山形浩生
かのファンタジー営業部も第三弾。これまで、マジンガーZや銀河鉄道999などのSFアニメに登場する各種の建造物について、まじめに施工の積算をしてみせて、世界に冠たる(と言われる)日本の建設技術の水準を世に知らしめると同時に、積算という地味な(でも受注にあたってはきわめて重要な)プロセスの一部始終に、多少なりとも市民権を与えたこのシリーズが、こんど選んだのは、ガンダム地球連邦軍の秘密基地ジャブローだ。
この種の、SFやアニメの設定を真面目に考えるという試みは、他にもいろいろある。でも往々にして、そうした設定の物理的にありえない荒唐無稽さを嘲笑するだけの、非生産的な営為になってしまいがちでもある。なんとかマンの身長と体重を考えたら密度が中性子星並になるとか、宇宙ヒーローもののエピソードを考えたら何万光年を一秒で飛んだ計算になるとか。一瞬はおもしろくても、そういうところをあげつらうのは野暮ってもんだろう。それで言うなら、たいがいのアニメやSF映画はニュートンの運動第三法則(作用・反作用の法則)をすべて無視していて、敵がふっとんでもこっちは平然と立っているし、変身ヒーローものでは巨大ななんとかマンが普通の人間になっているときに質量保存はどうなっておるのだとか、ナニヤラ光線はどっからエネルギーを得ているんだとか、言い始めればきりがない。
でも、前田建設はそういう野暮なことはしない。そういうものを本当に、今の技術で作ったらどうなるかを、かなり真面目に考える。しばしばいい加減なアニメの設定を元に、図面を引いて設備も施工も考えて、きちんと(できる範囲で)数字をはじく。
ぼくはこれはすばらしいことだと思っている。設定が荒唐無稽だからあり得ません、というのは簡単だ。でも、それを実際に可能にするには? 何ができて、何が無理なの? 日本のロボットが盛んなのは鉄腕アトムやマジンガーZやガンダムにみんなが子供時代になじんでいるからだ、という俗説がある。ぼくはこの説をあまり信用していないのだけれど、もしこれが事実であるなら、そういうアニメなどを持ってきて「こんなのウソだよインチキだよー」とシニカルにせせら笑うのと、「やろうと思えばここまでできるんだぞ、これは本当に作れるかもしれないんだぞ」というのを示してあげるのと、どっちが将来に希望を持たせ、ガンダムでもアトムでも実現に向かいやすいだろうか? どう考えても後者だろう。
ついでに言うなら、以前も書いたことだがこのシリーズは、ふだんあまり顧みられない積算や見積もりづくりのやり方を教えてくれるという意味でも、非常に勉強になる。建築モノの積算なんて、談合で適当に決まるんだからいい加減と思ってる人も結構いる。また一方で、スティーブ・ジョブズ信仰の悪影響で、製品というのは何やら実際の物理的な制約なんか無視して、ビジョンを持ったクリエーターがわがままを怒鳴り散らせばいいのであり、現場の「そんなのできない」なんてのは無視してかまわないのだ、と思い込んでしまった若者も(いや歳寄りも)、最近は増殖しまっているような気がする。物作りの重要なプロセスとして、実地に存在する技術でそれが現実的な費用で実現できるか、という検討は重要だ。むしろ現場のほうから、「そういうことがやりたいなら、こんな解決策もあるんじゃないか」と提案してくれることが、最終的な製品の完成度にもつながる。その際のやりとりは、理想的にはまさに本書で描かれているようなプロセスとなるはずなのだ。
で、こんどはガンダム地球連邦軍の秘密基地ジャブローだ……と言われておおっと思う一方で、超マニアというほどではない一ガンダムファンとして、ふと頭にうかぶ疑問が一つ。
ジャブローって、どんな格好してたっけ?
