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IT革命のリアリティ

山形浩生



世間的(2000年の)に思われているIT革命ってどんなものだろう。一日がかりだったデータ収集がネットなら一時間でできる。取引が24時間行えるようになる。製品の価格を比較するにも広い範囲からデータを集められる。在庫調整も一瞬で可能。こうしてITであらゆる作業が高速かつ低コストになって、在庫調整も不要になり、生産性もあがる。これを取り入れたところでは、革命的に業績がのび、そして経済全体にそれが波及すれば、革命的な経済成長が達成される――イメージとしてはこんなところだと思う。

 確かにこういうことは、原理的には可能ではある。でも、まったくのウソではなくても、かなり本当とはいえないのだ。

  まずこの種の議論で無視されている最大のポイントは、ITはすっごくコストがかかる、ということ。パソコン一台20万。ソフトの費用。各業務にあわせてシステムを組む費用。使い方を覚えてなれるまでの研修費用。逆にメリットは? いままでのやりかたはそんなに非効率だったのか? そしてITは、高コストをはねのけてあまりあるほどのすごいメリットをもたらすだろうか?

生産性向上は、機器メーカに集中

 まず全体から。IT革命によって経済活性化といった話がよくきかれる。IT先進国アメリカでは、IT産業の経済成長への寄与度が30%で、おかげで近年の年間GDP成長率4%という驚異的な水準が達成されたという。

   でも、ここでの微妙なことばの使い分けを注意する必要がある。経済成長に寄与したのはITではない。IT「産業」なのね。

   どういうことか? 産業セクター別に細かく見てやると、生産性があがってどかどか総生産をおしあげているのは、コンピュータ製造業。この分野の躍進ぶりはすさまじい。でもほかは、ちょっとしか改善されていない。ITを使ったから生産性が上がったのではない。みんながあまり役にたたないコンピュータをいっぱい買うので、コンピュータ機器メーカだけが儲かっている。アメリカの実状は、実はそういう話なのだ。すると、ITによって経済発展は期待できるだろうか。うーん。日本でデルやコンパックやアップルやシスコに匹敵するものが出てくれば。そうでなければ、あんまり関係ないのでは?

ITよりリストラ?

 それ以外の部分については、まだ専門家の間でも意見がわかれるけれど、世界的にみてだいたい平均的な意見というのは、ITは確かに生産性を上げる場面もあるし、平均ではちょびっと有効なようだ、ということだ。ただし、その影響は、一部のビジネス雑誌(ふちの赤いやつとか)が騒ぎ立てるほどのものではないし、世界的なネットバブルを正当化するほどのものでは絶対にない。

  もちろん、平均でちょびっとでも生産性があがるのはすごいことだ。でももう一つ指摘されているのは、アメリカでITが有効だったのは、労働力の流動性が高かったからだ、ということだ。つまり、ITを入れる一方でリストラをどんどんしないとダメ、ということだ。それがないと、ITの分コストがあがるだけ。さて、みんなそこまでやる覚悟があるのだろうか。ITで経済発展を目指すという政策を掲げる人は、こっちの部分では何をするつもりだろうか。なにもしないだろうね。

  アメリカのビジネスコミック『ディルバート』にこんなエピソードがある。場面は会社の経営会議。業績が不振だけれど、だれも責任をとりたくないしなんとかうやむやにすませたい。どうしようか? そのとき出るのは「マシンが遅くて仕事がはかどらない」という一声。すばらしい! さあもっと IT 投資をして問題を先送りに! だが、多くの企業ではこれが実態に近いはずだ。日本の IT 政策も、まさにこの図式にあてはまる。

ネット専門銀行の不振

 個別の話に目を向けよう。2000 年半ば、某商社の人が「部下に集めさせた最新の調査では、金融と B2B の流通では IT による著しい生産性向上が見られる」と力説していた。 でも実際には各種の IT 生産性調査で、金融部門というのは例外なくIT が役にたっていないところの筆頭だ。

