人、リリアナ……」「つかまえ屋」の目 をしっと見ながら、っぶやいた。帽子をぬいだ。額の、黒 いちぢれた頭髪が固まっているそのはじの方に、水滴がひ と筋のびている。突然ふき出た汗である。恐怖と苦悩の冠 のように。ふだんでもオリーヴを国心わす白いその顔に、不 安の白い粉がふりかけられた。「じ魚、あ行こうか、さあ」 ぐっしょり汗をかいていた、疲れきっているようにみえたρ メルラーナ街に蒋くと、人だかりである.正而の下アの し 前にば黒々と群衆がむらがり、弓ぐれを自転車の車翰がぐる りと取ワかこんでいた。「道をあけてください。警察で す」みんなあとずさワした。正而の、トアはしめられた。警 官がひとり見張りに立ち、交通巡査ふたりと憲兵がひとり 協力していた。女たちがあれこれ問いただしても警官たち の方は「道な開けてください」というだけだった。女たち は知りたがっていた。そのうちの三、四人は早くも、宝く しの番号を話しており、その声が剛こえた。十七番では[ 致していたが、+三番のことでもめていたのである。 ふたりはバルドゥッチの家へと上って行った。イソグラ ヴァッロが目をつむっていても分るぐらいなじみの、あの 客あしらいの良い家へと上っていった。階段の上では影と 影とがぼそほそ謡しあい、入蔚轟の婦人たちがささやきあ っていた。赤ん坊が泣いていた。入口の邦庵は・…押じだ まって、指示を行っているぶたりの警官のほかは、特に口 立っものに一.怯かった(いつもどおウのワックスのにおい、 それに、いつに変rらぬ整頓ぶりである)。腔ハ子には蔚者が ひとり、纐・.雛丙手でかかえて坐うていた。立ちあがった。 ヴ7ルグレーナ氏であった。》、のあと、管理人夫人が廊下 の暗がりかう、陰気な顔で、九たと肥った身体を現わし、 姿をみせた。別にこれといった話の出るわけもなかったが、 いっしょに食飽に入ったとたん.寄せ木細工の床の、テー 59 .7ルと小さな食器棚の間に、それがころがっていた……そ の見るからにぞっとするようなものが。 あわれな夫人の身体はあおむけに、目もあてられない恰 ロ 好で横たわり、灰色リウールのスカートと白いベチコート はずっとうしろの方、胸のあたりまで職くりあげられてい た。それはちょうど、誰か。か服の内側の部分のうっとりす るような純自ぶウを白日にさらし、清純さのほどを吟.弊し ようとしたのではないか、ともいえるぐらいであった。非 常に上・…で、作りのていねいな、ジ雨、ージーの自いパンテ ィをはいていて、その先は腿のなかほどで、デリケートな 縁取り模様をみせていた。その縁取りと絹の落ちついた郷 ぎをみせているストッキングにはさまれて、萎寅病の蒼自 さに似た、肉の極端な白さがのぞいていた。その少し聞き かげんの二本の腿は薄紫といった感じの二個の靴下どめの せいで、特にきわだって目にっくが、早くもあのなまあた たかい感じを失って、冷たさに俄れてしまっていた。それ は石轄の冷たさであワ、静かな死の住まいの冷たさであっ た。ジャージーのひと縫いひと縫いの精巧なできは、女中 たちしか相手としないような人びとの貸に、げんなりする ような悦楽のさそいをかきたてたが、そ紅は無駄といりも のであり、悦楽の情熱もおののきも、その丘の甘いやわら かさや、神秘の肉欲の印しであるあのひと筋の線・ケ ラノジェP(ドy・チッチ聾は堀轟ロレノソ.『の回労作をい'エ 思いうかべていた)も省略したカが適当と考えたあの線を 見たとたん、いっきょに蒸発してしまうかに恩えた。こま かすぎる。いいかげんにしておこう。 びんと張ったガータ!は縁のとじうでいきなウ波打ち、 レタスのようなはっきりした波形を描いて孜せている。そ れは薄紫色の絹の靴下どめで、匂いな出しているように見 える色調であるし、また岡時に、女挫として階級としての もろいやさしさ、衣服や態度の生気のたい優雅さ、さらに.■ は今や物休というか、みにくいマネキγの不動性.に姿を変. えた従順占、。の秘密な趣きといったもの、そうしたものを意・ 味しているような色調であった貸ストッキソグはぴんと張 って新しい皮膚といってもよいぐらいに、プロソド色の優 雅さをみせているが、この優雅さは(作り出されたなまぬ るさの上に)新しい時代と悪罵の声をあげろ編み機との寓. 話が彼女にあたえたものである。このストッキソグが両足、 6。『 とすばらしい両膝の形を、その明るいヴニールで包んでい た。両足は身の毛のよだつ世界へ招き入れるように、軽く 囲かれていた。ああ、その目、どこを、誰を見つめていた のか。その顔も:…・ああ、かわいそうに、引っかかれてい た。片口の下と鼻の上が……。ああ、その顔つき。どんな にか疲れたことだろう。かわいそうなリリアナ、戴"悲の心 でつむがれた糸ともいうべき、その髪の毛の雲に包まれた 彼女の頭は.どんなにか疲れたことだろう。青自く、とぎ すまされたその顔。死の兇暴な吸引力に棄弱し、やせ細っ ていた。 深く、おそろしい、まっかな切ウロが、のどの中をのコ、 かせ、残忍というほかない。切ウロは正面から右へと首の 半分におよぶが、彼女かう見れば左であウ、彼女を見てい る人びとからすれば右である。傷口の両端は刃かきっさき でくりかえし刺したためだろう、ぎざぎざになっていて、 見るからにおそろしかった。傷口の内部は、早くも凝固し た血の黒い泡の問に、赤いくず糸のようなものが…見えてい たが、中央でまだ泡が吹いているところは、目もあてられ ない。それでも警官にとっては興味ぶかい形をしていた。 初心者には、それが赤やビンクのマカ!一の穴とみえたの である。「気管』とイγグラヴァソロがかがみこんでつぶ やいた。「顕動脈だ、頭……ああ、神瀞.Cま」 その血が首のあたウニ側と、シャツの胸の郡分、杣、手 などをよごしていた。フ7イティやチェソジォ(僻外塒鉱職卿 滋酬戯)の黒みをおびた赤血のぞっとすろような濾過である。 (ドソ・チッチョは心に浮かんだ遠い悲哀とともに、あわ れな母観を思い出していたのた)床の上と、ブラウスのふ 丸つの乳房の閻で血が凱圏し、スカートのへりや、乱にま くりあげられたそのウールの裏側のひだ、騨・てれに汁方の肩 が血にそまっていたが、その身休は児るからに一瞬のウち にしわだらげになったようで、凝固のぐあいも黒ブディソ ダ(濤穆鴇獲、)のよ・2し、うんとねぼねばしタみにな つているにちがいなかった。 鼻と顔、こうしてかえりみ・ウれることなく、横向きかげ んで、もはや闘う力をなくした人のような、死の意思に屈 したようなその顔、そ細はどうやら、引っかかれ爪をたて られたふしがあり、柑手の人非人はこんなふうに彼女を傷 つけることに楽しみをおぽえていたらしい。人殺しぬが。 6』 ■F・ その目ば一カ所に注がれていたが、ぞっとするばかりで ある。では、}休、何を見つめていたのか。じっと、じっ と見つめていたその力向は、何を見ていたかはわかるまい が、大きな食器棚の上の上の方、でなければ天升だった. バノティに血がついていなかったが、そのパソティと先の 方のブロノドに輝くストッキソグとにはさまれて、ちょう ど二個の輪のような、二本の腿の一郡がむき出しになって いたo性の溝…:涜星のオスティァかヴィアレッ.ショのフォ ル一ア・デ・マルモにいて、娘たちが砂浜で甲羅.〒しをし、 見せたいものなら何でも見せてくれる、そういった情口∬を 思わせた。このびったり身につく今日ふうリシャー.シーを 着ているところが。 イソグラヴγッロまでが脱帽すると幽霊のようにみえた。 「動かさなかったですか」とたすねた。「ええ、警部さ ん」とみんなは答えた.「さわったかね」「いいえ」だが、 何がしかの血が誰かれのかかと、靴底について、あたウの 木の床一.面にはこばれているところを見れぱ、その恐怖の 沼地に足をふみこんだ人がいるのは容易に見てとれる。イ アグラヴァッロは立腹した。「そろいもそろって、いなか 者だな」とおどかした.「づ告エス伽旗鵠)畠っ た山羊飼いめが」 廊下へ出て、ひかえの糊へと入って行った、そして台所 用の椅}子のひとつにかけて、音心気沼沈ぎみのヴγルグレー ナの方へ行一ったが、・ての・てはにはポムベオがいた..母親か らはなれない息子といった様、T.である。管理人の姿ほもラ 見えなかったが、おそらく詰所に…トリて行,たのだろう。 彼女を呼ひにやった。 「さてと、どうしてあんたはここにいるのですかな」. 「警都さん」とヴァルダレーナは説問されるのは初ゐから 分っているというように、相手の日を見っめながら、まじ めで、おだやかな、それでいて祈るような口潤でいった。 「わたしはいとこにあいさつ導まいウました、かわいそう なリリアナ……わたしが出発するまえにどうしても会いた いというものですから。あさってジ昌ノヴァにむかって出 発します。ジニノヴ7に落ちつくつもりだということは、 それとなくいったはずなのですが、例の口曜口、あなたも 食事にいらしていたときにですね。もう、部屋を出ること にしてあるのです」 62 「ジェノヴァヘね」ドン・チ一・チョは考えこんた様子で叫 ぶようにいった。「翻屋というと、どういう:…」 「いま入っている都屋のことです。一;=フーラ街二十一番 地の」 「岐初に来たのがこの人です」警官のサソトマーノがいっ た。「とにかく、ここに入ってきた最初の人物です」とポ ルケッティi一コか確認した。「それから警察に電話があワ ました……」 「誰が電話をしたのかな」 「それが……みんないっしょにです」とヴァルダレーナが 答えた、「自分かどこにいるのかも分ウませんでした。自 分と、上の階に入っている人と、女の人たちぜんぶてした。 管理人はみえませんでした。誰所はしまったままでした」 「あなたですか…:急を知らせたのは」 「自分が上っていきますと、rアほわすかですか閲いてい ました。で、入ってもいいですか、いいですかとたずねて みまし瓦O返事は・ありません」 「管理人はどこでしたか。つまワ、彼女にお会いにならな かったのですか。むこうばあなたを見たですかぼ」 「いやいや。そんなことはないでし、{う……」 ペッタッキオー二がもどワてきて、そのとおりだと確認 した。管理人はB階段にいて、毎口の仕皐でもる掃除をし ていたのだ。もちろん、上の階からはじめていた。そして、 寧突、最初は踊り場で、B階段六階のクッコ夫人と謡なし ていた。ペポーリのカス.ティリォノ出身のボレンソィ未亡 人、エリア・クッコという名で、愚にもつかないおし{、べ りを舌にのせていた。それからほうきとバケツをもって上 にあがって行った。「ほんの一甥だけ」最上階にいる将軍、 騎±爵の大官バルベッツィのところへ入って行ラたがΨこ れは片。つけものをするためであった。バケツに外へおいて おき、ほ・〜ぎをもって入っていった奮 ボッタフγーヴノ、のところへ上って行っ乳』少女はフ一『リ チ呂ッティの娘で毎朝、ボッタ7アーヴィのところへ「お はようございます」といいに行き、苧み,ラメルなもらシの であったが、マヌユーラ夫人は娘を控えの問に呼ぴ入れて 真偽のほどを岡いただした。すると娘は醐ぬ3者にふさわ しい声で、本当です、ふたウの女が階段を下りてくるのに しか会いませんでしたとうけあった。どちら亀賀物に行く 6ヲ ように、めいめい買物かごをさげていた。「どうやら、い なか女のようねえ」とベヅタッキオー二夫人が知識をひけ らかせて、つけくわえた。 「どういう女たちかね」イングラヴァッ・はぼんやりとた ずねた。「乎を見せていただきましょう」とヴァルダレー ナ氏にいった。「明るいところへ来てください」告年の手 は濾潔そのものに見えた。内く健旗てあたたかみがあり、 うっすらと血管がすいてみえる。胃春のあたたかさが走っ ている。認印のっいている指輸は黄色の金製で豪華な碧玉 をはめこみ、碧玉のなかに頭文宇がきざまれている。指 輪はこれみよがしに右の桑指に突き立っていて、いまにも 捺印というか秘密の供述で屯やりそうである。ところが シャツの右のカブスが……血に染まっているではないか。 隅のところが。ヵ7スボタソの金のところから外倒にかけ て。 「この血は」とイァグラヴアッ・甑恐怖に口をゆがめなが らたずねたが、それでも、指先でつかんでいる相手の手は 放さなかった。ジュリアーノ・ヴァルダレ】ナは坐円くなっ た。「警蔀さん、儒じてください、何もかもお話しします から。わたしはリリアナがかわいそうで顔にさわりました。 彼女の上にかがみこんで、それから片膝をつきました。撫 でてやろうと思って、冷たくなっていました……。ザ戸各つで す。別れをいいたかったのです。がまんがなりませんでし た。あのスカートをおろしてやりたかったのです。かわい そうないとこ、何という情好なさせられて、でも、もうげ.て れだけの勇気がありませんでした……二、艮とさわるだけの 勇気が。冷たかったのです。だめでした。だめでした--: で、それから……」 「それから、どうしたのです」 「それから考えてみてですね。白分には例ひとつ触九る権 利がないのだと悟りました。外へとび出して、.呼びました、 向かいのお宅のベルを鳴らしたのです。どなたですか、ど なたですかといわれました。女の人り戸です。しかし、な かなかあけてくれません」 「当然でしょうね。それで、どうしましたか」 「それで・:…もう一度、叫び声をあげました。ほかの方々 が下りてこられたり…i上ってこられたりしました。大勢 がみえましたが、わたしの知っ丸ことではありません。そ 6デ のガ々も白分たちの口で見ようとされました。悲鳴かあ、か りました。警察に電話をしました。ほかにどうすればよか つたでしょう」 ドン・チッチaはしっと粗手に目をすえて手を放してや った.その顔はしばらく恐怖にゆがんだままで、鼻を片側 だけ見ると、わず・かながら縮oんだ感じである。なおも、し つこく相手の顔を見つめながら、一瞬考えてみた。「そん なに瀞着いていられるのは、どういうわけかな」 「落芯いてるですって。わたしは泣けないたちなのです。 もう何年も、泣いたことがあウません。母が何したときも です。母は再婚してトリノヘ行ってしまいました。カフス の端が首の傷口にかすったようですね、しかたあウません、 そうでしょう……あのとおり血たらけですから..あさうて は出発しなければなりません。もう合令をうけているので す曇家族はおいて行くつもりです.血縁の連中をです.別 れをいおうと思って来ました。あいさつをしにです。かわ いそうな、かわいそうなリリアナσかわいそうな・…・・絶望 しながら気高いところのある人でした」ほかの人はだまっ ていた。ドン・チッチョはきびしく探りをいれた。「撫で てやウたかったのです。イエスさま。でも、キスをする気 力もあウませんでした、冷たかったので、それから離れて 行きました、走って行ったといってもいいでしょう。死が こわかったのです。木肖です。人な呼ぴました。ドアほ囲 いたま蜜でした。幽霊がそこを通って消えてしまったよう です。リリアナ、かわいいリリアナ」 イングラヴァッロはかがみこんで、畑…手のズボンの脛の なかほどと、膝のあたりを見た。左にほんのわずかだが、 ほこりがついていた。 「どこにひざまずいたのです。どちらの膝てすか」 「ええと、食器戸棚のところですq小さい力の.それから と、、考えさせてください、一でラだ、左の駐です。あの血の 海に入らないようにしてですね」 ドソ・チッチョは犬のように絹乎を一頻つめた。 「よろしいですか,ありのままにお話しいただかなくては なりません。ありもしないことを作り話するのはですなξ …時が時だけに:…場所が場所だけに、あなたもよくおわ かりとは思いますが、.不利になるばかりです」 「警部さん、何をおっしゃりたいのですか。すべてあるが 65 ままにお謡ししております。その点を納得していただいて ・.:.」 「納得せよとおっしゃるが、どういうこと"、匹ですかな。お ッしゅ、ってごらんなさい。話していただこう。うかがいま すとも。何しろ、われわれの取り調べに道をつけていただ かなけりゃなりませんからな、あなたには。それがあなた のためにもなることだし」 ちょうど七のとき、被後見人のジーナがサクロ・コーレ 学院からもどってきたとイソグラヴァノpのところへ報告 がきた。木曜日は食事のため一時"・・』帰宅するのである。主 人のバルドゥヅチ氏汰翌旧ミラノからもどってくるはずだ った……ひょっとするとヴェロナから。イ■グラヴァッロ は泣いている少女にたずねてみたが、何ひとつ待るξころ ぽなかった..彼女はコーヒー牛乳をのんで、八時まえに 「ママ」にいってまいりますをいい、いつもどおり朝のキ スをしてもらい、いつもどおり「矛習はできているんでし ょうねー…」と聞かれたそうである。娘ははいと返事をし て出かけて行った。修道尼たちのところにはあとで連れて 行くとして、とりあえず入居者にあずけることにし、上の 階のボッタフ7ーヴィにたのんだ。メネガッツィ夫人はす っかり混乱し、気が転倒していて、とうていこの少女のカ にはなれなかったのである。夫人の黄色いロひげはそりか えって鼻にとどいていた。髪に櫛を人れている暇もなかっ たため、トウモロコシの毛をリボソでゆわ之たかつらが頭 にのっているという感じである。この建物は内部にたたり が宿っているといっていた。充撫し、くぼみ、おしつぶさ れたような目で、処女マリアさまと祈りつづけていた9 「十七というのは最悪の数字です」といい、それをくりか えしていた。一方、階段でふたりの女に会ったといウあの 少女は、別に役に豆つような情報はもたらしてくれなかっ た。このかわいそうなサナギはばっちゅ見囲いた大きな日 で「ええ」とか「いいえ」とかいっていたが、その唇はイ ノグラヴ7ッ・の黒い大きな頭を見てぎくりとし、把然と していたp少女にいわせれぱ、イングラヴプッFは、どう しても泣きやまない子を.連れて行ってしまう人さらいにち がいないという。結婦、閂題のふたりの女は弁護土のカン マμータ氏(五階)、ということはその夫人のところへ、 新しいチーズをふたつとどけに上って行った。つまり、一 G6 1 週闘おきにチーズをくばる配達人だということが明らかに なった。 こんどは、バルドゥヅチのところではたらいているクリ ストーフォロに捜査の旧が向けられた。落雷に押しつぶさ れたd6いう様子であった.後はリリアナ夫人か親切心から 無理にすすめてくれたワイノ入りのコーヒーをのんだあと 七時斗に外出した。彼はミルクがのめなかった。冒によく ないので藷のる。そう、八吟にサク国・コーレ学院に出かけ たジーナよウも少し早かった。じっとその光量をながめて いるのはいやだった。「とても見てはいられません」十挙 を切ゐ仕草をした.何か打ちしおれた感じのする、大きな 顔の皮膚の上を涙が二ばれ落ちた。リリアナ失人にたのま 就て、いくつかお使いを引、.さうけていたのに、かわい》.う な夫入。あるところの勘定をはらい、ほうきをほうき屋で 貰い、お・米と寄木細工の床に塗るワックスをもとめ、包み を仕立置にもって行くことになっていた。だ淋、そのまえ に箏務所に行かなければならなかった。事筋所を開げて、 テーブルのほこりをはたくのだ。イソグラヴァッロ警部は 彼をかえさなかった。そして、「っかまえ屋」につっこん だ話をするようにさせ、o方で、.シ哩一リ7ーノ・ヴァルダ レー.ナには警察の指示どおりにするよ〉いいつけた。 捜査ば昼さがりに覗場で貌行された。正圓のドアをしめ、 出入"をしめ、警宮たちが増派されていた。科学警察のヴ ァリアー二巡査部艮が立ちあい、指紋筑も装葡をととのえ て参加していた。入屠着たちはもちろん、管理人までが、 「捜査に行動の自由をより多くあたえるため」階段をうろ うろしないよう、と飼時にできるだけ警察の「乎のとどく と二ろ」にいるよう要一爾されていた。テ審判事がくわわっ たの怯五時半をまわっていた。検察当局が種4の手つづき ,を岱フーミ警都や署長の中詩をうけて、犯罪事実の確認 に踏みきったのは四時か'し・.工之であった。箒人のクリスヒ ーフ.τロ、色どりのゆたかなメネガッツ,、,夫入、少女のジ ーナ、砲兵のボソタ7アーヴィ、美男子のヴ了ルグレーナ 氏などがム父互に、あるいぱ同時に事・憤な聡取瀞.目}れた。しか し、この事件なスクーヅし、それな歌い文句にウヘヘルト 通ウで立ち売・ワをしているある新聞は、せの夜の逓終版で 「謎めいた色を濃くしてヴ〒ドールが事件な綬っているしと 書いていた。新聞記者たちはあれこれ立ち士わってはみた 67 ものり、結局、バルドゥ7チ家のドアから中へは入れなか った。だが、この建物の小さな出入口でB階段のエ・ディ ア夫人をまるめこんだ。彼女はこの騒ぎとは襲腹に木曜や 日曜と同しように陽気になっていた。・・てして警官たちにな がし臼をくれると、警官たちの方む彼女の顔に笑いかける のであった。 この建物の入罵者の誰ひとワとして、一休この兇行の犯 人、あるいは共犯か何者なのか、その手がかりとなるよう なものを提供できないことが凹らかになった。マッダレー ナ・フ一一リチ轟ッティという、あの少女をのぞいては誰も 階段で人影を見たものはなかった。ヴ7ルダレーナについ ても同しで、彼を見かけた人はひとウもいなかった。この 男が経済学の学士号をもっていることはイングラヴァッロ もよく知っ■ていたが、彼はスタソグード・オイルに勤めて いた。しばらくヴァード・リグーレに動務したあと、Pー マに来たのだ。これからジェノヴァに移って、その上、結 婚しようと準備をしていた。ジェノヴァの美しいブルーネ ットの女の子と婚約していて、その写真をみせびらかした。 ランティー一丁レナータとかいった。良家の娘であること はもちろんだ。その良家の人たちにいわせると、彼はぞっ こんほれこんでいる」という、このヴァルグレーナ氏が、 ジュリアーノ琳が。バルドクッチはカγティノー亭でム試、 たとき、イノグラヴ7ッロにその湖をし、牛活の資にこと 欠いて困っているほか、色恋に熱巾する時期に馬朱ている のでしょうと冗談ましりにほのめかしたが、その生活の糧 といったものは金部とはいわないまでも手もとから放さな いようにしておくべきなのだ。ところが、入る先からアボ pの指からとび立っ蝶のように、ひらひらと定馴的にお金 がとんでなくなるのであった。アポロといっても、あの庭 園にある大理石像り"とである。バ■ルドゥッチ氏ば彼のこ とを「好青年」と定義づけていた(これにっいては宮及す るまでもなかった)、「経済学で学位な得て」それも満点を とり、優等の戊績まであげていながら、ひとさまに……経 済をどうあつかうか教えたがろ人にありがちなことだが、 いつも無一文の状態であった。っまり、ジェノヴγの義父 になる人はさておき、ローマのいとこがねがう以上に…- お金にはめぐまれない力であった。「ため、だめですな。 借金で家を支えるなんて、それこそだめですりが、とにか 65 くあの若さでしょう。周囲は誘惑たらけです。いいですか、 ああいう子は……お金に困るのでなければ、ほかに非需に 困ることなどありませんからな」イ/グラヴァッロはその 晩、アルバーノのカソティノーネで暗い衰情をしていた。 バルドゥッチ馬の類を赤らめた寛大さや男性特有の連帯感 といったもの、さらには歯に爪揚枝をくわえたご亭主ぶり を見るにつけ、これは少々ききすぎたのではないか-…・お そらくガッビオー昌・エムベドルチヱ親子商会の酒が}さい たのではないかと思えた。食事を終えた商用旅行者、新し い靴をはいた猟師にふさわしいその血色のよい浅醤さは、 結局、彼を怒らせることになってしまった、彼、つまり貧 しい、つらい歳月をへて、あめやせこけたマテーゼの山か ら身を起し、訴訟.手っづきと法の用箋にたどりつき、法に したがって事件や魂を謁べるみじめで強情な係宮にのしあ がった彼を怒らせたのである。バルドゥソチ氏をちらりと 見た。「あんたの頭には生えてくるぞ」と考えた。「理の 形なした珊瑚島が頭に嵩てくるぞ」だが、実さいには「女 なんてわからんもんです」とつぶやいただけである。アス トラカソの羊なみの頭髪の下から、かつてないきびしい褒 情を見せて。そのジュリアーノがいまりっばな客問にいる。 ふたりの警官に相手をさせて。 美男子のジュリアーノ君がそこにいた.女のことになる と、どちらかといえば幸運な方である.どちらかといえば。 そう。女たちは群をなし、ぶつかりあうようにして飛びま わり、彼な追いかけて来た。それから、たくさんの蜂が蜜 にむらかるよシに、急降下をしていっせいに彼の背中めが けてとび下りた。彼はというとすることにそつがなかった。 たくみな手をこころえているし、相手を催眠に引きこむ回 転競をもっているのと同じで、彼なりの非當に白然加、非 常に奇妙なやりかたを身にっけていたため……たちまちの うちに人、、冠魅するのであった。彼ばその女たちを無視して いるよウな、あるいはどうやらうんざウしているよ・〜なふ りをしていた、それほど女の数が多いし、それほど近..つき やすいのた。ほかにもっといいものをもっている、そんな 様子であった。無遠慮な若者のふりをしたウ、時には「君 にはうんざりさせられるよ」という繊度をみせたり、尊大 ぶったウする。また、.バγキ・ヴェッキ街といったあたり に住む艮家の坊やや、おしゃべりなどしている暇のない突 69 業家といったふりもする。そういうことだ。そうなのであ る。そのときの回りあわせであった。荘ている服に調子を あわせていた。