楽しい経済学映画『ヤバい経済学』

(『経済セミナー』2011/08号?)

山形浩生

要約: 映画『ヤバい経済学』は、同名の本のおもしろいエピソードを楽しく映像化してあって楽しめる教育エンターテインメントになっている。



 『ヤバい経済学』が映画化? ありえん、と思うのが人情だ。が、そんな先入観を裏切って、この映画はレヴィット&ダブナー同名書籍のいくつかのエピソードを、かなり忠実に映像化しつつ、まったく退屈させることのない楽しい作品に仕上がっている。

 すでに同書をお読みの方(すなわち本誌読者ならほぼ全員)であれば、オチ(と言って良ければだが)はすでに知っている。目新しい発見はないだろう。だがいずれのエピソードも工夫がこらされ、知っている内容でも飽きたりダレたりすることはない。

 日本では池上彰がボードの目隠しテープをはがす程度のことが、わかりやすく高度な手法としてもてはやされる。が、それがいかに貧乏くさく低レベルかは、アメリカの『NUMBERS』や『BONES』といった科学捜査系のテレビドラマや、『怪しい伝説』などの実証型エンターテイメント番組を見た人ならご存じだろう。本作でも、各種論点のハイライトの仕方、統計のビジュアライズなどはまったく危なげなく、しかも強いインパクトで迫ってくる。不動産屋のインセンティブや、名前をめぐる話題、大相撲の暗部など、見た人は決して忘れることはないだろう。それをつなぐ形で、レヴィットとダブナー自身があれこれ解説をはさんでくれるのも楽しい。

 各パートの監督はちがうので、スタイル的な好き嫌いはあるだろう。敢えて苦言を呈すなら、一番最後のエピソード、高校生にお金をあげて成績を上げられるか、というパートは、結論が弱い。エピソードの冒頭では、インセンティブ制度がしばしば裏をかかれるという話が紹介されるので、おそらくはお金をあげても成績に直結しない、ということを言いたいらしいが、ドキュメンタリー作者たちの主眼はむしろアメリカ高校生の日常を描くことらしく、あまり経済学的な結果やそれについての考察に時間を割いてくれないのは不満。

 またその直後に映画全体のまとめがくるのだが、ダブナーが唐突に自分たちはだれにも肩入れしない、それが自分たちの信頼性維持の方法だと言い始める。でもなぜいきなりそんな話が始まるのかよくわからない。これは本でもそうだが、個別エピソードは楽しくても、それを本全体で統一的な主張があるわけではない。無理にまとめをつけようとしっため、ちょっと終わりが唐突な印象はある。でもそれまでの映像の強さで、あまり気にならない。全体としては楽しく学べる教育エンターテイメントのお手本だ。

 で、観に行くべきだろうか。具体的には、この夏公開のジャスティン・ビーバー映画や『パイレーツ・オブ・カリビアン』を蹴飛ばしてまで、家族や交際相手に見せる価値はあるだろうか?

 うーん。それは見せる相手次第、といったところ。本作はこの夏の話題をさらう、一大ロマンス映画でもなければ、怒涛のCGを駆使するアクション巨編でもないし、デートの雰囲気を盛り上げるかどうかは怪しい。でも少し向学心のある相手なら、楽しんでくれるのは確実。そしてまた、原作を課題図書に指定しても学生が読んでくれないとお悩みの経済学教員は、とりあえず本作を見せれば、入り口くらいには到達してくれること請け合い。ついでにいえば、同時期にかの『ブラック・スワン』も映画化公開されることだし(←いやちがうって)、これを皮切りとして、経済学映画の一大ブームが到来……してくれないかなあ。


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