Valerie Mayuga, 訳:山形浩生
訳者Note: フィリピンで拾ったフリーペーパーに載っていたのだ。なかなか明快に書かれていて便利なので訳したが許可とか一切とってない。あと疑問点も多い。えー、ポール・ヴァン・ダイクってトランス、なのぉ? ポーティスヘッドやマッシヴ・アタックってトリップホップなのぉ?(これは問題ないそうです) あとトライバルとか別ジャンル扱いにしなくていいのかなあ。さらに分類もレベルのちがうものが同列に並んでいるのは疑問。テクノやハウスがトランスコアと同列に並ぶのはおかしいんじゃないかな。あと、ミニストリーがインダストリアル・ダンスだってぇ? コメント求む!
……と書いたら、コメントをいくつかいただいた。ありがとうございます。やはりジャンル分類にはかなり違和感がある模様。まあ大分類がダンス/エレクトロニカで二分というのからしてかなりアレですから。しかし一番問題だった指摘は以下の通り:
ところで、「既存音楽ジャンルはやわかり講座」というのを拝見したのですが、 内容が、All Music Guide というサイトの Genre の説明に、ほとんど、 パクリに近いほど一致しているようなんですが、お気づきでしたでしょうか。
うー、いいえ、お気づきではございませんでした。見てみると、確かにかなり似ている。訳している途中で文が切れてるところが何カ所かあって変だと思ってたんだが、ここをコピペして慌ててもうしわけ程度に手を入れたからだったんだなあ。うーむ。フィリピン人はこれだからー(しかもこのフリーペーパー、確かタワーレコードのやつだったんだよ)。タワレコがパクリやってりゃ世話ない。が、一応手は加わっているので、グレーゾーンではあるが……
OK、第五部までよくがんばりました。いまやあなたは音楽のエキスパートで、世界中のラジオやCDプレーヤーでかかっているものについて「わかった」話ができるようになってるはず。でも、いまこう思ってるでしょう:フィリピンの7100かそこらの島々(中でも特に一つ)をソナーのパルスビートみたいに脈打たせてる、あのジャンルはどうした! エレクトロニカとダンス音楽は未来の波だから、それについてもちょいと教えてあげるわね。さあダンスシューズを履いて、グロースティックを手に、サウンドの高次意識へ向かうご用意を!
クラブ/ダンス音楽は、ディスコからヒップホップまで風味もいろいろ。ポピュラー音楽史にはいろんなダンスの盛り上がりがあったけれど、クラブ/ダンス音楽が独自のジャンルになったのは、1970年代半ば、ソウルがディスコに変身してクラブがまるごとダンスに使われるようになってから。1970年代末には、ダンスクラブはディスコをかけていたけれど、70年代終わりになるとディスコはいろんなちがったジャンルに変貌していった。そういうジャンルのすべてが、なんでもありの「ダンス」の下に分類されたけれど、でもダンスポップ、ヒップホップ、ハウス、テクノやその他サブジャンルははっきりちがってた。そのすべてを結び合わせていたのは、リズム重視という点ね。それぞれのサブジャンルでは、ビートこそが最重要なんだから。ダフトパンク、スパイスガールズ、Juan Atkins, ゴールディー、ジャネット・ジャクソン、ケミカルブラザースはみんなこのジャンルに入ってる。
ディスコはダンスベースのポピュラー音楽の夜明けを告げるものだった。70年代初期のますますグルーヴを重視するようになってきたサウンドやファンクから出てきたディスコは、何よりも(シンガーや歌以上に)ビートを強調した。ディスコテークという、ダンス用音楽以外は何もかけないクラブの一種から名前をとったこのジャンルは、強いポップのフックを持っていて、ラジオでかかって売上も増大して、クロスオーバー的な成功を造作もなく実現。しつこく脈打つディスコビートはたちまちポップチャートを席巻し、ローリングストーンズやロッド・スチュアートみたいなロッカーから、ビージーズみたいなポップバンド、ブロンディーみたいなニューウェーブバンドまで、みんなディスコレコードを出すようになってきた。ディスコは70年代が80年代になるにつれて勢いを失ったけれど、でも死に絶えはしなかった――各種のちがったダンスベースのジャンルに変化して、ダンスポップからヒップホップからハウスやテクノになったわけ。
エレクトロニカは、電子機器や電子楽器を使う若手アーティストならほとんどだれでも入っちゃう、なんでもありのフレーズ。でもエレクトロニカはダンスフロアだけでなく家庭での視聴にも使えるテクノベースの音楽を表すものだから、純粋に踊るだけでなく、ますます聴くだけを想定したエレクトロニック・ダンスミュージクを指すときにも使われるようになってきてる。エレクトロニカという用語は、最初は一連のコンピレーションアルバムの題名(New Electronica) で使われて、Juan AtkinsとかUndergrand Resistanceみたいなデトロイト系テクノの源流や、このモーターシティ・デトロイトの未来的なテクノビジョンから大いに学んだヨーロッパのアーティストたちに焦点をあてていたんだ。