そのときの気分したいである。金の吸口の ついたたばこをもっているか、何ももっていないか、ある いは、たったいま死ったばかワでそれが嫌な臭いにおいの するナッイオナーレがどうか、そういう宴情で決まってく る。甘ったれ坊主よろしくきめこんでいた。時には風見の ように気が変りや、了い。つまり、そういうときには彼女た ちを鉦諮侃する、もちろん尻軽女どもをである、女たちが気 がくるったようになるのは、まさにそういうときである。 長い間自分が不本意な思いをしたあととか、相手である犠 牲勃が無限にあえぎ、卒倒したあとになって、彼はやっと 折れて出るのであった。その結果ははげしい臼暴自薬をも たらすか、あるいはイエスかノーか、対照的なものの闘を 行き米する偽の微候(実さいには晴示)の配分街通じて強 情な高慢さ噺一弱めることとなった。愛してくれる、愛して くれない..あなたがほしい、ほしくないワでも結局はそり ように運命づけられている、ごくまれな、そして神秘的な 凱{考のはてに選ばれた女たち、ジャノセニオのサルーテ・ エテルナ(惣融の)のよラな女たちに譲歩するのであった。時 として、その反対に、思いがけない暴力沙汰で処すること もあり、それらしいものをすべて混同してしまうのであっ た。各人が兄ラらないを別々の方角に向けた、ちょうどそ の場所叫、ある。バーソ.あらゆる烏小麗のなかで最も頑丈 な小屋の上に、トゼと同しやウ方でまっさかさまに落ちた。 その口もくらむような騒ぎで相手の女を罰してやろラ(あ るいはねぎらってやろシ)というようでもあるし、彼女と いう存在にかくれていろ虚弱さから、あるいは不名誉から ….:かけてもら)というこ-.」にっ・ざものの不名誉から彼女 を救ってやろうというのであbブ侍この場合、口をかけら れた女の感謝に星にもとどくのではないか。その恐怖も、 また、あわよくば・もうπ度という希望も。 充分考えられる.}とだか、イング診ア・置予審判事 がつかないうちに、いちおうの事爽聞係から判噺してヴ丁 ルダレ】ナの留置を決めていた。だが突さいにはもっとち とになって、つまり翌朝になって、検察当局は留雌を一時 的逮捕に切りかえた。そして逮捕状を手配したが、これで 逮捕が突現すると同時に、令状の当人はレジーナ・コエリ 7σ 刑務所に送られることになる。その晩おそくまで、刑挙局 の資任者格の職貝とふたりの専門家は規則の照合と被害者 の写真撮影をつづけ、いっかな止めようとはしなかった。 必要なものはすべてはこびこんであった。パル下クッチ氏 にはぜひとも帰っても・ラわなけれぱならないが、だからと いって電報を打ってもしかたがなかった。同氏のあとを追 うとたったらミラノ、.、ハドヴヱひょっとしてボローニヤ などの右警察に電報を打たなけれぼならなかった。何しる 岡氏はバドヴァにまで行く用があったからだ。クリストー フォワ、こんどの災難でめそめそした気持ちがいっこうに 晴札ないメネガソツィ夫人、ボッタγアーヴィ、民、ベッタ ッキ,rI・一夫人-.'、乳菜会社に行っているそのご主人などが、 いっし.一に駅へむかえに行ってはと申し禺た一.パルドゥッ チ氏にショックをあたえないようにし、何らかの形で気持 ちの準備をさせる必、要があるからだ。親類にはどうしよう。 正午に電話が}本i 親類には晩がた、お》、くなってから公式にコ坦告」され たが、イングラヴγッpは朝から、その人たちが入ってく るのを蒙Lてあった。現場の責任者であろrノ・チッチョ とヴァリアー二巡査部長による再度の捜査も、現場検証に かんする細-蒲にわたる論争もさより、失は大した成衆をあ げなかった。とはいえ、もちろん、窃嶽の痕跡は何がしか あった。兇器はまったく見つからなかった。たが、あれこ れと引き出しをのぞいているうちに、何か見のがしにでき ない占…かある一てλ.感じられた。外から眺める分には、おつ にすましているようだが、よくよく見ればそれほど焦垢と は思えない。兇器はない。また、床に薪ちている泳いした たりと、あの・:-・靴のかかとの跡がついている血の海をの ザてけば、何ひとつ手がかりがない。台所の流し台のそばの、 タイル張ラの床は水にぬれていた。「とてもよく切れて」 いまここにないナイフ、それこそあのために使われたので はないかと、最も疑いをかけ得るものであった。あのした たりは人殺しの手からというよりも、ナイフから落ちたも ののように思われる。いまでは黒くなっていた。ナイフの 刃の思いがけない光訳、とがったきっさき、見るからに鋭 利な感じ。彼女のおどろきよう。敵はきっと、いきなウ襲 いかかってきたのだ。そのあと、残忍な自信をもってのど へ、気管へとせまってきたのだろう。搾伯閉」がかりに* 71 当にあったとしても、そればせいぜい犠牲者の側からする みじめなあがきであり、恐怖にみちた、そしてたちまち祈 るような色合いになったまなざしであり、-動俸といっても、 それは真似ごとにすぎなかったであろう。白い手をほんの 少しさしあげて、恐,恒なさけようと七たり、人殺しの毛む くじぐらの手着、執念ぶかい黒い手をっかもうとした。一 方、男の左手はす.℃に彼女の傾をっかみ、.頭をうしろへの けぞらせ、ナイアの刃の輝きを前にして、のどを完全にむ き出しに、蝋防備にし、臼山に料埋できるようにしていた。 ナイフは右手ですでに引き出してあウ、こ紅から彼女を傷 っけよう、殺そうとしていた。 ろうのような蒼白の乎は力がぬけて、下へ落ちて行っ九 ……そのときにはもうリリアナめ首にはナイフがささウ、 気管を引き裂き、ずたずたにしていた。血は勢いを得て肺 へ向かってどくどく流れ密ちていた。息はその賀苦のなか で咳となってゴボゴボと外へ流れ出し、泳いシャボノの泡 のようになうた。顕勤脈と.頸静脈に斗メ塾トルはなれたと ころで、弁戸のふたつのポノゾのように、ぶくぶく音を立 てていた。最後の息は横道にそれて泡となり、彼女の生命 のぞっとするような紫色のなかに入っていた。そしてnの なかに血を感じ、傷の上にもはや人問のものとはいえない あの日があるのな見ていた。まだまだ、やることがあるぞ といいたげである、もう一盤だと、骨のずいから野獣であ ることを示す目であらた。こ九ヤ温で愚いもよちなかった残 忍な事態i…それが突如として彼女のまえに現われたのだ :・…それはどの年にもなっていないというのに。だが、も う発作が彼女の感覚をうばい、記憶力と生命力をなきもの としていた。廿ったるく、なまぬるい夜の気配。 あのやさし七うな爪の生えた真白な乎が、いま赤みがか った青になウ、どこにも傷ほみ之なかっ九。切りかかって くる和手を押さえることはおろか、残階な男の決意をはば むこともできなかったし、また、あえてテ.うするだけの気 持ちもなかった。そして、残融な男のいいなりになったの で・ある.、顔、而と鼻は橡榑と死の蒼自のたかであちこちと引 っかかれたようで、それを児ると、憎しみは死など物とも せぬほどに強かったらしい。指には指輪かついていなかっ た、結婚指輸も消えていた。指掃繭かなくなっていろのな祖 国のせいにする(難拠膨郵簸輸臨尚πど、そ2き 77 は誰もまだ恐いっかなかった。ナイフは自分の任務を果し ていた。リリ7ナ。ああ、リリアナ。ドン・チッチョには 阯界中の形あるすぺてのものが恩恵のすべてが、真晴にな ったように思えた。 刑事局の資任者はカミソリは風外視した。カミソリはも っとすっばり切れるかわりに、ずっと浅いところしか切れ ない、そう考えたうえで、大体、霧がもっとたくさんにな るはずだといった。事実、カ…ソリではぎっさきな偵うこ とができないし、こんなふうに乱暴なやウ方もできない。 乱暴だろうか.そうだ、傷はものすごく深く、ぞっとする ほどである。こともなく首を半分、切ってしまっている。 食堂中をさがしても、だめだ、手がかりはまったくないー 1血のほかにはゴ、ほかの部陸もまわってみたが、何ひとつ ない。やはり、血をのぞけば何もないのだ。台所の流しの なかにある明白歳血良骨カェルの血かと田心うほどに希薄で ある。それに床の上には、一探紅の、あるいはすでに黒くな ったしたたりがたくきん落ちている.か、ちょうど血を犀に 落したときのように丸く、放射状になっていて、ヒトデの 断面図のようである。そのおそろしいしたたりははっきり とひとつの道鞍をしめしていた。迷信酌な気分を起させる あの死体の邪灘物から、また、死んだ彼女ーーリリアナの 生あたたかい形跡から、台所の洗し、冷たさ、浴室にいた る道顧である。それは}切の記憶をわれわれに忘れさせる ような、そういう冷たさである。食堂にはごらんのとおウ たくさんの血のしたたワがあるが、そのうち五つか・.爬二ら は別の血.つまり、あのさわぎ、あの汚れ、あの大ぎな測 の池のものであり、それないまいましい山晶牛飼いどもが靴 につけて、ここまで引きずってきたのである。廊下にもた くさんあワ、それからやや小改.⊂めなのが台.研にもたくさん あった。そして、あるものは六角形のタイルの上で見えな いようにしようと、靴底で消されたのか、こすりっけられ ていた..家具をあたってみたが、十一の引き出し、くぐり 戸、たんす、食器棚はあけることができなかった。客岡の ジュリアーノはふたウの警官に見張られていた。クリスト ーフォロがパンをふたつと才レソンをふたつ持ってきた.、 この大男たうがそろって、家中をうろっいたウ、足膏を立 てて渉きまわったウしつづけていた。おかげで,神経がい らいらしてくる。ドソ・チッチョは疲れきって、入口の部 7ヲ ヨ 屋に朕をおろし、判4の到蒲を待っ嘉d、そのあと、現場に ふたたびもどってみた。いとま乞いで為する気持で不運な 女性を見やると、彼女を見おろすようにしてカメラマァた ちが小声でいいあいをしていたが、それでも臼分たちの身 体はもちろん、ライト、フィルタ!、コード、三脚、蛇腹 の大型カメラといった禰…県一式は汚さないように注意をし ていた。速.中はふたっの肘掛け椅子の背後に電気のさしこ みをふ九つ見つけてあり、しかもアバートのなかのこの家 の三つあるdーズのうちひとつを、もう二度もとばして いた。マグネシウムなたく二とに決めていたのだ。あのお そろしい疲労や,いまや世界の不正の冷たい、あわれな遺 物となったものを前において、それら.から何とかのかれた いという希塾でいっぱいの、ふたりの悲魔のように何とは なしに動}ざまわっていた。大.ハエのようなその勘き、その コー下、絞りの調嬢,建物全休に火かついたりしないよう にと小戸で意見の 致を見ている様子…・,これは彼女とい うか、すでに慎しみも記憶もなくなった女の肉什の、不透 明な感覚に対する永遠の最初のざわめぎてある.ふたりは 当の「犠牲者」の苦しみを考施することなく、また彼女の 不名…賀を取りのぞくこともできないまま、作象をつづけて簿 いた。リリγナの渠しさ、衣類、熱気の消えた肉がそこに 7あった。廿い肉休、それは視線をさけて、いまなお服につ つまれたままである。七の無理やりとらされたボーズの醜 態のなかでその日的は確かに、凌辱しようとスカート をまくりあげたことであり、両脚はもちろんのこと、どん なひ弱な人圃でもふるい立たせるような悦楽の隆起た、溝を あらわにする二とであった。一方口はくぼんでいるが、虚 空に向かってぞっとするほどに見ひらかれ、食器だなの上 のむなしい臼標K注がれていたー・.{の醜態のなかで、.死 は彼、ドン・チッチョにとっては可能性の極端な.分解とみ え、すでにひとりの人物のなかで調和されている絹互依存 の思想の解佑とみえたのである。諸種の関係や、現災の組 紘との閣係一切が突如として瓦解した結果、もはやo個の 単位として存在することも、行動することもできなくなっ た、そウいう単位の分解に似ている。 彼女の噸の甘い調B自さは、島グベのオ..ハール色の蒲協のなか のように白いが、それが葬式の調べのせいでチアノーゼふ うの調子に、ぐったりと赤みがかった宥にあせてしまった, いかにも、にくしみと侮辱依この人柄とこの魂という可れ んな花にとって耐烹難いほどつちいとでもいうようである。 悪寒が背筋を走り蹟けた。思いかえそうとしてみた。汗を かいていた。 機械的にポケヅトから切符を引き出した。上衣の右のボ ケットからで、切符は今朝七こにしまいこみ、この目}日、 あれこれと辛いことがあったあとも、あいかわらずそこに あった。半分吸った紙巻たぱこや、づ矯などといっしょ であった。丸めてあったのを平らにのばした切符は緑がか った空色でカステッリ鉄道のもの、十三Hという日付けに ハサミの孔がついていて、トッラッチ.炉という駅名にもも うひとつ孔か、あるいは鞍いた跡がついていた、.七れをひ っくりかえし、もう一度、ひっくりかえしてみた。入口の 部屋へ通り、寝室に入って行った。疲れ切って,腰かけに がっくりと腰をおろした。 考えこみ、っながりのつけようのない証拠をまとめてみ よラとやってみたし、また、各一瞬開、つ葦り箏件の発生過 租や、きれぎれで死んでしまった時間のうんざりするよ、) な各隅間をつきあわせようとやってみた。何よりもまず、 ふたっの「ふらちな行為」はつながりがつけ得るか、否か ということである。メネガッジィ丈人というあわれな緑色 のオウムというか、あの……ホウレソソウの汁にひたした ようなあの婦人を被害老とする例の偏しられない盗難事件、 そしていまここにある、この戦蝶。同じ建物で同じ階。に もかかわらず……こんなことがあり得るたろうか。三日の 問をおいただけで。 推理した結果……このふたつの事件には何ら共通点がな いと彼は思った。最初のは、7てう、大たん不敵な」強斑 班件で、・一=九番地A階段の利用只合や闇慣にっいて、隻 地にはともかく、かなり詳しい知識をもったならず者の仕 轟来ではないだろうか。「A階段、A黙段」と、ちぢれた黒 い頭を何とはなしにゆらしながら、ひとりでぶっぶついっ ていたが、その日は床の一点をにらみ、手を組みあわせ、 両肘は膝にのせていた。「まったく押しこみ.強盗とはよく いったものだ」 あの正体不明の食料晶店の小僧な憐報無りにして.いぬ\ ひょっとすろと見張りにしたのだろうか。見張りの方かも しれ准い、というのも、あの問抜けなメネガッツィ夫人は 75 小僧のことなど、まるで知らないのだ。要するに典犯だな どとはこれっぽっちも考丸ていない。それかわフラノス松 露を自宅にとどけさせていたあの経済省の聖一奪氏という 耳ざわりな紙のラッバがある。「やれやれ、勲三等のアノ ジニロー二氏か」彼は大げさな感じでため怠をついた。 「朝鮮アザミに日がないんだな.、これは調べてみる必憂が 去める。パネスペルナ街で貰・ワ山のハムに・も口がなかった。 セルベンティ街と交叉するあの町角だったな」 それから、パルドゥッチ家のベルの音はどうだろう。ま ちがいだな、きっと。それとも、どちらかひとつをやるつ もりだったのか。あるいは川心してのことか。その結果、 静寂がはねかえってきたのか。それはともかく、はっきり しているのは、泥棒だったとい〉ことだ。武器を手にした 強盗、住辰不法侵人かー そして、二こにもうひとつ、ああマリアさま、まったく 十字でも切りたい思いだった。こんな箏件が今までにあっ たろうか。それに、窃盗の動機であるが、これまた、せめ てバルドゥッチ氏の帰宅までは、勲視するわけにいかない。 それから、それから、何があるだろう、引き出しが教えて くれたではないか。そうだ、しかし結局のところ:…皐、れ とこれでは問,題がちがう。犯罪の手口、ごろりと横になっ てあわれ疏姿をさらしている死体、あの目、ぞっとするよ うな傷,動機はおそらく、とても計り知れないものではな いか。あのスカート::』・あんなふうに:・…一陣の風で、極く りあげられたように見える。それも地獄から力いっばい吹 ぎつけられた熱い、すさまじい熱風に上ってか。それは激 怒かまねき、この種の軽蔑がまねいた勲風てあり、その吹 きぬける口は地獄の門だけのはずであった、この虐段には 「痴情による犯行のあらゆる様相か季.なわっていた」嵌辱 か。欲望か。復雛一か。 推理の結…森ふたつの事件は別個に検討した方がいい、 恨本から「探りを入れる」がそれも両巌別疫の方かいいと 教えてくれた。宝くじのふたつの数字の組みあわせはナポ リやバーりの分はもちろん、ローマのそれでも、稀にしか 出ないというものではなく、ここメルラーナ街でも、興金 のっまった二一九播地のみみっちい共同住宅でも、彼の前 にちゃんとした数字の組み台わせが出ほいことはないので ある、、それが、このあまりおめでたいとはいえない犯罪の 76 組み合わせとなって出た。ポノ、ポノとふたつ。汎論、つ サル まりあの金持ちと呼ばれる魚の高い名声と彼らがもってい る悪麗の黄金という外面的な動機のほかには、何らつなが りがないので山のる。いまや、そのののまねく名血月はサァ・ジ ロヴァソ一一一帯にひろがり、ボルタ・マッジョーレからチ ゴリオや、古代の.塊窟スブヅラにま.℃いたっていたが、こ のあたりでは夏場になるとぶどう漉がひんやりとしている。 そこで切符をながめてみた。裏がえし、もう一度、裏がえ してみた。そして、右、手の手のひらをこちらへ向けると、 その親指の爪で(口を球根の形にひろげながら)鼻をほん の軽くかいてみた。彼の場合、これは習慣的な仕草で、ほ かに例を見ないような上品さであった。 3 翌朝、各紙がこの事件を報道した。金曜劉であった。夜 っびて新剛記者と電瓢になまされたが、それはメルラーナ 街でもサソテ・ステーフェネでも同しことである。叩ズのた め、朝が来たときには、廃虚よろしくというありさまであ った。「氏ンのさ・めメルラーナ配伺でみくへんな無件だよ』と出兀 り子たち諜十一時四十五分まで、新閉の京な膝の問にばさ んでわめきたてていた。では、F一ユースそのものの中、身は どうかというと、二欄にまたがる太い活字の見出しのわり には、記事ほひかえめで、かなり冷静だった。斤方の欄は 無味乾燥、そのままとなりの欄に十行ほどっづいて「捜査 は積極的に統行されている」とあリ、それにお.蓄けのf葉 が数言つけくわえてある。これが新イタリ7式恕良一、ーク なのだ。良き時代は遠い背になっていた……ヴィットヲオ 77 広場で女中の;ドリソ(議の)を憂3んだとい)だけ で、半ぺージ大に引きのばした薄い久ーブのような記小の ロコ のったころもある。永逮の都と全イタリアをひとつにした お説教主義、市民としていっそう厳裕であれという概念、 そうしたものが当時は大手をふっていた。歩調をとって行 進していたといってもよい。古代アウソニア以来連綿たる この大地から犯罪や低級な物語が永遠に消えたところは、 こっそりと消えてなくなるあの悪夢を思わせる。窃盗、刃 傷沙汰、女郎買い、女街、強盗、コカイン、硫酸塩、ネズ  アらマしア ミ捕りにつかう砒累の舞薬、政群をもった堕胎、ボソびき とペテソ帥の自慢、ベルモットの代金を女に払わせる若者 たち、諸君にはど)みえようと、アウソニアの聖なる大地 はこんな言頑集を.並べたてられても、それが一体、何で・める のか、思い出そうにも思いたせないぐらいになっていた. 当時のくだらないこと、「きまり文句」、そしてコソドー ム、フリーメーソンの鍋といったものともども無に帰して しまった一時代の遺物なので・ある。ナイフ、それも当時の 下層民たちや、しろうと2ほいギャングたちーあるいは 罪人かもしれないし、裏切り者かもしれ癒い目がー七うい う連巾のもっていた古いナイフ、曲〕くねった横町や小便 くさい路地裂で使われるこの武器は木当に畿舞台から消え 失せて、二度と帰ってこないかに思えた。ただし、非式の 主人公たち.の腹部にのせわれる場台は別で、そういうとき はニッケルメンキ、銀メッキの生殖皿kよろしく、栄光のう マンシの ちに狩り立てられ、展、那ふ.Gれるのであった。いまでは大顎 ロドル 野郎の新しい精ヵ、山高絹の悩膿、ぞ九からトルコ帽をか ぶウ羽根をかざった干こーロ、男爵夫人マラチ7ンカ・フ ァズッリの新しい純潔、7γヅショふうの新しいむちのお きてなどが大手をふっていた。いまやローマに泥棒がいる などと考えられようか。狂信的な顔立ちの七面鳥がキージ 宮殿におさまりかえっているではないか。テヴ芦レ河畔で からみあっている者同士をそっくり強制的に投獄しようと フェデルツォー二ががんばっているoいや、りてれだけでは ない、映画館でもギスにふけっているのを現行犯で投獄し てしまう。そして、ルンガーラのさかりのついた犬・広でそ っくり放りこんでしまうともいっていろぐらいだ。この背 景にはミラノの法王がいて、二年まえに聖歳る年があった ばかウだという事情もちる。そのうえ、新婚の花嫁花婿が 78 ぎソソドノザハドサ いるではないか。ローマ中をまわろうという賠鶏もい ることである。 黒衣の女たちが、儀式用の黒いヴ轟ールをボルゴ・ビ オ、ルスティクッチ広場、ボルゴ・ヴェッキ.万で借りてき て、長い列を作ウ、柱廊の下にあつまり、ポルタ・アァジ ニリカで卒倒し、そのあと、ヲッティ法王から使徒の祝福 をうけに行くべく、聖アソナの鉄格子を通って行った。こ の法正はサロンノ出身で、塚柄の良いξラノっ子てあり、 大たんにも建物の数を?きつぎとふやしていった.待つほ どに、やがて彼女たちもまた皿列に並ばされ、四十段の階 段を上って、玉座の問へ、登山家てある大法王のもとへと コロマ 導かれる。これはつまウ、永遠の都.炉いまや、まったく疑 いをはざむ余地たく、七つの徳の七っの燭台の都市そのも のとなったことを意味するもので、何千年にもわたって・ ーマの詩人のすべてが、そして審筒官、導徳家、ユートビ ア主義藩のすべてが、また吊るされたコーラ(肥っちょで はあったが)がのぞんできたものてある("且"嚇艸碓切輝埼塚 け謬レ諺.一).▽お街頭振、たとえ免許をも君も のにせよ、売春婦がラろつくとこるは見られなくなってい た.聖なる年と、徴妙なところまで考えお・(んだγ一一デル ツォー二が彼女たちをそっく・ウ収監してしまっていた。侯 爵夫人ラップテェヅリはカブリ、コルティナなまわって、 日本へ旅泣って行った。 * 「フランス人の羽根たんかつかって……」とドソ・チッチ ョは歯ぎしり盲しながらつぶやいた。.7ルドッグのような 掬で、にんにくを常川しているため真白になっていた。彼 の手のうちの剛の者たちが次から次へとくわえさられて行 くのがみえたが、これは捜査班をふくらますため送られて 行くのだ、政治犯関係の捜査班を。その一方、彼砿といラ と書瓢の山をほしくウか庶していた。 さて、そろそろ、あの美男子で変った出見弔のことを考え・ る時期だ、それも少為、真剣にD美男、すで変うた青年、そ うだ、美田力子だ、まさに羨馴一子である、.銭はなかりけりで ある。 彼はバルドゥッチリ冨菓を思い出してい.乃よシであった。 ある晩、「アルパ;ノの酒蔵」で、いかにも鷹揚龍寛大さ 7り をみせながら、あの磁色のよい顔で口にした言葉である。 それはある従姉妹のことであった。「女というのはですな、 ご存じのとおり、恋をしているときには……」といって、 シガレット・ケースを放り出した.「ある種のつまらんこ とには目もくれません。視野がひらけてくるのですな」イ ングラヴァッ・に火をつけてやり自分のにも火をつけた。 「それはもう、惜しげもなくふるまうですな」その場では 特に気にもとめなかった。食後の高尚な意見である。とこ ろが、彼イソグラヴァッロ、すなわちフランチェスコ警部 の場合は、実をいうと、惜しげもなくふるまってくれる女 など、かつてなかったのである。おそらく、そう、そうだ、 あのかわいそうな夫人をのぞいては。善良さの点で、やさ しさの点で、おとなしいなかにもはげましとなってくれる あの夫人は別であった。彼女のためにと、一度心顔が赤く なった)だが……ソネットを書いてみたことがある。しか し、韻がそっくりうまく芳、ろうところまでは行かなかった。 とはいえ、詩句の方はカムマルータ教授までが完ぺぎなも のと認めてくれた。「それはもう、惜しげもなくふるまう ですな」いま彼はあのやや漢然としたほのめかしを確認し なくてはいけないように思えた.、おそらく、そうだ、女は そうなのだ。「ドソ・チッチョよ、かワにわすかなりと別 の相.手にとっておいたうえで、その残りを借しげもなくふ るまっているとしたらどうだろう」という考えがひら.めく と、激怒が、復讐の恨みが先に立った。「ほかのものはと もかく、お金まで惜しみなく出してしまうのだろうか」い や、いや。この仮説はしりぞけたい気持ちがした。ありす ぎるぐらいの徴候からしても、そんなはずはない、まさか リリアナ・バルドクッチが::;いや、いや・ちがう、あの 従兄弟に恋をしていたわけがない。恋シ一していた〜何て いうことを、そんな。そう、あの時はたしかに、満足そう に彼を見つめていた、にこやかに。だが……そ九はちょう ど家族のなかの出世株に対するものではないか、兄弟に笑 いかけるような。この男は、そうだ、いまになって分って きたが、この男はみんなのほまれになるような人物なのだ。 ともに同じ祖父をいただく、というか、彼にしてみれば同 し曾祖父を.いただいているのである。彼女、あのかわいそ うな女は、笑に彼の父の従姉妹にあたっていた。彼女には もう父も母もいなかった。わずかに夫だけがのこっている、 80 何ともはや。そしてジュリアーノは…・・全く同じ切り株か ら、あっという問に突き出てきて真直ぐ、真直ぐ伸びてい る芽である。