映画『ビートニク』レビュー 山形浩生  時代背景、ケルアックとギンズバーグの出会いからはじめて、ビートの興隆とシティライツ書店の成立を経てヒッピー運動とベトナム反戦、そしてその商業化批判と主要メンバーの死――映画「ビートニク」は、実に紋切り型のドキュメンタリー映画だ。なんのひねりもない。内容的にも、ぼくが知らなかったことは何一つない。でも、それだけにわかりやすい、ビート入門ともいうべき一遍になっている。  映画に採りあげられた人たちは、ここ数年の間に、この映画の撮影直後くらいに次々と死んでいる。ギンズバーグ、バロウズ、ハンケ、リアリー。その意味で、この映画は、この老いたビートたちのギリギリ最後の記録でもある。  そして、こまぎれにはさまれるいろんな映像。バロウズ自身の実験映画「カットアップ」(字幕で「切り抜き」と訳すのはやめてほしかった)、「Towers Open Fire」からの断片、サタデーナイト・ライブからの絵や、バロウズが出たナイキのコマーシャルからの切れ端、同じくかれが出た、ミニストリーのビデオ。  あと途中に入っているジョン・トゥトゥーロの「吠える」の朗読は本当にいいな。デニス・ホッパーの「裸のランチ」は、なんかもうはまりすぎててこわいくらい。かれは本当に、あの時代の生き残りに近いひとだし、自他共に認めるミーハーなバロウズファンだ。一方、ジョニー・デップは気取ってはいるけれど、まだまだ青いな。個人的には、こういう人々を通じて、ビートニクたちがいまどういう意味をもっているかに触れてほしかった。いまの人たちは、かれらの作品をどう読んでいるのか。いま「吠える」はどんな意味を持って人々に迫っているのか。  でもそれは、ぼくたちが自ら考えるべきこと、なのかもしれない、 **************************** いつ、どこに掲載された原稿かはわからない。映画自体は1999年製作、2001年4月日本公開なので、これもその頃のはず。