アシッドジャズは、ファンクやヒップホップだけでなく、ジャズも聴いて育った世代の人たちが演奏する音楽なので、この三つの要素がすべて入ってる。パーカッション重視でもっぱらライブの音楽なので他のダンススタイルよりもジャズやアフロキューバ系に近いけれど、でもグルーヴを絶対になくさない方針はファンクやヒップホップやダンスミュージックの仲間だ。1980年代末から1990年代初期にかけては、いろんなアシッド・ジャズ・アーティストが登場した。Stereo MC's, James Taylor Ouartet, the Brand New Heavies, Groove Collective, Galliano, ジャミロクワイみたいなライブバンドもあれば、Palm Skin Productions, Mondo Grosso, Outside, United Future Organization みたいなスタジオプロジェクトもいた。
アンビエント、ブレイクビートは、トリップホップやファンキー・ブレイクほどのエネルギーはないけれど、でもヒップホップの影響が明らかなエレクトロニックバンドの狭いサブジャンルを指す。このスタイルの好例としては、ニューヨークのDJ Wally (Liquid Sky Records の一味)やDJ Shadowのダウンビートな作品なんかがある。
エレクトロニカ・コミュニティが実験的な方向に走りすぎて自滅しかかったのを救ったのは、1990年代半ばにダンスミュージックの次の波として登場してきたビッグビート。これはオールドスクールのパーティー系ブレイクビートと、見事に目先の変わったサンプリングとを組み合わせたもので、1980 年代末のハウスミュージックや、オールドスクールのラップを思わせて、サンプルやたまんないブレイク趣味につながるものとなってた。プロディジー、ファットボーイ・スリム、ケミカル・ブラザースなんかがこのスタイルの先駆けとなり、その誕生を手伝ってアメリカのチャートをかけのぼり、世界中のロック批評家からいい評価を勝ち取った。
ブレイクビートはそのブレイクの中のビートのこと。ほとんどのブレイクビートは、ジェイムズ・ブラウンのレコードから生まれた。ジェイムズ・ブラウンのドラマーたちは歴史的にシンコペーションするビート(つまりメジャーからはずれたビート)を、しばしば第三ビートのまわりで作った。ブレイクビートの一番はっきりした基準は、明確なドラムとパーカッションが4/4で入ってくることだ。スネアは通常、2と4で入るから.2.4になる。メジャーの中で他にもスネアヒットがあることもある。
ダウンテンポのアーティストは、Two Lane Swordsmen, Waldeck, Suns af Arqa なんかで、アンビエンスよりもビート指向だけれど、トリップホップほど泥臭くない。
イギリスはロンドンから飛び出したドラムンベースまたはジャングルは、なめらかに流れるか、強力に脈打つベースラインが特徴で、ダブ・レゲエに源流がある。1989年に華開き、ジャンルとしては 1990-1992 年にかけて、ハードコアテクノで使われるブレイクビートから発展して、4 Hero, Goldie, A Guy Called Geraldのアーティストレコードが出てきた1995年にエレクトロニカの正式ジャンルとなった。ブレイクビートを高速にしてベースラインをゆるめたものと言うのがいちばん適切だろう。ドラムは毎分 140-170 ビートくらい、ベースラインは――ふつうは――ドラムの半分くらいのスピード。ドラムはブレイクビートが 1 2 33 4 となり、つまり2と4はスネアか「フロアにつく」キックドラムで、ときには 1 と、3 がほぼ必ずシンコペーション入りドラム(つまりメジャーからはずれてる)ことになる。ドラムンベースのアーティストとしては他に Wagon Christ, Photek, Goldie, Grooverider, Roni Size, LTJ Bukem など。
1970年代のもともとのディスコに、スピリット面でも形式面でも一番近いダンススタイルであるガラージュは、ハウスミュージックの誕生の地と一説に言われる、ニューヨークのパラダイス・ガラージュから名前を取ったされる。ハウスミュージックみたいなシンセサイザの流れとゴスペルボーカルを重視するけれど、ハウスよりもっと洗練されてキラキラしたproduction values ven を持つガラージュは、とてもソウルフルで有機的な感触。 Blaze, Masters at Work. Todd Terry, Junior Vasquez, Larry Levan and Roy Davis, Jr. なんかはガレージの見事な例だ。