おそらく:…・うん、そうだ、子供のころは、 いとこ同士としておたがいに行き来していたのだ。系図 (ドソ・チッチョは書、類を調べてみた)はポムベオが手に 入れてくれたのである。「彼女のおばさん、マリエッタお ばさんはチェーザレおじさんの妻君で、これがジュリアー ノの祖母になる。ふたりはいっしょに大きくなったともい えるな。つまり、彼女は彼ジュリアーノに向かって姉妹の ように口をぎいていたわけだ。姉[さんのように」 「すると、彼女も少女時代にヴァルダレーナな名のってい ますが、これはどういうわけでしょう…:」 「どうい)わけかというんだな、、だが、それはだね、彼女 の父親と、、シュリアーノの祖父にあたるチェーザレおじさ んとが兄弟だという事実を考えてごらん、ちの、んと説明が つくんじゃないかな」 「では、どういうわけでマリエッタおばさんが出てくるん ですか。かりにふたりが親類の関係にあるとしても、それ は男の方、つまりふたりの父の関係でそうなるんでしょう ..….」 「そのとおりさ」 「そのとおりだなんて、頭が変になりますよ。マリエッタ おばさんなんていうのを引っばり出しておいて、こんどは お払い箱ですか」 「しかし、母親の死んだあと彼女をそだてたのはあの人だ からな」 イングラヴγッロは事実、バルドゥッチがそういうふう に話してくれたことを思い出したのである。リリアナはま だほんの小さいころ、母親をなくしていた。二回目のお産 のおり、急性の病気を併発したためである.そして、赤ん 坊も同じ運命に会った。そして、そして:…鼻、れから、あ の晩-…・それから、あの晩、椙手を尊敬するあまり触れな■ ば落ちんといった態度で、そしてまた、斐しい女が美しい 青年……それもライバルの女たちにつけまわされているよ うな青年を見るとき、決まって浮かぺる嫉妬の気持ちもあ と らわに、従兄弟に話しかげたのであった。それで、すべて である。 「まったく、女どもっていうのは」 81 碍髪ぞいた.記録や墾暑の類いをかきあつめて、 書狸さみにつめこ窪.打セ究て立ちあが、2、出 て行った。 「それでも」と考えこんだ。「あのヴァルダレーナ、従兄 弟だが・・…あれが急を知らせた本人じヵ、ないか。これは証 明になるんじゃないかな…:・れっきとした一証明に.-,.・無実 だという。少なくとも意識が平静だとい、)証明にはなろ う・意繁・だが、シャツのカフス麿た.奮だ、な かなかはっ弩と見えてこない」あの叢宅たという話 だが猛振管おとみ髭。死ん蛋を叢落、か. 調とも…時問の、孟も青奮い蒔問のゆっちし たしたたりのなかには、勢言しぴ騰があるも裂. 澄思いが寝いと芝、断片となぞ、おそろしい断片 となって包皮の下から、むだ口の皮の下から顔がのぞく。 麩土のりっば琵状、そして学位鍵状の下から.急 んとした外見の下から、ちょうど石のようにのぞいていた がどうてい、目に入らないものであった.ちょうど、草 原のなかに・山の篭ぽ堅さ劣ぞいているようである. 美男子のジュリア…ノ。すっかり思い悩んでいるように みえた。極端に神経質で、同時に、ふさぎこんでいた。どぬ うこも、しょうがなくなっていた。体裁をつくることもで サ .きなかった。「よくまあ、そんなふうに落着いていられま すなあ」とた嘉てやっ秀、これ縫菟おで、喀. 落着いてるなんて、とんでもない。「それはもう、惜しげ もなくふるまうですな。やれやれ」 リリアナ・バルドゥッチは大へんな金持ちであった、の ち環ル;ッチとなったこのリリァナ.ヴ"、ルダレ↓ は。彼女は自分のカネをもっており、キェた、ある科度まで それを自由に使っていた、ひとり娘であった。甚、れに、父 親は金の貯め方な知っていた。フー、、、敬、け縄も愈小た、シソフ ォニイさながらの広範な叫び声のなかから、「伝導の動 囚」というテーマな感じとっていた。 「あの父濯仕劣言暑ここ季げそいたんだ.戦時中 サノ も戦後もな.ああいうのが木あの金姥といえだろ う。あれも死んだが、二年まえのこと、彼女が結婚してし よらく有てかおこた.メルラー轟のア↑&彼 の慧ものだった.棄、、、勇輿経募 加・ある企溝所有草あり、別の傘の筒所薯署 ある。抵当権を設定するために貸し、のっとるために抵当 権を設定する。どうにも大へんな奴だったにちがいない」 これだけの口上に、右手をぐるぐる渦巻きのように振りま わした。リリアナは聖フランチェスコの祭りの日に、木当 にたのしかったあの食一卒の間じゅう、父親の財」鉱について、 それとなく触れていた。 そう、ヴァルダレーナの親類についてはフーミ敬冨都が片 づけておいた。まず、ポムペオが家に出かけて行ぎ、七つ の教会を通って目ーマ中をひとまわりしたが、収穫はなか った。それから巡査部.長が出かけて行ったが、何もない。 むこうからフ」ミのところへやって来た。そこで、しかる べく応待をしたうえで、詩でも朗読しているように頭をふ りふり、思いきり優しい態度をみせて、ここを少し、あそ こを少しと、彼独自のやり方で探りを入れたのである。あ の目で、あの声で。フーミはその無になれば、刑事摂当の 弁護士にもなれたであろう。情に訴える手で行くのだ。 ジュリアーノの母親はローマを出て宵暦らしていた。美し い女という話であった。ポムペオが戸籍上に現われている 母系の姻戚闘係を要約しておいてくれた。もともと天賦の 才があったのだが、それが技術の実さい画での活川によっ て洗練され、また、時問を節約したり、訴訟上の一連の.長 長とした推論をちぢめる必要上からすっかり洗緯され、そ れにくわえて日、耳、鼻などが、ロースト・ビーフをはさ んだパソに力を得て何がしかの思慮分別にひと役買った結 果、ポムペオを名人にまで佳立てあげたのである.つまり、 最も教訓的な細目までおりこんだ、全登場人物が入り組ん でいる樹木式系図をほんのわずかな言…架で、あるいは至首 尾まちがいなしと自信のある、味もそっけもないふた言、 み言のあてこすりで描き出す名人にしたてあげ牝のである. 女たちのこと、それから女たちのひもの類に、恋愛沙汰、 恋人たち、本当の結添といつわりの結婿、妻の不貞とン.れ に対する対抗策といったことになると、彼の右に出るもの はないほどである。重婚をしている人たち、あるいは多婚 をしている人たちのなだらかな曲線、それに口論"d反論、 何とはなく好意をいだいている、あるいは好意ないだいて いない個々の少年たちの面倒ごとなどをくわえたその蹟か るみのなかを、彼は広場の運転手よろしく、しぶきなあげ て出たり入ったりしているのであった。職務がら犯罪社会 εヌ に出入りしなければいけない事情、「家庭の情況」にかん して簡単に取り調べをすます要領な直観からまなんでいた こと、そうしたものを活用して、彼はたちまちのうちに、 いっさいの「同居生活」を並べあげることができた。それ よカーポ・ダフリカ街やフラソジパー二術一から、ツィソガ リ広場、カポッチ街、チァン.カレオー、一小路におよび、さ らに下って、モソタナーラ広場を通ったことはいうにおよ ばず・モソテ勇プリーノ街、ブ云、ッツァ街、フィエ一一 ーリ街にいたっているが、このあたりは誰ひとり知らぬ者 のないところであり、あるいはこれまた欲ばワなあのパラ ッツォ.ピオのまわりから、ヴァッレの聖アンドレアの背 後のあの狭い道全体をへて、グロッタ・ピンタ広場、フエ ッロ街・グロッテ・デル・テアトロの小路にまで達したし、 ひょっとするとポッラローラ広場にも及んでいたろうが、 こ二の人たちはそろって育ちがよい方だったにもかかわら ず、何やら混成集団めいたところがあり、また、機動捜査 班とはあまりそりのあわない人物もいた。そして、ほかで もないこのあたりでこそ、ポムベオの名人わざともいうべ ぎ策謀が発揮されるのであった。そこ譲、あらゆる男女 闊係はもとより、その親類関係のすべて、さらには、{.替に84 なって頭のなかや頭の下の方に突き出てくる分技のすべて をそらんじていたのである。二重、三重のカップル、ロ〜 ヤル・フラッシュ、それにともなうあらゆる組みあわせ、 つまり誕生、生涯、死、そして奇跡をそらんUていた。彼 らが借りている穴蔵同然の都屋を釦っていたし、また、こ こからあそこへと移って行った場合にも、夫婦の寝室、便 所、時問貸しの部屋、ソファー、寝椅子にいたるまで、そ の家に巣くうノミというノミともども知っていたのである。 そういう次第で、ヴァルダレーナの一、族も彼にしてみれ ば子供相手のおあそびであった。ジュリアーノの母親はロ !マ以外で暮らすべく出て行ってしまっていた。エ、ーダ。 イタリアーナ社のカルロ・リッコとかいう経埋係と再婚し、 その男とトリノに住んでいた。子供たちは母親の消息に通 していた。学校へ勉強に通っていた。彼女はというと、 むこの親類たちから「何となく、よそよ・てしくされてい た」。別にトリノからロ〜マヘなんらかの働きかけがあっ たというのではない。だが息子をおばあ瀞歯」んにあずけたま まにしているということで、彼女は「しゅうとめとの問が 、 まずくなっていた」というか、みんなをひっくるめて、し ゅうとめたちと呼んでいたので、「そのしゅうとめたち」 との問がまずくなっていた。だが、とどのつまり、憤慨し たり、涙を流したりしたあげくに、みんなは満足した。と・ いうのは、およそ未亡人が文無しになったとき見つけられ る最良の仕事といえば、自分と結婚してぐれるような別の 男を見つけることである。ジュリアーノはおそらく、母親 をねたんだのだろう、どことなくゆううつそうであった。 そして、しばらくの闘は誰に対しても仏頂面を見せていた。 目その後、成長し、分別がつくにつれて、ぎげんをなおし、 事情がのみこめるようになった。つまり、偲親は美しく、 若かったのである。それに、彼のような青年のゆ、)うつと いうものは・…:。まもなく彼は、そんなことを忘れさせて くれるよラな人びとと知りあいにもなった。 おばあさんが彼を駄目にしていた、、そのおばあさんとは リリアナのマリエッタおばさんである。 さて、それから何が起ったか。悪竃が姿を現わしたとき のように……ジュリアーノの母親は七カ月、八ヵ月とボロ ーニヤの病院に収容され、ボスコのサン・、・・ケーレのベッ ドで寝たきりであった。肉親に会うためローマに出かけて くる途中、自動車事故にあったのである。木当はあれほど 会いたくなかった肉親に会うために。かわいそうな女だ、 本当に。事故の相手はギラノを回ってきたのである。両足 とも折ってしまったが、奇蹟的に皮膚は無傷ですんだ。重 みと、それに釣りあう重みが片足に少凌.反対の足に少汝か かったのである。それもあらゆるタイプ、あらゆる種類の 自動車に匹敵する力で。おそらく、このためであろう、ジ ュリアーノ君はしばらくの問、ただ肥然とするばかウであ った。母親のことな気にしていたからである。そして、女 たちはみんなして、なぐさめようと集まった、かわいそう な坊やだこと。河とかなぐさめられないものかと、躍起に なっていた。 そこへ出てきたリリアナ・.バルドクヅチは大へんな金持 ちであった.、金持ちの娘であった。そして、こういう次第 となったのである。 彼、つまり従兄弟くん、彼氏の手くだは遊び人のもの、 美男子の手くだであった。いま掌中にし、ている女、あるい は今後、彼のものとなる女は、かぞえきれないほどいる。 85 」1 それでも、必ずや心の底に自分なりの考えをもっているだ ろう、その点はたしかなのだ。内心、ひとつの目標があら かじめ設けられていた。それはつまり」彼女に好きになっ てほしかったのだ。いま、イソグラヴァッロの目に、その 様子がはっきりと見えていた。ジュリアーノは臼分が求め られることを求めていた。わが身をゆだねるために、恩を きせてやるために、高い値段で肖分を売りつけてやるため に。できるだけ高い飢段で。いかにも無邪気にみせかけよ うと、慎重にふるまってやろうと心がけていた。すべての 女性に対しそうなのだ。彼女に対してもそうであった。も ちろんのことである.、彼女だけ特別あつかいをすることの たいようにしていた。 その後、ある種のかわいそうな人びとが、ある種の交尾 期の動物(イソグラヴァッロは歯ぎしりをした)や、レジ ーナ・コエリ刑務所がふさわしいような連巾を追って狂お しくなるのと同じように、彼女までが狂おしい思いにとら われたとき、そのとぎ、悪漢の登場である。そのとき、ひ らひらひらと千リラ札の雨。まったく大きな両だれではあ る。 「ここで要約をしておこう」彼は、そうだ、彼はジェノヴ磁 アに行かなければならなかった。転勤はすでに決まってい た。さしせまっていたといってもよい。今日、明日にでも という問題であった。 ニコテーラ街二十一番地のきれいな部屋は、アマリア・ バッツ…:・いや、ブッツィゲッリ夫人の確認したところで は、たしかに月末で解約されていた。(またまた、ここに パイブラインのいんちき話がある。なんでも石油をフェッ ラニアまでパイプ輸送するというのである、(伽加η刑珈炉哩 鍵鴨起P髪影獣鴬、眉.)農羨婆は乞かすま でもないというようであった、では、どうなのか。乱暴な ゆすりは。リリアナの拒絶は、手もとのおカネがなくなっ ているのは。あるいは、黄金や宝石が狙われたのは、汕だ らけのひと握りの紙に入る……あの恐ろしいものは。そし て、宝石は。 逮捕後、すぐに所持品検査をうけたヴァルグレーナ氏は、 別に、何も身につけていなかった。疑うべき筋あいのもの は何もなかった。しかし、九時から十時二十分までの問に は、外出して彊品を安全な所にかくし、あらためて…戻って くるだけの時問があった(だが、しかし、これは少々、大 たんな考えではないか、全くの話が)……つまり、クリス トーフォ・とジーナが通勤、通学で出かけてしまったあと、 十時二十分に彼が人びとを呼びよせるまでの間である;: そうだ、とにかく、少くとも一時間以上は経過していた。 管理人のペッタッキオー二夫人は階上の高い高い雲の問で、 いそがしくしていた。ほうきとバケツをもって、それに舌 も持ちあわせていたのはいうまでもない。ポムペオの報告 によれば、その時闘、彼女はB階段に下りて行くのを楽し みにしていた。そこで何よりも一番、あてにしていたのが ボレソフィ、というかズボレンフィという、その時悶、ま だスリッパをはいで、いる婦人であった。イソグラヴァッロ は手で書類をかきまわしてみた。「ボレンフィ未亡人エネ ア・クッコ」と、はっきりした口調で読みあげるようにい った。 クッコ夫人のもうひとつ上、犀根裂の階にはバルベッツ ォ将軍がいた。.イノグラヴァッロはさカそく、真黒な牝鶏 がコッコ、コヅコと大きな虫をつまみ出すように、その書 類の乱雑な山のなかから、彼のを引っばり出した。堆肥の 山のなかでも決してしくじることのない、くちばしのひと 突きでもって。そしてもう一度、読みあげた。「騎士爵の 血以族のオットリーノ・バルベッツィ且ガッロ、 軍の命により退役とされる。年齢はアヘえっ。カサルプ ステルレンゴ出身か。けっこうなことでございます」 これまた貴族だったのである。「つかまえ屋」が小声で 歌うように、耳もとでささいたところでは、高名そのもの の紳士で、男やもめであり、ひげをふたつに分けたところ は高級ブラシの感じがする。だが、足痛風を病んでいるそ うで(管理人の話であるが)、地獄の苦しみをなめなけれ ばならなかった。医者たちは彼の足が床にふれるのを察じ た。つまり、いまの最高天の高みにとどまるよう強制した のであった。無脚をなぐさめてくれる、でんとしたコレク ショソをもっていた軌最も権威ありとされているのが十四、 五本で、ひと口のんだだけで、たちまちのどが焼けてしま う。そのうえ、完全な紳士で、足にはスリッパをはいてい たが、それが象の足のようにみえた。紳士である。マヌエ ーラ夫人は管理人の仕事から解放されるわずかな暇をぬす んでは、珂かとこの紳士の家事の面倒をみてやるのであっ 87 た。また、こまごました世話もしてやっていたが…:・それ は家政婦が来るのを待っている朝の問のことで、家政婦は というとゆっくり、目お昼ごろに現われるのだが、もう、と うに買物がすましてあったりした。ひとり暮らしの男で、 身寄りもないというのに。もっとも、夫人としては自分の していることを入居者には知られたくなかったが、あいに くとみんなちゃんと知っていたのである。夫人は上でやら なければいけないことがあり、それでバルコニーに行くの だと称していた。バルコニーはいうまでもなく、洗濯物を .干す領分となっている。そう、北風の吹いている朝など、 ちょうど航空母艦の浦走路から流星のような飛行機がとび たつのと同じで、彼女の身休までとんで行ってしまうぞと 思えるときもあった。前と後ろに、四つの燦弾をかかえて。 「あたしはここまで来ましてね、干し物をするんですよ」 と、まだ眠っている人びとに向かって叫ぶのであった。十 八歳の娘のように歌っていた。時には子供たちが下から、 中庭にある伝説にまでなった升戸のところから、夫人に呼 びかけるのであった。「マヌエおばさん、お客さんだよお。 下りてこいよお」もちろん、学校へ行かないときの話であ る。ご主人はフォンタネッリ中央乳業会社で、大いそがし であった。失人はえっちら、おっちらと、類を赤くして下 りて来た、あの北風のせいである、一二九段を。アニスの 香りのする息をはすませて。そよ風の香りだ。文字どおり、 楽園から下りて来るのであった。アニス酒の楽園から。 「まあ、ドγ・チッチョさん」イングラヴァッ・はここで ぺージをくった。二一九番地にまつわる多くの、妙なるメ ロデイのささやきを、「つかまえ屋」はそれこそ素早くつ かんでくるのたが、そのなかでも最も当てになるのによる と、どうやら…そう、要するに彼女と雄艦窺n.e は時々例のバルバガッロ酒を高々とかかげて飢み干したあ と、しごく当然の話かもしれないが、グラスを手におたが いに祝福しあう必要を感じていたのである。その手にして いるのは古い年代もののアニス酒。ひとびん四分の三リッ トル入りで]二〇リラする正真正銘のメレッティである。 この酒あればこそ、ナポレオソもイタリア軍をひきいて、 ゆうゆうと見.張り所を通過できたのだ。見張り所には、ち ょうどその呪われた木曜日には子供たちが学校へ行ってし まったあとのように、人っ子ひとりいなかった。 88 イタリア社会であの根本的な改革1それは古代の峻厳 さというか、少なくともリクトル(秣賦知削卿翫ジ瞳鍼媒樽めの燦勧 人)のまじめくさった休裁をよそおってはいたものの、実 は棒椰きを見まわれてとび出してきたというのが本当であ る(斧のとってのまわりに細い枝を巻きつけて、それで打 たれたのであり、単に象微的にそういう真似ごとをしたと いうのではない)ーその改革なるものを押し進めてきた 新しい勢力は、別に・爵…〈忍二讐醤学談藷浮 き身をやつさずとも、自分たちが冗舌な提案をならべたて たそのあげく、明らかに地獄へ通じるほかない道を舗装し ていることに気づいていたのである。その後、気化して、 葬式をほのめかすおどしとなり、霞葉となり、風となった この新しい勢力は、空気とほこりの渦のなかで安如として 共同謀議をはかり、権力と、あの祖網と呼ばれることにな っている生物との間の、いっさいの分割に反対し、いわゆ る「三権」の分離に反対する雲たちのお尻にキスをしよう と、みずから天空高くあがって行ぐことに決めた。この三 潅の分離は、櫛を入れた目だたないかつら姿の祉会学の大 先生か・ーマ人たちの理想的な公共団体と、英国史のなか で最も的確かつ最新のそれを研究した結果、すっきりした 主張にまとめ、きわだたせたものである、、イタリアの新し いよみがえりは、自然という見地からしても、また絵画的、 詩的な児地からしても、あまりきちんと皮をかぶっており、 そのために世界中がこのよみがえりを不名誉にして同時に 抜きんでたものと指摘したのであった。そして、いかにも 良いものだと結諭づけるように、少しばかり鷹揚すぎる国 ルンメント 家統一にびったりついていた。その鷹揚ぶりたるや、長髪 か、ひげが濃いか、ぜいたくに口ひげをたくわえているか、 あるいは大小の頚ひげに威厳をみせた吟遊詩人たちの毛の なかから、ぺーソスを解放するほどのものであったが、そ れでもやはり、こうした毛のたぐいはわれわれの好みから フでドガ ド いって、すごい大ばさみをふるった床羅さんの手で根本的 治療をしてもらう必要があった。権力によって意のままに される意向のすべてを最終的に意のままにできたらと、発 情したようにねがいながら、いま隅題になっているこのよ みがえりが、自分の内臓から引き出した結果、それはいつ でも見ることのできる結末であった。いつでもというのは つまウ、権力が完全に力を行使するときはいつでもという歯 ことであり、あの三つの権隈Lシャルル・ルイ・ド・ス コンダ・ド・モソテスキューが法の精神をめぐる八百ぺー ヨず ジの論文の第十一巻第六章で、はっきりと日に見えるよう に明瞭にのべているーを凝集させたとき、すなわち、そ の三つをすべて、単}の三位一休の、よそからはうかがい 知れない、確園たるカモラ党(繋灘)に凝集さ蒐ときと いうことである、このような出来事の揚合は、.、一〇Bゆ日の 8壱白り号ヨお巨墨93p一8旨旨ooゑ窪a仁貝(一。しq一〇詞 δ9@一p冒一累嘗8ρロ.二。q、oし。酎」9幕08ヨヨ〇一冊芭p一2づ ヲヴアノみ ヤ ロ℃〇三冴くpぴqR一、国5叶、、(おわかりだろうか、国家を荒廃 ざぜゲというのである)..℃胃pワ臼澤∩鴛の周囲】帯の海岸線や海岸 道路をずらりと真珠のように飾り立てるのにも似ていた。 それらの歓喜はその瞬閻、いろいろ堰りまぜて山と穣んだ 盗難の事件のなかからその粗末なベッドの上に降って湧い 285 たようにみえた.だが、ぺ入タ・ッツィはまず何よりもあ る種の彼独得のためらいを見せながら、その後は楽しそう な臼信を以て、その散乱したきらめきの巾に、いま問題と なっている物件をいつか見つけられるのではないかと判断 したが、なんといっても真珠のネックレス、安びかもの二、 ケゾァウアワ 三箇、アメジスト、ざくろ石の十字架、結晶粒(と書いて あった)、珊瑚、宝石、それ写ルティナッツィというか、 もっと正確にいえばマンテガッツィのリストの一枚目、二 ぎよう 枚目の最初の行からすっと下の方にかけて、トパ!ズの仲 間、親戚ということで記してある名称や特微をそなえた物 件などを特に疑っていた。そうした名前や称号をそなえた 物件というのは、なかなか分ウにくい場合が多かった。真 珠のふたつついたルビー「の」指輪、黒真珠とエメラルド がふたつついたブ・ーチ、平らに伸ばした練り粉といった 方がいいようなダイヤで「取り囲んだ」サファイア「の」 カルちノ ペンダント、古風な(巴。)ざくろ石の頭飾り、その字がタ イプでカルカネとなり、それをごていねいにカルカソコと 直してあるし、白真珠(嘘もいいところだ)の.繍一.という フで ロオド か糸というか、もちろんOの字は穴が閉いていたが、そ の他その他、小さな指輪その他、縞弱璃の石がついた大き なブローチ、その他その他。士官候補生コースの読みカの 試験じゃないかと、ペス女ロッツィは考えた。 一方、時隅は迫っていて、その朝、昼前にもボケットに トパーズを入れてマリーノに出かけなけれぱならず、その さい今朝ほどの放浪で見つけたものも持って行くことにし ていたが、それにして屯意外に実りのある放浪で、宝石、 ぞん 金、模造真珠、美しいのも醜いのもいるが『様に嘘つシざの 娘たちという収穫があ建.取ラもどし挙おと、見つけ たものや見つからなかったものについてリストを手に准尉 に報告しなければならなかった。とにかく変った難しい名 称であり、何か魔術的な、神秘的な、イノド的なところか えロ あって、リストのOの字のところはすべて鉄道の切符のよ うに穴だらけになっていた。もうひとつのノ!トは紙が.』 枚欠けているため不完全だが、最初のに比べて穴が少ない ということはなかった。とはいっても軍曹にはただの厄介 物にすぎなかった、自分にはぜんぜん関係のない厄介物で、 他人にまかされていた。つまり例のイァグラヴァッ・警都、 チックのかわりにダ」ルを使うあの大頭の男が「朋白に」 286 .肖ψ釜藝隻多 自分からこの仕事を引きうけると宣言していたからだ。つ まりドソチッチョの役目であった。まるでタイプのリボソ を血の中につけたのではないかと田心えるぐらい由具赤なリボ ソでタイプを打ってあるため.この「バルドゥヅチ盗難那 件」という/ートは悪夢でつづられたように彼には思えた。 つまりこんなにも前兆にみちあふれたその昼夜平分時の狂 った朝、とうてい、そう、とうてい憲兵の管轄とはいえな いような秘密の恐怖によってノ!トが作られ、ベージ、ぺ ージに言葉が盛りこまれていた。だめなのだ、ひっそりと した田舎は外が風爾で濡れそぼち、時々顔を出す太陽をか ろうじておがめるだけ、それだけにまたまたあの恐怖に見 まわれるのは嫌だった、ごめんだった。ナイフが一.瞬ひら めいたあと、野獣の手で容赦なく生命を絶たれて、葬儀を 飾る遣物のひっそりしたたたずまいをその恐怖が包んでい たのだ。管埋人夫人や刑事たち(まだ法的に確認されるま えのこと)、さらには自分では知らずに入ってきたという、 ぞっとした.敵っきの従兄弟の目にふれ、その後はあらゆる 男たち、女たちのスリッ.