これまでの、マジンガーZの基地や銀河鉄道の駅(というべきか)では、その全体像がだいたいはっきりしていた。だいたいこんな外観で、こんな機能がついている、というのは一通りみんなある程度は共有されていたと思う。が、ジャブローというのは(地下基地だし)外観というものがそもそもイメージできない。機能的にもよくわからない。水中モビルスーツがやってきて戦闘したりとか、ジャングルの中にあってホワイトベースが寄港したりとか、地下基地だとか、漠然としたことは覚えているんだが、全体像といわれるとピンとこなくて、なんかモビルスーツの量産施設もあったような気がするし、うーん。
というわけで、今回のジャブローは、これまでとはかなりちがう課題を伴うことになる。発注者の仕様がまったくはっきりしない、というやつだ。
むろん、これまでの光子力研究所でも999の駅でも、仕様があいまいなところはあり、それを各種の証拠をもとに詰めて決めていくのもこのシリーズの醍醐味ではあった。でも、全体像が共有できていれば、そのあいまいさにも自ずと限りはある。だが、全体像がはっきりしない場合、これは往々にしてプロジェクトそのものを崩壊させかねない大きな障害となる。
特にIT関係者は、システム開発でこれに散々悩まされることになる。まだそこにないものについて人々の合意をとりつけるのは大変だ。みんな勝手なイメージを持って、あれも作れ、こんなのもほしいな、ついでにこっちもあれば便利、ここは絶対に赤く塗れ、あそこはどうしろ。通常は、それに全部対応しようとすると身動きがとれなくなり、建物なら敷地におさまらなくなるか常識的なコストでは作れなくなり、システムならまったく現実離れしたものとなって、つかいものにならない化け物ができあがるか、納期がどんどん遅れて現場はデスマーチとなり、プロジェクト自体が収拾つなかくなって崩壊してしまう。
が、アニメの画面にあるものは一応は存在しないと、ジャブローとはいえない。というわけでファンタジー営業部は、果敢にも客の一貫性のない無茶な要求を全部クリアしようとする。
現実には、そんなことはしないだろう。ITだけでなく、お客が自分のほしいものをよくわかっておらず、あれもこれも状態になるのは、ぼくが末席を汚しているコンサルティング業界でもしばしば見受けられることだけれど、そういう場合には、ぼくならまず逃げる。そういう状態というのは、お客さんの組織の中でも何がしたいのか決まっていないのが通例だからだ。そのまま進めればいろんな人がちがうことを言い続け、プロジェクトは泥沼化して、最後にぼくが泣きを見ることになる。それでも、かなりの大規模プロジェクトでどうしてもその仕事を取りたければ、「お客さん、それは無理だしあまりに無駄です、優先順位をつけましょうよ、こんな感じで整理してみたらどうですか」と提案するか、もっといいのは「そちらの組織的なプロセスに混乱が見られるようだから、業務プロセス改善もあわせて実施しないとダメ」とかいって別口の仕事もむしり取ろうとするだろう。
実際、今回のジャブロー編では、残念ながら結局すべてはできていないし、費用や工期の積算でも「しめてお幾ら!」というきっぱりした数字が出し切れていない。しかしそれでも、なるべくお客の要求を最大限に実現しようとする誠実さは、ぼくのようなインチキなコンサルとはちがってプロの意地が発揮されるところだし、前田建設ファンタジー営業部の原作に対する愛情の表れではある。特にドーム破壊のシミュレーションを通じてドームの材質や工法を詰めるあたり、ファンタジー営業部の面目躍如といったところ。要求と、技術的可能性と、費用とのバランスをとことんまで追究するその根性と意気はすごい。読者諸賢にも是非堪能していただきたい部分だ。
そしてその過程で、おそらくはアニメを作った人々ですらまともには考えていなかったであろうジャブローの全体像を、ファンタジー営業部は造り上げてしまう。おそらくキXXイじみたマニアの多いガンダムファンの中でも、これをきちんと詰めた人はそうそういないと思うんだが。
が……その全体像を見ると、失礼ながらかなり寄せ集め感が強い。うーん。ぼくがもしこんなプロジェクトをやるんなら、まず地球連邦軍の親玉のところに出向いて、全体をもっとしっかりしたマスタープランに基づいて再設計するよう提言したいところ。あれとこれがこんなに離れているのはなぜ? これはジャブローに入れる必要ないのでは? そして全体像がこの通りだとすれば、おそらくはこれは全体一発の発注ではないだろう。全体を見て、温泉街の古い旅館を連想する人もいるだろう。何年かけて作られたにしても、段階的にたこ足式につぎはぎの増築を繰り返した結果なんじゃないのかな。そしてもしそうだとすると、全体の工期はわからなくても、建設のステージ分けを提示して、その最初の部分だけでももう少し明確な工期を出すというやりかたもあったんじゃないか。
そしてやはりこのジャブロー編を見ると、そろそろファンタジー営業部も、既存の土木施工技術の枠内でという縛りを脱する必要があるんじゃないか。ジャブローでも、最後は世界の建設従業者人口まで心配しないと作れないほどの規模だということになる。おそらく、建設ロボットを大量に投入してかなりの工程を自動化する、というようなことを前提として考える必要があるんじゃないか(ついでに小型原子炉の施設内分散配置と)。
むろんそういう新施工技術をあまりに野放図に投入したら、このシリーズの醍醐味が薄れてしまうので、どう縛りをかけるかは考え物。さて、お次はなんだろう。海洋基地にいこうか、あるいは宇宙でもまだ地球の施工技術が多少は応用できそうな、月面基地あたりはいかが? これからもとうてい実現するとは思えなかった予想外の代物を、ファンタジーの世界からこの現実へと引きずりだして、ぼくたちの度肝を抜いてほしいもの。そしていつか、本書の積算をもとにこんな基地を実際に作ろうとする人が出てくれれば本当におもしろいんだが……
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