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Deathly Hallows

ハリポタ結末予想:ハリーは魔法の力を捨ててこの世界と和解しなくてはならない。

山形浩生

(『CUT』か何かの特別号 2007/07)

要約:ハリー・ポッターの最終刊は、これまでのテーマを活かすとすれば、ダーズリー家とどうやって折り合いをつけるかが鍵となる。この現実の世界の代表たるダーズリー家と決別して魔法の世界に逃れてしまえば、ただの現実逃避小説に堕してしまうが、ローリングはこれまでダーズリー家との縁を何とか切らないような仕掛けをしてきた。それを活かすには、最終決戦はこちらの世界でダーズリー家とともに行い、そして自分の頼ってきた魔法の世界との関わりを見直さなくてはならない……はず。


 ぼくが回転女史だとして、ハリポタの展開でもっとも悩むのは、ダーズリー家との関係になる。魔法の世界のほうは、どうにでもなるのだ。同級生との関係はふつうの友情物語パターンでまったくオッケー。ドラコ・マルフォイくんだって、もう心底からの悪者ではないことがはっきりしているから、どっかで改心させても違和感はない。ついでに、ヴォルデモートが最後に勝つとはだれも思ってないでしょ? 死闘をくりひろげたあげく、ハリーが勝つに決まっているのだ。

 でもダースリー家は、そうはいかない。

 ハリポタ人気の一つ――いやそれはほとんどあらゆる児童向け冒険小説に共通するものなのだけれど――は、それがこの現実からの逃避小説だということだった。年寄りの多くは昔のことを忘れているので、子供時代をやたらに美化して懐かしがってみたりする。でも、実際の子供時代では、親はうるさく、ほしいものも買ってもらえず、学校は面倒で、友だちからはハブにされ、年長の子供からいじめら、年下の連中がえこひいきされるのを指をくわえて眺め、自分に何の力もないことを思い知らされ、いやなことばかり。はやく大きくなりたい、こんな状態を抜け出したい――だからこそ、児童小説の多くは逃避小説だ。でも、その一方で子どもたちは自分たちが本当にその嫌なもの―から逃げ出すわけにもいかないことを知っている。児童小説は最後に、この現実に戻って来なきゃいけない。でも、その過程でこの現実がちょっとだけ過ごしやすくなる――これが王道だ。

 そうでないものもある。「オズの魔法使い」では(通常はみんな第一巻しか読んでいないけれど、実はあれはあの後延々と続くのだ)、ドロシーはおじさん、おばさんたちをオズの国につれてきて、その後オズの世界はこちら側の現実世界と一切関係を絶つ。また、『ナルニア国物語』シリーズでは、こちら側の現実はナルニア国とは一切関係を持たない。でもこれは例外的な存在だ。あの二つでは、現実世界のほうがあまりにひどすぎるから仕方ないのだ。

 ハリポタは、これまでその王道におおむね従っていた。ハリーは(いささか強引な理屈で)毎回、必ずあの嫌なダーズリー家に戻ってこなきゃいけない。だがこの最後で、ハリーがこのダーズリー家に対してどういう態度を見せるか――それがこのシリーズの児童小説としての分かれ目になる。

 一つの選択肢はもちろん、完全にこちらの世界を捨てる、というもの。でもそれはあまりに安易だ。このシリーズでちゃんと歴史に残るためには、ハリーとダーズリー家を何らかの形で和解させなければならないくらい、回転女史も十分承知しているはず。同時にそれは、魔術界とマグル界との関係も改善するものでなくてはならない。

 さらに回転女史の各種ヒントによれば、あのおばさんは最終巻で重要な役割を果たすとか。そしてハリーとヴォルデモートは血縁関係にあるらしいし(ちがったっけ?)、ハリー母が対ヴォルデモートで持っていた防御力を考えると――そしてこれまでハリーを家に置く話ともあわせて考えると――ヴォルデモートとの血のつながりは、母方のほうで、あのおばさんも攻めの魔術は使えなくても守りの力はあるとかいう話なんでしょう。