パの問にころがっていた死の蝋人 形の家にもふさわしい青ざめた幻影、そしてそれから数日 というもの死休安置所の臭気のなかで首の傷口からあのく さった膿がしたたっていた。彼が見つけた竜のといえば きん 「向かいのドアの」金と宝石、とにかくブ・ンドの伯爵夫 きん 人の金であワ、その後次々と夢に見た(実さいに見たので はない)姿がひらめくなかで軍曹はためいきをついたGそ して早くも発見者巨救済者の服装をし、准尉の袖章をっけ て彼女の前に現われたところを想像しながら、あらゆる疑 惑の蛇から解放されようとしていた。「・….・でも、誰かほ かの人も、あの殺された夫人の鉄の小箱から、ひょっとす ると」彼は調べるのをためらってはいなかった。今や急い でいた。バルドクッチのものと思われる宝石類は半分がリ ストにのっているわけなのだが、まだこの仮説のあいまい さというのは残っていて、差、れを確かめて、ひとつひとつ 区別して行くのはマリーノの兵舎か、ひょっとするとロー マのサγト・ステーファノ・デル・カッコで行なわれるは ずだったが、心方、そのノートにはっきり示されているマ ノテガッツプ伯爵夫人の宝石はそれぞれに臼分がそ、の盗ま れた宝石なんだとその場で証拠を・.めげて訴えるのだった。 それに実をいうと、あと残っている可能性はどれぐらいあ 267 るのかと理性が計算していたのだ。たにしろ一時問半で指 先にトパーズを持ち、トバーズの入ったしびんが手に入っ たというこのまぐれあたりは、けちを重ねて富を積むとい う連命から見たかぎり、どうもつきすぎているという感じ である。頭の中で燃え立ちながらもはにかみ、いぶかって いる予知能力の統計からすると、どうも第三の事件が起る とは考えられなかった。娘とコクッロはじっと動かず、ま るで人について行く機能が空っぼになったように相手の出 かたを待っているばかりだった。軍曹は目がさめたように 口をきいた。 「誰からもらったんだ〜こんなものをここへ持ってきた のは誰だい〜まざ一か、あんたにくれたわけじゃあるまい、 あんたなんかにな」 「あたし知りません。いま初めて見るんですもん。知りま せん。誰がこんなとこに置いたのかしら」 「さあ、誰から受け取ったかいうんだ、知ってるだろ、そ れともおぱさんとか……おじさんにこれを置いていったの が誰か。たんすはしまってた。鍵をかけたりしてな。しか もその鍵をあんたはすぐに見つけたじゃないか」 「鍵はいつだってここにあります。何かとたんすに入れて あるんですもん」 「何かと、たいしたものをな、誰が持ってきたかいうんだ、 分ってるんだろ。こっちはちゃんと知ってるんだから、こ こに来た奴のことは前から分ってる。ローマでも警部さん には分ってるんだ、もう前から。話すんだ、白状しなくち ヵ、いけない、木当のことをいわなくちゃあ、時間がないん だぞ。ここで話をしようと決めないと、准尉殿の前で話さ なくちゃいけないことになる、マリ:ノでな」 娘はじっと考えこんで、目をうつろにし、黙りこくって いた。じゃがいもの顔、虹彩の灰色のガラス玉二個、色の ない唇を見ていると、どうも何か口をききそうな気配は出 ていなかった。いくら前もって獣金をしてもなかなか返事 をしてくれない田舎の巫子とか町の法律屋といったところ だ。戸外の田野、孤独な田野の沈黙にあわせて彼女も押し 黙ワ、かたくなな拒否の姿勢を見せていた。石のようなヒ ステリーでどんなに嘘を話しかけても真実として通るし、 熱いやっとこを押しつけられても動じることはないだろう。 「それじゃあ、兵舎に来てもらおうか。あそこなら、いや 288 一.,.E一}1}.rFz一・ー『き■匿7『f、」 おうなしに吐かされるぞ。どんな目にあうか聞いてみたい か〜准尉殿があんたに吐かすのさ」 宝石類はふたたび袋に入れることになったが、たっぷり ひとにぎり分あり、それをどうにもならないもの、遠心的 なもの、円周的なものというふうにひとつひとつ落して行 った。軍曹は手な使い、それから指を使って作業をすすめ、 全部の「盗品」のなかから、たとえp粒といえども毛布に 落ちることのないよう、よくよく注意していた。与えられ た使命に軽く.唇を開き、カタルの膜を通して大きな息をし ながら、ファルフィリオは腰部の切開に豆ちあってぶるぶ るふるえる"不のように、丈土くな布でできたその袋を支えて いたが、宝石頚がきちんと入るようにと、婦人科医さなが らに二本の親指を袋の口に入れていた。ベッドや毛布、シ ーツのたぐいまで乱雑にしようというのか羽根枕を宙に放 り上げたウしたが、そのシ!ツは純白などというものでは なく、ジョヴァソ皿丁パスコリふうにいえば、さしてラベ ンダーの香ウもしていなかった。彼女はくるみをしびんか ら販り出していたが、ボートの底から水をかい出すという か、溝の水をくみ出すのに似ていた。ベッドの下にも注意 を向け、彼女にヤットレスをひっくウかえさせ(「さあ頑 張るんだ、お嬢さん、頑張って。空気だよ、空気に当てなく ちゃ」)ズボンとよれよれのソックスの入った飾り棚も小箱 もそっくり空っぽにしたり、動かしたりさせた。マットレ スはベッドの網の目の上に立てて行き、最初のはふつうな ら長々-.・」乗っているはずの床几二側の上に立てて手さぐり をしてみたし、小指を使ってパイブの中を調べ、親指と中 指で裂け目をあたってみた。大富豪クロイソス王のしびん はベヅドからベッドヘと移されたが、産後聞もない婦人と いった趣きで、ついさっきまでめんなにはちきれそうにな っていたのがすっかりおとろえ小さくなっていた。壁には 神秘が緑や赤になって、痕をとどめ、まくれあがり楯れた葉 が去年の枝についたまま残っていて、あるものは灰色、銀 色、またあるものは灰色か緑色や褐色、あるいはずばリハ かザズマ バナ葉巻の色で業っばにぴ・てん'〜、いた神秘な力が年が変る とと承.に蒸発してしまったともいえよう。ずっと下って最 後に、絶望的な知識の、あるいは誤解の光が射したのはプ ラットホ去である.盗裂をまとった(「羅謙欝梛) ひにぢ ふたウには悪が存在しているように思えた。日日と事件を 289 熟させるために、ずっと前から。沈黙の力が、あるいは存 在がm野と大地の伏魔殿の中に、空とそして、眺めたり逃 げるほかには何もできないような雲の下にあるように思え た。それは外に出たとき彼らの心なしめっけるあのいっさ いの正しいつながりに対する失望や、そうした意識の弛緩 という感覚のなかにふと現れるのだった。一瞬、町がまた 現れてみたり、空〃一雲雷が走ったりというときに。 娘にとって雌鶏に姿を変えてしまっている。菜園では知ら んぶりをして、はにかみながら片足を上げ、こんどはそれ を下してついばんだり糞をしたりする。三羽いるうちの→ 羽なんだが、さて、どれだろう。というようなことで家の そばの刈ウ株の問で、一日に卵をひとつ生んでは誘惑をし ていた(三羽のうちどれなのか、どれがその揖に生んだの か、これは絶対誰にも分らなかった)、荘園もない田舎の 貧困と孤独の中で人びとの心を誘惑していた。そのうえで 准尉や神に通告する人びとに向かってその人たちのことを 告発するのだった。その悪魔である彼、というか雌鶏であ る彼女はいつも、地面を引っかいたウ、虫をさがしている ようなふりをしていた。みみずやうじ虫などをあれこれと。 そして汽車の汽笛が聞こえたとたん、悪魔か自分にとりつ いているのではないか、いや、ほかの女の子たちも七うい う臼にあっているのだろラという恐卸や.希望にとらわれた ものだが、さて、悪魔だとしたところで、三羽のうちのど れで、誰がそうなのかは誰にも分らないままであった。悪 麗だという点には疑いようがなかったし、それにス、ρイか もしれないと、娘は角が二木生えた片手を鶏たちの方に向 けて考えた。スパイだ、スパイだわ。あんなふうに変装し ちゃって、住居のあるガヘしのびこんできたのだ、いかに も田舎じみた鉄道の住居へ、ほら行く、ほら行く。それこ そ鶏らしい態度で鶏然として散歩に出たというところ、そ うだ、片臼にガラスを入れ.白い花をボタン穴にさして、 ヴェネト街を黄色い手袋で歩く紳士である。すっかり横柄 にかまえて、くちぱしで片力の肩にっいている虫をとワ、 今度は別の肩のをとる。そしてまったくなんでもないこと のように糞をしたが、でもちゃんと鶏としての便宜ほあま すところなく利用して、よく鶏がやるとおりに脇の力をな がめ、ドアが開いていればこれぞ自分の勤めだというよう に台所をのぞいて見に行くのであった。ひょっとすると入 2go 、 -、d5』ー「11・.!『§璽■目一目{!:■!5ーーーゴ評巨」匹「■← ・ぎ一審一量』二鼠、蒼.多ぎ って行ったかもしれない。それを追い出す人はいない。お じさんは無姫肱の前に坐りこんで、トソ・ツー、トソ●ツー とチャムピ!ノかチェッキーナに電信を送っているところ だった。そこでゆうゆうとスバイを働くことができた。必 死のひとみで記録し、網膜にのこす。鶏たちに特有のあの 脇についている、ピカソでも考え出したようなあの目、ト イレの舷窓、左舷にせよ右舷にせよスバイをしてやろうと いう意図ζ態度も全くないトイレの舷窓。ところが、あに はからんや、そこから見ているのだ。そう、悪魔だった、 うまく計略をつかって台所や、貧しい住居のためむき出し ベネトラコト になっている床の上に入りこみやがった、というか、雌鶏 ベネトラロタ に化けてきていればお人りあそばしたわけだし、あるいは 罠にかかって茎を並べた垣根に入りこんだのだろうが、そ の藍というのがそれぞれ反対力向へ斜めに地而にさしこん であって菱形になってはいたものの、土砂ぶりの雨や風に 痛めつけられ、長い冬がすぎた今ではなかばこわれ、なか ばくさって疲れ果てた垣根になウ下り、二〇二一五キ・の ところにあるこの家の困窮状態に田舎の気配がどんどん入 ってくるのを阻む役には立たなかった。雌鶏や切り株の悶 にいるおばあさんの姿は菜園に立つ曲った小さな木という か、死に見まわれて骸骨に化したナナカマド、あるいはか つてはカガシだったのが、北風に吹かれて黒いぼろ切れに なったところに似ていた。地面に向かって小さな鋤をふる っていたが、疲れて放り出し、.腰をかがめたままでいた。 軍曹は大またに彼女に歩み寄った。「さがしてたものは見 つかったですよ」と彼女にいった。「隠したのがあんただ ったら、説明をしてもらわなくちゃならないけど:・…」老 女は顔を上げたが、それはバラの根に刻みこんだような顔 だった、何のことか分らず、また聞こうともしないで相手 を見つめた。 「つんぼなんです」とカミヅラが注意した。おじさんに電 話をかけた、、おじさんに報告しようというのだ。カミッラ がサノタレッラ准尉さんに「召集をかけられた」というよ うないい方をし、証葺のためマリーノに「出頭」しなけれ ぱならない。鉄道監視所は番をする人がいなくなるという ようなことを知らせた。それに対し別に意見もなければ、 電話で抗議をするというようなこともなかった、相争の老 人は。聞かされた話の内容について、別にとやかくいうで 291 もなかった。これからまたカサール・ブルチャートまで上 ってくるところだった。十二時十四分のチャムピーノニア ル、ip行き混成列車までは、もう汽車が来ないことをカミ ッラはちゃんと知っていた。 笑は老人は知らない声が聞こえてきたので仰天したのだ った。娘が固い表情で説明したところでは、おじさんは電 話で話すとき、呼び出しとか職務連絡以外は、決って声門 の基都に麻痺症状が起る。つまウ、彼女にいわせると舌が 止まってしまうのたそうで、たとえば、運算にかけては天 下一品なのに、言葉となると、あまりよくない知らせをペ トラルカふうに持ってまわっていうのに必要なイタリア語 とはいわないまでも、「充分にして適当な単語」をあやつ ることすらできない、そういう雄弁術には不向きな技師に 似ていた。典型的な昌ぎ碁8旨ヨ琶εざぎ電話の前 の失語症、尊敬、軽蔑、言葉による自己表現力の無さ、第 三者や禾知の悪漢に聞かれているのではないか、そしても ちろん恥をかかされるかもしれないという疑惑、というよ り妄想的な確信、そして決定的なことだが自己の人格の喪 失と、赤而しどもったあげくにロゴスがしどろもどろにな テレフオノロアヴみツタロラドマ  しヴエん る現象、こうしたものが当時のハンドル電話時代のヨ!ロ ッパを、したがってイタリア半島な蛇行し、疫病のように よどんでいたのだった。郊外でも、それから田舎でも。お じさんは鉄道員じゃないか。ルケリーノ(に刈餌ひδ紹P叶切. 瞭狂)のお父ちゃんと同じさ。それに田舎の男やもめはレー ルぞいに小屋を持つようになるまえ、顔つきこそ檸猛だっ たが、やはワ音心気消沈していた。彼もわれわれみんなと同 じで生まれたときは文盲だった、されど精神】到何事か成 らざらん、意思の力で文字を物にし、リボンに出てくるの をすらすらと読むし、キイでどんどん字を打ち出していた。 すっか)知識を身につけると、腹のあたりからいろいろと 模様のちがった旗を突き出したが、それはあのシェーナの .門フ†トツン,クルトゥリ,孝1か 競馬で優雅な騎手がそれぞれの町を蓑す塔、亀、鷲鳥とい った旗を取り出すのに似ていた。そう生まれつき神経質な 方で、エボナイトのあの壷とは、おれおまえの親しいつき あいで、その日の騒攻しいおしゃべりを吐きすてるよりも、 その唾をごくりと飲んでしまう方だった。そして用心に用 心を重ねた単音節を口にしていた。というか、単音節より も短い音である。おぱあさんはひと)残されて彼を待つこ 292 ーヨ璽{・・匹・柔4ξπド目目「し一ド」軍む、ーL■』i三』篁嚢■『.鍬}ー とになった。犬も雌鶏のことも計算に入れないから、ひと りというのだ。だが、たとえひとりでも、公的な義務は山 とかかえているし、とりわけ、十二時にヴェッレトリから 来る小さな汽車に進行よおしと知らせる緑の棒の操作をゆ・ だねられていた。今や娘までがおばあさんと変らず唖にな ったかと思えるほどで、黙り乙くったままあの町角まで連 れてこられたが、ここでは二輪馬車が憲兵たちの帰りを待 って止まっていたし、その上にうずくまるようにして.坐っ て.いるラヴィニアは喉と頬を両手にゆだね、両肘は同じよ うに膝にのせて、あごを突♪ざ出し、唇を結んで、その口は いかにも人を馬鹿にしたところがあった。そういう姿勢で いると腕の下にたっぷウとゆとりができて、そこのところ に、ちょうどいま腹が立っていて人に見られるのに耐えら れないからと、なまあたたかい胸の重みを宿らせ、隠すこ ともできたほどである。にもかかわらず、そんな気もなし に目を向けただけで、腕の下のアーチ形のところから、ち らりとのぞけるのであった。事実、ファラフィリオなどは 二輪馬車のそばへ寄ったとたんに鼓動を感じ始めた。 馬の持ち主はというと溝の向う側の、今でも道がえぐっ たように走っている草地が少し高くなっ左端れの方に坐っ. て、考えぶかげに地面を眺め、口を開き、乾いたどぶに靴 を入れていた。人問の運命について、先き行きにっいて思 いふけっているようにみえ、夢想家や幻灯技師が空虚さを 生み出しながらよくやっているように、自分の瞳を無限の 無の分野にさすらわせていた。空虚さ、すなわちあの揺れ 動く蒸気や昼夜平分時の朝のもやのせいで、こともあろう に精神生活に欠かせない条件へと高められたあの甘いトッ リチェッリ(竜ハ蜀勃劃酒鯖肝酬静剤哲卿賜曜酵Vの気圧計の真空で ある。兵隊たちといっしょにいるラヴィニアを見てさっそ く好奇心が彼を突っつき、そのあと、彼女と馬とだけにな ったとき(といっても馬は一度にあれこれしゃべられると よくは分らなかったのだが)、事件について彼女にたずね て、初めてほっとし、落ちついたのだった。愛想の悪いラ ヴィニアは取りつくしまもなかったが、こういう能心度が士冗 物のような彼女であり、前述のような姿勢でうずくまって しまった。という次第で、彼はぽんやり口を開け、なんと なしに草を眺めながら、平和な気分のうちにぼんやりして いた、一筋の唾液があまりしまりのない管の隅から、無気 29ヲ 力な舌の下姦って聾塞ら、小石の上馬ろ皇・い まにもこぼれそうにしていた.もっあ小房上梶高 方のせて、鷹姦し、謄艀をのせ、ざるのような+ 本の指から撃突議し、そ妻なんとなと持っていた が、バルコ、一ゐ浮・か棉びてい農竿2うξ山め 凝、湖の沈黙?矯された釣人編し黙った誇畜 でもあった.しかもその狸詰にさして碧詮譲な く、器のかわ之、ズボァがしわになったとこ詮f っくり口を開けたひだ(劣チ・7キのぞ下量る)に さしこんであったので、そのため、下劣の馨つ縫か 参、C出たよ、)覧え、ファウヌ益群態群離)の 蒙少しずつ伸びて行ってしなや娑護と沓薪く垂 れる鞭の細紐になっているところ憲恕たし、特許薄 た藷、彼ひとり殻人的撞嘉具、さらにはアン; とか竿とか、っまリアマチュア無電を使う釣人、車掌とい った鶏の、警外しのきく錘といぞ圭かった・そ して鞭の細紐(脈が打つ通りにゆれてい為)がぶらぶらと 垂れているその謂濯、美エ塑匹、習響曽び たすら行った菜た羨りかえしてい秀、そ詮た手 目ざめている、とぢかくりかえし讐碧蕩への繁 と、その食物をついに見つけた、つ奮嗅ぎあてたと参 輩を示すものであった.禽的なヴァイブレ↓ヨぞ やかましくぶんぶんうなりながら、}オクターブ上ったり 下っnしているうちに最高喜にまで達し奏であった が、特殊の男の震とい姦し蓮命に引かれて・いや おうなしにそこ宅霧莱嚢た象えしくて急と 濃ていた.若い大バエ奄の穿・薪しい歴史のため 態い3嶺撃脅、そこで鋳分累二戸トぢ 楚霧円讐って変・ていた.それ縞馨罐患わ すよう、濠停盗翁をつけ奏し隷募ハエの鶴 で、自分のためにゾ蓄てう奮たとたん・というのは何者 か妻をしてくれたとたん、さっそくとびついてぜいたく 、探養をとる、つま接場の道や、ああた£そ蔭ど 全聾ていぴ馬〔『身9門弓三鞍ら)で。で はい髪わ芸いま突鍵蔭しい墓場るのであ った.予感させるような(つま悉霧響予警茗よ うな)その宇宙にあって、蒸し暑さの中の早熟な青春や・ 昼夜平分時の年ごろの鼻におそれをなしたとき、ふと思い 29ぞ ■ .ず、-、},.爾ー,、、ー、.ーー…ー,卜…ー…ー-ーーξ-ー糞`-き彗ぜ重蓄蓄`〜拳 起したのである。鞭の端のことを。しかし、こんな粗野な 男が何を考えようと知ったことではない。 ふたりの従姉妹は遠くからでもおたがいにそれと分った。 三人、つまりレジーナ・コエリの新しいホープと、その少 しあとからといってもほとんどその両脇をかためるように したふたりの大天使が固まってやって来た。馬車に近づい たところで、御者は立ち上り、ボラが餌にくいついたよう にいきなり鞭をふりあげた。カミッラは青白い顔になった。 「あんただったのね」とラヴィニアに小声でいったが、そ のとき爪をとぎすますふたりの兄弟をそばに置いたまま、 ナイフで刺せるぐらいの距離にいた。御者は馬を目覚めさ せようと、鞭な宙でひと振りすると、カミヅラのあとから 乗ウこもうとしたが、この彼女の顔にいきなリヒステリッ クなねたみの色が走って、さまざまのヴォリュームでいま 見るようにふくれ上った顔、そのΦヨ宮鼠。から空気を抜い てしまった、油を塗ったような頬のふたつの風船が頗骨の クッショソとひとつになろうと、青春にふさわしく、腫れ もののようなかたくなさをもってふくらんでいたのだった が。ジ占,ガイモのような卵に刻みこまれた目が白い空をバ ヅクに思いきり輝きながら自分の存在を示そうと反応を見 せ始めた。腹を立てて彼女をにらむと、相手に画かって顔 をつぎつけた。「あたしだって?」とラヴィニアがいった。 「いやだ顧あ、あんた頭が変になったんじゃないの」憎悪、 軽蔑、恐怖といったものがその声にその言葉に感じられ、 ペスタロヅツイ軍曹は理解しよう、聞きとろうとしたが、 これは無駄だった。口をきくときの軽い呼吸困難、はにか んだ言葉の区切り。これ以上は望めないというぐらいに、 両極にはさまれた金属板と同じで、その胸がぴくびくと動 いていたが、これはマックスウェルの磁気などというもの ではなく、乳色で、臆病で、かわいい肌の板であった。 「あたし、か〜」といって肩をすくめた。「あたしだってつ ■かまったのよ。あたしたち証言をしにマリーノヘ連れてか れるんですって」そして、ほこらかに首を上げた。「どう してこうなったか話すわ、この人、ここにいる人ね。軍曹 さんだけど、あたしのこと、婚約してると思ったの、指輪 をしてたものだから」鞭が破裂して全く楽しそうに黙るべ きとき、蹟発するべきときをあらためて告げるのであった。 それからしばらくして、草地の高い端れのあたりで、口を 295 開いた娘がふたり、長いパソツをはき、兄貴にもふさわし い靴紐のついていない靴をはいて眺めていた。頑丈そうな 男、百姓が、イソガノニの描いた庶民のように首をねじっ て、半分になった葉巻の半分に火をつけ、一服つけさせて もらいますよといいたげであった・、「さあ、乗って」と軍 曹がカミッラにいった。「それから、おしゃべりは止める んだな、ふたりで口うらを合わせたりしないこと、なんの 役にもたたないんだから。何もかも、もうちゃんと分っと るんだ、どんなふうにやったかも、宝石をあんたらに渡し たのが誰かも」腰のあたり、右側の上衣のポケットがふく らんでみえ、ピストル入れと好一対になっていたが、それ は邪魔物も左右釣りあわさなくてはといいたげであった。 「さあさあ、乗って」とくりかえした。カミッラはいわれ たとおりにした。御岩はそのあと、反対側から乗りこんだ。 馬車のばねは.こ主人の権威な感しとっtようで、もう一回 きしったが、こんどはいつもながらの熱意をこめていた。 それから音がしなくなり、すっかリヘこむと、つぶされた ようになった。軍曹は自転車を引っばりながら馬車のあと からっいて行くことにした。馬車は右にがっくり傾いたよ うにみえたか、コーヒーひきの取っ手のようにブレーキを しかるべく回したあと、鞭を最後にひと振ウし、御老がひ と声かけ声をかけ、馬は馬で耳を立て、足をふんぱり、尾 で尻の間をびし飾、りと叩くと、そのあとはもう動き出すほ かなかった.人間と同じ足どりで、目ということはつまり三 人をのせて上り坂を行く老馬の足どりで。そしてまさに道 は上り坂で、自転車はペスタロッツィが奇蹟劇を農開し出 すのを待っていたように、ふたたびがたがたとヌガ!なか じるような音を立て始めた。忠実なファラフィリオも徒歩 で迫をかじるような音を立てるはずたった。持って生まれ たものをあまさずたずさえて、籠のような馬車に乗りこん だとあって、ふたりの娘はどうしてもぎゅうぎゅう詰めこ まれた形であり、そのためおたがいに肩やそれぞれの腿を びったりくっつけていたが、差、れは二羽の肥えたウズラが 皿にわたした細い棒の上にとまって、左右の均衝をとって いるのに似ていた。彼女たちをささえて御者が【番端にい たが、反対側の端にはカミッラがいて、座席のわきの鉄棒 にしがみつき、外へころげ落ちないかしら、道に真逆さま に落ちないかしらと心配していた。つまり、その鉄棒こそ 296 IIF[旧■・西ちε『ーー■}叱ト勢南多多多レ・ 軍オム.重■・毒蓋誓墾菖雪喜. 唯ひとつ頼りになろ碇泊地だった、 「そうだったの、あんたなのね、汚いスパイだわ」と顔色 よりも膏ざめた怒りの色で、声を殺していった。「あんた って、いちゃっくのがお手のものだったわね、知ってんの よ。どうせ今だってそうなんでしょ、あんたのいい人も、 いつだっていっしょにいたがってたもん、よっぽどよろこ ばせたのね」 「あたしのフィアソセのことかしら」とラヴィニアは蛇の ようなすばやい動作で思い切って顔をあげ、いっしょに乗 りあわせた相手の姿など見るのもいやだというように、重 っすぐ前方をにらんでいたが、その柑手のにくにくしい体 混や体臭から逃れることばできなかった。軽蔑の色もあら わに、口をゆがめている感しだ。 「フィアンセだなんて、とんでもない、だめだめ、あんた となんか結婚するわけないわ、それは絶対よ」. かね 「お金であの人を取ろうって腹ね、あさましいわ、蛇だわ、 いやらしいこと。男の味がみたけワや、買うほかに手がな いんでしょ、マダムみたいに。でも、あたしからあの人を ぬすもうとしたって無駄よ。ひどい顔してるもん、じゃが いもみたいなその顔じゃあね。それに、しまり屋さんのあ んたでしょ、ちょっとやそっと持っているからって、まさ かね かそんなわずかなお金であの人を取ろうなんていうんじゃ ないでしょうね」 「あたしが駄国でも、誰かに取られるわよ、きっと」 「ほかの人には関係ないわ。あんただってそうよ。あたし、 誓いを立てさせてやったの。そのことでいいあいをしたわ。 こんなふうにいってたのよ、あんな女とだって?おれだ って気は.確かだぞって。さあ、やってごらんなさいよ、じ ゃがいもさん。地面な掘りに行ったらどうなの、さあ、醜 い魔女さん」馬車の持ち主は口出しなどしなかった。時々、 体裁だけでもとばかりに、ノミのような色をした粗末な上 着のく卦.暫して、正式の馬車の御者席に坐ウゆったウしたマ ントでもはおった気になって、天高く鞭をふワあげ、どう どうと声を出して馬なはげますように気を使っていた。そ のくせ、鞭をふり上げるたびにびくっとしているようで、 精神薄弱者か子供、っまり両親のいいあうていを見ながら、 理由の分らない何かおそろしい嫌悪、憎悪のほかは全然納 得が行かないまま黙りこくってしまう子供にどこか似てい 297 た。