 具体例で見てやろう。銀行の IT 云々という話で必ずでてくる話が、オンラインバンキング。「オンラインでお客さんに取引してもらうと、窓口で対応するよりコストは 1/5。ネットを活用してコスト競争力を高めないと生き残れない! そのための IT 投資で巨大化が必須!」というような論調が、1999 年末の銀行合併ブームでよく言われた。 ところがふたをあけてみると、ネット銀行はそんなによくなかった。銀行の基本は、金貸しだ。でもいまの日本は貸し渋りだ。貸す先がないのに、預金者サービスのコストを下げたって無意味なのだ。さらにアメリカの経験では、ネット専業銀行はお客を集めるのにコストがかかりすぎるそうな。銀行が一等地に立地するのは「こんなに立派で信用できますよ」という広告でもある。それがネット銀行だと、明日まであるかもわからん。そんなところにお客を集めるのは、実は至難の技だ。

 結果として 2000 年末のネット専門銀行は、シティコープも実質撤退、日本でも延期・中止が続出。従来型の銀行サービスの追加サービスとしてネットバンキングも提供しよう、という話になった。コストはむしろふえる。

 その他金融商品でも、話は同じらしい。ITを駆使してニーズにあった新しい各種金融商品をつくり、提供するというのが能書きだった。でも多くの人は、そんなに複雑な金融商品は必要としていない。さらに金融商品は売るのも大事。でもその裏側で、集めたお金を運用できるのかが問題になる。ITで、これまで手が出なかった隙間を活用できるようになる場合もある。でも、その隙間はもともとそんなに大きいはずがないのだ。

B2B、B2C

 さらに B2B、B2C という話。B2B は、Business to Business だから企業間の取引をITを使って効率的にやろうという話だ。B2C は、Business to Customer で、末端のお客さんを集めてサービスするのにネットを使おうという話だ。

  ネットの初期は、なにはともあれ B2C だった。これはもちろん、アマゾン・コムの大躍進が最大の旗印になっている。インターネットを使えば、だれでも全世界にちらばったお客さんを集められる。しかも中間の業者も省いてダイレクトに商売ができるし、でかい店舗もいらないし。既存の小売り店なんか、一撃でつぶれる……はずだった。

  しかぁし。「だれでもすぐに」できることなら、既存の小売り業者だってすぐにできたのだった。競合はすぐにふえて、どんどん利ざやを削らないと商売が続かなくなる。さらに、商売が拡大してくると、実際に商品を仕入れて発送するのが手間だ。これは既存小売業のほうが経験もノウハウも豊富だ。結果として、B2C の店で生き残れそうなのは、とても専門性の高い小規模なところか、あるいは物流をきちんと考えたところ、さらにはネット上でもさまざまな手法を駆使してお客さんの確保を行ったところだけ。特にアマゾン・コムは物流とネット上の新機軸でアイデアを発揮し続けたからこそ、未だにオンラインショップの雄として君臨できている。

  が、その本命アマゾン・コムですら一向に赤字からぬけだせずにいるし、さらに、B2Cの店が続々とつぶれている。日本のホープiモードも、ドコモは儲かっても実際のサービス提供者はあまりよくないらしい。すでにオンライン商店についての希望はジリ貧で、たぶんここ数年のアマゾン・コムの動向しだいで最終的な沙汰が定まりそうな感じだ。 そういうのを見て「B2C はダメだ、これからは B2B」なんて言い出す人がたくさん出てきた。が、B2Bもそんなによくはない。

  注意点。日本と欧米では B2B の意味がちがう。日本では、企業間をオンラインで結んだらなんでも B2B だ。でも、欧米では、ネットで資材の調達市場をつくるのが B2B だ。建材メーカーと建設会社を集めて、ネット上で「コレコレの仕様のアルミサッシ!」と注文を出すと、マッチングしてくれたり、参加各社が値下げ競争をしたり、という具合。

 でも日本モデルも欧米モデルも、各メーカー間の細かい仕様の差が吸収できず苦労している。多くの企業の製品は、完全に互換性があるわけじゃない。結果として、欧米モデルのB2Bは続々と撤退か倒産。

  また日本型モデルは、手間は減っても調達先が限定され、足下を見られてコストが上がるという本末転倒の結果になる場合が多々あるようだ。公開されていない部分が多くてはっきりとはいえないけれど、これも思い通りに動いているわけではないらしい。

情報と経済:収益逓増は目新しくない

  以上でわかること。まず多くのところで、IT 以外の部分でボトルネックがあるみたいだ、ということ。さらにネット商売は単純な発想だけではモノにならないみたいだ、ということ。これを念頭に、また一歩下がって全体を見てみよう。そもそもIT産業というのはなんか特殊なものなんだろうか?