レイヴを特徴づけた同じ要素を持ってはいるけれど、1980年代末から1990年代初期にイギリスのレイヴシーンからじわじわ出てきたハッピーハードコアは、とんでもなく速いビートと、同じくらい速いシンセサイザー・ピアノの流れ、変調したボーカルサンプルや、ポジティブなバイブを持っていて、多くのクラバーたちはこれをヤク漬けのガキ音楽だと批判した。でもそういう印象にもかかわらず、Slipmatt, Hixxy & Sharkey, Force & Styles, DJ Dougal みたいなDJ兼プロデューサたちは無数のコンピ盤を作り、またソロのLPも作って、クラバーや批評家たちからある程度の敬意は集めるようになった。
あらゆるダンスミュージックジャンルの父親ともいうべきハウスミュージックは、DJたちが新しい電子楽器を使って踊りやすい音楽を作り始めるにつれて、1980年代半ばにシカゴとニューヨークでいきなり出現した。10年たってみると、実に自然に思えてしまう。ハウスはシカゴのディスコ音楽が起源で、名前はこの音楽が発明されたシカゴのザ・ウェアハウスから取られている。古典ハウスは単純だ。4/4ビートが、1 2 3 4 とあまりはやすぎないテンポ (120 bpm) で、ダンサーの心拍くらいで続く。2と4のビートにはスネアドラムか手拍子が入る。バスドラムの 1 2 3 4 にはハイハットが入る。曲の仕上げはハッピーでスイング感のあるサウンドと単純なメロディーだ。ふつうはピアノやボーカル、ストリング、synth stabs やベースラインもあるけれど、過去20年にわたってハウスミュージックの存在意義は4/4の無慈悲なキックドラムだった。The KLF, Coldcut, Jesse Saunders, Leftfield, Frankie Knuckles やMarshall Jetferson は、このジャンルの立役者DJのごく一部でしかない。
150+ bpm のファストハウスは、オフビートのベースライン、短いブレイクダウンや high-energy elements を反復的に使い、ピッチをあげたボーカルや、ちょっと変調したボーカルスナッチを使う。
真のインダストリアルは、ノイズをまとめて音楽を名乗らせたものだ。インダストリアル・ミュージックは1970年代半ばのバンド、キャバレー・ヴォルテールやスロッビング・グリッスルのテープ音楽や電子実験から出てきた、不協和音の神経を逆なでする音楽から派生した(インダストリアルという名前は、スロッビング・グリッスルのレーベルであるインダストリアル・レコードから取られた)。音楽はおおむね電子的でディストーションが深く、ロック連中にはちょっとアバンギャルドすぎた。1980年代半ばには、もとの枠組みからインダストリアル・ダンスバンドとして Ministry, Front 242, Nitzer Ebb, Skinny Puppy が出てきた。次の10年には、インダストリアルはアンダーグラウンドから浮上してきて、新しいヘビメタみたいになった。これはナイン・インチ・ネイルズやホワイト・ゾンビ、マリリン・マンソンみたいなクロスオーバーグループのおかげだ。
テクノはもっとハードなエッジが基調のダンスミュージックで、他のハウス系ジャンルとリズムのパターンは同じだけれど、もっときついシンセサイザーと、もっときついサンプリングを使う。創造性豊かなバリエーションがいろいろ出てきて、ほとんどホワイトノイズでできたきわめてハードなパーカッション系のサウンドから、世紀末的なサイレンやらテレビのサンプルやら映画の声やらで拾ってきたサンプリング、1970年代にでまわっていたディスコサウンド、なんとも言い難いビートや、雰囲気たっぷりのチルアウトまでいろいろ。ハウスと同じで、テクノは機械的なビートを使い、4/4のバストラム1 2 3 4が特徴だ。ちょっとハウスよりは高速 (128-130 BPM) だけれど、ディスコの手拍子は必ずしも入っていない。Juan Atkins, Derrick Mayと Kevin Saunderson の仲良し三人組が、1984年にデトロイトのベルヴィル高校で出会って作ったこのテクノは、デトロイトのポスト工業的な退廃と、増大しつつあったコンピュータ技術の重要性の両方を反映していた。ニューヨークやシカゴから出てきたハウスのひそみにならい、さらにクラフトワークやゲーリー・ニューマンみたいなヨーロッパの電子ポップバンドにも影響されたテクノミュージックは、1980年代半ばにデトロイトで発展したエレクトロニックダンスミュージックの重要なジャンルだけれど、世界中で商業的にも成功している。その他のテクノアーティストとしてはCarl Cox, Carl Craig, The Future Sound of London, プロディジーなんかがいる。