彼は女性のことになるとあまりよく分らなかった。女 とは大きな謎だというようなことを、日曜日など、フラッ トッキエやマリ…ノ人のところで半身にかまえてベンチに 坐り、夏には木陰、葉陰でテーブルに肘をつき、小量のお 酒を置いてしゃべるのだった。女に手をつけるまえによく 調べてかからなけれぱいけないと、ドゥ・サソティで動物 の水飲場よろしくといった縞の入った大理石のカウノター の前でグラスを半分ほど空けて証言したものである、とい うのも女は謎だからだ、一方、ザミーラは大理.石の向ラ側 で黒々とした口をのザ.礼かせ、上から見下しながら大目に見 ていたが、半分うんざウ、半分あわれみといったところで、 汚れてはいるけど時につけるエプロγで両手をふきふき相 手をするのだった。あるときなど、こんなふうに答えた,V らいだ。「そんなのすぐに分る謎でしょ、想像力さえ働か せればいいんだから」彼の方はよく分らないなどといって いた。そう、おそらくどんなことでもあまりよく分らなか ったのだ。でもそういう女たちと、少くともそのひとりと は幼いころに遊んだにちがいないのだが、それがどんな子 だったかは覚えていなかった。そして、そうやって遊んだ ときでさえ、なんにもならなかった。その場でしょんぽり して、何かそれとなくいってくれるのを待っている方だっ た。今でも道で女たちに会うと頼まれろままに乗せてやる ことが時々あったが、自分からいい出すということは全く なかった。 「あんたって鬼みたいな女ね」とカミッラが喧嘩を終らせ たくないとばかりに、またし戸、べりだした。裏切られた愛 も辛いが、なんといっても差し押えられた宝のことで憤慨 した。「私の結婚式用の宝石」と呼んでいたが、愛情の担 保ともいうべきもので、それが今や憲兵の手に落ちていた。 「こんなことをして、いまいましいったらない」と歯ぎし りして悪態をっいたのである。 「スパイの豚娘だよ、あんたは、嫌らしい牝だわぢ不愉快 よ」ちぢんだ上着の御者は鞭を高々とふりあげ、その口論 を自分の声で消そうというように「どう、どう」と叫んだ。 「話が聞かれちゃうぞ」とふりかえりもせず、できるだけ 声を小さくして注意してやったが、カタルの肉芽のせいで 声を小さくするのはお手のものだった。何がこわいといっ てカタルぐらいこわいものはなかったのだから。ちょうど 298 β一穿■1`内一r唇騨r !!}-・-ゼートレ旨…菱辱・-圭茎}}聖}騎隻訓ま藝き多Trア一・呈撃窯塾〜露養葦y奪■馨零ξ ファイソダーの、といっても二重のファイソダーになるけ れど、その役目を果していた馬の耳の先端を通して、道路 に目を向けたままでいた。軍曹の視線が自分の後頭部に向 けられ、ひりひりする熱さを感じたからだ。妾、う、目も耳 もこちらに向けられていた。 老馬は一発くらうたびに、速足をしているように児せな くてはと一生けんめいになったが、それが活発につづくの はほんの数歩だけで、あとは歩みが遅くなるのだった。娘 たちは黙りこくった。ラヴィニアはしまいには泣いていた。 その美しさ、その横柄さがついえてしまったのだ。愛する. ということ、いやそれよワ愛を求められるということを誇 りとし、あれほど達者でもあったのに。指輪を、あのキン ポウゲが昇華したような全体にきらきら光る石を彼女にブ レゼンとしてくれた青年はどこにいったのか、あの青年は その時問、どこだったのか。食糧袋は負い草に、ナイフは ポケットに入れて、い瞬のきらめき、明るい髪の毛が風に なびいた。櫛の目が入ったことのないひとにぎウの麻屑の ように。こうして彼女を裏切り、軽蔑して行ったあとだが、 当の彼女は気の毒に(そして涙は何といおうか、甘かっ た)カサ…ル・.7ルチャートの鉄道監視所でくすぶること一 となり、貴金属はとんでもない女のおかげでいいように妖 れてしまった、 「私の腿をあたためているこの女に」 ああ、イジニオ、憲兵たちは彼のショールをつかんだが、 敏捷な彼のことである、するりとその手なのがれた。ピス トルにしても射ってやろうというような気持ちは毛頭もな くて、護身のために身につけていただけである。ところが、 そういうだけでは足りないというように、わざわざ隠し、 埋めてしまったのである.りっばなものだ。だが、もう今 では埋められていない。たいしたものだ。伯爵夫人をおど ろかすには充分じゃないか。帽子〜ああ、あれは袋のよ うな上着にいれていた、、裁判だって駄目だ、緑のショール、 帽子、半分錆びた古ビストルなどでは彼を三年、放りこむ わけにはいかなかった。ナイフだなんて…iああ神さま、 あんなものを使うなんて間違いだ。夫人を相手に…-それ も彼女の家で、やったのが本当に彼だとしてのことだが。 そんなことを考えただけで汗は凍りつき、悪寒と苦悶にふ るえた、おそろしくて。そして湿ったぼろ布で頬と目なふ 299 いた。マリ…ノの肥った准尉だけど、と考えて彼女は小さ な鼻をふいて、どうやって彼は分ったのかな、どんなこと でもいい当てるけど、どうやってするのかなといぶかった。 ショールのせいかな、それもあるだろう。でもショール はしゃべらない。また、あの黄色い石のついた指輸だけど、 あれを彼女に渡したのがイジーだったというのを、どうし て知ったのだろう、それも、こんなにいきなり。サてれから 彼女とイジーは]年ぐらいも相談したあげく、やっと三日 前に婚約をし、それで指輪も、ほかでもない彼の手で彼女 の指にはめたわけだが、そんなことまでどうやって知った のだろう。「なんだってPこの指輪がおれのじゃないっ ていうのか〜じゃ、おまえもそうかPおれの女じの、な いってわけか?」といって、物すごい勢いでキスをした彼 だった……ほんとにおそろしくなるような勢いで。それに しても准尉だけど、どうやって推埋をしたんだろう。そう か。ふたりがおたがいに婚約を承知したあの場で、木陰か、 いばらの茂みのかげに隠れていたということもあり得るん しゃないかな。それとも誰かがふたりを見かけて、それを 報告したのかな。あるいはイジーがしゃべって歩いたのだ ろうか、男たちがよく自饅たらたらやるように(と彼女の 心は誇らかな思いで高鳴った)。だけど、・てんなおしゃべ りをして困るのは当人じゃないの。第一、彼はそんなに話 し好きな人問ではない。あの口やあのぞっとするような顔 からは、「へえ」とか「ほう」ぐらいしか出てこなかった。 とするとP彼女の勤め先の同僚だろうか。いまザミーラ目 のところでお針娘をしているのは三人だった。彼女は毎日 出てるといえるし、カミヅラとクレリアはどうやら来る目 きん もあれば来ない日もある.カミッラは、ありったけの金や 宝石ともども品物を隠したというやましい意識があるから には、他人に話すわけがなかった。しぬ、べるぐらいなら汽 車にとびこむ方がどれだけましか分らない。クレリアは〜 クレリアは憲兵たちの太くて長いのが好きだった。あんな 連中が彼女にはたのもしく見えて、誰とでも平気で踊れた し、月にひとりには承諾の返事をするのだった。これはも う明日なことで、めくらだって気がついていた。だが、友 人を、それも仕事の岡僚を裏切って兵隊に通報するなどと いうことはできるはずがない。「それとも、ひょっとする と、またあの汚いでまかせかしら」と、さわがしい楽盟さ 3σo 『ト旨£桑『昏一一置〜ξ…遮多を寓や』§応レ.ワ驚丼摯一][蓄巽%き.- ながらのオートバイを相手に難渋しているペスタロッツィ をじろじろ見た。.「この嫌らしいピエモンテ男ときたら、 准尉になるためには、どんなことでもやるんじゃないかし ら。とにかくクレリアということはない、自分がスパイを・ やれるなんて考えるわけもないんだから。夕方になると、 ほんのわずかなミネストラ・スープをなめ、ベッドに横た わるためはるばるサソタ・リタ・イソヴィターコロまで、 時問をかけて歩いて帰るのだ。とにかく遠すぎるし、すっ かりお見とおしというような所にいた。家に帰れぱ真暗だ った。で、それから、それから何をするというのか。何を するにしても、危険をおかさなければならない。これは仮 定のことだけど、もしイジーが、そう、もしイ.シーが知っ たらどうなるだろう。彼女がスバイだったなんていうこと を知ったら。骨をへし折られているかもしれない」そんな ふうに何やら眠気におそわれているところを稲妻で照らさ れたような気持で思い出しているうちに、血が上り出し、 血の音がどくどくと耳に聞こえ出して、そういえばあの肥 った准尉のオートバイが大小の通りのいたるところで轟音 を上げ、道がふさがっていようものなら、腹を立てていら いらしながら止まるというふうにして、トッラッチョ、ポ ソテ、そして無電用のアンテナが立っているサソタ・パロ ムバ、さらに時には、そう、サンタ・リタ・イソヴィター コロまで出かけているのを耳にしたっけ、と思い出したの■ である。 だが、それをいって何になるというのか。それこそ彼の 任務ではないか、昼も夜もオートバイをのりまわして、管 区の貧しい連中のところへ出かけ、調子はどうだと聞いて 歩く……受け持ちの鶏たちのところを。そのためにこそ、 銀の筋が二本入った杣章をつけているのだから。「一日じ ゅうオートバイでとびまわることしか考えられないんだわ、 あの男、きっとそうよ、で遊びつかれて横になり、ラジオ をつけさせる。そのラジオを聞く七人の女がいるんだわ。 あの男のほかに」 もちろんスパイにこと欠くわけはないのだが、スパイと はいっても結論として頭や感覚が麻痺している連中のよう で、サソタ・リタなどはすでに蒸発していた。彼女の話に よると、准尉は前日にいろいろと知り得たところから.、通 称イジニオというレタッリ・エネアなる人物がきわめつき 30』 の斐人のラヴィニアと婚約し、約束の言葉を延々と並べた て、相手をおどすぐらい恐ろしい顔をつくってみせては何 度となく前払金を販り立てていたということを聞き出すに いたったのである(と今では想像していた)。「前払金だっ て〜」「ええ、何枚も」と答えたスパイは顔こそ見えなか ったが、ショールやスカートをはいているとあって、どう 見ても間違いなく女性である。「そんなことよりなにより ・…:こういう話、あたしにさせないでください。あたしよ りずっとよくご存じなんでしょ。准尉さんの方が」問題の 指輪だが、これから旅にでも出る人のように奇妙なときに この斐人のラヴィ一一アにわたしたのはほかでもない、彼、 レタッリ・エネアなのであり、そのとき彼女をしっかりと 抱きよせると、口に口に、荒々しいキスを押しつけたので ある。あるいはまたその顔のないお化げが、それもおよそ 人問的ではない声をあげていうことには、ひょっとすると、 いろいろ厄介蘂が起っている今だけに、持ち歩くにはあま りにも危険なこういう飾りものは、いつか手の空いたとき にでもあらためて取りもどすことを前握に、いちおう処分 をしておこうとして、彼女にわたすことになったらしいσ 「それにしても、どこで連中を見かけたんだね」 「あたしが見たのは」とさびしい通りの幽霊が答えていっ た。「あたしが見たのはトッラッチョから来たところにあ るあのあいまい屋です。あたしもときどきあそこには仕事・ があって行くもんですから」「でも、君は建物の中に入っ て行ったんだろ、ところが……連中は表ての小路ですまし てたんだぞ。駄目だ、話があわないな」「でも准尉さん、 あたしは小窓から見たんですよ」「どういう小窓だね」「ト イレの小窓です」ところがラヴィニアについては記憶がう すれていた。疲れてはいるものの目だけはさとい昏睡状態 の中で本当のイメージが変形してしまっていた。「ご自分 で見てきていただぎたいわ。ほらあのトイレです。なにも かも見えるでしょ。オートバイも、仲間うちだけで働いて いるぶどう園の労働者も、ろばもなにもかも・-…・」「で、 トイレじゃ何をしていたんだい」「また、准尉さんたら」 こんどは彼女の手をとった。「ちぬ、んと請けあってくれる か?」「誓ってもいいわ、安心してください」今度はそん なふうにいったが、この気持の悪いマネキン人形がどの口 でそんなことをいったのやら誰にも分らなかった。とにか 302 目12、 二げ{証目■・冠門諭叫髪「背ル.榔葬. くショールで包み、スカートをぶら下げたマネキン人形な のだ。つまり娘だった。顔は卵形で、ソックスの修繕に使 う那形の木型のようである。例のトパーズは二日まえ、ラ ヴィニアの(右手の)楽指をかざって、.みんなをおどろか したものである。「うわっ、すごい。大へんなもの、指に つけてるじゃない」と、そんなふうに聞かれ、「さあ話し て」とせかされると、彼女は晴ればれとした表情になり、 「そんなに知りたいの、そんなに」といって、何やらうる さそうに、それでいて、あからさまな羨望の声や賞め言葉 がうれしくて頗を赤らめながら、肩をすくめたものである。 「そんなにひけらかすもんじゃないよ」とザミーラが注意 した。「この.ころはハエ坊主たちがうろついてるんだから、 たばこを買いに来てはね」 ペスタ・ッツィはその朝、薩属の上官の命令ばかりか、 婚約指輪だぞといったあの仮説、それにもちろん、これは 相手がいないときのいい方だが、ロ!マの役人連中のリス トにも一Rおいていた。上官は慎重そのもので「報告をう けた」というようなことはいわなかった。短い明快な仮説 を打ち出すにとどめただけで、どれをとってもそれなりに 筋が通っていた。彼は今、ばりばり音を立てて道を行ぎな がら、そうした仮説のひとつ、つまりトパーズを婚約指輪 にするという説を、・これまで予想もつかなかった結果、と いうより新しい結果という光に当ててみなければいけない 立場にあった。トバーズはマットナーリ・ラヴィニアがも っている。これはこれでよろしい、「レタッリが彼女にわ たしたと考えよう」だが、なぜ、どのようにして残り全部 がじゃがいも娘の手にわたったのか、あのマットナーリ・ カミッラの手に。ひょっとすると抵当かな〜おそらく愛 の証しなどというよりも、いつも必.要にせまられていた金 の貸し借りの抵当ではないのか〜「これはもう絶対に失業 老のやり口だ……これ以外の仕事はとうてい見つけられな いだろう」と自称社会学者にふさわしく、・てして実際の身 分である憲兵にもふさわしく、乱暴な考え方をした。「そ れから、それから大急ぎで逃げて行くというわけさ」これ もまた准尉が仮説として立てたことである。前の日の朝、 出かけたはずだ。きっと田舎に隠れこんだのだろう.それ とも、街道づたいに・ーマヘ直行したのだろうか。だいた い准尉はレタッリがその日、高とびをしたことをどうやっ メ03 て知ったのか。その晩、彼、ペスタロッツィがオートバイ で灰ってきたのは莫夜中近かったが、そのとき彼らは兵舎 で話していたのだ.やれやれ、抜け目のない准尉だ、いた ふ るところに歩が置いてある。嗅覚か。鼻か、彼、ペスタロ ッツィもまた、いつの日か、これぐらいの鼻を持つように ならないと。「さてと」地、血に目を向け、二羽のウズラの ことなど忘れてひとり考えこんだ。「さて、よく考えない とな。今こそテストをパスする瞬閲だぞ、グエルリーノ、 張りきるんだ。グエルリーノ。正しく推理を働かして、き ちんとやれば、こんどはおまえの番だ。銀が袖にうんと降 り注いで杣章がきらきらするぞ。栄転だ。これは問遼いな目 いoジェラーチェか……マリーナもあり得るな。マリーノ よりもオルタからの方が少し距離がある……ラツィアーレ、 でも話に聞くと、それも断言していっているけど、あそこ も空気はいいらしい、第一、いちじくがある、いちじくサ ボテソもあるし。いいだろう。とにかくイタリア中をまわ ることになるのだ。いいか。ちゃんと推理を働かすんだ ンロソユ ぞ」そしてえっちらおっちら進んで行った。束南風と放浪 性の爾が静まるとともに、いま岸辺からカステッリヘ、人 びとの住む家へと日雲りない透明さでしのびこんできた三月 のすっかり荒れ果てた田園の姿が、いきなり魔法で現れた ように彼を魅惑した。家々の立方体が一、一面体がその頂きを 冠のようにかざ?ていたのだ、修道院や塔のあたりを。】 瞬、孤独の昼気楼の荒野。だが、見上げれば彼の前方には 人口潤響な地帯もあれば、電車も通っている。執政官の道 にそって。彼も知っていたが粘土地帯の向う側では鞭で叩 くように風雨が砂丘を痛めつけていて、そこに恐怖があっ た。小さな谷間の閉ざされた地.平線があり、疲れた沼地が あり、泥があって、そこではさえぎるものもないまま冷た く、凍るような線色をした籐の茂みが厚く茂っていた。時 々、思いもかけないときに丘のお尻のあたりに大きな、古 びた塔が忽然と現れて目を光らせ、ここ何か月も通らなか ったけど今日にかぎって通った男がいると認めていた。帽 子をまぶかにかぶったように屋根が]方にだけ傾斜してい りベッチゴ て、壁は去りやらぬ夏の陽に焼かれ、南.西風のスープが塗 りたくってあった。それを乾したのが孤独である。軍瞥は 自転車に乗りながら考えたが、ついさっきたっぶりと収穫 のあった鉄道監視所はほんの一瞬かもしれないけれど、例 ヲ04 ・讐{-晶立ゴレ巨ξ・・}〜賑.誓箆ダヒコ冥}奮一蚕・聖憂窒馨r・喜屡塗穿奮ち の通称イジニオというレタヅリ・エネアが、まずまず不可 能と思われる逃避行の最初の行程で、逃げ道とも隠れ家と もしていたのではないか。アッピア街道、アソッィオ街道 といった幹線道路には監視の目が光り、オートバイの警窟 や、ひょっとするとよその憲共隊のパトロールがいるかも しれないし、それに赤く塗った荷馬車も行き来し、このご ろだと新酒の桶を山とつんで(脇から見た目にはそう見え る)下ったり上ったりしていることだ.それから朝の早い 野菜づくり、陽気に鈴を鳴らしながらロバの背で売り歩く リコッタ(野潮獄)売り、それに泥や咋夜の雨ですっかり汚 れたまま時おり走って行くトラヅクには舵手よろしく、運 転席のフロントガラスを前にして肥った運転手たちが陣取 ウ、防水をした黒い油布の上着を着て、酒やけした顔を狐 の皮のえりに埋めていたが、こうしたてあいは見ていない ようでいながら、誰が道を通って行くかちゃんとお見通し だった。しかもみんなが今では例のふたつの犯罪がのって いる全部の新聞を読んでいたのである。その丁刀では、イ ジニオがほんのちょっとにせよ鉄道監視所で休んだあと、 カサ〜ル・ブルチャートまで達し、アルデアティーナを越 えたか越えないかはともかく、砂岩でできたゆるい傾斜の 影を人に見られずにこっそり逃げたことも考えられるが、 この傾斜というのがアルデアの目に見えない防壁になって いるし、山羊の神、牧神のための洞窟とも避難所ともなっ ていて、さらにまたまた別の仮説では、なんとかローマ曜 ナポリ線のサンタ・パロムバ駅までたどりつき、ここで職 を探している日やといよろしく、列車を.待っ.ていたともい う。この駅に止るふたつの列車のうちおそまつな方の「直 行」列車を。あるいは:・…と、最後にペスタロッツィは両 刀論法の角を二.重に使って、敵が息切れし、汽車賃を、持っ ていない場含はやはり田園にとびこんで、ソルフォラータ やプラティカ・ディ・マーレの方角にある公爵の大灌木林 に入って行ったのではないかと疑ってみた。そこから海岸 に出て、あとは小屋でパソをねだりながら、休み休みオス ティアまで行ったか:…・アソツィオまで足を伸ばしたので はないか。となったら、もう見つかるわけがなかった。本 当だ。だが、そうではなくて、ローマ行きの列車に、乗った というのはあり得ないだろうか。とすれば、出札口で出す かね 金はあったのか。金をやったのがいるとすれば誰なのか、 30ラ 冠 金をやったのは……。ラヴィニアか……。それからカミッ ラはちがうだろうか。あのぶす女が金をやったという方が、 ずっとあり得ることだ」 そんなふうにぽんやり考えているうちに、やっと道路の ことに気づいた。もうアンッィオ街道のところまで出てい たのだ。いまあげたような疑点は何ひとつしめくくりのつ かないまま、これは准尉の任官試験になるのだぞ、兵営で 何もかも決着がつくんだと自分の}身上のこととして一応 のしめくくりはつけた。だが、「事実の再構成」という精神 もしくは悪霊が彼のこめかみをハノマーのように叩いてい た。レタッリか……さあ、なぜ盗贔を鉄道監視所に置いて いったかだ。あ差、こなら……誰も、そうだ、サンタレッラ 准尉でもとうてい考えつかないだろうし、あの監視所には 醜いフィアァセがいる、醜いがしっかりもののフィアンセ が。しかもあたりの田野には住む人もない。逃げることに 決めたのは、人びとの世問話のなかから聞きかじったとか、 みんなの読んでいる新聞の見出しを読んだ直後のことにち がいない。宝石は:…だめだめ、家になんか置いておける わけがなかった(「潜伏」したあとほんの数時間で、家宅 捜索が行なわれたぐらいだ)。当然見つかったはずである。 証拠となり、懲役というはこびになったろう。つかまった 場合を考えると、身につけて歩くというのは引き出しにし まいこんでおくのに劣らず危険だった。で、こういうこと になったのだ。だが、逃げるにしても、人目をしのんでい るにしても金は必要だった。それに汽車に乗るにしても。 で、おそらくはカミッラが結捗持っていて、それをやった のかもしれない。やっだのがもじれないど……おガネをず ごじ、で、抵当としてサファイ7、トパーズを少々置いて いったのだが、これはもうやったも同然であった。 ところが、そのカ、・・ッラは自分は貧乏だと泣いて訴えて いたじゃないか?軍曹の頭は混乱してしまった。どの仮 説もどの推理も実によく組み立てられているくせして、ほ どけた網のように弱点のあることが明らかになった。つま り、小魚は……はいちゃである。非の打ちどころのない 「再構成」という小魚は。レタッリはずっといかがわしい やり方だとは思うが、イネスのところのあの金髪野郎のよ うに、またサント・ステーファノの金髪で目には見えない 訊間の神さまがガニメデ・ラノチャ{二のような役割を演 ヲ06 .,註潔§…、多婁…屡ぎ蓋、…奪、43接・ゼま!ま遜言凄凄墨多菌凄装雀. じてきたにちがいない。だが、こうしてかなりくたびれた 残り津のようなところまで話が来たところで、いろいろ調 べてやろうという貧欲さもしぽんでしまった。ガニメデと いうのは彼の記憶の資料保管所の叛かでも、いちばん分類 の容易な人名であるが、ディオメデとなると話はちがった。 二輪馬寧の娘たちはふたたび口争いをしているようで、 事笑、小声で聞くに耐えない言葉をやりとりし、蘇魔やヒ ステリックな魔女よろしくふくれっ、面をしていたが、今の ところ勝Rはどうも口っぎが狂暴で、口もとに軽蔑の色を 浮かべたきれいな山力の女にあるようだった。この争いに、 死んでもいいぐらいの好奇心をよせた真面目なペスタロッ ツィはせっかく耳をそばだてながら聞こえなかった。スブ リソグのきしむ音、自分の自転車がごとごという音、馬車 を引いている馬の尻から出る何発もの破裂などが邪魔して、 見たところ、そして事実もそうなのだか、いかにも心をく すぐるこの口争いをじっくり賞味することができなかった。 かててくわえて、邪魔な鞭が降りおろされるし、とんまな 御者が運転する人特有の眠気からはっと覚めるたびに、声 を出ぞうとして、あああとやってみるのだが、全然うまく 行かなかった。なにしろ馬はかわいそうに、もうこれ以上 は速く動けないし、優しい尻がこれ以上破裂することもな かった。とにかくだめだった、軍曹には聞こえなかった。 「それっていうのもね、あんたが少しばっかのお金を通帳 に筈きこんでるからよ」というのが突然聞こえたものだか ら、片足を地面についた。「だからなのよ、あんたみたい なみっともない女なのに、イ、シーがフィアソセだなんてい っていたのは。さあ、どうなのよ、あんたなんか、男の子 かね がほしくなると金を出して買ウような女たちの仲同でし ょ」そして、べった疾を吐きすてると、それがとんで御者 の臆病そうた膝にあたウ、御者はあああと叫んだものの、 もう時すでにお・てしで無駄だった。それに、せっかく叫ん だところで、.馬は止まっていて、(自分の主人の)目にふ れないよう用を足すため、.両足を開いてふんばっていて、 動くどころではなかったのだ。軍暫の顔はのびのびとして、 気持もなごやんだ。 「そうなんだわ」と頭に来ているラヴィニノは叫びつづけ かね た。「あんた、お金をやるのがいやになったんだわ。で、 かなり渡してから目いやになったもんだから、彼の方で担保 307 がわりにこれぐらい置いてこうと考えたのよ。つまり二干 リラで買ったってわけね、自分でもそういってたじゃな い」 「嘘つき、恥知らずり魔女、スパイぐらいやらかそうって いうあんただもの、どう本当のところをいったら、だって ね、あんたみたいな嘘っきスパイは誰の役にも立たないの かね よ、もちろん、お金を払ってくれるやとい主にだってね」 「おいおい、君たち」ペスタロッッィはマットナーリ従姉 妹が自分にあまり尊敬の念を持っていないのにむかっ腹を 立てて、こういった。「こんどはなんだい。いいたいこと があるなら、兵営にいってからやってくれよ。ふたりして いっしょにさえずるのを、准尉さんがうっとりと聞いてく ださるぜ、夜中まででも、そのあとだって口嘘嘩ぐらいさ せてもらえる、それはもう確実さ。鶏小屋に入ったら、好 きなだけ突っつきあうんだな。さしあたり結構だ。