Valid XHTML 1.0!

ぼくたちの戦後をふりかえる――「カリスマ:中内功とダイエーの『戦後』」

(SPA! 1998年8月5日発売号)

山形浩生

 おもしろい本か? うん、むちゃくちゃおもしろい。そんじょそこらのへなちょこ小説なんかお呼びじゃない。あの天下のダイエーを内から外からえぐりだして、裁判沙汰にまでなっている本。お買い得か? これだけの本が 1,900 円で、お買い得でないわけがないだろう。

 著者のねらいは「戦後史の中にダイエーを位置づけること」だったという。それは大成功している。中内の戦争体験。焼け跡の闇市からはい上がり、あらゆるものを犠牲にして拡大路線を続けた五十年。兄弟の確執。人間不信。完全なワンマン体質。中内功個人の行動が戦後日本の経済成長とからまり、かれの資質に対する著者の洞察もさえわたっている。日本人の多くは、そこになにかしら自分の人生と重なるものを見いだすだろう。日本人で、ダイエーで買い物をしたことのない人は数えるほどしかいない。その見慣れた店の舞台裏が、そのドロドロさ加減全開の人間ドラマで描き出される。これ以上おもしろい読み物はなかなかない。

 そしてそれゆえに、この本は教科書的な意味では役にはたたない。ないものねだりかもしれない。読者の多くだって、聞きかじりで受け売り話ができりゃいいんだから、人間ドラマのエピソード集でいいのかもしれない。でも一方で、ダイエーほどの企業の成功と失敗の歴史からは、応用できる知恵が抽出できるはずだ、と思うのは人情だろう。だが、この本にはそれはほとんどない。

 だって、ダイエーと中内功が生きた「戦後」という時期は、一回限りのものだったんだから。それは二度とはやってこない時代なんだから。そして中内功だって、一世一代の特殊な条件の特殊な個人だ――中内功の個人史としてのダイエーが浮き彫りになればなるほど、そこから一般論を引き出すのは難しくなる。たとえばいまのダイエーの苦境について、この本はなにも言えていない。ダイエーは顧客ニーズに応えられなくなっている。それは中内のカンが狂ってきたからだ。なんでも中内個人に引きつけるこの本は、そう言うしかない。でも、それでは何の答えにもなってないんだ。

 とはいえ、一回は読んでおくといい。ぼくたちの日常にあれほどとけこんだダイエーという店が、実はいかに異常な条件にささえられた企業だったのかよくわかるから。そしてその異常な条件が当然のように続いてきた昭和から平成にかけての時代が、いかにへんてこな時期だったのかもわかるから。本書はむしろ、ダイエーを使って戦後を位置づけた本として読まれるべきかもしれない。


SPA! 編集部 殿

できました。いまいちネガティブな感じです。なんせ字数が少ない! いかがでしょう。ごふまんでしたら、おっしゃってください。22日まで香港なので、連絡がむずかしいですが、なんとかこちらから連絡するようにいたします。
 同じものをメールでもお送りしてありますので。

その他雑文インデックス  YAMAGATA Hiroo 日本語トップ


Valid XHTML 1.0! YAMAGATA Hiroo (hiyori13@mailhost.net)