自分は何者か? 結局のところ教養としての読書はこの疑問に何らかの形で示唆を与える(と期待される)ものだ。物質、生物、社会、経済、文化など様々な水準で、我々が置かれているのはどのなのか? 我々を動かす力とは何なのか? そしてそうした各種水準はどんなふうに相互に関係しているのか? それに答えられる総合性を持つ本は、どうしても長く複雑になる一方で、読みかじりや流し読みでも示唆を与えてくれる(ことも多い)。そんな、ちょっと面倒ながらも様々な分野を包含する、視野の広い本をここでは選んでいる。本当は物理学っぽい本も入れて物質レベルから大風呂敷を広げたいところだけれど、生物誕生以降ですでに手一杯。生物の進化、人類発展、言語形成、都市や社会・文化の発達に経済、泥臭い仕事の総体とそれが持つ神話的な永遠性——そのそれぞれの段階で、人は様々な力に支配されている。それは一方で人を制約するのだけれど、一方ではそれこそまさに人が進歩発展を遂げるために利用する力でもある。限界こそが発展の道で、不自由こそが自由を生み出す——これらの本はどれも、この本質的な矛盾も敏感に察知しつつ、人類の未来への可能性を教えてくれるものばかり。ご自分の興味のままに読みつつ、それぞれの本の広がりに従って他の分野にもどんどん越境し、分野をまたがる原理の強さやその相互のからみあいをもとに、世界をどんどん広げていっていただければ幸甚! マクニール『疫病と世界史』 人間の生存と発展が疫病との戦いと共存戦略の成果だったことを指摘。医学の発展で終わったかとすら思われていたその戦いの復活を、いま世界が目の当たりにしている。コロナ禍は我々を捕らえる生物/人類史の証拠でもある。 ドーキンス『利己的な遺伝子』 現代教養の基礎で、生物の発展だけでなく文化、経済、社会すべてを支配する原理たる進化の名解説書。なぜ人間が利己的でないかを解説しているのに、題名だけ見て誤解している人が多く、バカ判定機としても有用。 ケインズ『お金、雇用、利子の一般理論』 人間同士の腹の探り合いで動く経済の仕組みを看破した現代経済学のバイブル。死んだと言われながら世界金融危機で完全復活した底力とともに、小ネタが持つ深い意義と洞察もいまやっと理解されつつある。 ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』(河出書房の柳瀬尚紀訳で) 現代小説のすべてを詰め込んだ怪作。平凡な一日が神話的世界の永遠とつながる。名文とは無縁の、言語自体に耽溺した表現の異様さは、柳瀬訳で是非。内容と表現の双方で進化の果てに言語と観念にとらわれた人間の限界と可能性を示す。 スタッズ・ターケル『仕事!』 あらゆる職業の人に徹底的にインタビュー。各人が抱える誇り、幻滅、悩み、自負、絶望——その集積としての社会と時代の重みが響く。 サイモン『システムの科学』 人間のつくりあげる様々なもの——社会でも機械でも経済でも企業でも——をどう理解するか? それを俯瞰的に眺めた異様な本。抽象度は高いが、軽薄な「革命」「パラダイムシフト」にだまされない強い知的理解のために。 大室幹雄『劇場都市』 古代中国都市を題材に、原型的な思想の呪縛とそれが形成する都市、社会、文化の形を描き出す名シリーズ。都市論、中国論としても秀逸。 ピンカー『言語を生み出す本能』 生物学的基盤から、なぜ人間だけ言語が? 生まれつきの脳モジュールの存在を納得させ、文化の有り様にまで広がる名著。 山本義隆『磁力と重力の発見』 万有引力発見に到る思想の流れから、魔術も含めた人間叡智の発展を描き出す。続刊では科学発見の社会基盤にまで触れる。 ルロワ=グーラン『身ぶりと言葉』 生物発生から進化、言語の発生、現代文明まで壮大な射程を持つ人間全史。その広大な視野で最後の現代社会と自由への疑義も生きる。 ************************************* 弊誌5月8日発売予定の号にて、ハンス・ロスリングほか著の FACT FULLNESS についての特集を企画しております。 全体60~70ページの特集ですが、その中の一つのコーナーとして、下記のような関連記事を4Pの予定で企画しております。 (仮タイトル) 定価1800円以上限定。本気じゃない人は手を出さないでください。 名リーダー(READER)が100回読む「一生モノの読書案内」(仮) (企画の概要) 新型コロナウイルスの感染拡大で世界が動揺している中ですが、今こそ現代社会や世界を冷静に理解し、真の教養を身につけたい。そのために3人の読み巧者の方々に、お1人10冊ずつ「一生モノの本」をあげていただき、合計30冊を紹介するという企画です。 つきましては、山形様に、上記テーマでプレジデント読者に「一生モノの」10冊をあげていただき、そのご推薦の言葉をいただきたいと思います。 ・具体的には、10冊をあげていていただいたうち、5冊は書影を撮影のうえ、各100W程度で読みどころを紹介します。 ・残りの5冊は、書影は掲載せず、書肆情報に加え、各60Wの読みどころ紹介。 ・さらに500字~600字程度で、選者のお言葉(どのような視点からその10冊を選んでいただいたのかなど)をちょうだいしたいと思っております。