しずま くに ってもらおうか」彼の故郷では今というかわりにさしあた り、さしあたってなどといういい方をしていた。それはロ ーマでも同じだった。こうして怒れる女どもふたりの争い は静まり消えていったが、ちょうどヴィニアのすばらしい 唇の上を逃げながらおとろえて行く雷鳴に似ていた。ファ ラフィリオは徒歩で興奮し、チーズ色のしみのほかは顔を 紅潮させて追いついて来たが、そのしみが遅ればせの堅信 式のようにあごを白っぽくしていた、首のすぐ上のところ である。上り坂は何かとこたえるとあって、あとずさり気 味にやってくるこの風船野郎だが、その上衣の短いこと、 昼夜平分時の償慨を覚悟しきっている様子とぎたら、いや おうなしにあの火で堅信礼をうけた(洗礼をうけたのでは ない)連隊の古い話が思い起される。 U@げoロ≦Φ二図.騎器ロp(=R唱三くoくoβ巳丹〔一臼 コ目∩マ窃…曾簿甑8口箒く簿ロ讐ひコ一≦ くo実巳〔切o口けo崇マ@… (フランドルから帰って来た 古参でのっぼの精兵 あんまり短い服なので 大事なところが見えちゃった) 一方、馬はやっと落ちつぎを販りもどし、勇敢な兵士が 小休止の原因を知るようになるより早く、どうどうどうと 決めつけるかけ声とともに、元どおり引っばり出し、仕事 308 }-レ「.『・ド,ート5・ー「1,ー・-・E,『f『垂-舜.Pイ^{E}タ』愚φ詮暑一一翫罫.尊貯」、「詣.尋{ξ喜曇彗腐響雪華■. にかかったのであったが、その小休止が遠くから見ている と上官の思いやりから御者に命じられた待機、つまり彼フ プラフィリオ、彼自身に与えられた寛大さと完全な許しの 現われというふうにみえたのであった。だが、馬の小便で できた水たまりを見つめ、そこから湧き上る甘ったるい、 まだ生温い蒸気を嗅ぐと、首や顔の特別な部分の赤い肌に 彼なりの叱責と彼なりの軽蔑が現われていた。この馬の小 休止はあまり上品ではないが、押えようのない性質のもの であった。しかし、ひと鞭くれてやれば、あるいはまだ避 け得たかもしれない。とにかくご婦人がふたり乗りあわせ ていたのを考えなくち幽、。 10 その同じ日の朝の同じ時刻、っまり三月二十三日、水曜 日、通称イジニオことエネア・レタッリが住んでいた(そ のとぎはそこに住んでいたのだ)トッラッチョでの捜査が 不調に終ったとあって、サソタレッラの准尉ファブリツィ オ騎士爵はオートバイでマリーノからアルバーノに至る州 道を走らせていたが、この道はやたうと木が茂っていたと いうか、丘一帯を埋めつくした庭園、公園の木々が両側に 並んでいた。三月になって見るとニレ、プラタナス、カシ などの一部が裸かになったり、ぼろぼろになったりしてい るが、木によってはサソ・ビアジョやサン・ルチオのお祭 りにはち釦、んと緑色の葉をつけていて、イタリア松、ヒイ ラギなどがそれで、屋敷の中には月桂樹の清澄な家庭的と もいえる友惜がただよい、この月桂樹を使ってよそではア 3σ9 カデ、、、1会員の頭に冠をのせてゑたり、場合によっては詩 人が冠を戴くこともある。ひとつだけの示唆やひとつだけ の手がかりではなく、もっと多くの点からして、手配中の 青年は(大ざっばなところ)パヴォナとパラッッォに向か い、いわゆる表街道がそれなウに危険だと思えたのだろう、 裂道や小道を下りて百った模様で、この説には信しるに足 る、というか少くとも拒否できない根拠.かあった.、波もま たうしろに兵隊をのせていたが、なかなかできた准尉で、 ちゃんと短銃で一武装していた、自分でとまどうというよう なこともなく。→5一謂の賛美歌俘者の七音節を何となく あいまいに示唆するだけのメ・デイに変たたうえで、彼の 考えは逃亡者のあとを追ったが、この相手というのが彼よ りはある程度優位に立って、今や大股に「発児不能の状 態」という覧界を越えて進み、ロマンティックな「行け」 という表現を利用していた。その言葉、その刺戟にせっつ かれたようにして鬼の准尉どのは鼻と口の問で歌いながら、 倣慢な(そしてまたそのように想像される)リズムをモー ターの爆発音に結びつけていた。方ステッロの駐屯地にい るふたりの兵隊にハソドル電話で手を貸すように頼み、ふ たりが軍と、といっても自転車だが、とにかく車を用意し ているのを知ると、パヴォナに行くよう命じた。 それにしてもこの金髪男の行動領域というのが全ぐ変っ ていて、人間がごろごろし、下司な連中はかりいてふつう とはちがう生き方が通り、別の地名で登録したり、別の名 前で知られたりする界隈で、神坐な遺跡、五階建の家々が 立ちなら.ぶウソベルトふうの灰色の雰囲気、電車があえぎ、 それでも鈴を鳴らしながら循環しているその一角であり、 いわば仕事と余暇、終業時と残業時の場になっていて、こ こではぶらぶらしたり、時にはじっと見つめたりふざけ半 分や気まぐれから鼻をつきあわせたりしながら、どうやっ て何もしないで放心したように(彼の話ではそうなのだ) したらいいかという技術をひけらかすし、また、樋の上を 歩く夢遊病者のようにいっさいの仮説、いっさいの距離感 というものが沈黙したところにおのれの身をゆだねるあの 教会の暇人のしあわせな知恵がくりひろげられるのだが、 さて、彼はというと思いっきり行動的になり、人びとが道 を行ぎながらやるように、ひっきりなしに次々とぶつかっ て行くのであった。バーのあとは靴量、ソーダや石鹸の売 3∫o [、』】看『吼奮,岨o{葦`卍」繧`、曲i一・ゴー5穿■[≡レ目満塁『こ.・「"}フ5ミ■一=・ij量『、で一!弐三堅…』董!畢ヨξ( 、、}互、蓼を{罵.奪,、「エ憂愛垂アfご、誓..垂季蓄争目窒u醇{講ネ妻'塾寄-霊舌穿多」 店などだが、それらが庭園の鉄柵にそって並び、その内側 に斜めに生えたシュロの木が見えたが、これが黄ばんで冬 に痛めつけられ、乾いた空の下で、うつろいやすい時間は もちろんのこと、北風の確実そのものの三目祈祷にもやら れて衰弱していた。噴水、サンタ・マリア・デラ・ネーヴ ェ大寺院、城壁の残骸のアーチと円蓋、胡椒石と砂岩の立 方休、そして、トゥヅリオとガッリエーノ、リベリオ教会 などをしのばすものが、かまどに黒い振を置き、商売で鐵 くちゃになったきびしい、すすだらけの顔をした栗売りの 呼び声に感しられたし、また、ガラスの借白室の中に顔を 埋めた順番待ちのタクシー運転手のだんまりにも感じられ アワトメダノテ たが、大体このアキレス戦車の御者については、その静か ないびきが彼を駆っておよそ待つなどという意識を忘れた はるかはるか彼方へと漂流させてくれるまでは(呼びかけ を、命令を)待っているといえるかもしれない。 サノタ・マリア・マッジョーレの鐘がアスカ・一オの窃盗 箏件に乎えた祝福について、ゆったりしたカγタータがあ って、そのあと、イネスのしめくくりのアリアがあってか ら、そいつはこのおれさまが明日の朝にも見つけてやるか らなと金髪男はひとり言をいい、そして濫のライオソのよ うに二時間も喉のあたりをうろうろしていた大あくびを、 出口のところで吐き出したのだが、そのとたん、手であく びを押さえてしまったのは、フーミ警部か彼に向かってこ ういったからだ。「この若僧のことだけど、君にまかそう。 エスクイリーノをぐるりと回るんだな、それからカルロ、 アルベルト街、ひとりで行くんだ、ぎっとヴィットリオ広 アアラソき あ 場でつかまるよ、例の絶壁遺跡の向うでな」イソグラヴァ ッロは押し黙ってうなずいた、別に行くまでもないとして も、彼が行くのが本筋だ、ましてや行った方がいいのは目 に見えている.「問ちがいなくつかまるよ,娘の話は疑う 余地がない」 翌日、十時きっかりに金髪男は所定の場所にいたが(シ ュロの木の間をひとまわりしたあと)、ちょうど女たちが 買物に出かける時間、夕飯だけではなく、それよりむしろ 差しせまって用意をしなければいけない昼食が気がかりで、 いわばモッツァレッラ・チーズ、ふつうのチーズ、虫下し のたまねぎ、雪の下で辛抱づよく冬ごもりしていたちょう せんあざみ、香料、.上等なサラダ、子羊などといったもの ヲ11 の時闘である。その朝、広揚の屋台で焼豚を売っている人 びとのまわりにはお客がむらがっていた。サノ・ジュゼッ ペ祭からあとは、いうなれば焼豚のシーズソである。たち じやこうや、まんねんろうのみじん切りを入れ、にんにく については今さらいうまでもないことで、そえものをつけ たり、砕いた青物をまぜてじゃがいもを詰めたものもあっ た。だが金髪男の方は頭をふりふり、ぎごちなくのんびり したところを見せて、わめき戸と赤いオレンジの間をどん どん進んで行ったが、その問ずっとこっそり口笛を吹いて みたり、それとなく唇をゆがめてみたり、ふと黙ワこくっ て、さも偶然にしたように目を上げてあちらこちらと見る のであった。でなければ、じっと黙って立ち止まり、中折 囎を額の中ほどまでまぶかにかぶり、両手をボケットに入 れ、寒気のする背中を明るい色の薄手の外套に包んで、軽 くはおり、雨方の杣をだらりと下げたところは燕尾服の尾 を思わせた。それはまがいもののスプリングコートで、毛 深く、やわらかそうだったが、あちらこちらがすりきれて いて、いかにも眠たげな伊達者が、吸えるような吸いがら はないかと探している、そういうイメージを作る上で役立 ぞいた.呼び声や、さあ買っ費ったとぢ套い2F の渦、孟にチーズのよ農あお祭暮わぎで墓前の儀 式さながらに名前が乱れと窪か髪きこ義禁らゆ っくりゆっくりと安売りの屋台の前を通り、さらに人参や 栗、それと並んで山と積みあげた白と青のひげの生えたう いきょう、白羊宮のまんまるな使節たちのところを通りす ぎて行ったわけだが、これは要するに植物共和国の全景で あり、そこでは値段や品物の競争のなかで、新しいセpり がすで優位笠ぞいたし、さいごに、わずか疹残っ ているか砕甲"どから漂ってくる焼き粟の匂いは去り行く冬そ のものの匂いに思えた,多くの屋台では今や時闘も季節も 超越して、ピラ、、・ッド型緩んだす5やくゑだ黄ば み、籠の中では黒く、タールを塗ったように光っているプ 。ヴァンスのすももやカリフォを[アのすもも專黄ばん でいて、それを見ただけでデヴィティなどは喉のあたりか らよだれが湧いてくるのだった。人声や叫び声、それに鑑 札をもった女の売り子たちがいっせいに甲高く威嚇する声 に圧倒されて、ついにトゥッリウス王とアンコ王の古代の 永遠の王国にまで着いたが、そこではまな板の上でうつぶ 3」2 ・,p.1目r盛=葛`.・目蓄肖乙て・■「旨甚7・田γ.・目「ド∵嬉ドア昂『ぎ.菱を己ξ..y卜量ン葦釦f一圭、= 廟ず、・一ミp'『5・.更℃崎.・毒ギ・量民§等 せになったり、たまにはあおむけになったりしてゆうゆう と横になり、あるいは時々、横を向いて眠りこけながら黄 金色の肌をした焼豚がまんねんろう、たちじゃこうの入っ た内臓だとか、白っぼい柔い肉の中のそこここにある黒ず んだ緑のこぶ、胡板の粒を入れて薄い脂肉のように押しこ んである辛い薄荷の葉っば【枚などをのぞかせていたが、 その胡轍のことを騒ぎの中で一番高い叫びをあ.げてこう宣 伝していた。「さ山めさあ、台所はもちろんだけど、ほかの いち マーケットでも、どこか知らないよその市でもこんど新し くつけることになった腺がこれだよ」さいわい、楽天主義 が尻に帆をかけた形で、いっばいに品物の入った網袋や買 物籠をかかえ、カリγラワーを枝葉のように抱きこんだ婦 人たちの渦の中へ彼を追いこんでくれたおかげで、そんな にむずかしくはなくてすんだ、つまり、イネスのおしえて くれた人相風態をもとに、数歩離れていたにもかかわらず、 問題の相手を見つけるのはむずかしくなかった、おとなし そうなラッパ吹きで、もってこいの相手である。屋台のう しろに立ったところはすらりとしていて、その瞬間の感じ ではイネスがしきりにいっていた恐怖、臆病さとは裏腹で、 ちゃんと臼もあるし、髪の毛は濃い目の長髪で、油をつけ すぎた感しであり、それを片方にだけ硫いていた。おばあ さんといっしょにいた。てっぺんを見ると、少しひたいに ふりかかった髪の毛が、気ままに櫛を入れたあとサラダの ように、あるいはまた小さなうねりが刃のようにくるりと 巻いて、いまさっき沸ンざかえっていたのに、今はもつれて 沖へと引いて行き、ついには砂浜から消えて行くのにも似 て、うねった感じになっていた。白い前掛けをさらりと掛 けて、大声をあげながらナイフを概いでいるところで、] 本は長く一本は短く、その問にも彼、金髪男の方を見たが、 別にことさら見たという様子もなく、あのくす.んだ金髪の 頭でかっちめ、歯を抜くことしか知らない大道歯医者なみ の中折れ糧を面のところまでかぶりやがって、両手を一ボケ ットに人の前に突ったってるだけで、あれはきっと豚が食 かね いたくてたまらないってとこだな、いざとなって金がなけ りゃあ、かわいそうに奴さん、欲しくて佳川がれ死にでもす るんじゃないかな。「豚だよ、豚はいかが。ちょいとした 豚ですぜ、お客さん。腹のなかにぬ、まんねんろうの木がま るまる]本入ってるんだ、アリッチャからじかに取りよせ 3弓 た上等の豚だからね。シーズンもののじヵ、がいもも入って ますよ」(このシーズソというのは彼が夢に見たことであ って、実は古いじゃがいもをこまかに切って、バセリのこ ま切れといっしょに豚の脂のところへ詰めこむわけで、じ ヵdがいもは尊厳を.失うのである)「シーズンのじの、がいも ですよ、紳士や議負の皆さま方、お美しい奥さま方、サラ ダ、に入れる固い卵なんかよりはおいしいですよ。雄鶏の卵 よりおいしいんですからね、このじめ、がいもは。なにしろ このあたしがいうだからねえ、》とにかく味をみてごらんな さいよ」ひと息つこうとちょっと休んだ。それから突然に 「百グラム リラと九十、豚ですよ。これこそ出血だ、み なさん恥ずかしいと思っていただかなくちゃあ、みなさん、 ここへ来て、こんなに安い買物をしたんじ"、ね、百グラム 一リラと九十だなんて、口ではいえても、なかなかやれな かね いことですぜ。さあ、手に金をにぎって来てくださいよ、 さあ奥さん。食べないようじ釦、、稼げませんぜ。百グラム 一リラと九十、豚肉ですよ。上品でデリケ!トな肉ですよ、 みなさん方にびったりだ。味を見てくださいな、食べてご らんなさい、このあたしがいってるんだぜ、ねえ奥さん方、 上品でおいしい肉だよ。食べれば食べるほど、また食べた くなる、どうも得するのはみんなお客さんだね。カステッ リの上等の豚だよ。灌木地帯の乳母のとこへ連れてったぐ らいだから、ガッ・ーロの灌木地帯へ連れてってね、カリ グラ帝のどんぐりを食わせたんだ、コ・ンナ王子のどんぐ りをね。マリーノとアルバーノのえらい王子だよ、悪漢の トルコをやっつけたんだからね、海はもちろん、足で歩い たレヴァティの大会戦で地上でも勝ったんだ。いまでもマ リーノの会堂に行くと額があるでしょ、トルコの半月形の ついたのが。おいしい豚だよ、みなさん、まんねんろうの 入った焼豚だ、シーズソのじゃがいももついてるし」そし て、これだけどなり立てたあととあって、ひと休みすると、 悲劇役者があらためてポーズを取るように、それこそ深刻 な様子でまたまたナイフを研ぎにかかった。だが、ナイフ をふたつ片づけると、また炎がもどってきて、戦櫟が身体 をゆるがした。これはさっぎとは別の変化が突如、燃え出 したのだ、というかそのように警官には思えた。目を落し て「ためしてごらんなさい、お客さん、味をみてください な、百グラム一リラと九十で豚が食べられるんですよ、奥 3■4 .マ■目目 ・豊♂、一コ寄調穿パ騰妻多誓f・・ さま方によろこばれること請けあいです」それからちょっ とかわいい女に、声の調子を落して「いかがでございまし ょうか、美しいお嬢諏・覧ん」娘の方はそのもったいぶったい いまわしについつい笑い出してしまった。「焼豚半ポンド でしょうか」そして小声で娘に話しかけながら、その日は 文無しの大道歯医者からはなさなかった、「お客さんには 一番おいしいところをさしあげますよ、ええ、ちかっても いいですよ。あたしゃすっかりお客さんが好きになっちゃ ってね。なにしろきれいだもんなあ。わざわざお客さんの ために焼いたのをさしあげましょ.う、じゃがいもをふたつ つけてね」それからまた、あいもかわらずがなりたて、■今 度は目を空に向け、軽薄に秘密をもらす人のように顛をふ くらませて「さあいりっし力・い、豚を買ってらっしゃい、 お客さん。さあさあ、おぜぜをさがし出して、こいつはま たとないチャソスですぜ、豚をいつまでも屡台にさらしと くなんて恥ずかしい謡だね、いつ雨が降るか分んないんだ サツマエずおドサソコ よ、お客さんのポケットに財布のあることぐらい分ってん だから、現なまのあるぐらい。けちけちしててはみづとも ないよ、お客さん。現なまさえ出してもらえば、豚はもう お客さんのものですぜ」 こんどはおばあさんが、そう彼女がおばあさんだとして のことだが、はがりやおしゃべりで相手をごまかしながら、 それでいて結構、その赤い敵の下女をすっかりよろこばせ ていた。一方、彼の方は「百グ・ラム]リラと九十ですよ、 黄金色の豚だよ」だが、その同、金髪男の大道歯医者はあ いかわらず彼の方を見つめつづけていたが、帽子をうしろ にやったとあって、そのせいで額がむき出しになったのを 見ると、本当のブロソドと栗色の間の、もじゃ、もじ勲、に逆 立った麻暦のような髪の毛のせいで、すっかり炎に包まれ たような感じだった。その両脇にふたつの人影が現われた が、最初からいるのよりは暗い感じの手ごわそうな男たち で、ひとりはこちら、ひとウはあちらと黙りこくった警官 のよう譲なれて立ったが、こちらのブルチネッラ(瞬瀦 臓鋸解棚驚駅焔伽ど)君、少したってそれに気づき、たちまち 大あわてをしたものの、行動に出る段となると、もたっい た。そして当人のこの若僧はしだいに「お客さん、お客さ ん、百グラム一リラと九十だよ、豚だよ、豚、そうなんだ、 豚なんだ、あたしには分ってるんだ」とまるでひとり言を 3り いうようになる一方、声はますます低くして行って「ブ・ タ」と力なく音節に切って「ブ……」というようになり、 微かな息は喉で消えてしまうかに思えたが、それはろうそ くが流れてすっかり熔けて、臭い水たまりみたいになって しまい、その真中から焦げた尻尾が顔を出しているときの 明りと同じで、ますますうらぶれ、黄ばんで行くのであっ た。そこを突如として三倍の明るさになったライトで照ら し出されたようなものだ。というわけで、察しがつかれる ことと思うが、相手が何者か分ったときはもう遅くて逃げ るどころではなかった.ナイフを台に置いておばあさんに 「おれに用があんだってさ」とささやきかけ、もう前掛け を外していた。脚ががくがくふるえていた。それでも金髪 男にはちゃんと挨拶をしなけれぱならなかったし、相手は 他人には気づかれないよう一枚の紙片、つまり身分証朋書 を出してみせると、例のきれいなお守りを鼻先につきつけ て小声でいった。 「ちょっと署に来てもらおうか、おとなしくしていれば誰 にも気づかれないですむ。こちらのふたりも私服警官だけ ど、よかったら自分が連行したい、ふたりに護衛の手間を かけずにだな。君はランチャー二だな、ランチャー二・ア スカニオ、こっちが問違っていなければ」ツでこで彼として も騒ぎにならないようにと、焼豚とナイフを置いて、全部 おばさんに…;.おばあさんにまかさなければならなかった。 彼女はその場にきつい表情で立ちつくし、不安でいっばい の皆を葉の方筒けていたが、饗は方なこととは 露知らず通りすぎて行った。自分は警察に連行するように という命をうけてきたのだと、金髪男は手短かに彼女に知 らせ、もう一度、書類を販り出して見せると、「ランチア ー二・アスカ、一オ」とつけくわえていった。おばあさん、 この店の女主人、中年の百姓女といった彼女はこの商売の ・わりには髪もまだ黒々として、うんとやせぎすであり・木 のように干からびた繊くちゃな顔をしていたが、これから どんな態度を取ったらいいのだろうか不安げで、そんな馬 鹿なことと愕然とし奈らも抵抗した・「あ叢何も悪 いことしてませんよ、罪になるようなことは」といった。 「それなのに、なぜ連れて行くんですか」金髪から小声で たずねられて自分の名前、苗字、住所を告げ、屋台を出す 免許一証も見せた。そして、別に興密した様子もなく、自分 316 r...ち・4零♂一.目嵐』d目.チ,一【,湘・イ簡』 峯h妄白・一ナベ・..豪.が呼h認肇翠糞茎豊言`}『垂鷺聾蚤凧重乗葱 はアスカニオの母親の叔母だとっけくわえた。金髪はこの 資料をちびた鉛筆で紙片になぐり書きすると、ポケットに しまいこんだ。まるでいとこ同士が話しあっているような もので、誰も見とがめるものはいなかった。グロッタフェ ルラータの出身だということは、おばあさんが不承不承認 めた。グロッタフ呂ルラータの町で、フラットッキエの名 をと?てトッラッチョと呼ばれる一画の出身だが、ローマ に串てきてもう八年になり、そう、ポルタニフティーナの 外にあたる、いうなれば野菜のどまんなかで、ポポロニア 街と書かれた標識がいちおう出ている田舎道で「そこなん ですよ、野菜作りが掘立小屋に住んでいるのは。あたした ちもそこでしてね、鉄道の前です、すぐそこのところに ね」とジェスチュアをしてみせ「薫の間を下りてくとカッ ファレッラの沼地まで出るんですよ」 「カリフラワ!の真中に掘立小屋があって、だいたいチョ ーセノアザミを作ってます」アスカニオはそこでみんなと 寝ていた。広場で何かと手つだいをするのと引きかえに、 お情けで泊めてもらっていたのだ。父親は……まあいいだ ろう、父親のことは。兄はもうニカ月も仕事がない。「ど うしているのか消息がないんです」アスカニオのことはと いうと……みんなして助けようとしてきた、この子を「あ たしらにできるだけの、ことで」そして、あとでぎっと帰し てくれるという保証を取ったうえで、すっかりしょんぽり しながらも、若僧が連行されて行くのを認めた。ふたりの 色黒の保護天使にしても、お客たちはもちろん、自分たち にも騒ぎがふりかかってほしくないと、屋台から離れたず っと向うで待ちうけていた。若者はあれだけ客寄せで声を 使ったあととあって顔も青ざめてしまい、屋台をぐるりと まわって、脇にいる新しくできた従兄弟の方に行った。そ こで金髪が名演技を披露した。頭をふりこのようにぶらぶ らさせ、肩をつき出して群衆の問を縫って行きながら、偶 然にしたようにこの男にぶつかった.自分の男である。 「おい、おい、どこを見てんだよ、こんなとこで何をぐず ぐずやってるんでい」(小声で)「女中たちの尻をなでてる のか、男の財布でも狙ってるのか〜ポケットのボタンが 販れてたらお前の仕業だぞ、木当のことをいうんだな」そ れからぎっばりした口調で「さあ、警部殿が用があるとさ、 何かお前に話があるんだそうだ」それからうつむいたまま 317 彼の腋の下をかかえこんでいったが、僧やら大切な話をし なければいけないというようにみえた。 雑踏をぬけ出てマミアニ街やリカソリ街に入って行くと、 そこは魚売りや鶏屋の屋台の問が通路になっていて、イカ、 ヤリイカ、ウナギ、ありとあらゆる海に住む種類のグツな どを死っていたが、もちろんカラス貝があったことはいう までもない。若い男と彼、つまり金髪自身はイカの明るい 銀色というか真珠貝の色をしたやわらかい肉をちらりと見. て(内側の脈のところが念入りにみがいてあった)、別に 自分から望んだわけではないのだが、それこそ新鮮な湿気 をおびた海草の匂いを嗅ぎ、空の感覚、塩素腿臭素陥沃素 的自山の感覚、ドックの生き生きした朝の感覚と、腹の底 から湧き上ってきた空腹感をいやすべく揚げた銀を皿にも って出すという約束な感じとったのである。牛の胃袋を煮 て九めたものが、巻き上げた絨毯のように『枚】枚積み重 ねてあり、皮をむいたヤギの子のおとなしい解剖図もあれ ば、霜降り、それにとんがりながら、先っちょが房のよう になっている尻尾もあり、それらはみなまごつかなく高貴 さを意識していた。「四リラで何もかも売っちゃうよ」と 投売崖で宙にさしあげながらいっていたが、その全部とい うのがどれも半分しかなくて、ローマのレタスの白い束や すっかりちぢみあがった緑色のサラダ、目がそれぞれ片側 だけに向いていて、片方だけはこの世の出来事の四分の一 しか見えない生き生きした鶏、鳥籠に黙々と詰めこまれて いる生き生きした雌鶏、黒いのあり、ベルギーのあり、象 牙色昨麦わら色のパドヴア種のありで、さらに黄緑色・赤 緑色の乾いた胡徽などがあり、ほんのちらりと見ただけで 票ひ8りし、是緊こみあげてきたし、醗蝿ソル レソトのくるみ、ヴィニャネッ・のはしばみ、それに山と 積んだ栗もあった。さらばだ、さらば。女たち、肉づきの よい内儀さんたち、暗いというか草のような緑のショール、 先が開いたままの乳母用のピン、つまり亥全ピン、やれや れ、その時、となりにいた女の乳百をチクリか、まあ、女 コスイドフアノじトウツテ はみんながこうやるものさ。ふわりふわりと動いて行く蛸 と同じで、売り揚やパラソルの影を次から次へと移っては、 セロリから干したいちじくへとやっとのことで移動して行 き、ふりかえったり、おたがいに尻を押しつけあい、袋を 買物でいっばいにして腕をふりまわしながら道を開いたり、 ヲτ8 認詩一至一・葦母雲命巻峯薄マ茎整∬ぎ〜 息をつまらせ、口をもぐもぐさせたりで、ちょうど水が少 しずつ減って行く罠の養魚場に入っている大きな雌の鯉と いうところ、いっばいになり、もみくちぬ、になり、この大 食料品市の渦の中に肉塊もろとも一生を通じてわなにかか ってしまった。 