 もう一つ、彼女は第七巻の最後の一語が「scar」だとどこかで明かしている。ヴォルデモートの魂の一部があのおでこの傷に入っている、というのはもうだれでも予想がついていることだ。さてこれでどんな話になるかとなると……

 最終巻で、ヴォルデモートは再起をかけてデスイーターたち総出で最終決戦をしかけてくるのは当然。ああしてこうして、善玉悪玉総出で対戦することになる。ドラコくんのエピソードと、最近出番のないネヴィルくんの活躍もある。片付けるべきものが多すぎるからクィディッチはなし。ハウスエルフ解放運動もお預け。で、なんだかんだで敵も味方も多大な犠牲を出しつつ、魔法の世界でヴォルデモート勢は(たぶんドラコ・マルフォイくんあたりの犠牲的な攻撃により)壊滅する。問題は最後だ。

 話は魔法の国では決着しないだろう。再びすべてを失ったヴォルデモートは、単身でハリーを倒すべく乗り込んでくるのだ。その最終決戦は、こちら側の世界、ダーズリー家で展開される。ヴォルデモートはダーズリー家の人間の客(たとえばおじさんの上司)としてやってくる。そして、かれが悪の魔術師であって、という話をハリーはダーズリー家に説得しなきゃいけなくなるだろう。変な話をきかされてかんしゃくをおこすおじさん。その背後で不気味な笑いを浮かべるヴォルデモート。そして表向きは平然と夕食が進む中、裏で展開される恐るべき魔術攻撃でハリーくんあわやというとき、おばさんがずっと隠してきた守りの魔法が発揮されてハリーは間一髪で命を救われ、そこで正体をあらわしたヴォルデモートを見たダーズリーおじさんが意外な強さを発揮して(あるいはダドリーがボクシングを使って)それを倒してしまったりする、というのはいかが。一瞬遅れて(ドアを破って)乗り込んできたハグリッドがそれを見て唖然、しばらくして「……いいパンチしてるな。見直したぜ」とかいうのだ。そしてヴォルデモートを倒してくれたことで、魔術界はその後ずっとマグル界に対して恩義を感じ、従来の蔑視政策も少し改まる、と。

 そして同時に、このラストはハリー自身の進路も分けなくてはならない。ハリーが今後も魔法の世界とマグル界をお気楽に行ったり来たりし続けられるのは安易すぎる。ハリーは選択を迫られなくてはならない。魔法の世界か、マグル界か? あのおでこの傷にヴォルデモートの魂が入っていて、それを取り出して完全に滅ぼすためにはハリー自身が死ぬ……のはちょっと生々しいので、ハリーの魔法の力がすべて消える、といった話にしておこう。そうなるともうかれは二度と魔法の世界にいけなくなる。さてハリーは、魔法の世界を救うためにそれだけの犠牲を払えるか? というような話がダーズリー家の居間で展開されるんじゃないかなあ。

 どういう選択をしたかは明示されない。最終章は五年後。まだダーズリー家に居候中のハリーのもとに、新婚旅行か出張帰りのロンとハーマイオニー(既婚)が尋ねてくる。一同は、ホグワーツ行き列車のホームへの入り口をはじめ、思い出の地をめぐる。ハリーの部屋の本棚には魔術の教科書が並んでいるけれど、それはほこりをかぶっている。かごには老いた伝書フクロウ。一同が談笑するち、ダーズリーおじさんがいつものごとく下から「うるさいぞ、静かにせんか! せめてドアくらい閉めろ!」と怒鳴るが、その声にかつてのトゲはない。それに答えるハリーの声にも、悲しみと優しさと希望が混在している。そして最後にドアを閉めようとふりかえったハリーのおでこには、もうあの傷はないのだった…… (The End!)