 世の中の IT 革命論者の多くは、IT 産業は、これまでの経済常識が通用しない、という話をしたがる。そしてその根拠が収穫逓増だ。ジャストシステムは、ATOK の開発にはすごいお金をかける。でもいったん開発がすめば、生産するのは CD-ROM をプレスするだけでただ同然。あとは売れば売るほどもうけがふえるから収穫逓増。これまでの経済は収穫逓減が基本だったから、そんな常識はもう通用しない、というわけ。

  しかし……考えてみてほしい。大量生産の工場って、大量の初期投資があって、その後は製品一つつくるのに大したコストはかからない。あるいは航空会社。飛行機を買うのはすごい初期投資。でも、その後お客を一人増やしたとき、コストはほとんど増えない。同じことでしょう。IT 産業は、別にとつぜん経済の基本をひっくり返したわけではない。いままでの成熟産業にも見られる特徴とまったく同じ特性を持っているわけだ。

  確かに、収益逓増についての経済学の理論はまだ発展途上にある。でも、だんだんと蓄積が出てきている。シャピロ&ヴァリアン『ネットワーク経済の法則』(IDG)が必読書。要点としては、限界費用がゼロに近いからユーザの顔を見て値段を変えるような小細工を使わないと儲からないのと、収穫逓増のおかげで一時的には独占が起こるけれど、技術革新ですぐにひっくり返されるのと、その一時的な独占を維持するための法廷闘争も重要な手札になること。IT 革命の商売の世界は、あまりきれいな世界ではないらしい。

希望はどこに?

  ここまでは、IT 革命に関する俗説をまとめて斬ってきた。じゃあ、IT にはまったく意味がないんだろうか? まさか。

  すでに述べたように、ネットの特徴を利用した巧妙な価格差やサービス差別化をもっと高度に押し進めるとメリットが出せる。アマゾン・コムでもそれをやっているし、あそこも本屋の部分は儲かってる。よけいなところに手を広げなければなんとかなるわけだ。

 また、IT は新規ビジネスの間口をものすごく広げた。技術力さえあれば、すぐに会社をつくって図体のでかいベンダーと対等に市場に参入できる。小さなシステムハウス、サーバー会社。セキュリティ。そして中身をつくるところ。さらに Web を使うだけなら、大した技術はいらない。ちょっとしたアイデアがすぐ実行に移せる。こうしてネットは、異様にすそ野の広い産業をつくっている。IT ブームが続けば、産業分野としては有望だろうし、今後もいろんな参入機会を生み出し続けてくれるだろう。著作権やビジネスモデル特許の強化など政策的に変なしばりさえかけなけえれば(でもかけそうだから不安)、これは日本の将来を大きく左右する。ネットの本当の希望はここらへんにあるだろう。

 また今後出てくるビジネスとしては、IT 関連の保険。いま各種の不正アクセスなどへの対応としては、技術的な解決と法規制が中心だ。でもあるセキュリティの専門家は、最終的には保険だろう、と述べている。これは今後、従来型のビジネスにも影響してくる。

 商売以外のところで、Linux をはじめとする各種のフリーソフト。これはネットがあって初めて成立したものだけれど、ボランティアの片手間プログラミングが、いつのまにかビジネスの世界を脅かすようになっている。さらにプロジェクトグーテンベルグや青空文庫をはじめとするボランティアによる生産活動。ネットは広く薄く広がった人材や市場の吸い上げに有効に機能している。うまく拡張すればおもしろい応用があるだろう。

  すでにネットもこれだけ浸透している。いまさら「革命」なんて騒ぐのではなく、もっと地に足のついたところで可能性を探らなくてはいけない。IT でなにができるかはもう見えてきた。あとはそれをどう活かすかという話だけれど、これが思ったよりもむずかしいのもわかってきた。さて、明日はどっちだ。いまの世界はそういう段階にある。

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