ホ その問、ドソ・チッチョの方だが、彼も彼で時問を無駄 にはしていなかった。夜中を半時間まわったところで帰宅 すると「三月二十]日、.月曜日、ベネデット・ダ・ノルチ ャ祭」と釘に掛かったカレソダー(向かいのパン屋が年末 の挨拶にくれたものだ)がおしえてくれたが、あいにくと マルゲリータさんがめくり忘れたものだから二日前のがま だついたままだった。熔けた金属の大きな滴りがひとつ、 午前一時、サソタ・マリア・デラ・ネーヴェの時計が知ら せた。いっさいの推理は朝まで伸ばして、横になり、眠り こみ、大きないびきをかいた。怒ったような震えるような その音が突然、眠りこんだ家の静寂の巾に遠去かったとき、 思いもかけず、(テーブルの)大理石の上にあった目覚時 計用の懐中時計ガ鳴り出して、また一日の怠俗が始まるよ と告げたとたん、ドアに女主人の慎重なノックの音が二回 聞こ・えて、大ばか者の時計の狂ったような警告に裏づけを 与え、その結果は寝がえりを打とう、このまま眠りっづけ ようと頭の巾で精p杯ねがっていたにもかかわらず、六時 にベッドから引き出される始末となった。ごっついお尻か らすべり出て、ベッドの縁からどすんと転がり落ち、百姓 のようにしの、がみこむのであった。たくましい身体、太い 脚、夜に着る赤い平行のしまの入った藁のように黄色いフ ランネルのバジャマからはみ出ているので分るが、膝から 下は毛深そうに見えていて、その彼が覚めた顔で考えるよ り先に、とにかく落ρこちたという事実そのものを首8 跨。δ後悔するのが常で、ベットの脇に虫食いだらけの敷 物が敷いてあるにもかかわらず、床にひびきわたって、ま ことに積極的な起床を階下の神経質な技師さんに知らせ、 たちまち目ざめさせてしまうのだった。夜、家に帰ってく るときの北風にしても、いったんベッドに入ってしまって から夢で吹く突風にしても、なかなか、その子羊の毛のよ うな頭髪を乱すまでには行かなかった。黒く、それもタ! ∫lg ルをぬったように黒くてちぢれて、びっしりと生えていて、 新しい日の明りにきらきら輝くところを見ると、ペスタロ ッツィがどう考えていたかは別として、整髪剤の必要はな かった。ごっごつした脚はその『部を見ると皮膚の表面に、 これまた黒い電気が飽和状態にあるような毛を垂直に立た せていた、というか弓で射込んだようになっていたが、ニ ュートソやクーロソの揚の力の線のようであった。まだ目 を閉じたまま、というか、ほぼそんな状態のままスリッバ バルク をはいたが、それは二匹の小さな動物さながらに嵌め木の 床にうずくまって彼を待っていたようだ、それぞれに自分 の婁.カモラ党(概鵜初)員にふさわしい無法者が意識を 取りもどしたように伸びをすると次々とあくびを八剛も九 回もくりかえし、丈夫な下あごが外れるのではないかど思 えたぐらいである。そのたびにううむ!という言葉で終 ったが、・てれできりがついたのかと思うとそうではなくて、 全くの話、すぐに、そのあとすぐにまた始まるのだった。 左の圖から涙がこぽれ、そのあと右からもゆっくり、ゆっ くりと、次々にあくびを重ねてはしぽり出して行く、牡蠣 売りが次々とレモソを半分に切ったふたつをしぼって行く のと同しだ。頭をやたらに掻き、後頭部のジャングルに爪 をぼりぼりぼりと三本立てたところは猿のよう、夢遊病者 べ なみの足どりで「風呂場に」向かって行った・そこまで着 くと、かんぬきをかけてドアをしめ、それこそ急進的な迅 速なやり方であの今にも洩らしそうなたまらない気持を静 めることができたが、この気持が毎朝、膀胱に(といって も膀胱の方はびちぴちと若々しいのであるが)持ち主が直 ぐに日ざめることを伝えるのである。 こうしたことが、よくしまっていない、ということはっ まりよくしまらない窓から入ってくる三月の透}.ご問風とい っしょになって頭のもやもやを吹き払うのに役立ったが、 ンヌシユ この透ぎ問風というのは東南風が吹きこんできたものであ る。ベッドと眠りのせいでまだあたたかいパジャマを釘に ぶみ下げてから、あらためてその自分臼身の夜の皮膚がう つろに、汚れなく下っているのをながめた。明るくなって いった。眠っているとき、それこぞ下手な歌を歌って、い わぱマルシアだったのが、こんどはアポロになったみたい であゑ勝酩鍛舘騰轡卿詔淵郷)。といってもむ 二十代ではないし、髪の毛がびっしり生えたアポロである。 32σ 『蔑a目4愚》受.匙4哉て舌^ .評、匹一.目一.い}昏y[・・開[i・r毒婁蓬き易嚢彗一萎垂旧燈善遵・童」型き菩多多葦-L 大きな頭をもう一度かきむしると、洗面台のところへ行き、 リソバを自山に動かしたあと、まず鼻、それから顔、首、 耳というふうに石鹸をっけていった。洗面台の高い蛇口の 下で長髪のもじゃもじゃ頭をゆさぶウ、ラッバのような・鼻 息をたてているところは、水巾をぐるぐるまわって水面に 出てきたあざらしたみで、そのぐるぐるまわるというのが 彼の場合は毎朝、「占領された」バスルームで行なわれる わけで、彼の派手な沐浴がどんなものかは充分に察しがつ く。かんぬきひとつでへだ七られたドアの向う側では甘い オルガスムスとデリヶ『トなおののきが、その瞬間、例に よって親切な家主マルゲリータ夫人をとらえていたが、こ のひとは勲三等のアノトニー二氏の兼亡人、マルゲリータ ・チェッリ、貸閾商売だなんて、いやいやとんでもない、 れっきとした.こ婦人でバルラー[[閣下、ピェール・カルメ 『ロ・バルラー二総裁の義姉妹、だが総裁といっても、ち がうかな……いや、そうだ…ー何の総裁だったのか記櫨一は ないが、とにかくかわいそうにその御仁が亡くなってもう 数年になり、死囚は敗血症の化膿にともなう肺気腫で、彼 はいわゆる家族全体の大黒柱だったのだ。この建物のタイ ル張りの、それにふさわしい香り(猫のおしっことか燈 油)がする廊下の持つ永遠性を、彼女はまずふつうでは考 えられない奇蹟のような羽をひろげて、ふわりふわりと静 かに通って行きながら無にしたのだが、彼女が通って行く 様子は、今や消え去って、完全に機能を失った重力の場で、 いってみれば磁力を失った磁石のように儀式をいとなんで いる感じだった。こうして流れるような小刻みの足どりで 台所まで、湯わかしのところまで行ったが、その足どりの ひとつひとつはピγクのフラノネルの、長い部屋着のせいで 他人の目にはふれず、廊下に残されたのは、あとを引く裳 細のように言葉のうんと厳密な音心味におげる継続の観々心そ のものであった。伯和にくるまワて訴籏えている幽霊を患わす その流れるような足どりと軽快さは、もともと亡き「わた くしのガスパーレ」の涙に濡れた手にささげりれるべきも のだが、(本当の話)ドン・チッチョがいつも没頭してい る沐浴と、それと同時に行なわれる鼻の気管のつまりを取 り除く儀式、それが反覆の詩節のようにくりかえされて行 く流れを少しでも妨げることがないようにするためにも利 用される。貸問商売だなんて、いやいやとんでもない、ち ヌ` 、 やんとした女主人として、しかも堅信式にのぞむ娘のよう にほんのりと頗を染め、ふたたび胸の鼓動を高鳴らしなが ら、一日で最「初のお勤めに気をくばっていた。つまり起き るとすぐ、まず何よりも教会のさだめに従ってミルク・コ ーヒーを出すわけだが、これはもう前の晩に用意してあっ た、マルゲリータ夫人独得の、あの有名なダブルのミルク ・コーヒーだ。だが、これは全くの狂気の沙汰で、あらゆ る婦人たちからこヂ、って非難されていて、なかでも貸問商 売の女の下宿人がうるさかった、さよう、こういう女たち こそまさに貸問商売というにぷさわしい。まったくそうだ。 「おかわいそうですわ」と彼女はいっていた。「おなかを すかしたまま・.めの方をサノト・ステーファノにお送りしま すのは」ちρ、んと「カッコの」という言葉はつけ加えなか った。おそらくカッコという表現から脱線しては大へんと いう恐れがあったのだろう(渤歎ゆ齢鵬邸脅賭耐).しろめ細工 のお盆にうやうやしく出してあるのを見ると、鋼製か錫製 かよく分らない湯沸かしに入ったコーヒー、取っての販れ たやかんに入れてあるミルク、砂糖はペブトソの瓶が空い ているので、それを利用し、丈の低いコーヒーボットのそ ばには油しみた円筒型の茶碗がひとつ、揚げバノとバター を波状に置いてある小皿などがあり、黙って見ているとふ くれっ面のわれらが紳士は毎朝のように野牛さながらそれ にとびかかって行き、急いでいるのを口突にもぐもぐと一 気に片づけるのであった。お皿までも。その朝はいまさら いうまでもなく、カレンダーによると三月、」e三日水曜艮、 土掘る人サγ・ベネデットの日で、「あわれな塊の陣麺を 体内に抱きて」とチェック夫人は十字身切る仕種なし、 オ テドエドラボヨラ ゾゴドノイみ 「われらのために祈り働きたまえ」とマルゲリータ一流の いい方で祈った。「陣捕じ坤、ない、心痛でしょう」とドン ・チヅチョはスープを口にふくみ、すっかウ心を傷っけら れたようにぶつぶつ不平をいった。「それにおれらのため み には余計ですよ」と、喉をしめつけられた感しで顔な紫色 にした.バソ盾が気管につかえ、いまにも窒息しそうにな ったが、すぐにパンの皮もミルク・コーヒーも何もかも鼻 から吐き出した。「陣捕でございましょ、陣痛です」と女 主人側が震え声でいった。「いかがでしょう。同じでは.こ ざいませんの〜あなたは木当に教育がおありですのね、 警部さん。学校の先生のように思えましてよ」そういいな 322 ..・.旨♂要51肌τ;ゴ一協、{、凸.酒 笠轡雪碍ヤ蓄墨瑳謁違逸ゆ}置ユ}毒凄さ- がらも二度、背中を叩いたが、いかにも実さい的な女性と いうか、まるで妹のように、やれやれどうも、優しい態度 は救いの神で、しかも彼女、どうやら叩きの専門になった ようだ(ドアの固い板もそうだが)。警部さんの方はもう 一度口をぬぐう.と、立ち上った。すでに前の日の朝に細工 をしておいたし、その後は夜、署を出るまえに車の手配を した。電話で交換に頼み、車を出す責任者のところへ直接 出かけて行って話を"し、もう一度電話をかけたが、今度は 夜の十一時になるというのにパンタネッラ次長がこのこと で勲三等のアマービレ氏と話しているところで、そのかわ いそうな御仁の耳もとに口を寄せて、たっぶり風を送って いたが、それは怒れる電子の電というにふさわしく、トル コ人でも相手に話すように声を大きくしていた(耳が遠か ったのである、アマービレ氏は)。自動車ですね?はい はい承知いたしております。もう頼ませました。はい。来 てほしいと頼んでおきましたです。 そして信じ難いことだが、ちゃんと手に入れたのである、 同僚の政治畑の主任警部から。相手は前の日からトルコ帽 の二、三人とおつきあいしなくてはいけないため、どうせ O 一日、何もできないとあぎらめていたので、「P」連絡用 の一二〇〇を都合してくれたが、ただしあまり乗り気では とおくべつ なく、特別なお恵みだ。めったにないおごりなんだぞと大 いにもったいぶってみせ、「なにしろ君だもんな、ドン・ チッチョ、分ってくれよ……イソグラヴァッロ」という具 合で、いつの日かお返しをしてもらうよ、そこのところを 忘れないでほしいといいたげであった。これがほかの人だ ったら、こういう優雅なことはするまい。だめだ、「とん でもない。ごめんだよ」となるだろう。車といっても古靴 なみで、恥ずかしくて乗って行けないほどの代物だ。がた がた消耗していて、でこぽこの泥除けに使ってある二枚の 金属板は刷毛で黒く塗ってあ)、でこぼこに波打っていて、 ニスのこぼれたところがごつごつし、動き出すと銑、れがは ためき、がたつくところは召使の半分空いた買物籠からカ リフラワーの葉が二枚のぞいているようだし、片方のドア はどうしても開かず、ハンドルが変な具合についているせ いでもう片方のドアはしめようにもしまらす、ガラスは一 枚が上らないし、ライトがひとつこわれていて、文字どお りの片目、くたびれたタイヤは古靴のよう、ひらひらがた ヲ23 チ くさん出ていて鼠蹟ヘル一一アに似ていた。ところが、旨ω 冨ヨbo匡げ器これこそほかでもないローマ警察署長の栄え ある乗用車だったのだ。マーチの直後にギャングの手に落 ち、そのあとすぐ時問や箏件、それに自分が全速力で乗せ てやった若者たちの教育などに比例してどんどん評判を落 して行き、今ではてらうこともなく自分のことを、自分が どの程度使えるかということをあけすけに示していた。中 に乗りこむと感じられるし、匂いがするのだが、きっとこ こで飲んだり、がぶ飲みしたり、モルタデッラのソーセー ジをかじったり、オレーヴァノ(釦籠紛商)で唇をぬっては、 「ひどい、この・iマの晶、塗ってると油みたいで」「そ う、そう、油さ」といったり、安たばこを吸い、くしゃみ をし、疾を吐き、オレーヴァノやらソーセージを吐き出し たことだろうe というわけで、いまこの車に乗る人は政治関係であると ないとを問わず、みんないやいや頭をつっこみ、頭のあと から気おくれ気味の靴が入るが、片方の長靴がまだ地面に つけたままであり、疑わしそうな、盗み見るような目で、 鼻の穴もまた同じだが、それというのもそうした汚物のな かから異臭といっしょに三ヵ月の死児の亡霊の青白さを帯 びた蒸気が湧き上りそうで、その死児にはらせん状に巻き 上った尻尾とろばの小さな頭がついている。用心しながら、 眉をひそめ、不安げに。誰もがよく知っているような種類 の有機的排泄物か何かが布地(シートの)に残っているの ではないかという考えが、利用者みんなをびくびくさせて いて、慎重居士を不安に落すことはもちろん、向う見ずで 無遠慮な人たちを慎重にするのだった、そういう人たちが いるとしてのことだが。みんながおそ九おののきながら、 めいめい、自分の飾りもののことで少々ためらっていた。 たとえばそれぞれのズボン、毎月、毎月、月給から差し引 かれ、分割払いをしているなんともみごとなズボン、ちゃ んとそれにあったベルトがついていた、いったんその床に 突っこもうものなら、さっそくあまりありがたくない汚れ が輝きを台無しにしてしまう、それはセッキ神父の評判の しみが光球の明るい丸みをそこなったのと同じである。 そしてガソリンまで入れてもらったイングラヴァッロは いってみればカードを叩きこすっているうちに、エースの 入っている手をえらんだようなもので、あるかぎりのもの 324 墨 ;・『・さ§量iヂ∈・、 ■ を絞り坂ってしまい、ベネヴェントに行って帰ってくるだ けの分を詰めた。乗りこんだ三人の警富は武装していて、 ふたりは短銃をもっていたが、ブルジェスの下宿へ調べに 行ったつかまえ屋もいないし、ヴィットリオ・マヌエレ広 揚に行かされた金髪.男もいなかった。それでも三人ともい かにもたのもしく口ひげをぴんと立て、それに准尉のディ ・ピエトラントニオが加わって四人になり、彼イソグラヴ ンヤァるドル ァッ旦で五人、そして六人目は運転手、まだ、イタリア本 来のアウティスタといわなければいけないということもな く、使うことを認められている二十七のフラソス語の単語 に入っていた(畑勲瀞厭鄭凹嚇撒ガ)。というようなことで機関 車になぞらえるようなことはするまい。いわぱふらりと漕 ぎ出したスペイノ広場の小ボートだ。腸のようなタイヤを ふくらませて、といってもそれはそれはやわらかいの.だが、 どんどん走って行き、ひょっとして石にぶつかろうものな ら、破裂しかねない状態で、道の曲り角に出るたび、犬が 道を横切るたびにブレーキをきいっとかけるのだった。ジ ョヴァソニ・ラソツァ街は工察中とあって百メートル以上 ピノチノゲけしリンゲ にわたるくぽみのため縦揺れ、横揺れをくりかえし、歩 道を行く人の脚にまで泥をはねあげ、ぬかるみにつかった 車体の放物線状の金属板はだんだん曇って行く朝のピソク の光をうけてオパール色となワ、沈んだり、浮ぎ上ったり するそのたびに絵具ぬりたてという感じで、はしばみ色の 浴漕のようになっていた、ラルゴ・ブラノカッチョでは、 サソ・ジョヴァソニ広場の方向へとメルラーナ街を曲って 行くとき、イァグラヴァッロは階い表情で左の方に目を向 け、窓ガラスを下ろして見るとサソタ・マリア・マッジョ ーレで、拝廊の上にある回廊の暗い三つのアーチが児え、. 貧しい民衆の慈愛の目が見送るなかで、自分の内臓から出 てきた棺桶を追っているようにみえた。何世紀もの遠い昔、 「山」であったと思われるものの頂きにわざわざ設計され て建てられたひとつの意思表示であるヴィミナーレ、つま り十七世紀ふうの寺院建築は、思想の豪勢な住居のような もので、その根もとの部分はいま影の中に、下り坂の一本 道の暗がりの中に、ありとあらゆる枝がもつれている中に 入っていた。そしてこれは枝がからみあい、並木がずらウ と並んだ向うに先のとがった鐘棲のあることをほのめかし ている。だが、そのロマネスクふうの小さな塔の煉瓦の上 325 園 では火もまた装飾に一役買うつもりでいた。ドァ・チッチ ョは今の天気はどうなるだろうかと頭を突き出し、雲を見 ようと振りあおいだ。雲という雲が走ってみえ、馬の敗走 というところで、二本の並行にならんだ雨樋の間にのぞく 明るく、時には青い空の空問を横切っていった。メルラー ナのプラタナスと木々の枝は道を由るときには森のように みえたが、電寧を走らせる二本の線路の下りて行くあたり でちらりと見るとただ乱雑にもつれているというだけで、 いかにも三月なりに裸かの木々で、樹皮という樹皮にはけ だるさまで出ていたが、うろこと継ぎ当てで出来た幹の皮 の明るい、邦会的な明るさのなかには]種のむずがゆさが あり、かさかさの革、口と銀の雌牛のなめし革といおうか、 あるいはまた人びとの行き来、車と自転車の往来の中にさ らされたやわらかい豆のさやの色をした下着でもあった。 とそのとき、枝の問から姿を現し、深紅色の気配に早くも 目ざめた「九世紀の」鐘棲は光線をあびてあたたまったら しく、そのあたたかみで、今は眠りこけていてもいつでも 勤行をあいつとめましょうといったブ・ソズを目ざめさせ たようである。生徒たちに呼びかける大きな鐘は曵にかか って艦に入れられたという格好であるが、こんどは自分の 番だとゆっくりゆっくり、最初はほとんど聞こえないぐら い震える音で鳴り出し、それが金属の翼でも生やしたよう に空に浮いて轟音をひびかせるまでになったひその音の波 が思想の上に、テラスの上にしあわせそうにひろがって行 き、家々のしまったガラスをふるわせたが、どの窓も眠り こけたままだった。かなりの年のおばあさんがひと叩きし てはリズ、、、カルに深呼吸をしたが、甘い息を吐き出す、そ のたびごとにかなりの水っ気をとばしていて、知らない人 はどんなギターを鳴らしているのかと思うだろう。だが、 これはルチアーノやマリァらッダレ一丁ナたちに勉強に 行くんですよと呼びかけているのだ。編み毛を垂らした子 供たちに。そして事実、それからほんの少しすると辞書の 包みをかかえて走っていたし、とうに着いているものもあ った。歩いて行ったり、電車で行ったり、そう、この連中 かねド は金があるのだろう、ひとりのもいれば群がって行くのも あり、雄や雌のすずめの集団で、誰もが大急ぎで耳をふい てきていた。形ばかりでも洗ってきたのもいた。そう、耳 だ、勉強するものにとっては欠かすことのできない器官で 326 ある。カーン、カ〜ン、カーン、カーソ。老婆はこの鐘を 鳴らすたびに、そ.の鐘の舌からスズメバチにふさわしい合 図をひろめようと全身全霊、お尻の力までこめて叩いてい た。そして少しずつそのたびごとに、音がとぶのを誇張し、 音の波を大袈裟にしたため、警告はいよいよ実のあるもの となっていった。もっとも彼女、つまりおばあさんも相手 によっては少しひかえめにおとなしいものとするだろう。 ナンニ;ナとか、もじゃもじゃ頭の・モレッティといった 小さい子たちをあんまりはりきらせないために。この子た ちときたら、すっかり怒ったように震えて鳴っている目ざ まし時計のうっろな音を聞いただけで、狸紅熱にもなりか ね・『.怯い。だがよく闘けば心の巾はやさしいのだ、このいい 年のおばあちゃん。その雄弁な慎重さはおさえた抑揚でも って次第に悪を近づけてきた。といっても、油ですべるよ うにではない。目が覚めて知る悪、日々の真実を認識して、 それをふたたび生きるという悪である。つまり冷たい水を 使ったあとにひかえている学校、悪い点をつけようと先生 が待ちうけている学校が・てれであろ。彼女、つまりみんな のおばあさんは落ちついた優しい態度で小さな男の子、女 の子の小さな頭を、黒い縮れ毛をむき出しにし、まぶたを ほんのちょっと開けてやると、かけぶとんの清潔なへりを 使って逃げて行く夢のヴェールをはいでやろのだった。彼 女の揚合、ゆっくりと鐘のとこまで上って行くのに半時問 かかり、下りるのに半時間かかった。少しずつ静かな落ち つきへと下りて行った。事務所や事務所の仕事が始まると きの静けさであり、習字をする手にできているしもやけの 静けさである、壁には例の人物の大肖像画が飾ってあるが、 生まれついての馬鹿なので、みんなに報復をしてやろうと ふくれっ画をしている。 イ. 両手をボケットに入れ、黒々と探るような目つきの下に 口を三つぽかりと開けて、うろうろしている二、三人の男 の興味しんしんといった顔が車に気.、つき、マリーノのとこ ろでこの「ローマ警察の」卑を取りかこんだが、そのとき 車の方は要塞の門の前でぶー、ぶーと二度、警笛を鳴・りし た。高いところにある四角い窓の、錆びた鉄格子の向うに 若い男の顔が現れたが、灰色のあらい布地の襟には星がふ 327 たつついていて、ひとつはこちら、ひとつはあちらと、は なれぱなれだった。その顔が消えた。数分して、ドアが開 いた。気力充分ながら瘤だらけの一二〇〇はすごい勢いで 前進したかと思うと、うしろへ戻り、、反転して前に進むと いうよう」、仏動きをしたあと、今度は当の車でさえも予想し ていなかったことだが、やたらにはね上ったり急停車をし て、やっとのことで、さきほど旧畑を突走りながら目標に してきたあの凱旋門をくぐったのである。これが要塞の道 であって、狭い上り道になっており、ぎっしりと砂利が敷 き詰められ、支柱のついた壁の問を走っていたが、この壁 というのが日陰で、古い胡叡石の上を地衣がはって、緑色 がかった青や黄色の奇妙なしみと模様になっていた。すべ りやすい舗装道路。曲り角に金属板の道路標識、マッシモ ◎ダッツェーリオ。イソグラヴァッロが車を下りると、残 りの者もそれにつづいた。兵隊がこういった。「准尉殿は 捜索-.」バトロ!ルに出て制られますし、軍曹殿はドゥエ, サンティに出かけるよう命令を受けられました。例の事件 の用であります」そこへもうひとり、別のが現れた。階級 が上か、目さもなければ年輩者だろう、あわてた様子もなく、 むしろおとなしく踵と踵をあわせ(なにしろ警察から見え たのだから、この紳士方は)、顔を高く上げたが、その様 子は何よりも明臼に優雅に不動の姿勢を取っているのを示 していて、イングラヴァッロに青っぽい封筒をさし出した。 封を切ると四つに折った紙片か出てきた。それはサンタレ .ラがベスタ・ッツィに兵隊窓とり3、さ2新しい 事笑を確認するべくパーコリに派遣したということを通告 したもので、彼はもうひとりといっしょに、潜伏者エネア、 通称イジ.一オというふうに呼ぱれていたレタッリの跡を追 っていったという。いちおう彼に追いつく、ということよ つまり彼をつかまえて乎錠をかけ、手錠をかけたまま兵営 に引っばってこれるのではないかといり希望かあったか・ ただし、それか確笑ということはなかった。イγグラヴァ ッロは困惑ぎみで、頭に少し空気をあてようと帽子をぬぐ と、歯ぎしりしたが、両側のあごの上、耳まで行かないと ころにそれぞれ固いこぶがひとつずつついていて、そのた め】種、ブルドッグの鼻面のようにみえたが、これについ てはすでに何度も描写してきたとおりである。だが、ふた りの憲兵はそんなことは別に気にもとめなかった。憲兵た 328 ド転彰・門.蛋.』さ・、.一.下彰貰製ξ奮享奮奮。裏{・睾要煮濡葦誌爵蕩騨婁■璽7 ちは平和な祈りに、修道女たちは年-から年じゅう、その訓 練のおかげで、いつまでも根気強くしていることができる ものであり、そういう状態のときには、歴史の動揺という ような大事はもちろんのこと、ただ事件が起ったというよ うなことにも無感覚で、事件にせよ、あるいは歴史にして も勝手に歩ませておけばいい、事件がどんなに重要であろ うと自分には関係のないことだ、まして灘史はそうだ、つ まり愚にもつかないことだと考える。「二十日に連絡した クロッキァパー二・アッスγタのことですが、自宅で訊問 を受けたかどうか、ご存じありませんか」とイソグラヴァ ッロがたずねた。 「存じません、敬冨部殿」 「それはまた、どうしてです。どこにいるか.こ存じですか。 つまり、場所をご存じかとうかがっているのです」 「トル・ディ・ゲッビオと准尉殿はおっしゃいました」 「そこまで行くのにどれぐらいかかりますか」 「車ですと、警部殿、四十分ばかウ:…・いや、それほどか かりません」 「よおし、そこから始めるか。