トランスは、アンビエントのもわっとした音響的な感触と、レイヴやテクノやハウスの高速ドラムビートを組み合わせたエレクトロニック音楽の一種だ。ふつう、ビートは控えめでエフェクトの中に混ぜ込まれ、ドラムにもっともわっとした感覚が与えられる一方で、音響的な感触としては数メジャーにわたって続く長いキーボード・コードが主体だ。基本ビートは 1 2 3 4 だからテクノっぽくて、140+ BPM。4ビートの間のハイハットは他のジャンルよりも大きくて、音楽がもっとホットな感じになっている。ベースは高いことも低いこともある。曲は夢見がちでスペーシーなサウンドスケープで仕上げられる。1990年代のジャーマンテクノとハードコアシーンから飛び出してきたトランスは、曲の間中hてしなく繰り返される短いシンセサイザーのラインを強調し、そこに最小限のリズム変化と、たまにシンセサイザーの雰囲気音を入れてわずかに差をつける――結果として聴く側は一種の宗教的なトランスに近い状態になる。1990年代半ばには関心が下がったものの、後半になって大幅なカムバックを果たし、世界中でハウス以上に人気のあるダンスミュージックとなった。このジャンルの立役者としてはAphex Twin, Timo Maas, Moby, Paul Van Dyk, Paul Oakenfold, Jam & Spoon, Atom Heart Tony de Vit などがいる。
ユーロトランスはしばしば「明るいトランス」と呼ばれる。普通は140-145 bpmで、「気分いい」カテゴリーに入り、大きなriftがたくさんと、一般に重たいベースやしばしば女性ボーカルを持っているのが普通。大きなriftやブレイクビートとボーカルのおかげで、このトランススタイルは「軟弱トランス (cheesy trance)」とも呼ばれる(チャートに出てくる「トランス」はユーロの商業化したものなのが通例)。現在では、ずっとハードエッジなトランスは「ハードトランス」と呼ばれる。これは多くの場合にユーロと似ていて、大きな(でもあまり多幸感のないことが多い)riftを持ち、ちょっと速め (通例は 145-150bpmくらい)で、しばしばアシッドラインを使う。ユーロトランスのアーティスト/DJの代表は Cascade, Blank & Jones, Kai Triacid, ATB, John OO Flemming, K90, Ferry Corsten など。
トランスコア/フリーフォームはすごく速い(160bpm+)特殊ジャンルで、アシッドとユーロトランスにハードコアのベースラインを組み合わせてる。トランスコアの主要レーベルは、 Great British Techno (GBT), Nu Energy, Stompin Chaons, XY2, Lightningで、この分野に手を染めているアーティスト/DJは Billy Buntef, Kevin Energy, Helix & Fury. Rob Vanden. M-Zone and Tekno Dred など。
プログレッシブトランスは一般にユーロよりもっとゆったりしていて、深くて商業的なエッジは弱い。普通は遅め (130-140bpm)で、使う音も多様で (多くのプログレッシブの曲はトライバルテクノやブレイクビートの音をたくさん使う)、ユーロよりも繊細なriftや、ビルドやドロップを活用する。最近では多くのプログレッシブトランスは、深い徒ライバルサウンドやブレイクに移行した。これはしばしば「プログレッシブハウス」と呼ばれるけれど、あたしは「プログレッシブ」とか「プロブレッシブトランス」と呼ぶ。プログレッシブトランスのレーベルとしてはBedrock, UG. Phuture Wax, Coded, Eve, Sander, Guerilla などで、この分野に手を染めているアーティスト/DJは Steve Lawler, John Digweed, Sasha, Pablo Gargano, Danny Hawles, Sander Kleinberg など。
トリップホップは、アンビエント-サイケデリックとヒップホップの間をうろうろしている音楽スタイルだ。ダウンビートやジャズっぽいコード、サイケデリックなサンプルの使用で見分けられ、しばしば女性ボーカルを使う。トリップホップという用語は、1993年頃に、Mo*Wax, Ninja Tune, Cup of Tea, Wall of Sound といったレーベルと関連して出現してきた、ダウンテンポでJA時やファンクやソウルに影響された、実験的なブレイクビート音楽の総称としてイギリスの音楽マスコミが使い始めた。最も有力なトリップホップアーティストは、Portishead, DJ Shadow, Tricky, Morcheeba, Sneaker Pimps, Massive Attack で、かれらのフルアルバムはしょっちゅうイギリスのインディーズチャートのトップを占めるし、アメリカの観客に伝わったエレクトロニカバンドの最初の波の相当部分もかれらが占めていた。
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