 ダーズリー家問題を解決し、さらに物語に深みを与えるためには、こんな感じで終わらせるしかない、とぼくは思うんだが。もちろん、必殺夢オチとか、唖然とするほど安易にハリーくんはダーズリー家なんかけっぽって魔法の国で幸せに暮らしましたオチ、といったものも、あり得ないわけではないんだが、ぼくはまだ回転女史をそこまで見くびってはいないのだ。


(以下は次数の都合でカットした部分なり)

 実はもう一つ、6巻が出る前にぼくが考えていたオチがある。6巻の最後で重要人物が死ぬときいて、ぼくはそれがハリー自身じゃないかとも思った。7巻を見ずしてハリーは死んでしまい、その死体も奪われてしまう。魔法の世界は大恐慌に陥る。7巻はそこから始まるのだ。「暗黒の時代がやってきた!」デスイーターたちは我がもの顔で世界を徘徊し、マグル界をも混乱に陥れる。だが、不死鳥騎士団の人々だけは孤独なレジスタンスを続ける。一人、また一人と有力デスイーターたちは倒され、そして一方ロンとハーマイオニーは密かにエジプトか中国の反魂の秘法を学んでいたのである。そして――ハリーの同級生たちが総力をあげて、クィディッチ技を総動員して上空よりヴォルデモートの本拠に迫る。ヴォルデモートはまさにハリーの死体を使って、己を全能の完全生命体として仕上げる寸前、それを邪魔されて激怒。かれの強大な魔術の前に、非力なホグワーツ勢は次々と倒される。そしてハーマイオニーが、あと一歩のところでやられ――だがそのときロンが、エジプト/中国で見つけてきた復活アイテムを持って駆け込んでくる。そしてハーマイオニーはその最後の息で、反魂の秘法の呪文を唱える! するとハリーが、まさにヴォルデモートの魔術の最も重要な――そしてかれが無防備になるほんの短い――一瞬に復活し、全霊をかけた呪文を放つ! ヴォルデモートは地を揺るがす絶叫とともに崩れ去り――そして薄れゆく意識の中でハリーは、ダンブルドアや両親に再会する……

 そして気がつくと、かれはベッドの中で、友人たちが心配そうに見守っている。「ぼ、ぼくはやったのか!」「ああ、やったよ」喜ぶ一同。「これでもう魔法の世界も安心だ!」

 だがそのとき、アズカバン監獄の奥深くに胎動する暗いすがたがあった。「ヴォルデモートは……」これに答えるはマルフォイ父。「ははっ、あと一歩というところでしたが」「……ふふん。己の力を過信しすぎたか。思えばあいつもまだ甘さを残していた。しょせんはマグルとの混血じゃな。かくなるうえはこのわし自ら……」

 そして半年後、新たな「その名を言えぬ者」の噂が魔術界に流れるようになる。新たなデスイーターたちの徘徊。残虐な魔術。そのすべてはアズカバンから発しているらしい。  「今度の敵は、ヴォルデモートの比ではないようだな」「うん、またわたしたちの出番ね」一同は、アズカバンに向けて旅立つ。「おれたちの戦いはまだはじまったばかりだ!」(The End!)

(長いことご愛読ありがとうございました。回転先生の次回作にご期待ください!)

……まあこれはねーよ、どう考えても。あと、もっと以前の平和な時期には、最後にヴォルデモートが「よし、クィディッチ勝負だ!」とか叫んで最後にハリーとスニッチを取り合うとかいう牧歌的なオチも考えたが、まあそれもあるめえなあ。


付記。これはもちろん最終巻 Harry Potter and the Deathly Hallows が刊行される前に書かれたもの。その後、満を持して出た最終刊は、それはそれは安易でろくでもない代物となっていて、例によってとどめを刺す前にお互いが長々と演説をしたりして、ダーズリー家のことなど最後は忘れ去られ、ひたすらつまらない小説でしかなくなっていた。きみには失望したよ、回転くん。

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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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