さあ、行こう」 憲兵隊の下士官はひとワの男を呼んでくれたが、そのへ んの地理に明るいのだろう、やせた小男でイングラヴァッ ロと同じで黒い服装だった。車にのせてやった。車が要塞 の中庭から解放されて、お尻をうしろに、狭い上り坂を行 き、そのあとダッツェリオのそり並みにすべって前進する ためには、とにかく先ほど描写したのとは正反対の方に向 かって何度も頑張らなければならなかった。黒い姿のイソ グラヴァッロはあごが砕け歯一が・きしる思いだった。.頭の中 フアシヨ ネ でゴムのこと、タイヤのこと、ファシストのことを呪って いた。パンクしたらどうなるんだ、こんな奴を乗せたばっ かりに。憲兵隊があげて三十年も笑いつづけるのではない か、なんといってもロ!マ警察署の卓なのだ、いざという ときにヘルニアのゴムが破裂しては園る、せめて橋から転 げ落ちないことをよろこびとしなくては。だが、車は進ん だ、進んで行った。・風にさからい、時々、小粒な雨がガラ スを打つなかを進んで行ったが、思いもかけぬところで揺 トケコノノグ リかごのように、旅行会社もまだ書いていない排水溝でと びはねるのだった。オリーヴの木といぶし銀のような木の 葉はそれでもあまり揺れていなかったし、夜の雨で玉なし、 329 日の出に乾かされながら、遠い青春と臼羊宮の苫悩の歳月 が厳として継続していることを語っていたが、その一方ぶ どう園や、小山や丘の褐色の大地ではほんのり肥料の匂い がしていた。小麦やうっすらと草の生えた草原の上を雲が とんで行き、、.小麦や草原には冬になるとまた消えなくては いけないのかという】瞬の恐怖がよぎり、どうにもしよう がないまま、その飛んで行く恐ろしい影に調子をあわせ、 ンロツコ 絶望に凍りっいているようだった。だが、束南風の翼は全 く反対で、その日の青ざめた湿り気のなかで責褐色を昊し、 なまあたたかく、牛小崖の子牛の息をしのいでいた。蒸し 暑い天候は小麦が取れる兆しだったが、小麦岡争やとうも ろこし、雄ろばがびんと立つことなどは問題にしていなか った。だが三月末の霜はイングラヴァッ羽が考えるところ、 神の意には反するけれど、そラした予言をくつがえすはず で、八百万トンの収穫が三.百八十万卜γに減る見とおしだ った。自給自足主義の大あご政治家だが、四千四百万人の ……臣下、さよう、忠実な臣下のためにはトロノトで小麦 を積みこまざるを得なくなった、いいだろう、フランス人 がイギリス人になるカナダのことだ。それからマカロニは アメリカ・インディアソにお恵みくださいと頼むわけであ る。そしてイソグラヴァッロは怒りと不満がいっしょくた になって醤がみし」歯ぎしりしたのである。トッラッチョ ンワヴコ で下りたときには、束南風もおさまるところで、なまあた たかくなっていた、というか、そんな感じがした。ドゥエ ・サソティでアヅピア街道に入り、このあとはローマ方面 に向かい、ファルコ[【ヤーナの脇道まで、たっぶり一キロ がほど反対方向に走らなければならない。この脇道を少し 走るとアンツィオ街道に出て、ふたたび向きを変えた。風 はおさまった。あの憲兵の話ではサンタレッラ准尉殿の車 のグッツィや、ペスタロッツィのオートバイに会うことも あり得ないわけではない、いや、まず問違いなく会えるだ ろうということだったが、影も形もなかった.そのかわり にロバが一匹、木をつんで、尻には百姓がまたがり、片手 を尾に当てていた。あるいはまた十五匹ほどの羊と、緑色 の傘をすばめて手にした羊飼い。ただし犬はいなかった、 高くつきすぎるのだ。二輸馬車、「アルバーノの獣医さん です」と小男がおしえてくれた。静かに走らせていたが、 その顔は紅潮し、トスカナたばこの消えた吸いさしを唇に 33σ '彌 捗、セ曇重飛圏葺港片菩虜暮蓼畢馨.・ くわえ、すり切れた手袋をはめていた。アソツィオ街道を ニキロちょっと行ったあと、右手に折れなければならなか った。「ここです、ここのところからです、サンタ・フミ アヘ行くのは」とお客さんがいった。サンタ・フミアの橋 をわたるとトル・ディ・ゲッピオヘ、それからカザーレ・ アッブルシャートヘと向かった。泥でやわらかい道が低く なって行き、こんどは固くなった。わだちが水たまりを避 けて左右に広がったが、その水たまりというのが満々と水 をたたえ、逆光を浴びてきらめき、銀色と青の熔けた鉛を 思わす色で、そこでは水鳥や道に迷ったカケスの翼が黒々 と見えていた。これ以上行ったら車は地中に、泥の中に埋 まってしまうかもしれない。さいわい、ある踏切りで(ヴ ヱッレトリ鉄這の)レールを横断したが、この踏切りとい うのがニキロほど北にあるディヴィノ・アモーレの橋のそ ばのにそっくりだった。二本のレールにはさまれた(樫 の)枕木と枕木の間の割れ目から、あちこちと草の葉が生 え出ているところは、もう一年問もビオ九世のためにご奉 公してきたのだから、これ以上、鉄道を使うこともないと いっているようだった。それでいて、煙の塊りがまだ空中 に重くのしかか軌、魔術で固められたようにじっと動かず にいたが、これはついさっき現われて消えて行ったものの 名残りで、綿の詰め物のように、というか蒸気のうたかた の白のように白かった。その小さな汽車の煙った姿が、い まこの瞬間、遠くのアーチの方へ消えて行くところで、自 分の姿、自分が消えて行く様子を見せることによって、二 本のレールが一点に収畝して行く透視山画法的な動きを自ら 確認した形であり、闇の人物にふさわしく、最後尾の車輌 の見張り台に当る尻尾がいま魔法使から解放されて、しゅ■ うしゅう音を立てながらアーチの方へ、黒い丸天井の下へ、 山の中へと消えて行った。そして、田園の静寂の中、事物 の、それも山羊の足跡の沈黙した驚ぎの中で、土には封印 が残ウ、空にはわずかの硫黄分か残っていた。「トル・デ ィ・ゲッピオはあちらです」と意欲的な小男が指さしなが らいった。「パラッツォの農園の方です。クロッキァパー 二が住んでいるのはあそこです、、こらんになれるでしょう、 あそこにある家の中の]軒です、左側にかたまっている」 そのとき、休閑地がときどどき緑色になっていて、住む人 ダ もないその粘土地帯の波状の地形から姿を見せたのが搭の3 鋭い突端で、それが世界という古代のあごの古代の歯の破 片のように空に浮き立ってみえた。ここに暮らしている人 びとの家は耕作地のはるか彼方に押し黙るようにして、そ の塔の前に立っているが、ここからはまだ少しある。一同 は車を駆って坂を下って行った。 「で、パヴォナだけど、駅は?」とイソグラヴァッロがた ずねた。 「バヴォナの町はあそこです」と客がまた指をさした。 「下のあそこです、ごらんになれますか〜あれが駅です、 草地を横断すれば二十五分でしょう、急いで行ってですね。 でも、びしょ濡れになりますよ」 「で、ロ…マ"ナポリ線は〜」 「あちらです」というとふりかえった。「三キロ半か四キ ロもあるでしょう、車で行くほかありません。それから帰 りみちですが、トル・デル・ゲッビオのあとパヴォナにも いらっしゃるんでしたら、カサール・ブルチャートまで下 りればよろしいでしょう、そこからすぐアルデア街道に入 りますから。その街道をアルデアの方角に向かいますと、 せいぜいニキロも行けば、すぐにサンタ・パロムバに出ま す、例のアソテナ(と指さした)がどこからでも、マリー. ノからでも見えるところです。そこで、もしよろしかった ら、ソルフォラータとブラティhデ鼻ーレの道を通っ て行きます。つまリパラソツォヘ行くには、まっすぐバヴ ォナまで行けばいいわけで、その距離はカサール・ブルチ ャートからせいぜい六キロか七キロです。車で行けば十五 分ぐらいでしょう」「まあいいだろう」とイソグラヴγッ ロはいったものの、地名学でもあるまいに、さんざん地名 を並べられ、うんざりして、あごにしわができていた。 「今のところはトル・ディ・ゲッピオ行きだ」そこで乗り こんで出発したが、水をはねかえしたウ、何度も急停車を したあと、小男のいった場所で車を下りた。運転手は車に のこして来たのだが、その運転手も自分だけぽつんと離れ てしばらく歩いた。.真直ぐつづくそれほど泥んこではない 小道を三軒の家の方に歩いて行った。いわゆるインド式行 列で一列になって進んで行き、先頭が部長刑事のルンツァ ート、次がディ・ビエトラγトニオ、次が外套のポケット に両手を入れたドン・チッチョで、昼間の開放的な明るさ の中をこんなふうに黒づくめのいで立ちで行くところを見 刃2 葺 1' 9 ると、これから死体を引き取りに行く死体運びの一団とい うところで、おまけにどこか気が進まないというふりまで していた。「クロッキァパー二のあの馬鹿娘、もうおれた ちが着いたのを感じ取ってるんだろうな」とイγグヲヴァ ッロは考えた。「そ.してこっちの様子をうかがってるんだ、 きっと」事実、あとになって確かめるようになったのだが、 自動車の音にさそわれ半開きの窓のところまで来て、そこ から一行を眺めていたのだ。イソグラヴγッロが顔をあげ、 ルソツァートが口笛を吹いて、「こちらは警察。入れても らいたい。出てきて開けなさ,い」と叫んだとき、その家、 つまりとっつきの一番小さな家は四隅に警官が配置されて いた。子供たち、鶏たち、ふたウの女、それに尻尾が司教 杖のようにくるくると上に巻}.⊂上って、大事なところをす っかり見せてしまって二匹の雑種の犬はいっかな見るのを 止めようとしないし、吠えるのを止めようとしなかった。 警官たちの方も目を黒々と光らせ、ここの人たちの顔に浮 かんだ驚きの色や、着ているものがぼろといってもいいぐ らい貧しいのにびっくりしていた。「ここには誰がいるの かね」・とディ・ピエトラソトニオが慎重にたずねた。「何 人かね。男たちはいるかな」「女の人がひとり、父親とい るだけです」と、まるで子供たちや、すっかり危険にさら された雌鶏を助けようというようにそばへ寄ってきた農婦 のなかで、一番近くにいたのが返事をした。ティ;ナ・ク ロッキァバー二のこの家は小さく真四角で、ほかの家から は少し離れていて、一階のしまっているドアには3という 番号が打ってあった。敷居の前には石の板が何枚か敷いて あり、そこを歩いたり靴で踏んだり釘で叩いたりしたため、 くぼんでいた。なかからは人声が聞こえなかった。新築当 時ばピンクに塗ってあった壁だが、その後、冴えない、眠 気をさそう歳月がつづいて、壁に色あせた無気味さを加え、 特に北側は陰気な錆がついて、影になっていたが、この紳 士諸公の最初に来たのがここの一角であった。軒には雨樋 もついていなければ、マノトヴァふうという破風造りの木 の飾りもなく、そのため、ぐるりと販りかこむ瓦が彼つま りドン・チッチョの目には切株とも、断片的に描いた模様 とも映っていて、屋根の端れにそって波形のひだができて いるところは田舎ふうの装飾になっていた。風に運ばれて 瓦のあちこちに積まれた腐蝕土から何本も草が生えていた。 3ヲ3 歳月をへて黒ずんだ瓦からしずくが数満したたったが、そ れが落ちた瞬間に虹色と歳り、まるで水銀ででを、ているよ うに重々しい落ち方で、そのあたり一面の湿った、ぎっし り詰まった地面をさらに傷つけ、しみこんで行った、窓が ひとつ開いて、またしまり、分別ななくした雌鶏がこここ ことさわぎたてた。屋根の傾斜はなだらかすぎるというか、 不格好というか、波を打ちながら下りて行くようにみえ、 それが雨に濡れてやわらかになウ、その後また熱をうけて 焼き固められ、今にもふくれ上ウそうな感じで大工たちの 腕の不確さを責めていたし、あるいは凪根裏部屋で梁のか わりをしていた木の幹が折れたりしていた。考えてみると、 そういう屋根に泥が重きをおいたりすると、びしょぬれに なって腐った道共立てがいつかある日、もろくも支える力 を失って崩れ落ち、破滅の中に砕けてしまうかもしれない ソベンチよ し、あるいは屋根全体が南西風のひと吹きでとび去ってし まうかもしれない、ちょうど突風がぼろ切れを徴発したと たんのように。小さな窓のどれにもついている木の板は一 枚がしまっていて、一枚がばたばた音を立てていたが、お よそ絵などというものは描いてないし、時間や、歳月の蒸 発のなかですでにくさワ、くだけていた。窓枠のガラスや 油紙のかわウに、あるいは錆びた小さな金属板のかわりに。 小さなドアが開いた。それがすっかり開いたとき、イン グラヴァッロは自分が面と向かっているのに気,ついた… ある類に、ふたつの目に、それが薄暗『かりの中で輝いてい た、ティーナ・クロッキァパ!二ではないか。「ほら、彼 女だ、彼女だぞ」と考えると、いやおうなしに復雑な思い で胸がときめくのであった.、バルドゥッチ家の目もさめる ような召使、アルバーノの光を引ンざこんだように真黒なま つげの下の黒いひらめきを輝かせ、鰍折して虹色になり (白いテーブルクロス、ほうれんそう)、サγツィすの仕 事といってもいいような感じで、額に黒いもつれた髪の毛 がかかり、耳たぶと頬に青みがさし、イヤリソグが揺れて いるうえ、その乳房の具合ときたら、フォスコロもこぽれ  ルパドドレ るような乳房という免状を出すことだろう、叙情詩人睦マ ソ、トリルひひ的発作で。それでも、このおかげで彼はブリ アソツアで不滅の存在とされたのだ(切川け一ρコ枢、撃汐弛 鵠講鉱騒嫁難熊S).バルドゥッ豪で、リリアナ夫人 のところでしたためた夕飯のとき1黒い沈黙の女神の場 334 「 『へ1目Tt一『.t塾. なのだ、彼女にとっては、こんなにも残酷に事物から、光 から、世界の現象からへだてられている彼女にとっては。 そうだ、彼女だ、彼女こそあの娘だ(時間の小路が混乱し てしまった)、持ち万が下手でお皿の中身をこぼしたりし たが、そのお皿の広びろとした卵形の中にまるまる一本腿 を入れたり、小山羊、小羊の腎臓をいろいろに混ぜあわせ た(細かく切ったのも入っていよう)のを入れたりして彼 に出してくれた娘だ、銀製やガラスのさかすき、いやコッ プとか、ほうれんそうの固まワといったもののかもし出す 無垢な雰囲気の中に姿を現わしたものだ、リリアナ夫人か ら悲しそうに目配せされたり、「アッスンタ」という名前 で呼ばれたりして。ティーナは以前と同じようにきびしい、 少し青ざめた顔だったが、目には当惑の色を浮かべていた。 にもかかわらず傲然とした態け度でこちらをにらんでいるの な見て、どうやら元どおりの落ちっきをとりもどしたなと 彼は思った。陰気なきらめきがふたつ、ひとみが暗がりの 中でふたたび光ったのだ、ドアをしめ切った家の匂いの中 で。「まあ、警部さん」と精一杯の声でいい、さらに何か いい足そうとした。だが、ディを雫ラノトニオの姿に ぎくりとした、もっとも、p列縦隊の外套を引率している とおぽしい警官、のあとにこの男がいたことは窓から見てち ゃんと知っていたのだ。背が高くて無口、ひげの感じが警 官らしいこの男はつまり、自分がおそれていた罰をもたら すのではないのか、法津が臼分に押しつけてきた罰ではな いのか。だが、どんな悪事があって、どんな罪があって、 この自分を罰するというのだろうと、彼女はひとワで考え てみた。あれこれ欲しいとやたらに頼み、リリアナ夫人か らそうし九ものをせしめたせいだろうか。 「イングラヴァッリ警・郡さん、なんの.こ川でしょうか」 「お宅にはどなたがみえるのかな」とイングラヴァッ・は 固い口調でたずねた、「別人」のような彼の心がそのとき、 .そういう固い態度を取らせたのだ。その別人のような彼に 向かってリリアナは自分の闇の海から絶望的に彼の名前を 口にしながら呼びかけたのではないか、疲れた青ざめた顔 で、恐怖に見開いた目をいつまでもナイフのおそろしいひ らめきに向かって釘づけにしながら。「通してくれません か、誰がいるか見せてもらわなくち山、なら.ない」 「父がいますの、警部さん、病気なんです、とっても.悪い 3刃 んです、かわいそうに」そしてとても美しい青ざめた表情 で軽くあえぎながらいった。「もうじき死ぬんでしょう ね」 「それじゃあ、お父さんのほかには誰がいるんです〜」 「誰もいません、イソグラヴァッリ警部さん。]体、誰が いるとおっしゃるんですか、ご存じならおっしゃってくだ さい。女の人はひとりいますけど、トル・デ・ゲッピオの 人で、あたしを手つだって病人の世話をしてくれています …それに、近所の女の人たちもいます、外でお会いにな ってますわね」 「誰ですか、なんという名前ですP」 ティーナはちょっと考えた。「ヴェロニカです、ミリア リー二。このへんではヴェロニカと呼んでます」 「とにかく通してください。入りましょう。さあ。家宅捜 索をしなければならんのです」そして嘘の仮面をはいでや ろうという人独得のあのじっと動かない、きびしい視線で 相手の顔色をさぐった。「家宅捜索ですって?」ティーナ は眉をひそめた。思いがけない侮辱にあって、憤りのあま り目が顔が白んだ。「そう、家宅捜索ですよ、家宅捜索」 そして彼女を押しのけるようにして暗がりのなかを木の階 段の方に向かって行った、娘がそのあとにつづき、ディ・ ピエトラントニオが彼女のあとから行った。と、そのとき、 ある考えがひらめいた、リリアナを殺した犯人はティ!ナ から役に立つ示唆を得たばかりか、「いや、欠かせない示 唆といおう、なんで役に立つなんていったのかな〜」ほか でもない彼女に宝石をあずけたこともあり得る……「フィ アンセかP」階段を上っていった。段々がきしんだ。この 家の外はぐるりと見張られていた。ここまで案内してくれ た例の小男を別にしても、警官が三人いる、イソグラヴア ッロはティーナのその黒い狂暴な眼差しが良分の頭皮に打 ちこまれるような気がした、首に突き刺さるような気がし た。彼は彼で懸命だった、なんとか理屈にあったまとめ方 をしょう、いうなれば蓋然性というあやつワ人形の糸をた ぐろうと懸命だった。「どうしてローマヘとんで行かなか ったのかなあ。別にそんな義務感はないのかな」いまや手 痛く傷ついた心からいやおうなしに生じた考えがこれであ る。「せめて葬式ぐらいは……、とすると、あれだけ恩を うけながら、彼女には魂も心もないわけか」いや、ちがう、 3ヌ6 おそらくひかえめな、素朴な態度から、こうした方がいい という悲しい計算が働いたのだろう。あるいはこの恐しい 知らせがトル・ディ・ゲッピオに着いたのが遅すぎたのか もしれないし、それに、この孤独な生活では……恐怖がこ の小娘を麻痺させてしまったのだ。いやちがう、れっきと .した女だ。このニュースはジャソグルまで届いている、ア フリカの草原にまで。クリスチャソらしい心の持ち主なら、 反応はもっと違っているはずだ。たとえ父親がいまわのき わにあ.っても……。 階段の木は三人の重量が上って行くにつれて、いやまし にきしりつづけた。イソグラヴァッロは階段を上りきると、 ドアに身体ごとぶつけるようにしたが、いたわりのこもっ た慎重さは忘れていない。ティ!ナとディ・ビエトラント ニオをしたがえて広い部屋に入った、そこはひどい悪臭が した、つまり汚れた衣類、病気のためあまり身体が洗えな いし、事実、洗っていない人たち、あるいは天候の変り目 にどうしても田畑の仕慕をしなければならず、そのため汗 をかいた人たち、それにもまして病人のそばに放りっばな しになっている糞便などが異臭を放っていたが、病人はも っと手厚くしてやる必要があった。歳月を越えた色彩伝統 によって青、赤、黄金と生き生きした色を塗った細長いろ うそくが二本の釘にかけてあり、ペッドの両脇の壁からぶ ら下っていたし、乾いたオリーヴもあウ、油絵ふうの石版 画は金の冠をいただいた青いマドンナ像で、木の黒い粋に 入っていた。わらを詰めた椅子が数脚。真赤なリボンを首 に巻いた石膏の猫が、たんすの上に、びんと鉢にかこまれ て置いてあった。■病人のそばには老婆がひとり坐りこみ、 脛のなかほどまである縞模様のスカートをはいていて、靴 ひものついていない布靴をはき(そして、なかには足が入 っている)、それを椅子の横木にもたせかけ、スリッバの ようにつっかけるだけにしていた。広々としたベッドを見 ると、すウ切れて、緑色がかった何枚ものベッドカヴァー にくるまれ、その中の一枚だけはいいカヴァーだったが (あたたかく明るい色で、リリアナの贈ウ物だなとイソグ ,ラヴァッロは推理した)、小さな身体がのんびりと横たわ っていて、それは石膏の猫が麻袋に入れられ、球にのびの びと放り出されたというところだった。骨ばった、悪液症 の顔をじっと動かさずに、ユジプトの博物館にも似つかわ 337 しい黄みをおびた茶色の遺物といった感じがする枕に埋め ていた。ただ、目あいにくとガラスを思わすひげのあの白さ があるため、実はエジブトの博物館のカタ・グとは無縁で、 不幸にも現代に近い人問の歴史の『時期のものの、そして イングラヴァッロにしてみれぼ、ほかでもない現実の、ず ばり今日のものだということを示していた。万卒が静まり かえった。いったい生きているのか死んでいるのか、男な のか女なのかも分うず、金婚式へと向かって渦巻く蚊の祥 のなかを、子供たちと鋤のなぐさめにかこまれて進んで行 ンざながら、ひげをのぞかせたが、あの五年王国の創始者な どは女のひげでも男のひげだと呼んでいたものだ。こちら とあちらの二木のろうそくは、しかるべき燭台に立てても らい、慈悲ぶかい手のつかさどるマッチで火をともされる のを.待っているようであった。死にかけた父親というよう なこの新しい面倒な事態にいらいらしながら、それでもひ かえめで憐れみぶかいイングラヴァッロの想像力は足蹴を するほどにはやり立ち、ギャロップでとんで行きかねない 勢いで、耳をすまし、口をこらす、その目は覆.いのかかっ ていない棺おけを見ているうちに、ほらほらもう、しりぞ けてかえりみない、それはポブラの板の棺おけで、・憂日日 草と桜草が花と咲き、免罪のつぶやきやお唱えがあたり] 面にまきちらされていたが、そのお唱えの文句は女たちが ささやきかわし、もったいぶって養炉の揺れるなかから撒 かれて行く(8口oE昏己o)香の良いかおりの同で歌われ たり、あるいはひょっとすると鼻声ででもとなえられる。 これは棺おけが閉ざされ、釘を当てられ、充分に叩かれた あとになって、死者のあじわった大きな恐怖と悔恨、生き のこった人びとをぐるりと取りかこんだ懇願を希豊を示す ものであウ、結局は木を花を眺めるうちにすべての人の心 にある種の納得した晴れやかさがわいてくる:…濯水式で くりかえし水を撒く合図がある、靴底をこすり合わせ、火 打一石に鉄を打ちつけながら、ただし.火打石があるとして のことだが。しかし現実はなお夢想とけ違っていて錯乱状 態にも近いこの焦燥感の生んだ幻影は未米にかかわるもの だ、たとえその未来が近いものにせよ。ドン・チッチョは 逆上のギャpップをおさえ、あがいている怒りの手綱を引 いた。すっかり干からびた患者はいよいよ死水をもらうと きに近づいてきて、永遠という、腕の確かな医者がもうそ 刃8 の上にのしかかっていた、愛情をこめて 見つめてHいたが (そして唾をごくりと飲んでいた)、その目は死体愛好症 気味の赤十字の篤士心一痴護婦やふつうの.沿護婦のようにあわ れみぶかく、どん欲なところがあったが、もっばら、得意 でない方の手で、軽く愛撫するように患者の顔をふいてや り、もう片方の手なれた方の手は掛けぶとんの下、それも 身体の下の仙腸関節と床ずれよけのクッショγの間をさぐ りながら、永遠の免投という瀧腸用のエボナイトの管の口 をさしこむべき場所をやっと見っけた。 掛けぶとんの下で聞こえる異様な腸の音は昏睡状態とは 矛盾していたし、もっと奇妙な形で死と矛盾していて、奇 跡が迫っているのだという感じがし、シーツも掛けぶとん も爆発するのではないか、ふくれ上るのではないか、発酵 し、死によ?て重力が消え空高く舞い上るのではないか、 今にもそんなことになりそうに思えた。例の老婦人、ミリ アリー二・ヴェロニカは椅子の上でせむしになり、非記憶 の中に溶けこんだ時代の記憶にひたって石化していて、両 婁組露錠、いわゆ桑ントルモ(翫軌欝頻語奪 の肖像に見る艮。二聲幕国父じモ(り荒ルげ鴎畝膨 ド)を思わせ、・顔を見るとトカゲの乾いた皮慮と化石のし なびた不動感。膝のところには懐炉がなかったが、彼女に はやっばり必要な品だ。灰色のゼラチソのような、ガラス のような日を上げたが、彼女にしてみれぱ影としか映らな いはずのこの人びと、娘にも男たちにも何ひとつ訊ねなか った。彼女の目つぎの生気を失った静けさたるや、古生物 学的な過去にさかのぽる大地の・記憶なき記憶といったとこ ろで、現在の事態にそぐわなかった。百九十歳になるアス テカ人の顔を、その種族の成果からそむけさせた、つまり、 さいきん、まるでさかりでもついたようにアステカがイタ リア人の秋波を勝ちとったという事実があるが、それから 目なそむけさせたのである。 第一級の病院から持ってきたような『、ヨリカ陶器の病人 用便器が煉、瓦の床に置かれていたが、壁の近くではなかっ た。例の竪さ、色、匂い、粘り、特別な重みといった正体 不明の中身がないわけではなく、これについてはイングラ ヴァッ・の山猫のような目、警察犬のような嗅覚を以てし. たかぎり、何かしっくり分析しなければいけないとは思え なかった。鼻はもちろん自然な働き、っまり機能どいうか、