コンピュータと社会のかかわり:あなたたちが新たな権力者である件について。

(「コンピュータの名著・古典100冊」(インプレス, 2003))

山形浩生

要約: プログラミングはネット環境を作り上げ、人々がその情報空間の中でどうふるまうかを規定する、一つの権力である。レッシグはそれを指摘した。



 昔はよかった。コンピュータ屋はひたすら技術おたくとして、おたく同志でなれ合ってればよかった。相手にするのは同じマニアか、そもそもコンピュータなんてものをいじれるだけのハードルを越えてきた技術能力のあるやつばかり。使えなければ、それはそいつが素人なだけ。そんな愚痴をいうやつは、みんなでいじめて千尋の谷に突き落とすのがむしろ世のためであり礼儀ってもんだった。そんな時代があった。

 が、時は流れ、ネコも杓子もパソコンを使い「インターネットする」時代になった。それだけじゃない。ますます多くの人にとって、それは現実に比肩する本物の環境となっている。ネット以外のコミュニケーションを持たない引きこもり2ちゃんねらーは言うに及ばず、ぼくを含め多くの素人が、コンピュータやネット環境なしにはろくに仕事もできない状態だ。

 そしてその中で、プログラマの役割も変わってきている。かつてはほとんど仲間内の活動だった(または非常に限定された人々の限定されたツールを作るだけの)プログラムミングが、いまや多くの人々にとって、環境、いや世界を作りあげる行為となっている。あなたの作るプログラムが、多くの環境では法律以上に絶対的な、実質的に「物理的法則」に等しい存在となる。それは国会議員なんかをはるかに上回るすごい力だ。法律なら、確信犯的に破ることはできる。でも、物理法則は破れない。ネットのプロトコルが嫌でも、それに逆らうことはできない。

 それなのに、プログラマたちはその力に気がついていない。

 それを説明したのがローレンス・レッシグ『CODE:インターネットの合法、非合法、プライバシー』だ。この本のすごさは、プログラミングそのものが政治であり、権力の行使なんだ、ということを指摘してしまったことだ。

 それはレッシグの続く著書『コモンズ』『Free Culture』にも引き継がれる。インターネットのプロトコルこそ、そこでの自由を決定づけた。そしてその自由が、インターネットの繁栄を保証してきた。あるいはwwwの自由度もそうだ。GNU EmacsやLinuxをはじめとするフリーソフトもそうだ。プログラマたちやエンジニアたちのちょっとした技術的な決断が、下手な法律なんかよりよほど大きくバーチャル環境を決定づけ、そして人々の行動をしばる。

 そして一部の政治家やビジネスは、その力に気がつき始めている。それを規制力――権力――の一つとして使おうとしている。プログラマやエンジニアたちは、当然ながらそんなものと関わり合いにはなりたがらない。そうした方面からは目を背けたがる。ネットの創始者たちも、自分の選択を単なる技術的選択として語りたがる。でも、それではまずいのかもしれない。あなたたちは自分たちの行動のもつ政治性を少しは自覚した方がいいのかも知れない。レッシグの一連の著作は、そうした側面に目を向けてくれる。どれか一冊というなら、『CODE』を進めたいところだけれど、明快さでは『コモンズ』のほうがいいかな。

 ただし本当に自覚するのがいいのかどうかはわからない。言いたくはないけど、技術屋はイデオロギー的にかなり偏狭で一般常識から大きくずれている場合がも多く、時にそれを平然と他人に押しつける。かつて日本のインターネットの初期に、メールで商売の話をしていたらどっかのサーバの管理者が「ネットの商業利用はダメ」という検閲文をくっつけてきたという。そんなのが横行したらいやだなあ。そしてプログラマやエンジニアが権力に酔いしれるような変な状況もいやだ。最高の権力者は、実は最大のご用聞き役でもあったりするんだし。

 いやもちろん、あなたたちの多くの人は、そんなすごい影響力を行使できる立場にはなるまい。上司に怒鳴られて、予算超過と期日オーバーと徹夜残業で死にそうな日々を行使するばかりの、さしたる権力のない一サラリーマンになるんだよ。ぼくみたいに(プログラマじゃないけど)。でも、その一方で、その技術屋的、プログラマ的な発想や立場が、少しは社会や世の中を(願わくばいい方に)変える力を持つんだ、ということはたまに思い出すといいかもしれないよ。そろそろ明示的に技術屋的な発想が現実社会の規範に影響しつつある。(株)はてなの近藤さんの『「変な会社」のつくりかた』なんかは明らかにその例だ。そして著作権の野放図な拡大を自主的に止めようとして、いまや実質的に新しい国際法の枠組みを作ったに等しいレッシグのクリエイティブコモンズ運動も、技術屋的な発想に基づくフリーソフトライセンスに大きなヒントを得ている。ここに挙げたいくつかの本を見て、たまには自分の仕事が大枠の中でどんな位置づけにあるかを考えてみてくださいな。どれもぶあつい本ばかりだけれど、短気な人はまず白田秀彰『インターネットの法と慣習』なんかが手短でお薦め。


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